2011年5月7日土曜日

私の接した歌枕(10:和歌の浦)

ゴールデンウィークスペシャルの最後は,和歌山市にある「和歌の浦」です。
何といっても,次の山部赤人の短歌が有名ですね。私が小学校6年の頃,万葉集に最初に興味を魅かれたきっかけになったのもこの短歌でした。

若の浦に潮満ち来れば潟をなみ葦辺をさして鶴鳴き渡る(6-919)
わかのうらに しほみちくれば かたをなみ あしへをさして たづなきわたる
<<和歌の浦に潮が満ちて来れば潟が見えなくなってきたので,アシの生い茂った方角を目指してツルが鳴きながら飛んでいく>>

私が小学校低学年の頃,父の商売が比較的順調に行っていて少しお金が多く入ったときがありました。
このとき,父はそれまでバイクで工具などを工場に届けていたのですが,思い切ってニューモデルとして発売されたスズキ・スズライトTLを新車で購入しました。
父は,この新車で一家をどこかに連れて行きたくなったのか,突然「1泊二日で和歌山にでも行こか。泊るところはな,海辺のちゃんとした旅館やで。すごいやろ。」と言い出しました。
私の一家は,次の休日,颯爽とスズライトで京都の山科から和歌山を目指したのです。
いろんな所を廻ったようですが,私が覚えているのは和歌の浦での磯遊びと旅館の2階の部屋から見た朝日に映えた海岸線の美しさでした。
明るい日差しの中での磯遊びでは,磯に住んでいるいろんな生き物や海藻を見つけました。
ウミウシ,ウミソウメン(ウミウシなどの卵),ゴカイ,フナムシ,イソギンチャク,フジツボ,ヤドカリ,小さなカニ・魚,ホンダワラ,テングサ,ワカメなどです。

しかし,小学校6年の国語の教科書でこの赤人の短歌を見つけたとき,磯遊びのときの和歌の浦とは全然違う印象を持ちました。私が磯遊びをしたところは恐らく新若浦辺りの岩場で,この短歌は今の玉津島神社の南側に延びる片男波の砂洲をイメージしているのでしょう。
明るい磯辺とは違う夕方の波の静けさと少しずつ変化する情景表現の細やかさを感じ,私は百人一首以外の和歌に興味を持ち始めたのです。
それ以来,機会がなくて私は和歌の浦に行っていませんが,和歌の浦は万葉集に最初に出会った短歌の歌枕だったのです。

でも,私は今この短歌について別の解釈を考えています。聖武天皇が和歌山へ行幸したときこの短歌を赤人は読んでいますが,潮が満ちてくることが聖武天皇の時代が来ること,潟が無くなることは世の中の不幸が無くなること,ツルが飛んで去るのは不幸をもたらす悪いものが去って行くことの喩えと考えると,この和歌は聖武天皇にヨイショしたと解釈できると考えているからです。

天の川 「たびとはん。あんさん,世間で揉まれ過ぎやで。小さいころの素直な気持ちに戻って解釈した方がええのと違うか? 」

確かに。
以上,ゴールデンウィークスペシャルでいくつか私の接した歌枕を紹介しましたが,やはり近畿,北陸が多かったですね。
次回からは,また週1回のペースに戻って動きの詞(ことば)シリーズを続けます。お楽しみに。
恋ふ(1)に続く。

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