2011年12月4日日曜日

対語シリーズ「浮と沈」‥心の浮き沈みが起きたとき,あなたならどうする?

万葉集には「浮く」と「沈(しづ)く」を詠んだ和歌が40首ほど出てきます。また,「浮く」の別の対語として現代用語「潜る」の意味を持つ「潜(かづ)く」を入れるとさらに25首ほど増えます。
まず「浮」ですが,「浮く」の対象としては,舟,水鳥,花びら,材木,筏(いかだ),木の葉,海藻,水草,自分の心,波など,さまざまなものが万葉集で詠われています。その中で「浮」の用法として「浮寝」という言葉を使った歌が7首ほど出てきます。たとえば,次の短歌です。

我妹子に恋ふれにかあらむ沖に棲む鴨の浮寝の安けくもなし(11-2806)
わぎもこにこふれにかあらむ おきにすむかものうきねのやすけくもなし
<<彼女への恋が募っているからか,沖にいる鴨が浮寝をしているように,ふらふらと落ち着かないのです>>

この短歌作者(不詳)は,鴨が水面で寝ている(浮寝している)姿を見て,波が来ると身体が揺れて落ち着いて眠れてはいないだろうと想像し,自分が恋に落ちて心がその状態に近いと言いたいのでしょう。同じく浮寝には次のような用例もあります。

敷栲の枕ゆくくる涙にぞ浮寝をしける恋の繁きに(4-507)
しきたへのまくらゆくくる なみたにぞうきねをしける こひのしげきに
<<私の枕の下を流れるほどの涙なのです。そんな涙の川に浮(憂き)寝をしているほど激しく恋しています>>

この短歌の作者は駿河采女と呼ばれる女官で,自分が流した涙で川ができ,そこで浮寝ができるほど多くの涙を流してしまう今の恋は,本当に切なく苦しいものと切々と訴えています。彼女にとって,この「浮寝」はまさに苦しい「憂き寝」なのですね。

さて,「沈む」の対象としては,玉,人の心,人(入水自殺)が出てきます。「潜く」の対象としては,水鳥,海人(漁師)が多く出てきます。「沈む」も恋をモチーフにした詠み人知らずの短歌を紹介します。

近江の海沈く白玉知らずして恋ひせしよりは今こそまされ(11-2445)
あふみのうみ しづくしらたま しらずして こひせしよりは いまこそまされ
<<近江の海に沈む白玉を知らずに恋をしていたときより(白玉を知った)今はもっと恋しさが強くなっています>>

この短歌の作者は,白玉を恋人の肌に譬え,始めての妻問いで,妻の肌の美しさ,柔らかさを知ってしまい,さらに想いが増した。そんな気持ちをこの短歌は表現していると私には思えます。
<琵琶湖のカラス貝>
私が小学生の頃,琵琶湖に生息し地元ではカラス貝と呼ぶ大きな二枚貝の貝殻を大津市石山に住んでいた親戚に見せてもらったことがあります。この貝は正式にはメンカラスガイと呼ぶそうですが,貝殻の内側はアコヤガイやアワビと同じで非常に上品で綺麗な輝きを持っています。万葉時代にはこの貝を食用に捕獲していたと思われますが,貝肉や貝柱を取り出すとき,まれに天然真珠が貝の中に入っていたのだと思います。
その天然真珠は白玉として京人(みやこびと)の憧れの宝飾品であり,高く取引されのでしょう。
そのため,白玉が入っているかもしれない貝を目当てに素潜りで漁をする海人(漁師)も職業として存在していたのでしょう。そんなことを彷彿とさせるのが次の短歌です。

底清み沈ける玉を見まく欲り千たびぞ告りし潜きする海人(7-1318)
そこきよみしづけるたまをみまくほり ちたびぞのりしかづきするあま
<<清い海底に沈む真珠が見たい。千回も言い続けて海に潜る海人よ>>

「こんどこそは獲ってくるぞ」といって海人は何度も海に潜るのだけれど,天然の白玉はそう簡単には獲れない。実はお目当ての女性を射止めようと何度もアプローチを試みるがうまくいかない自分をそんな海人に譬え嘆いている短歌と私は解釈します。
<精神安定は現実逃避では根本解決にならない?>
これらの歌を見て,「ヒト」は気持ちが大きく浮いたとき,沈んだとき,精神的に不安定になる傾向を昔から持っているのではないかと私は感じます。精神的な安定を維持していくには,浮いた気分や沈んだ気分の状態になったとき,自分をどうコントロールできるかが重要だということになりそうです。
ところが,そのようなコントロールには,精神統一訓練,自己暗示,他との接触を断って気持ちを集中させたり,ひとりで何も考えずに過ごす時間を作ることが一般的対策として考えられますが,私は他人のとの接触,交流,連携,協調,恋愛などを避けずに精神的安定を維持できる方法を見つけるほうが良いではないかと今は考えています。
<精神的に安定しているか自分だけでは分からない?>
自分が精神的に安定しているかは,自分だけでは実は分かりにくいのです。他人と接触する過程で,複数の他人の自分に対する反応から判断する方が正確だと思うからです。
もちろんこの考えに同意しない人は多いかもしれません。他人との接触で精神が不安定になっているのに,その状況を改善せず良くなるはずがないとの異論です。
確かに,精神的に自分を不安定にする他人との接触を断ち,精神的安定を取り戻す治療を施す方が早く安定を取り戻せるかもしれません。しかし,そういう方法で精神的安定を早く取り戻したけれど,復帰した後,またすぐに元の不安定状況に戻ってしまう人を私はたくさん見てきました。他人との接触,交流,連携,協調,恋愛などを行っているメリットをもっと冷静にとらえるようにすべきだと思います。
<女性は柔軟?>
その点,女性の方が対応が男性より上手なような気がします。女性週刊誌などのキャッチコピーや女性向けソングの歌詞では「恋をする女性は美しい」「超キツイ仕事だけれど彼女は輝いている」「貴女は涙の数だけ強くなれる」といったコピーを見ると,その状況から逃げずに前向きに対応できる心の持ち方ができるのは女性の方が上手なのではないかと私は思っています。また,広島出身の女性レゲエシンガーソングライターMetisが若者に対し,気持ちが沈んでいる時,浮かれすぎている時,自分,家族,友達,恋人など「ヒト」を大切に!というメッセージ性の高いソングスを次々とリリースしています。インターネットを見ている限り,やはり女性のほうが比較的素直に受け入れているように私は感じます。
対語シリーズ「新と古」に続く。

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