2011年12月23日金曜日

対語シリーズ「着ると脱ぐ」‥♪「あ~,夢~一夜~。一夜限り..」

今回は,万葉集で衣(ころも,きぬ)を「着る」と「脱ぐ」がどのように詠われているかを見ていきます。
まず,万葉集で「着る」「脱ぐ」の対象の衣(ころも,きぬ)に関連する言葉をあげると次のような言葉が出てきます。

赤衣(赤色の衣),秋さり衣(秋になって着る着物),麻衣(麻衣で作った衣,喪中に着る麻布の着物),洗い衣(取替川に掛かる枕詞),あり衣の(三重などにかかる枕詞),薄染め衣(薄い色に染めた衣服),肩衣(袖の無い庶民服),形見<かたみ>の衣(その人を思い出させる衣),皮衣(毛皮で作った防寒用の衣),唐衣・韓衣<からころも>(中国風の衣),雲の衣(織姫が空で纏う衣),恋衣(恋を常に身を離れない衣に見立てた語。恋という着物),衣手(袖),下衣(下着),塩焼き衣(潮を焼く人が着る粗末な衣服),袖付け衣(袖のある衣服),旅衣(旅できる衣服),旅行き衣(旅衣と同意),玉衣(美しい衣),露分け衣(露の多い草葉などを分けて行くときに着る衣),解き洗い衣(解いて洗い張りする着物),解き衣の(乱るにかかる枕詞),慣れ衣(普段着),布肩衣(布で作った肩衣),布衣(布製の衣服),濡れ衣(濡れた着物),藤衣(藤つるの繊維で作ったも粗末な衣),古衣(着古した着物),木綿<ゆふ>肩衣(木綿で作った肩衣)

このようにたくさん衣に関する言葉が万葉集に出てくるのは,当時「衣」の生産が急速に発展し,生産技術向上で値段も下がり,さまざまな種類のモノが手に入るようになったためだろうと私は考えます。
では「着る」を読んだ詠み人知らずの短歌から紹介します。

衣しも多くあらなむ取り替へて着ればや君が面忘れたる(11-2829)
ころもしもおほくあらなむ とりかへてきればやきみが おもわすれたる
<<着る衣がたくさんあれぱなあ。衣をあれこれと取り替えて着ることができたら君の顔をきっと忘れることができるだろう(衣は君用の一つしかないから忘れられない)>>

この短歌は妻問をしても,なかなか逢ってくれない相手に対して贈った短歌ではないかと私は推理します。
当時は,妻問いするときに着て行く衣はお互いに決め,相互に相手の衣(下着)を贈り合って,それを下に着きるという風習があったのでしょうか。
財力や権力を多く持つ男には妻問いする相手が複数いたはずです。でも,この短歌の作者は「君用の衣しかない(君しかいない)」と「相手は君だけだ」と主張しています。
次は「脱ぐ」を詠んだ,これも詠み人知らずの短歌です。

夜も寝ず安くもあらず白栲の衣は脱かじ直に逢ふまでに(12-2846)
よるもねずやすくもあらず しろたへのころもはぬかじ ただにあふまでに
<<夜も寝られず,気が休まることもない。貴女が着ていた白妙の衣は脱がずにいよう。今度本当に逢うまでは>>

この他に「脱ぐ」が出てくる短歌がもう1首ありますが,そちらも「脱がない」という否定形で,結局は「着ている」という意味になってしまいます。
相手を意識させる衣は逢わないときはいつも「着ている」ようにし,逢った時だけ「脱いで」,お互いの衣や袖を交換するという逢瀬のイメージが万葉集から感じ取れそうです。
万葉時代相手に逢うときは,フォーク歌手南こうせつが歌った「夢一夜」に出てくる「♪着て行く服がまだ決ま~らない ..」というようなことはなく,いつも同じ衣を着ていたことになりそうですね。
逆に違う衣を着て行くと別に浮気相手がいて,そちら寄ってからハシゴでこちらに寄ったと受け取られかねない時代だったと想像できそうですね。
対語シリーズ「静と騒」に続く。

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