2018年8月4日土曜日

続難読漢字シリーズ(33)…響む(とよむ)

今回は「響(とよ)む」について万葉集をみていきます。大きな音を発して,うるさい状況を表す意味です。現在では「ひびく」と読みますが,万葉時代は「とよむ」という言葉が多く使われていたようです。。
「とよむ」はその後「どよめく」という言葉に変化していったのかもと私は想像します。
万葉集で「響む」の代表格は「霍公鳥(ほととぎす)」がうるさく鳴く表現が12首ほどに出てきます。今回は「霍公鳥」の鳴き声の「響む」は取り上げず,その他の音に関する「響む」について詠まれているものを取り上げます。
最初は,大きな音ではないのに「響む」を使った女性作の短歌です。

敷栲の枕響みて寐ねらえず物思ふ今夜早も明けぬかも(11-2593)
<しきたへのまくらとよみて いねらえず ものもふこよひはやもあけぬかも>
<<あなたの枕が大きな音を立て寝られない。物思いにふけった今夜も もうじき朝になるのね>>

「枕が大きな音を立てる」というのはどう解釈すればよいのでしょうか。
私の勝手な解釈ですが,夫の妻問いを待つため,夫用の枕を自分の枕の横に用意しているけれど,一向に夫は来ない。
使われていない夫用の枕(当時は木製?)を,うつらうつらしている間に誤って触って倒すと大きな音がする。その音に目が覚め,その後は「なぜ夫は来ないのか」と物思いにふけっていると,夜が明けてしまいそうだという情景です。
さて,次に紹介するのは,波の潮騒が響くことを詠んだ,これも女性作の短歌とされるものです。

牛窓の波の潮騒島響み寄そりし君は逢はずかもあらむ(11-2731)
<うしまどのなみのしほさゐ しまとよみよそりしきみは あはずかもあらむ>
<<牛窓の波の潮騒が島全体に響くように周囲が騒がしいようです。寄りそうあなた様としばらく逢えないかもしれません>>

牛窓は,瀬戸内海に面した今の岡山県牛窓町付近とされているようです。
牛窓には前島などいくつかの島がすぐ前にあり,島間の海流が激しく,潮騒の音が大きく響くことで京にも知られた場所だったのかもしれません。
この短歌の作者がここを訪れたわけではなく,牛窓の瀬の地域情報を序詞に引用して作歌したと私は思います。それにしても,どれだけ二人は関係は騒がれたのでしょうか。
最後に紹介するのは,東歌です。

植ゑ竹の本さへ響み出でて去なばいづし向きてか妹が嘆かむ(14-3474)
<うゑだけのもとさへとよみ いでていなばいづしむきてか いもがなげかむ>
<<竹林の根元まで響くように大騒ぎして私が旅立った後,どこを居ても妻は嘆くことだろう>>

おそらくですが,作者(夫)が徴兵か徴用で遠くへ旅立つ際の見送りのとき,近所の人たちが集まり,みんなで旅の無事や引き立てられた仕事の活躍と幸運を祈り,チャンスが来たことを祝い,盛大に見送ったのでしょう。
見送る側は,作者の名前を連呼し,飛び上がってバンザイのようなことをしたのかも知れません。その見送り時の人が飛び跳ねる音は,竹林も揺るがすような大きな音だったと作者は感じたのです。
しかし,妻だけは,そんな大騒ぎの陰で自分が居なくなったことに悲しみ暮れるだろうと思われることがツライ。そんな気持ちが伝わってきます。
日本人は「響む」ような大きい音に対して,その反対の静けさをも大切にする割と少数の民族かもしれないと私は感じます。場所にもよりますが,お隣の韓国や中国の人々は大声で話をするほうがポジティブに感じるようです。しかし,日本人は周りに気を遣い,空気を読んで静かに話すほうがポジティブに感じる人が多いのではないでしょうか。
日本人が静けさを大切にするのは,実はさまざまな小さな「音」(例:笹の葉が微風に揺らされ擦れ合う音,池に小さなカエルが跳び込む音,小川のせせらぎの音など)に対して,繊細で敏感な感性を持っているからかも知れません。そのヒントが万葉集を分析すれば分かるかもしれませんが,今後の課題ですね。
(続難読漢字シリーズ(34)につづく)