2012年11月4日日曜日

今もあるシリーズ「枕(まくら)」

<枕は意外と接する時間が長い>
皆さんが毎日多くの時間皮膚を接しているものに衣類がありますが,「枕」も負けていません。衣類はとっかえひっかえして着回ししますから,一つのものをずっと着ている人は,今の日本では比較的少ないのかもしれません。
しかし,枕を毎日取り換えたり,何曜日用の枕を用意てしている人は,ずっと同じ衣類を着ている人より少ないのではないでしょうか。それくらい枕は使い込むものだと私は思います。
最近出張で宿泊したビジネスホテルでは,硬い枕と柔らかい枕の両方を置いていました。また,観光でよく泊まる奈良駅前のホテルでは,ロビー階のエレベータホール前に20種類ほどの枕を用意して,宿泊客が選べるようにしています。枕にこだわる人が多くなっている証拠かもしれませんね。
<万葉集では枕が意外と出てくる>
さて,万葉集では枕を詠んだ和歌が何と60首近くも出てきます。枕単独で出てくることも圧倒的に多いですが,次のような熟語も出てきます(枕詞の用法は除きます)。

石枕(いしまくら)‥石の枕。旅先で野宿するときの枕
草枕(くさまくら)‥草を枕にするから転じて野宿,旅寝を指す
木枕(こまくら)‥木製の枕
菅枕(すがまくら)‥菅を束ねて作った枕
手枕(たまくら)‥腕で枕をすること
黄楊枕(つげまくら)‥柘植の木で作った枕
新手枕(にひたまくら)‥初夜,男女の初めての契り
枕く(まく)‥枕にする。抱いて寝る
枕片去る(まくらかたさる)‥枕を床の片方に寄せて寝る

このように,万葉集で枕は男女の共寝のイメージ,旅先でちゃんとした枕で寝られないこと(旅のつらさのイメージ)を表現するとき使われていることが想像できます。
実際の和歌を見てみましょう。

ここだくも思ひけめかも敷栲の枕片さる夢に見え来し(4-633)
ここだくもおもひけめかも しきたへのまくらかたさる いめにみえこし
<<こんなにたくさんいつもあなた様のことを思っております。枕を寄せておなた様が床に入ってくださるのをお待ちしているとあなた様が入ってくる夢を見ましたの>>

この短歌は,志貴皇子(しきのみこ)の子である湯原王(ゆはらのおほきみ)と娘子(をとめ)との相聞(さうもん)歌のやりとりの娘子から湯原王に贈った1首です。湯原王には正妻がいたようですが,娘子に対する恋の炎に火が付いたようです。
当時は正妻以外の女性と恋愛関係となったり,側室を持つこと法的にも社会風習的にも許されていたようです。しかし,女性側からすれば自分が最も愛されていることの確証がほしいと思うのは当然のことではないでしょうか。
さて,正妻と娘子の二股をかけている湯原王はその後のやり取りの中で次の短歌を娘子に贈っています。

我が衣形見に奉る敷栲の枕を放けずまきてさ寝ませ(4-636)
あがころもかたみにまつる しきたへのまくらをさけず まきてさねませ
<<私の衣を私の代わりとして差し上げます。私が来ないからといって枕を離すことなどせず、この衣を身を包んでおやすみください>>

「湯原王ちゅうのは,なんちゅう悪いやっちゃ!」と天の川君の声が聞こえてきそうですが,多少湯原王の弁護するとこのやり取り中は公務で旅の途中だったようです。ただ,湯原王と娘子との(今の感覚ではいわゆる不倫の)相聞(4-631~641)のやりとりは,私には恋の炎がメラメラ燃え立っている迫力を感じさせてくれます。

天の川 「たびとはんの奥さ~ん。たびとはんはやっぱり悪い願望持ってるさかい,気つけんとあかんで~。」

し~っ。大きな声を出すとまだ寝てる妻が起きるじゃないか。急に寒くなったのでおとなしくしているかと思ったらまた邪魔しにきたな。天の川の奴を収納に押し込んでおきましたので,先に進めましょう。
次は旅先の和歌で枕を詠んだものを紹介しましょう。

大伴の高師の浜の松が根を枕き寝れど家し偲はゆ(1-66)
おほとものたかしのはまの まつがねをまくらきぬれど いへししのはゆ
<<高師の浜の松の根を枕にして寝ていても家のことが偲ばれるなあ>>

この短歌は持統天皇文武天皇に譲位した後(持統上皇),難波に行幸(みゆき)したときに,同行したと思われる置始東人(おきそめのあづまびと)という人物が詠んだとされています。まさか付き人は野宿をさせられということはなかったと思いますが,結構長期間の行幸でホームシックになった気持ちを「(妻の手枕ではなく)松の根を枕にする」という表現を使ったのだと私は思います。
奈良時代に入って大伴家持も同じような短歌をもっとストレートに詠んでいます。

大君の行幸のまにま我妹子が手枕まかず月ぞ経にける(6-1032)
おほきみのみゆきのまにま わぎもこがたまくらまかず つきぞへにける
<<行幸に従い奉るうちに恋人と手枕(共寝)にすることなくひと月が過ぎてしまったなあ>>

この短歌を詠った頃の家持は20歳代半ばだと思われます。このような気持ちになるのは当然でしょうね。
ずっと彼を待っている女性は,次の詠み人知らずの短歌の作者のような気持ちだったのかもしれませんね。

結へる紐解かむ日遠み敷栲の我が木枕は苔生しにけり(11-2630)
ゆへるひもとかむひとほみ しきたへのわがこまくらは こけむしにけり
<<結んだ紐を解かないまま日が過ぎるから私の木でできた枕には苔が生えているのよ>>

いずれにしても,秋の夜長,一人寝は寂しいものと感じる人は昔から多かったのかもしれません。
次回は「床」をテーマとします。次回も似たような和歌が出てきそうですが,天の川君には邪魔されないよう気をつけよう。
今もあるシリーズ「床(とこ)」に続く。

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