2013年7月27日土曜日

心が動いた詞(ことば)シリーズ「まく欲し」

今回は現代の日常会話ではほとんどまず使わないだろう「まく欲し」について,万葉集を見ていきます。「まく欲し」は「強く~したい」という願望の形容詞です。万葉集では「見まく欲し」(見たい)という使い方が何首か出てきます。
次は山部赤人が旅の途中に詠んだとされる長歌です。

御食向ふ 淡路の島に 直向ふ 敏馬の浦の 沖辺には 深海松採り 浦廻には なのりそ刈る 深海松の 見まく欲しけど なのりその おのが名惜しみ 間使も 遣らずて我れは 生けりともなし(6/946)
みけむかふあはぢのしまに ただむかふみぬめのうらの おきへにはふかみるとり うらみにはなのりそかる ふかみるのみまくほしけど なのりそのおのがなをしみ まつかひもやらずてわれは いけりともなし
<<淡路の島に直ぐ向う敏馬の浦の沖あたりでは,深い海底にある海松(みる)を採り,浦辺ではなのりそを刈る。海松のように君の顔を見たいと思うけれど,そんなことをするとつ(なのりそ)のように自分の名の評判が下がるのではないかと思い,使いも遣ることができず,私は生きた気がしない>>

赤人は瀬戸内海淡路島の直面する駿馬の浦では,海藻の採取が盛んであることを知ります。
その海藻には海松かなのりそという名付けられたものがあることを知り,妻への想いが蘇り,これを詠んだのだろうと私は考えます。この長歌の吟詠を聞いた京人は,そんな面白い名前の海藻を見てみたい,現地に行ってみたい,採れたての海藻を食べてみたいと思ったに違いないと私は思います。
次の「まく欲し」の形容として出てくるのが,「懸けまく欲し」というものてす。これは,「言葉に出して言いたい」といった意味です。

栲領巾の懸けまく欲しき妹が名をこの背の山に懸けばいかにあらむ(3-285)
たくひれ かけまくほしき いもがなをこのせのやまに かけばいかにあらむ
<<声をかけたい妻の名をこの背の山になぞらえてみたらどうだろう>>

この短歌は丹比笠麻呂(たぢひのかさまろ)という羈旅の歌を5首ほど万葉集に残す官吏が紀伊の国(和歌山)を旅したときに詠んだものです。背は夫という意味があるようです。背の山を自分に懸けて,妻の名を懸ける(声を出して呼ぶ)ことを欲する気持ち(まく欲し)を詠んだと私は解釈します。
最後は「守らまく欲し」という用例の短歌(詠み人知らず)を紹介します。

うつたへに鳥は食まねど縄延へて守らまく欲しき梅の花かも(10-1585)
うつたへにとりははまねど なははへてもらまくほしき うめのはなかも
<<全部鳥が食べてしまうようなことはないと思いますが,しめ縄を一面に張ってしっかり守りたいほど見事な梅の花です>>

ここまで万葉集に出てくる「まく欲し」を見てきましたが,読者の皆さんが「見まく欲し」といつも感じて頂けるような内容のブログに,これからもして「行かまく欲し」と考えています。
さて,次回から「心が動いた詞(ことば)シリーズ」はお休みにして少し早いですが,夏休みスペシャルに入ります。
夏休みスペシャル「長尾街道を歩く」に続く。

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