2009年7月24日金曜日

万葉集で難読漢字を紐解く(か)

引き続き,「か」で始まる難読漢字を万葉集に出てくることばで拾ってみました(地名は除く)

嬥歌(かがひ)…上代,東国で歌垣(男女が集まって互い和歌を詠み交わし,舞踏して遊んだ行事)のこと。
耀ふ,赫ふ(かがよふ)…きらきらとゆれて光る。ちらつく。
篝(かがり)…かがり火。
皸る(かかる)…手足の皮がひびわれる。あかぎれが切れる。
杜若(かきつはた)…カキツバタ
陽炎(かぎろひ)…日の出前に東の空にさし染める光。
水夫、水手(かこ)…舟を漕ぐ者。ふなのり。水夫。
瘡(かさ)…皮膚病の総称。瘡蓋(かさぶた)は比較的ポピュラー。
挿頭(かざし)…頭髪または冠にさした花または造花。
炊く(かしく)…めしを炊く。
畏し(かしこし)…恐れ多い、ありがたい。
徒歩(かち,かし)…かち、歩行、徒歩。「かし」は東国の方言。
楓(かつら)…フウ(カエデ)の木の古称。
鬘(かづら)…かつら、頭飾り。
愛し(かなし)…愛おしい。
適ふ(かなふ)…丁度よく合う。適合する。
桜皮(かには)…白樺の古名?
蛙(かはず)…カエル。
峡(かひ)…山と山の間の狭い所
卵(かひご)…鶏や小鳥の卵
腕、肱(かひな)…肩から肘までの間。二の腕。また、肩から手首までの間。
感く(かまく)…感ずる。感動する。心が動く。かまける。
竈(かまど)…土・石などで築き,その上に鍋・釜などをかけ,その下で火を焚き,煮炊きするようにした設備。
醸む(かむ)…酒を造る。
甕、瓶(かめ)…液体を入れる底の深い壺形の陶器。
糧(かりて)…かて。

この中で,今回は「卵(かひご)」が出てくる長歌の冒頭を紹介します。

鴬の卵の中に 霍公鳥独り生れて 己が父に似ては鳴かず 己が母に似ては鳴かず~(9-1755)
うぐひすのかひごのなかに ほととぎすひとりうまれて ながちちににてはなかず ながははににてはなかず ~
<<鶯の巣のある卵の中の霍公鳥は,本当の親と一緒ではなく一人ぼっちで生まれて,育ての父・母と似た鳴き方はできない ~>>

この和歌は,托卵本能(他の鳥の巣に卵を産みつけ,他の鳥に育てさせる習性)のある霍公鳥を子供が実の親に育ててもらえないことを哀れと思って読んでいる歌です。この長歌の反歌では,次のように「哀れその鳥」と詠んでいます。

かき霧らし雨の降る夜を 霍公鳥鳴きて行くなり あはれその鳥(9-1756)
かききらしあめのふるよを ほととぎすなきてゆくなり あはれそのとり
<<急に霧が立ち込め雨が降る夜を 霍公鳥は鳴いて行くという 哀れなその鳥よ>>

当時,霍公鳥の托卵の習性については,一部の人はすでによく知っていたのでしょう。
しかし,托卵する側の鳥(この場合霍公鳥)は人間のように生活に困ったり,子育てに興味がなくなって子供を捨てるのではなく,托卵する際,元からあった仮親(この場合は鶯)の卵を1個捨て,元の数と合わせ分からないようにするそうです。また,霍公鳥の卵の方が先に生まれて,まだ生まれていない鶯の卵をすべて下に落としてしまうという残酷なことをするようです。それと知らず,鶯の親は霍公鳥のヒナを唯一残った自分のヒナと思って巣立ちまで育てるそうです。
他の鳥類の親が自分のヒナと勘違いし,親代わりになってくれ,ちゃんと独りで育つことが分かっているから托卵をするのでしょうね。
すなわち,鳥の世界は鳥の世界で,人間には残酷と移る行為を行っているようだけど,自然の摂理として,鶯も霍公鳥も子孫を絶やすことなく生きているということになります。
<人間に当てはめると>
この和歌は,托卵の残酷さまでは知らずに,霍公鳥のヒナの哀れに見える様を通して,実の親に捨てられた人間の哀れ,悲しみ,孤独感,それでも頑張っている姿を詠っていると私には感じられます。

その背景として,大化の改新により戸籍制度が整備されるにしたがって,(良い意味でも悪い意味でも)血のつながりを意識するようになった人々が,実の親,実の子,里親,里子,継親,継子の位置づけが明確になることで,辛い思いを強く感じる人が増えたのではないかと私は考えています。
戸籍によって個人を管理することは,社会システムの効率化には重要な要素です。しかし,その情報が保護されないで誰でも知れるようになると差別や疎外をもたらすことが十分考えられます。
現代では,機微な個人情報を適正に保護できるコンピュータシステムの高度化だけでなく,個人情報を扱う人の倫理観の醸成が本当に必要だと私は改めてこの和歌から感じるのです。(「き」で始まる難読漢字に続く)

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