2009年8月7日金曜日

万葉集で難読漢字を紐解く(く~)

引き続き,「く」で始まる難読漢字を万葉集に出てくることばで拾ってみました(地名は除きます)

消(く)…消す。
裹(くぐつ)…莎草(くぐ)で編んだ袋。藻または貝などを入れるのに用いる。
釧(くしろ)…装身具の腕輪、ひじまき。
奇し(くすし)…不思議である。人知では計り知れない。
腐す(くたす)…くさらせる。だめにする。
降たち(くたち)…末になること。夕暮れ。夜が次第に更けること。
隈廻(くまみ)…曲がりかど。
枢(くる)…扉の端の上下につけた突起を框(かまち)の穴に差し込んで開閉させるための装置。くるる。
反転(くるべき)…糸を繰る道具。

次の和歌は,志貴皇子の子である湯原王が反転(くるべき)を詠んだ和歌です。

吾妹子に恋ひて乱れば 反転に懸けて寄さむと 余が恋ひそめし(4-642)
わぎもこにこひてみだれば くるべきにかけてよさんむと あがこひそめし
<<貴女に恋して心が乱れたら 糸車に掛けて依り合わせればよいと思って 僕は貴女を恋し始めたのです(でも,簡単には僕の心の乱れは依り合わす(治す)ことができません)>>

この和歌は,湯原王が新しく交際を始めてしばらくたった娘子との間でやり取りした12首の相聞歌の最後の和歌です。
この娘子が誰で,その後湯原王と娘子の恋愛がどうなったのかは不明です。
この時点で湯原王にはすでに正室がいたようです。
娘子を側室にしたいと考えているのか,単なる浮気相手なのかも不明ですが,次のお互いが湯原王の正室を意識した和歌のやり取り部分は,なかなか見応えがあります。

家にして 見れど飽かぬを 草枕 旅にも妻と あるが羨しさ(4-634)
いえにしてみれどあかぬを くさまくらたびにもつまと あるがともしさ
<<お宅ではいつも美しく,そして旅先でもいつもご一緒の奥様をお持ちのあなた様が羨ましいですこと>>

草枕旅には妻は率たれども 櫛笥のうちの玉をこそ思へ(4-635)
<くさまくらたびにはつまはゐたれども くしげのうちのたまをこそおもへ
<<旅にいつも妻は一緒にいるけれど,宝石箱の中の宝石のように美しい貴女だけをいつも思っているのですよ>>

娘子の鋭い一撃の和歌に,湯原王は防戦一方でなんとかやっと返歌をしたというように私には感じられます。
娘子の和歌では,湯原王の自分に対する本気度を確かめないという娘子の気持ちが強く感じられます。
皇族である湯原王が自分を単なる遊び相手思っているだけなら相手に対する思いも冷めて別れてしまうか,湯原王のことがどうしても好きなら自分に対して本気にさせるように仕向けるかのどちらかを選択する必要があるからでしょう。
娘子の気持ちが実際どうなのか知りたい方は,是非この12首の二人の相聞歌を見て分析してみてください。

ところで「正妻がいるのに別の女性を口説く湯原王は悪い」という倫理観や社会通念による見方がたしかにあります。
でも,そんなことを言うと源氏物語における光源氏の行動のほとんどすべては「悪い」ということになってします。
お互いの愛を確かめ合う表現力は,正規の夫婦間のような安定した関係では多分あまり進化せず,いわゆる「少しアブナイ関係」の方が気持ちを伝えあう努力を必死になって行い,表現力が進化していくのかもしれません。
ただ,そういった表現力の進化とは裏腹に「アブナイ関係」の進行結果がハッピーな結果となるかはまったく別の話です(念のため)。
渡辺淳一の小説「失楽園」の筋書きのようになることは,小説上二人だけの愛の深さの程度表わす比喩としては在りえても,実際起こったら決して誰も幸せにしないと私は思います。
おっと,1か月前の七夕に現れた天の川君からメッセージがきました。
「たびとはん。あんたは『失楽園』の主人公久木みたいなお金や時間はないさかい,そんなことぜ~んぜん心配せ~へんかて大丈夫とちゃう?」 (「け」で始まる難読漢字に続く)

0 件のコメント:

コメントを投稿