2009年12月19日土曜日

万葉集で難読漢字を紐解く(む~)

引き続き,「む」で始まる難読漢字を万葉集に出てくることばで拾ってみました(地名は除きます)

行藤,行騰(むかばき)…獣の毛皮で作り、腰から脚にかけておおいとしたもの。
生す(むす)…発生する。生まれる。 「苔生す」
咽ぶ、噎ぶ(むせぶ)…飲食物、煙、涙、ほこり、香などで呼吸がつまりそうになる。
共(むた)…~と共に。「風の共(むた)」
正月(むつき)…1月。
空し、虚し(むなし)…中に物がない。はかない。仮初めである。
群(むら)…むれの古語。
腎(むらと)…腎臓の古称。転じて心のこと。
杜松(むろ)…ネズの木の古名。

今回は腎(むらと)が出てくる大伴家持の短歌を紹介します。

言問はぬ木すら紫陽花諸弟らが練りの腎に欺かえけり(4-773)
こととはぬきすらあじさゐ もろとらがねりのむらとに あざむかえけり
<<ものを言わない木ですらアジサイの花の色が移ろうように,見方によって変わる人の心の移ろいに私は翻弄されました>>

この短歌は,大伴家持久邇京(恭仁京)の地から,後に家持の正妻になったと言われる従妹(いとこ)関係の大伴坂上大嬢に送った5首の内の1首です。
奈良時代には,途中久邇,紫香楽など平城京以外に都が遷されたことがありました(久邇京は天平12年<740>12月からの約2年間遷都)。
この短歌5首は家持が久邇の地に居た(赴任?)ときに大嬢に贈ったと題詞にあり,おそらく久邇に遷都されている時期に作ったのだと考えられます。
そうすると,家持は20代前半の年齢で,相手の大嬢はさらに若い年齢だったでしょう。
若いが故に,お互い好きだという気持ちがありつつも,うまく気持ちが伝わらなかったり,相手の自分に対する気持ちを確かめられなかったり,相手の別の異性との関係を計りかねたりで,お互い苛立つ気持ちが少なくない中,家持はこの短歌を詠んだのかも知れません。
次の短歌(5首の最後)では,家持は自分の気持ちが伝わらないことに自棄になったような短歌を詠んでいます。

百千たび恋ふと言ふとも諸弟らが練りの言葉は我れは頼まじ(4-779)
ももちたび こふといふとも もろとらが ねりのことばは われはたのまじ
<<何度も何度も「恋しい」と言うことはあっても,多くの人が使うような上手な言葉で貴女が恋しい気持ちを表そうとは私は思わないのです>>

その後,2人の間にはさらに別れの危機が訪れることになったようですが,最終的に2人を結婚まで導いたのは,大嬢の母で,家持の叔母である坂上郎女であったと私は想像します。
万葉集の出現は前の番号ですが,時期はこの2首よりずっと後に坂上郎女が詠んだものだと推測できる次の短歌があります。

玉守に玉は授けてかつがつも枕と我れはいざ二人寝む(4-652)
たまもりにたまはさづけてかつがつもまくらとわれはいざふたりねむ
<<大事に守ってくださる御方にやっと私の娘を嫁がせることができました。これからは枕と私の二人で寝ることになりますね>>

(「め」「も」で始まる難読漢字に続く)

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