2013年4月21日日曜日

今もあるシリーズ(最終回)「菜(な)」

結構長く続きました「今もあるシリーズ」は今回が最終回です。
本シリーズの最後に「菜」を取り上げたのは,万葉集の最初の長歌に出てきて,万葉集に出てくる言葉として多くの人が知っていると思ったからです。「菜」を取り上げないで終わったらアカンということになりますからね。

篭もよみ篭持ち 堀串もよみ堀串持ち この岡に菜摘ます子 家聞かな告らさね そらみつやまとの国は おしなべて我れこそ居れ しきなべて我れこそ座せ 我れこそば告らめ 家をも名をも(1-1)
<こもよみこもち ふくしもよみぶくしもち このをかになつますこ いへきかなのらさね そらみつやまとのくには おしなべてわれこそをれ しきなべてわれこそませ われこそば のらめ いへをもなをも>
<<籠といっても可愛い籠を持って,堀串といっても可愛い堀串を持って,この岡で菜を摘んでいる娘さん。どこに住んでいるか家を聞きたいな。教えてほしいよ。ヤマトの国は私が統治して,私が天皇の座にいるのだよ。私にだけは教えなさい,家も名も>>

雄略天皇(いうりゃくてんわう)が詠んだとされる長歌ですが,どこか民謡ぽい雰囲気の1首だと私は思います。万葉集の冒頭を飾る和歌がこの1首とした編者の意図は何か,私は学生時代からずっと考えてきました。なぜなら,ほとんどの人が最初から見るとしたら,(万葉集のトップバッター)この1首で万葉集のイメージが刷り込まれるからです。
編者として,自分が描いた万葉集全体のイメージと全く異なるものを最初に持ってくるはずはありません。この1首は,日本書紀に記載されている雄略天皇が暴君であるイメージとはかなり異なっているのは間違いなさそうです。そこに編者の意図を私は感じます。
ただ,万葉集の冒頭歌の話を書き始めると止まらなくなりそうなので,それはどこかのスペシャルで投稿するとし,本題の「菜」に入りましょう。
私は「菜の花の和え物」が大好物です。今の季節,頻繁に食べます。スーパーの惣菜コーナーにはほぼ必ずそれが並んでいますので,日曜日に妻と買い物に行くとき,自然と手が出てしまいます。また,食用の「菜の花」(埼玉では房総産のものが多い?)も野菜コーナーで売っています。妻に和からしやごま油を入れて,炒めものにしてもらったりしています。他の野菜の茹でたものに比べて,食べると歯ごたえがしっかりとあり,ビタミン群や繊維質をたくさん摂っているような気がします。
万葉時代も次の万葉集東歌に出てくる「茎立ち(くくたち)」と呼ばれる野生の菜の花(在来種のアブラナ)が認識されていたようです。

上つ毛野佐野の茎立ち折りはやし我れは待たむゑ来とし来ずとも(14-3406)
かみつけのさののくくたち をりはやしあれはまたむゑ ことしこずとも
<<上州佐野の菜の花の茎を,(あなたに食べてもらおうと)折って刻んで私は待ちましょう。なかなかあなたは来れないとは思いますが>>

アブラナ以外のについて万葉集を見てみます。万葉集では「春菜」「若菜」「朝菜」「青菜」「浜菜」という言葉が出てきます。これらの実物は,今で言う山菜,野草にあたるワラビ,ゼンマイ,ツクシ,カタクリ,セリ,キクラゲ,タケノコ,イタドリ,フキノトウ,ウド,タラノメ,ヨモギ,ノビルなどが候補としてあがりそうです。ただ,「浜菜」は海藻のようです。
「菜」はどのように料理をして食べていたのでしょうか?
私は,煮る(茹でる),揚げる,生食の3つの料理の仕方があったのではないかと想像します。
まず,煮る(茹でる)を詠んだ例からです。

食薦敷き青菜煮て来む梁にむかばき懸けて休むこの君(16-3825)
すごもしき あをなにてこむ うつはりに むかばきかけて やすむこのきみ
<<テーブルクロスを敷いて 青菜を煮て来て進ぜよう 梁に革の腰覆いを掛け(酔いつぶれて)お休みの殿方のために>>

この短歌の詳しい説明は,2009年9月11日の投稿でしていますので割愛しますが,煮た菜の味付けには食塩醤(ひしほす)植物油(菜種,ごま,綿実,紅花などから絞った油)なども使っていたのかもしれません。
次は揚げるを連想させる短歌の例です。

油火の光りに見ゆる吾がかづらさ百合の花の笑まはしきかも(18-4086)
あぶらひのひかりにみゆる わがかづらさゆりのはなの ゑまはしきかも
<<油火の光りに見える花かづらに編んだ百合の花は何ともほほえましいことでしょう >>

この短歌は大伴家持越中赴任時宴席で詠んだ1首です。
歌意はさておき「油火」という言葉がある以上,万葉時代には「油」という製品があったことになります。それは鉱物油(灯油など)ではなく,胡麻の実,菜種(菜の花の豆),ゴマの実,紅花の種,椿の実などから搾った油だったのではないかと私は想像します。動物の油肉から油を作ることも考えられますが,当時の保存技術からは考えにくいと私は思います。そうなると照明に使う油を鍋で熱して,菜をてんぷらにすることも当時行われていたと想像ができますね。
最後は生で食べることを想像させる1首です。

醤酢に蒜搗きかてて鯛願ふ我れにな見えそ水葱の羹(16-3829)
ひしほすに ひるつきかてて たひねがふ われになみえそ なぎのあつもの
<<醤に酢を入れ,蒜を潰して和えた鯛の膾(なます)を食べたいと願っている私に,頼むからミズアオイの葉っぱしか入っていない熱い吸い物を見せないでくれよ>>

蒜(ひる)はノビルのことで,ニンニクのように殺菌,臭味取りの効果があったようですが,この1首からは生のものをすり潰して使用していたようです。この短歌の詳しい説明も2009年11月15日の投稿をご覧ください。
ところで,若いころは肉ばかり食べていた私も,今は野菜中心の食生活になっています。
出張先の帰りに仕事仲間と割と頻繁に利用しているJR浜松町駅近くの中国料理店があります。春~秋限定の「空芯菜の炒めもの」が最近始まったので早速注文して食べました。「菜の花の和え物」と同じで,その食感がたまりませんね。
これで「今もあるシリーズ」はいったん終わりにします。楽しんでいただけましたでしょうか。
さて,次週はもうゴールデンウィークですね。このブログは恒例のゴールデンウィークスペシャルとして,今回は私の住む地域一帯の「武蔵野」について万葉集をみていくことにします。
2013GWスペシャル「武蔵野シリーズ(1)」に続く。

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