2009年5月18日月曜日

行き先を示す助詞「~へ」と「~に」の違い

最近,大好きな友人の一人と東京の葛西臨海公園から定期船水上バスに乗りました。お台場までは海辺を見ながら,そしてお台場から両国までは隅田川の川辺を見ながら,船上からの風景を楽しみました。
乗船直後は,薄暮に霞む桟橋やコンテナクレーンが遠くにいくつも見え,そして夕暮れになるに従い,高層マンションや桟橋近辺のレストランの部屋の明り,ネオンサイン,ライトアップされた橋,提灯飾りを全体にした屋形船の姿がはっきりと見えだし,素晴らしい夜景を存分に味わいました。
また,船から見る海辺や川辺は,日頃見るアングルと全然違っていて新鮮と感じるだけでなく,船は海辺,川辺,橋げた下のすぐ近く通るため,風景の移動から船のスピードが実は意外と速いことを改めて認識しました。

さて,万葉時代,船が主要な交通手段であったことは以前に書きましたが,海辺,川辺以外に船(舟)が関係しそうな「辺」のつく言葉が,そのほかにもでてきます。
例えば,次のようなものです。

葦辺(あしへ:葦が生えている辺り),池の辺(いけのへ:池の周辺),江の辺(えのへ:入江の周辺),沖辺(おきへ:沖の辺り),磯辺(おしへ,おすひ:磯の辺り),上辺(かみへ:川の上流周辺),島辺(とまへ:島の周辺),下辺(しもへ:川の下流周辺),谷辺(たにへ:谷の辺り),波辺(なみへ:波のある辺り),浜辺(はまへ:浜の辺り)

これらは,陸からだけでなく船から見たと思われるものもあると思われます。当時,船からの風景や,逆に浜辺,海辺,川辺から見た船を和歌に託したくなった人も多かったのでしょう。

浜辺より我が打ち行かば海辺より迎へも来ぬか海人の釣舟 (18-4044)
はまへよりわがうちゆかば うみへよりむかへもこぬか あまのつりぶね
<<浜辺を我々が行っているのに海で釣りをしている漁師が一向に迎えに来てくれない>>
大伴家持が越中で視察に行ったとき詠んだ歌ですが,家持は舟に乗ってみたかったのでしょうね。

ところで,国語辞典によると「~辺」は助詞「~へ」に一般化され,「海へ行く」「東へ向かう」と使われるようになったようです。それが正しいとすると「集合場所に行く」「山に登る」の「に」(さまざまに指定の意)にくらべ,「へ」はピンポイントな場所を指すのではなく,行き先近辺というニュアンスで使うのが本来の使い方なのかね知れませんね。
ですから「下町辺りへ行く」は,「へ」と「辺り」が同じ意味あいですから,少しくどい表現のような感じがしてきました。
万葉集までさかのぼって「ことば」の用例を見てみると,行き先などを示すときに使う助詞「へ」と「に」が実はそんなに近い意味ではなかったと感じられます。
国語辞典を編纂した人や作家などには,微妙な日本語の表現の違いの説明や使い方で迷った時,万葉集に助けられたことが実は多かったのではないかと思いますね。

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