2012年7月8日日曜日

対語シリーズ「押すと引く」‥押しが強ければ引き技もきれいに決まる?


<「天の川」特集は今年も好評>
このブログの閲覧数が先月後半から急増しています。閲覧頂いているほとんどの記事が,昨年の七夕に合わせてアップした「天の川」特集の3編です。
昨年の同時期の閲覧数も急増しましたが,うれしいことに今年はそれをはるかに超える数になっています。ありがたいことですね。
多くの方々に見て頂くことは大変光栄ですし,また「天の川」特集を閲覧して頂いたことをきっかけに,当ブログの他の記事もご覧頂くことになれば幸いです。
さて,昨晩は前回の投稿で写真紹介した壱岐の「天の川酒造」が1986年の貯蔵した麦焼酎「天の川」プレミヤム25年をストレートで味わいました。アルコール度数36度にも関わらず,非常にまろやかでした。それでいて,酔い心地が良く,ゆったりした気分にしてくれました。焼酎というより,熟成したウィスキーに近い味わいのように感じました。
<相撲の押し技と引き技>
ところで,今日から大相撲名古屋場所が始まります。久々の日本人力士優勝があるか,注目をしています。私にとって,相撲は四っ相撲からの豪快な投げ技も見事と感じますが,激しい押し相撲の迫力も見ごたえを感じます。しかし,引き落とし,はたき込み,肩透かし,突き落とし,送り出しなどの鮮やかな引き技も私には魅力に感じます。引き技によって負ける力士は自分が前へ押す力を利用されて引き技に引っ掛かるのだろうと思います。
引き技をあざやかに掛けるためには,相手に(余力を持たせず)渾身の力でこちらら向かってくるように仕向けなければなりません。引き技を掛ける方もまず渾身の力で相手を押し,相手に堪える力を出させます。そして,相手がもう少し力を出せば押し返せると思った瞬間を見計らって引き技を掛ける。そうすると,労せずして相手は力余ってばったり倒れたり,土俵を割ったりします。

万葉集では,相撲の技は出てきませんが,「押す」と「引く」の言葉は多数の和歌で詠まれています。まず,「押す」を詠み込んだ詠み人知らずの東歌(作者は人妻)です。

誰れぞこの屋の戸押そぶる新嘗に我が背を遣りて斎ふこの戸を(14-3460)
たれぞこのやのとおそぶる にふなみにわがせをやりて いはふこのとを
<<誰だろう,家の戸を揺さぶっているのは?新嘗祭のお祝いに私の夫が出かけているのを知っていて家の戸を(揺さぶっているのは)>>

万葉時代の東国は,おおらかな習慣があったのを示したいがために,編者はこの短歌を万葉集に入れたのでしょうか。
もし,本当に女性にとって迷惑だったら歌にしないでしょうね。亭主以外と密通なんて,今でもハラハラドキドキの想像が膨らむ短歌です。もちろん,人妻の立場で東国の男性がこの短歌を創作して,宴会で歌った可能性もあるでしょうね。
ただ,当時の平城京の男性達はこの短歌を見てどう思ったでしょうか? 東国は自由でいいなあ,東国へ行ってみたいなあ,東国で暮らしたいなあ,などと思ったかもしれません。私は万葉集の編者が東国へ誘おうとする意図を感じてしまいます。
次は東歌ではないですが,駆け落ちを想像させる詠み人知らずの短歌も万葉集にはあります。

奥山の真木の板戸を押し開きしゑや出で来ね後は何せむ(11-2519)
おくやまのまきのいたとを おしひらきしゑやいでこね のちはなにせむ
<<この重い無垢の板戸を押し開いて,さあ出ていらっしゃい。今しかないのだ>>

何か,あれをしてはいけない,これをしてはいけないという重い慣習を思い切って押し破るイメージでしょうか。
さて,今度はもうひとつの「引く」をテーマとした少し滑稽な短歌をいくつか紹介します。

梓弓引きみ緩へみ来ずは来ず来ば来そをなぞ来ずは来ばそを(11-2640)
あづさゆみひきみゆるへみ こずはこずこばこそをなぞ こずはこばそを
<<弓を引く,弛めるのように,来ないのなら来ない、来るのなら来るとはっきりしてくださいな。なのに来るとか来ないとか曖昧なことばかり言って,もう!>>

弓を引くとはしっかり的を絞るという意味かも知れませんね。煮え切らない男の態度に業を煮やしたのかも。
さて,次は無精ひげを生やした僧侶達をコケにしたこれも詠み人知らずの短歌です。

法師らが鬚の剃り杭馬繋いたくな引きそ法師は泣かむ(16-3846)
ほふしらがひげのそりくひ うまつなぎいたくなひきそ ほふしはなかむ
<<横着して鬚を剃らないで伸びて来た坊さんの鬚に馬を繋いで強く引かせてはいけないよ。坊さん泣くだろうからね>>

万葉時代,仏教の僧侶と言えば非常に高貴であり,時代の最先端の知識を持っていたエリートでした。当時の僧侶は,頭と顔を綺麗に剃り,清潔感溢れるスターのイメージです。
しかし,着ている衣(袈裟)は同じでも,行動力,態度,知識,書,講話力,修行の重ね具合などの実力には,それぞれ差が大きかったのでしょう。こんな髭を馬に引っ張られて痛がる僧をイメージした短歌が作られるくらいですから。ただ,僧侶の方も負けていません。この短歌に対して「拙僧を馬鹿にすると,税の取り立てが厳しくなり泣くことになるぞよ」と返しています。
そのほか,「引く」を詠み込みだ万葉集の和歌は80首超でてきます。引く対象は弓や馬以外に,網(あみ,つな),舟,眉,裳,裾,水,葛,麻,花などがあります。
対語シリーズ「親と子」に続く。

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