2012年12月16日日曜日

今もあるシリーズ「苗(なへ)」

先月(11月)18日の北海道は,記録的に初雪が遅かったそうです。旭川は観測史上もっとも初雪が遅かったとのことです。ところが,今月に入り気候は一変しました。冬至はまだ先だというのに真冬並みの寒波が繰り返しとやってきています。
各スキー場は営業開始予定が今週末からのところも多いですが,すでに雪は結構積もっているようですね。このまま大寒の時期になるとどんな寒さになるかちょっと心配ですし,雪国の方々にとっては長くて厳しい冬になるのかなと非常に気になります。
さて,これからさらに本格的に寒くなるという時期ですが,今回の話題は植物の苗の話です。
万葉時代,農家は今と同じ田植えをすでに行っていたことが,次の万葉集紀女郎(きのいらつめ)が大伴家持に贈った短歌でわかります。

言出しは誰が言にあるか小山田の苗代水の中淀にして(4-776)
ことでしはたがことにあるか をやまだのなはしろみづの なかよどにして
<<頻繁に逢いたい言い出したの誰ですか?山奥にある田の苗代に引く水路が途中で淀んで流れなくしてしまったのは,家持君の方だよ>>

この短歌を紀女郎が家持に贈る前,家持は紀女郎に「貴女を恋い慕う気持ちは変わらないけれど,忙しくでなかなか逢う時間が作れない」という意味の短歌を贈っています。
<万葉集の苗代から見えるもの>
相聞歌としてこのやり取りは非常に興味がありますが,本日のテーマは「苗」なので,この短歌の「苗代」について考えます。
稲作は稲の実(米)を種として,薄く水を張った柔らかく,平らな土(これを苗代と呼びます)の上に均等に蒔きます。そして,10㎝ほど芽がでたら,土ごと切り取って,数株ずつ分けて,実ったとき稲刈りをする田に田植えをします。
田植えは,苗代でそのまま育てる場合,育成途中に間引きという行為を何度か行う手間が掛かります。その点,田植えの手間をいとわなければ,間引きの必要がなく,種(米)を無駄にしません(すべての種を育てます)。
<山奥の稲作の苦労と談諸関係の苦労>
この短歌でさらに興味深いのは,山奥にある田の話です。万葉時代には,稲田の開墾がかなり進み,里山深くに田ができていたということを示します。今,明日香村やその付近の里山を訪れると美しい棚田をたくさん見ることができます。もしかしたら,万葉時代もこのような棚田が数多く見られたのではないかとこの短歌で想像したくなります。
しかし,山深い場所で南国系の稲を育てるには工夫がいります。その一つが水路です。山の水をそのまま苗代に流すと水が非常に冷たく,稲の苗を痛めてしまいます。
そのため,苗代の入るまでの水路を長くして,水路を通っていくうちに水の温度が上がる仕組みを考えていたと考えられます。しかし,水路を長くすることは簡単ではありません。長ければ長いほど水路の下り傾斜を緩やかにしなければなりません。
少しでも逆勾配や落ち葉・泥などで詰まった部分があると,水はそこで止まってしまいます。管理する農家は,常に水路の泥や落ち葉をきれいにさらい,逆勾配の場所を付近の部分も含めて緩やかな下り勾配になるよう維持しなければなりません。
恋愛関係の維持するのは,そんな気の使い方が必要だと年上の紀女郎は若き家持に教えたのかもしれませんね。
次は稲以外の苗について大伴駿河麻呂(おほとものするがまろ)が大伴坂上二嬢(おほとものさかのうへのおといらつめ)を妻問う(娶る)ときに詠んだ短歌を紹介します。

春霞春日の里の植ゑ子水葱苗なりと言ひし枝はさしにけむ(3-407)
はるかすみかすがのさとの うゑこなぎなへなりといひし えはさしにけむ
<<春日の里のお家にある庭の池に植えられたコナギはまだ早苗でしたが,今は枝が分かれるほど立派に育ちましたでしょうか>>

この短歌は二嬢のお母さんである大伴坂上郎女(いらつめ)に贈ったようです。二嬢のお姉さんの大嬢は家持と結婚し,二嬢も奈良時代の大伴家としては出世した方の駿河麻呂と結婚させた母坂上郎女の手腕はなかなかのものだと改めて感心します。
さて,コナギは水生植物で育つと紫色の可憐な花を咲かせます。駿河麻呂と二嬢は幼いころから許婚(いひなづけ)であったのかもしれません。二嬢をコナギに喩えて詠んだようです。
もう1首,稲以外の苗を詠んだ詠み人知らずの短歌を紹介します。

三島菅いまだ苗なり時待たば着ずやなりなむ三島菅笠(11-2836)
みしますげいまだなへなり ときまたばきずやなりなむ みしますがかさ
<<難波の三島江に生えている菅はまだ苗だから,十分育つまで待とうとすると,だれかに刈り取られて結局三島菅笠ができず着けることができない>>

あきらかに菅は若い娘の喩えです。可愛いけどまだ幼いといって放っておいたら,いつの間にか別の男に取られていたということですね。そんな経験のある男性は,結構多いのではないでしょうか。
実は,私が小学校のとき好きだった同級生の女子の名前が早苗でした。その子が好きな男子生徒は結構いて,競争相手が多くて結局付き合えなかったのですが,「苗」のことを書いていて,少し思い出してしまいました。
さて,次回は三島菅笠の「笠(かさ)」を取り上げます。カサといっても雨の日に使うものではなく,どちらかというと夏のかんかん照りのときに頭にかぶる方のものです。
今もあるシリーズ「笠(かさ)」に続く。

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