2011年10月30日日曜日

対語シリーズ「明日と昨日」‥昨日から今日。そして今日から明日へ。

人間は日々の営みを考えながら生きている動物といえるかもしれませんね。
この「考えながら」とは,新しい1日(今日)が始まる時,当面の暮らしにとって欠かせないことを意識しつつ前の日(昨日)までのことを振り返り,次の日(明日)に向けて今日をどうするか考えていることだと私は考えています。
その「欠かせない意識」が,たとえば特定の人との関係を特別良好に保ちたいということなら,次のような万葉集の短歌をその人に贈ってみたくなるのかもしれません。

一昨日も昨日も今日も見つれども明日さへ見まく欲しき君かも(6-1014)
をとつひもきのふもけふもみつれども あすさへみまくほしききみかも
<<一昨日も昨日も今日もお会いしました。けれど明日も会いたい貴殿なのです>>

この歌は天平9(737)年の正月に,門部王(かどべのおほきみ)という聖武天皇に仕えた高級官僚宅において開かれた宴席で橘文成(たちばなのあやなり)という出席者が主人の門部王に贈ったとされるものです。
この前の歌(6-1013)では,主人の門部王が客人を歓迎する短歌を詠っており,橘文成の歌はその返歌という意味合いが近いようです。
ただ,橘文成の歌は宴席の儀礼的な歌にするのはもったいないと考える万葉集愛好家も多く,恋の歌に分類している万葉学者さんもいるようです。
どうでしょうか,異性の職場の同僚やクラスメイトに「一昨日も昨日も今日も見つれども...」と書いたものを贈ってみれば? 相手と恋人関係になれるかも?

さて,最初に明日と昨日をいう対語シリーズなのに両方含む万葉集の和歌を出してしまいました。次に,それぞれを詠った短歌を紹介します。

明石潟潮干の道を明日よりは下笑ましけむ家近づけば(6-941)
あかしがたしほひのみちを あすよりはしたゑましけむ いへちかづけば
<<明石の潟の潮が引いた道を明日からは心の中で微笑みながら歩くことだろう。家が近づいているので>>

この歌は,山部赤人播磨へ旅をした帰りに詠んだ長歌に併せ詠んだ短歌です。
野宿もある厳しい陸路を中心とした播磨(はりま)への長い旅も終わりが見えてきたとき,家に帰ったら家族と何をしようか,何を食べようか,雨風を防げる寝床でゆっくり寝られるだろうなどと考えて行くと自然と心の中でうれしい気持ちになり,明るい気持ちになってしまうのでしょう。
赤人は,明日以降明るくなるその気持ちを「下笑ましけむ」と表現しているのです。恐らく,赤人だけでなく,旅の同行者の気持ちも代弁しているのだと私は想像します。
このように万葉集で「明日」を詠んだ多くは「明日」に期待する和歌ですが,中には次のように防人(さきもり)として故郷を後にする時「明日からは妻と別れて一人で草枕するしかない」という苦しい「明日」を詠んだ歌もあります。
作者は遠江(とほたふみ)出身の國造(くにのみやつこ)の(よぼろ)である物部秋持(もののべのあきもち)という防人です。

畏きや命被り明日ゆりや草がむた寝む妹なしにして(20-4321)
かしこきやみことかがふり あすゆりやかえがむたねむ いむなしにして
<<畏れ多いことに天皇の命を受け、明日からはカヤといっしょに寝ることになるだろう。妻なしで>>

さて,次に「昨日」について見て行きましょう。

住吉に行くといふ道に昨日見し恋忘れ貝言にしありけり(7-1149)
すみのえにゆくといふみちに きのふみしこひわすれがひ ことにしありけり
<<住吉に行く道で昨日見た恋忘れ貝。だけどただ名前だけだった(君に対する恋しい気持ちを忘れることができない)>>

昨日を詠ったこの詠み人知らずの短歌は,摂津(せっつ)地方を題材にしています。
私の勝手な解釈ですが,「すみのえの道」の「すみ」は「澄み」⇒「済み」からすっかり済んでしまった恋を忘れようと明日に向かう作者の気持ちだと思います。
しかし,「すみのえ」の海岸には「恋忘れ貝」という貝が棲(す)んでいて「それを見ると恋を忘れさせてくれる貝」があるというが,そういう貝の名前だけで結局効果は無かったんだよ~という嘆きの短歌だというのが私の解釈です。
昨日は通り過ぎた過去のことだが,忘れられない過去に引きずられるのも人間の性(さが)であることもこの短歌から感じられます。
<万葉集でのその他の扱い>
その他,万葉集で「昨日」について詠った和歌には「昨日も今日も変わりゃしない」「昨日はダメだっけど今日は期待したい」「昨日とは今日は違っているぞ」「今日の○○は昨日の△△があったから」というものもあります。
「明日」「昨日」を詠った万葉集の和歌を見てみると,結局「今日」を起点として「昨日」や「明日」と比較して,「今日(今)」の自分の想いを詠んでいる,そんな印象を私は持ちます。
<ライオン>
さて,ある生活用品メーカーが,来年から今の「おはようからおやすみまで、暮らしに夢をひろげる」というキャッチコピーから「今日を愛する。(life.love.)」という短いキャッチコピーに変えるそうです。
充実した「愛すべき今日」をしっかり生きて行く。そのために「昨日」をきちっと振り返り,「明日」を堅実に予測して「今日」を考える。そうして,今の不確実な時代に備えよ。そんなおもてに現れないメッセージもあるのかな?と私は感じています。
対語シリーズ「晴と雨」に続く。

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