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2016年4月30日土曜日

改めて枕詞シリーズ…うつせみの(3:まとめ) 他人はあなたの普段と違う行動を見ている?

2016年もGWに入りましたね。忙しくでなかなかゆっくりする時間がなかったのですが,少しだけ羽を伸ばしています。
さて,枕詞「うつせみの」の最後は,人の噂に関する万葉集の和歌を集めてみました。
特に若い男女の仲の噂です。貴族たちがそういった和歌を詠み,たしなんだのは,幼少のときから正しい日本語(やまと言葉)を身に着けるための教育手段として作歌を教えられていた可能性があると私は感じます。
東歌防人の歌をみれば分かりますが,地方の若い人たちも上手い/下手はあったとしても和歌が詠めるのであれば,和歌の作歌教育は受けている可能性が高いと思われます。
万葉集は,上は天皇から下は乞食までの和歌が治められているということは,和歌に対する教育が多くの階層の人たちに行われていたことに私は注目したいのです。
そして,その作歌教育の内容における最低ラインは基本的に貴賤の隔てがないとすると,共通的に教育が行なわれていたのでしょう。
その教育の結果として,万葉集を編むことができたとしたら,歴史には残っていないどんな人がその教育を考え,実行に移したのか,その背景に大きな興味をもつのです。
私はオリンピックなど大きなイベントの素晴らしい演出やエンターテインメントを見て感動することも当然あります。
ただ,目に見える部分ではないところでどんなスタッフが本番の支援や準備段階で動いているかがいつも気になるのです。彼らの多くは公式記録には残らないかもしれません。
そんなスタッフたちの優秀な働きがなければ,いくら有名タレントを担ぎ出しても高度なイベントの成功は難しいかもですね。
さて,最初は詠み人知らずの短歌です。

うつせみの人目を繁み逢はずして年の経ぬれば生けりともなし(12-3107)
うつせみのひとめをしげみ あはずしてとしのへぬれば いけりともなし
<<(世の中の)人目が多くあり,お逢いしないようにして年が過ぎていくことは生きている意味を感じないくらいだ>>

今で言えば有名タレントの男女が人目を避けて付き合っているような状況でしょうか。
これがいわゆる不倫となれば,ますます人目を避けなければいけないのかもですね。よくわかりませんが..。
次の詠み人知らずの短歌などはもっと危ない間柄でしょうか。

心には燃えて思へどうつせみの人目を繁み妹に逢はぬかも(12-2932)
こころにはもえておもへど うつせみのひとめをしげみ いもにあはぬかも
<<心が燃えるほどあの人を恋しているのに,(世の)人目がいっぱいで,いつまでも逢えないままでいるのか>>

なかなか逢えないほど逢いたいと思うのは,無粋な話ですが,私が大学で専攻した経済学でいう稀少価値の原理ですね。
<希少性に価値がある>
レアなほど価値を感じる。なかなか逢えないから逢うことに対し大きな価値を感じる。
逆に,スマホでお互いの声が聞けたり,お互いの動画がいつでも見られる状況では,恋人同士でもただ逢うだけというのば価値が下がってしまっているのかもしれませんね。
だから昔の方が良かったなんて言うつもりはありません。ただ,そんなコミュニケーション手段が高度化した今でも孤独感に陥る人は多いと聞きます。
結局,人が孤独感から解放される状態とは,楽しいと感じる時間を共に過ごせる人がたくさんいることが必要なのかもしれません。
最後に紹介するのは,相手の言葉がどこまで本心か(自分のことを恋しいと思っているのか)を確かめようとする詠み人知らず女性が詠んだ短歌1首です。

うつせみの常のことばと思へども継ぎてし聞けば心惑ひぬ(12-2961)
うつせみのつねのことばと おもへどもつぎてしきけば こころまどひぬ
<<世の中のどなたに対しても普通に仰る言葉と分かってはおりますが,何ども「好きだ」と仰られるのを聞けば,心が乱れてしまいます>>

こうやって,この短歌の作者は相手の男性の気持ちを探ろうとしているのでしょう。
さて,今は男女平等の世の中です。相手の女性の本心がどうなのか,探る手立てを男性も熟練するためにいろいろ練習してみる必要があるのではないでしょうか。
女心が分からないと何もしないで待っているだけでは良い女性は見つかりません。一発で決める事ばかり考えず,いろいろ試しにウィットに富んだ問いかけをしてみませんか?
改めて枕詞シリーズ…あしひきの(1)に続く。

2015年12月17日木曜日

今もあるシリーズ「音(おと,ね)(5)」…慟哭のシーンは大声で泣く姿か?泣くのを我慢している姿か?

「音(おと,ね)」の5回目は人が「泣く音(声)」について万葉集を見ていきます。
韓国の人が,家族が事故や災害で亡くなると,たいへんな大声で泣く姿が報道されることがあります。
おそらく,韓国ではその声の大きさが悲しみの大きさと比例していると感じられ,悲しみを表現する代表的なシーンとなるのでしょう。
ところが,日本では「悲しみを堪え,耐えている姿」が悲しみの大きさを表すようです。
本当は大声で泣きたいのだけれど,必死に堪えている・常に自制することを美徳とする日本人にはそれが深い悲しみを他者が感じるシーンと映るのでしょう。
このように,慟哭の感情表現の仕方は国(たとえ隣国といえども)の文化や美徳とする考え方の違いで結構異なることがあります。
これを理解しない人が見ると「なんて日本人は冷たい人種なんだろう」「韓国人は意図して大袈裟にやっているだけだろう」というように,間違ったとらえ方をしてしまうことがあります。
自分たちの美徳や感情表現がどの国でも通用すると思い込むことは,相手から理解されない価値観の押し付けになってしまうことにお互いが注意していく必要あると私は思います。
さて,万葉集では「音のみし泣く」という表現が出てきます。意味は「声をあげて泣くばかり」となりそうです。

例として,中臣宅守(なかとみのやかもり)が越前に配流のとき狭野茅上娘子(さちのちがみのをとめ)に贈った短歌1首と逆に娘子から宅守に贈った短歌2首を紹介します。

あかねさす昼は物思ひぬばたまの夜はすがらに音のみし泣かゆ(15-3732)
あかねさすひるはものもひ ぬばたまのよるはすがらに ねのみしなかゆ
<<昼はただぼ~思い悩み,そして夜はずっと声をあげて泣いてばかりになりそうだ>>

このころは君を思ふとすべもなき恋のみしつつ音のみしぞ泣く(15-3768)
このころはきみをおもふと すべもなきこひのみしつつ ねのみしぞなく
<<この頃は,あなたを思うとどうしてよいかも分からず,恋しい思いが募り,ただ声をあげて泣いてばかりなのです>>

昨日今日君に逢はずてするすべのたどきを知らに音のみしぞ泣く(15-3777)
きのふけふきみにあはずて するすべのたどきをしらに ねのみしぞなく
<<昨日も今日も,あなたに逢えないので,どうすることもできず,声を上げて泣いてばかりなのです>>

最初の宅守の贈歌(夜泣いている)に対して,娘子は昼も夜も,昨日も今日も声をあげて泣いていることを返します。
枕詞を2つも使って詠んだ宅守(線が弱そう)に対して,強い言葉をたくさん使って詠んだ(線の強そうな)娘子という構図が見えてきそうですね。
最後は,別の声を出してなく表現の言葉を使った詠み人知らず(女性)の短歌です。

思ひ出でて音には泣くともいちしろく人の知るべく嘆かすなゆめ(11-2604)
おもひいでてねにはなくとも いちしろくひとのしるべく なげかすなゆめ
<<思い出して声に出して泣いたとしても,はっきりと人に知られてしまうように嘆いたりしないわ>>

恋人の彼と離別したのでしょうか,それとも果敢ない恋と悟ったのでしょうか。
作者が泣くことで,気持ちの整理をつけようとするが,忘れられないのでしょう。下の句の内容は,まさに気持ちの整理ができなさそうだからでしょうか。
冒頭で示した日本人が泣くときに耐える,堪える美学は,万葉集の時代からあったのかもしれませんね。
今もあるシリーズ「音(おと,ね)(6:まとめ)」に続く。

2015年4月18日土曜日

動きの詞(ことば)シリーズ…尽く,尽くす(3:まとめ) そう,自分の思いは丁寧に丁寧に言わなきゃ伝わらないのだ

「尽く」,「尽くす」の最終回は,「言葉を尽くす」について,万葉集を見ていきましょう。
まず,以前このブログでも紹介した坂上郎女(さかのうへのいらつめ)の代表的な恋の短歌を紹介します。

恋ひ恋ひて逢へる時だにうるはしき言尽してよ長くと思はば(4-661)
こひこひてあへるときだに うるはしきことつくしてよ ながくとおもはば
<<恋しい恋しいと思ってきて,ようやく逢えた時くらいは私が喜ぶ言葉をありったけ言い尽くしてくださいな。これからも二人の仲を長く続けようと思ってくださるならね>>

この短歌は,ありったけやさしい言葉を尽くして欲しい郎女の気持ちが強く表れています。
「好きだよ」「愛してる」「もう離さないから」「君は僕のすべてだよ」な~んて,「うるはしき」言葉を何度でも恋人の男性から聞きたいのが時代を超えた女性の心理ですよね。
さあ,世の男性諸君! 頑張って(態度だけでなく)繰り返し何度も口に出して恋しい相手に思いを告げなさい! こんなことをこの短歌は教えてくれているのかも。
次は,万葉集の巻16に出てくる竹取翁(たけとりのをきな)に対して,若い娘多たちが贈った短歌の1首です。

あにもあらじおのが身のから人の子の言も尽さじ我れも寄りなむ(16-3799)
あにもあらじおのがみのから ひとのこのこともつくさじ われもよりなむ
<<とはいうものの,私の身は普通の人の子でうまく言葉を尽くして表現できないですが,私もおじいさんが言う和歌の大切さに同感します>>

竹取翁といっても,かぐや姫が登場する竹取物語とは無関係で,80歳を超える老人が,若い娘たちに人の心を動かす和歌の大切さを表現した長歌・反歌2首を贈り,それに感心した娘たちが返歌をしたのです。
当時本当にこんな和歌のやり取りがあったのか,それとも教育的見地から創作されたお話なのか私には分かりません。しかし,万葉集に出てくる和歌の多様性を表すものの一つとして私は評価したいと思います。
さて,今回の最後は馬国人(うまのくにひと)という人物が天平勝宝8年,河内(今の大阪府東大阪市周辺)の自宅での宴にいた大伴家持に送った短歌の1首です。
万葉集で馬国人が詠んだとされる和歌はこの1首のみです。

にほ鳥の息長川は絶えぬとも君に語らむ言尽きめやも(20-4458)
にほどりのおきながかはは たえぬともきみにかたらむ ことつきめやも
<<息長川の流れが絶えることはあっても、あなたにお話ししたい言葉が尽きることはありません>>

息長川は滋賀県の伊吹(息吹)山から琵琶湖に注いでいた川であったようです。現在も,滋賀県米原市に「息長」という地名が残っています。
馬国人は,家持が難波で東国から集められた防人を筑紫へ船で送る役人をしていたときに,親交があったのかもしれません。そして,家持が難波での役目を解かれたとき,この宴をセッティングした可能性があると私は考えます。
さて,万葉集は,4500首余りという和歌,そして題詞,左注を通して,膨大な言葉を「尽くして」後世の私たちに何を示そうとしたのか,私の興味はまったく尽きません。
動きの詞(ことば)シリーズ…折る(1)に続く。

2015年4月4日土曜日

動きの詞(ことば)シリーズ…尽く,尽くす(1) 心からお尽くし致します。ハイ!

今回から3回でアップする「尽く」「尽す」は,現代語で「尽きる」(現代語カ行上一段活用,古語カ行上二段活用),「尽くす」(現代語サ行五段活用,古語サ行四段活用)の両方の意味を代表しています。そのため,この3回で紹介する万葉集の和歌には,どちらかの意味で使われているものが出てきます。
今回は万葉集に「心尽す」「尽くす心」という表現を使った和歌が複数出てきますので,いくつかを紹介します。
始めは,おそらく若いころの大伴家持が交遊のあった(今で言うと付き合っていた)女性に贈った2首を紹介します。

思ふらむ人にあらなくにねもころに心尽して恋ふる我れかも(4-682)
おもふらむひとにあらなくに ねもころにこころつくして こふるあれかも
<<僕のことを思って下さる人でもないのに真心を尽くして恋しく思う僕なんだよ(片思いの僕なのです)>>

うはへなき妹にもあるかもかくばかり人の心を尽さく思へば(4-692)
うはへなきいもにもあるかも かくばかりひとのこころを つくさくおもへば
<<薄情なあなただなあ。これほどあれこれ僕に恋心を尽させるんだから>>

両方とも,家持にまだ女性へのアプローチに未熟さが残っている感じが私にはします。相手が自分のことに興味を示していないと決めつけています。自分はこんなに思っているのに相手の女性が応じてくれないという被害者意識を相手に訴えてどうするのでしょうか。
特に,相手の女性のどこが気に入っているか,好きなのかが具体的な表現がどこにもありません。
これでは相手に「若い女性なら結局誰でも良いんでしょ」という気持ちにさせてしまい,返事を出しにくくさせてしまいますね。
以上,私が若いころ女性に全く相手にされなかった経験からのコメントでした。
結局,口だけの「心尽くす」では,効果が無いようで,万葉集にはこの家持の相聞歌への返歌と思われる和歌はなさそうです。
次は詠み人知らずの女性が口先だけでない「尽くす心」を詠んだ短歌です。

大船の思ひ頼める君ゆゑに尽す心は惜しけくもなし(13-3251)
おほぶねのおもひたのめる きみゆゑにつくすこころは をしけくもなし
<<大きな船にでも乗ったように頼りきっていたあなたですもの,あなたとの恋に尽くしたわたしの心は少しも惜しいとは思いません>>

この短歌は,この前にある長歌の反歌です。長歌とこの短歌を見ると,相手の男性とどうしても別れなければならない何かしらの事情が出たのでしょう。
<別れた相手を責めない心の強さ>
この女性は,前の長歌でどれほど相手の男性を恋していたのか,恋しいけれど逢えない時の切なさで,胸が痛く,心が痛くなることばかりだった。これから別れても同じ状況が続くが,今度直接逢える時が来たら,そんな切ない気持ちはパッと晴れるに違いないと詠んでいます。
そして,この反歌で,相手が自分の心に安らぎ与えてくれる存在だったことが,恋しく思った,好きだった理由であることを述べて,これまでの恋人同士であった時期が本当に良かったとしめています。相手の男性をまったく責めていないし,かといって別れを全く受け入れられないとわがままな姿も微塵もないと私は感じます。
長い人生では大切な人との悲しい別離を受け入れなければならない時がさまざまあります。この二人は仏教が解く永遠の生命という考え方から,どこかで再会していることを願いたいですね。
動きの詞(ことば)シリーズ…尽く,尽くす(2)に続く

2014年6月9日月曜日

動きの詞(ことば)シリーズ…焼く(2) 枯草はパチパチ燃え,焼きもちは膨らんでは萎む

<学会参加に秋田へ向かう>
今回の投稿は,今日から秋田市で開かれるソフトウェア関連の学会に参加するため移動中の秋田新幹線のきれいな最新型「こまち」の中からアップしています。飛行機での移動も考えたのですが,開催場所が秋田駅のすぐ近くで,自宅から大宮経由で新幹線で行く時間と飛行機を使った時間はほとんど変わらず,さらにパソコンが自由に使える新幹線にしました。
それにしても,盛岡から秋田までは車両は新幹線のままですが,ローカル線をガタンゴトンと,のどかに走る列車旅ですね。


さて,「焼く」の2回目は「焼く」対象を前回で示した「塩」「太刀」以外のものを万葉集で見ていくことにします。
まず,最初は現在でも「野焼き」という言葉あるように,「野を焼く」とを詠んだ長歌(一部)です。この長歌,笠金村作といわれ,志貴皇子が亡くなったことに関連して詠んだとされています。

立ち向ふ高円山に 春野焼く野火と見るまで 燃ゆる火を何かと問へば 玉鉾の道来る人の 泣く涙こさめに降れば 白栲の衣ひづちて 立ち留まり我れに語らく なにしかももとなとぶらふ~(2-230)
<~たちむかふたかまとやまに はるのやくのびとみるまで もゆるひをなにかととへば たまほこのみちくるひとの なくなみたこさめにふれば しろたへのころもひづちて たちとまりわれにかたらく なにしかももとなとぶらふ~>
<<~向こうに見える高円山に,春野を焼く野火かと見えるほどの火を,『何の火ですか』と尋ねると,道をやって来る人が泣く涙は雨のように流れ,衣も濡れて,立ち止まりわたしに言うのは,『どうしてそんなこと聞くのか?』~ >>

高円山の春野を焼く野火に見えたのは,実際は野火ではなく志貴皇子が亡くなった葬式の行列の松明(たいまつ)の火だったのです。隊列をなして松明の火が遠くから見ると野を焼く火が一列になって燃え進んでいく様子と似ていたと感じた作者だが,少し様子が違うので,「何の火か?」と尋ねた。そうしたら,来る人はみんな涙に濡れていて,「志貴皇子のお葬式の隊列の火であることを知らないのか?」という返事が返ってくるというストーリーの挽歌なのです。
もう1首「野を焼く」が出てくる詠み人知らずの短歌を紹介します。

冬こもり春の大野を焼く人は焼き足らねかも我が心焼く(7-1336)
ふゆこもりはるのおほのを やくひとはやきたらねかも わがこころやく
<<春,広い野を焼く人は,野を焼くだけでは足りず,私の心まで焼いてしまう>>

春の野焼きを見ていた作者は,枯草がパチパチと音を立てて燃えるさまが,恋の炎で燃える自分の心と同じイメージができ上がったのかもしれません。
心が焼けるとは,恋の苦しさの喩えなのか,それとも相手に対する深い情念を表しているのか,焼きもちを焼いている(嫉妬心に燃えている)ことか,いや過去の恋の清算を表しているのか,この短歌は見た人のさまざまな恋の経験からいろいろな想像をさせてくれます。
結局「野焼き」は譬えであり,この短歌での焼く対象は「自分の心」ということになります。
では,次は「自分の心を焼く」を突き詰めた詠み人知らずの長歌と反歌を紹介します。

さし焼かむ小屋の醜屋に かき棄てむ破れ薦を敷きて 打ち折らむ醜の醜手を さし交へて寝らむ君ゆゑ あかねさす昼はしみらに ぬばたまの夜はすがらに この床のひしと鳴るまで 嘆きつるかも(13-3270)
さしやかむこやのしこやに かきうてむやれごもをしきて うちをらむしこのしこてを さしかへてぬらむきみゆゑ あかねさすひるはしみらに ぬばたまのよるはすがらに このとこのひしとなるまで なげきつるかも
<<焼いてしまいたいような醜い小屋,すぐ棄ててしまいたいような破れた薦を敷いた床で,へし折ってしまいたいような醜い手を絡めて他の女と寝ているあなた。それを想像すると,昼も夜も通して私が寝ている床はヒシヒシと音がするほどに嫉妬に暮れているのです>>

我が心焼くも我れなりはしきやし君に恋ふるも我が心から(13-3271)
わがこころやくもわれなり はしきやしきみにこふるも わがこころから
<<私の心を嫉妬心で焼くのも私の心がしていること。すべてそれほどあなたのことを恋している私の心のせいなのです>>

私は,この2首は女性の立場になって男性が詠んだか,女性でもあっても結構年配の女性が,若い男子に「複雑な女性の気持ちをちゃんと理解しなさい。女性は怖いのよ」と諭している和歌のようにも感じます。

天の川 「あ~あッ。ちょっと待って~な。たびとはん。」

おッ。雨が降り続いていて,ずっと寝床にいて,蒲団がカビ臭くなってきたのか,しばらくぶりに起きてきたな天の川君。

天の川 「いくら何でも,この2首は過激やあらへんか? それに,こんな喩えで若い男連中が女の気持ち分かるんか?」

私にはよく理解できるような気がするけどね。

天の川 「なるほどな。たびとはんは,よっぽと,怖い目に遭うてきはったんやな。」

余計なことを言うな! 天の川君。寝床に引っ込んでいなさい。
動きの詞(ことば)シリーズ…焼く(3:まとめ)に続く。

2014年1月13日月曜日

動きの詞(ことば)シリーズ…知る(1) 知られたくない。でも,知ってほしい!

「動きの詞(ことば)シリーズ」第1段は,2010年2月から2011年7月まで投稿を続けました。その時取り上げなかった万葉集に比較的多く出てくる動詞について,同シリーズの第2段としてしばらくお送りします。第2段の最初は「知る」について,何回かに分け万葉集を見ていきたいと思います。
<万葉時代の律令制>
万葉時代は,律令制の導入によって,力(武力)によって社会の秩序を保つのではなく,法を守ることによって社会の秩序を守る制度が浸透し始めた時代ではないかと私は感じます。
ところが,当時の法律は漢文で書かれていましたから,必ずしも庶民を含めた国民全員が一気に法律で決められたこと,守らなければならないことを知っていたわけでも,理解できていたわけでもないと思います。物事をスムーズに進めるためには,法律及び法律を施行する仕組み(行政)について,知っておく必要があったのですが。
<律令制が浸透するまで>
逆に,法律の意味を十分知り(理解し),行政側の施策を先読みし,その受け皿を他に先駆けて用意しておけば,合法的に富を得られることになります。その情報をいち早く知るため,官僚に取入り,情報を先に知っておくことの重要性も高くなっていったと思われます。
法律を知らないとせっかく努力したことが,法に違反をしていて,受け付けられなかったり,場合によっては罪になり,刑罰を受ける事態にもなったのです。
いつの時代もそうですが,いわゆる犯罪者と呼ばれる者たちは,人に知られないように法を犯した悪事をはたらき,不法に金品を取得する(盗むことなど)ことをする場合も出てきます。
<いつの時代でも不法行為は無くならない>
複数の人間(仲間)がその不法行為を行う場合,その行為が法律の番人に知られない(バレない)ように,その行為自体をたとえ家族や世話になった人であっても秘密にします。
不法行為が知れてしまうと,どれほど重い刑罰を受けることも知っていたからでしょう。
このように,律令制により「知っている」「知らない」「知らせない(秘密にする)」「知らせる(公表する)」ことが,それまでの部族(豪族)内や部族間の力の支配による時代と比べて非常に大きな意味を持つようになったのではないかと私は考えます。
さらに,万葉時代はさまざまな品物や農産物を作る技術も発達し,生産技術や知識を知って,使えるようになることで,自身の生活を安定させることができるようになった時代ともいえそうです。
<「知る」ことの重要性>
極めつけは,人の気持ち,考え,行動予定を正確に知ることが,恋,仕事,親子などにおける人間関係を円滑に進めるうえで大切だということもわかってきた時代だったのかもしれません。
そのため,万葉集ではさまざまなシーンで「知る」を使った和歌が270首以上も出てきます。
どんなシーンで詠まれているか見ていきましょう。

思ふ人来むと知りせば八重葎覆へる庭に玉敷かましを(11-2824)
おもふひとこむとしりせば やへむぐらおほへるにはに たましかましを
<<あなたが来られると知っていたら八重葎に覆われた庭に玉砂利を敷いておきましたのに>>

何の前触れもなく,妻問に来た夫に対して,妻(詠み人知らず)が詠んだのでしょう。事前に連絡が欲しいということです。当たり前ですね。一緒に暮らしていても「何時に帰る」くらい奥さん伝えておかないと,家に入れてもらえない,夕飯にありつけないこともあるくらいです(私の経験ではありませんが)。事前に「知らせる」ということが,訪問する際のマナーなのだと,この短歌は教えているように私は感じます。
次は,二人の恋を他人に知られてしまったことを詠った,これも詠み人知らずの短歌です。

山川の瀧にまされる恋すとぞ人知りにける間なくし思へば(12-3016)
やまがはのたきにまされる こひすとぞひとしりにける まなくしおもへば
<<あいつは山にある滝の急流に勝るような大恋愛をしているぞと他の人に知られてしまった。いつもいつも君のことを思っているからか>>

恋愛関係を知られると何かと恋路の邪魔をしたり,干渉する人が出てくることもあります。しかし,誰にも知られずに逢える場所も少ない当時だろうと想像できますから,他人に知られずに相手には恋しい自分の気持ちをどう伝え,その気持ちを相手に知ってもらい,確認し合うことができるのか。それが大きな問題です。
<機密情報の扱い>
今の世の中,たとえば秘密情報保護に関する法律も同じような問題を抱えているのかも知れませんね。重要な秘密情報は他国や自国内でも極端に不安に思うような人には知られたくないが,自国の関係者の間では適切な対応をするため正確な情報を共有しなければならない。そのためには,情報の発信源を確認したり,裏付けをとったりする必要があるけど,その確認作業自体,情報が関係者以外に漏れるリスクが高くなります。
<恋人同士も同じ?>
秘密にしておきたい(無関係な人に知られたくない)ことと,恋人同士や関係機関内の人の間では絶対誤解が無いように正確な気持ちや情報を共有し合って(知って)おかなければならないことの二律背反は同様に悩ましい話かもしれません。
さて,次は無駄なことだと知ってはいても,相手を恋する気持ちは止められないことを詠んだ坂上郎女の短歌です。

思へども験もなしと知るものを何かここだく我が恋ひわたる(4-658)
おもへどもしるしもなしとしるものを なにかここだくあがこひわたる
<<いくら思っても実を結ばない恋だと知っているのに,どうして私は恋し続けてしまうのだろう>>

当時の厳格な階級制度,一夫多妻制,妻問婚が是とされる世の中でも,「未亡人であっても,身分や家柄が違っても,大好きな人に自分から恋して何が悪いの?」といった郎女の熱い気持ちの表れでしょうか。郎女には男性を中心とする律令制下の法律,しきたり,倫理観などを知っていても,恋愛については受け入れることはできなかったのかも知れません。
今回は恋愛のシーンを中心に「知る」を見てみました。次回は,「知らす(治める)」について見ていきたいと考えています。
動きの詞(ことば)シリーズ…知る(2)に続く。

2013年10月14日月曜日

心が動いた詞(ことば)シリーズ「悔(くや)し」

<萬葉学会の研究大会に参加>
この土日,東京大学で行われた萬葉学会全国大会に初めて参加しました。最新の万葉集研究動向を見ておくことも重要かなとの思いで参加したのですが,残念ながら私が期待した万葉集はどんな目的で編まれたかの発表はありませんでした。
万葉仮名の詳細な分析,国文法や漢字の使用分析,日本書紀・古事記の歌謡(記紀歌謡)と対比,公的に詠んだ/私的に詠んだの違い,周辺の上代文学の研究など,さすがに専門家の研究はきめ細かく,時間をかけていることが分かりました。
万葉集を見る時間があまり取れない自分を正直悔しく感じた次第です。ただ,限られた時間のなかで可能な最大パフォーマンスを(それが結果として中途半端なものであっても)だすしかない。それが,それぞれに与えられた人生だと私は思います。私のようなアマチュアは結果をすぐに求めず,あせらず少しずつ万葉集を見ていくしかないという考えは変わりませんでした。
<今回の本題>
さて,今回のテーマの「悔し」という言葉は万葉集で20首以上に出てきます。偶然ですが,今回の萬葉学会全国大会でも「今ぞ悔しき」という言葉に触れた発表がありました。「悔し」は古事記にも出てくる古い言葉ですが,今「悔しい」という意味とほぼ同じ意味だったと考えてよいようです。
「悔し」が単独で出てくることもありますが,このように「今」とセットで使われている表現が多く出てきます。たとえば,「今ぞ悔しき」のほか「今し悔しき」などがあります。この場合短歌の最後に使われることが多いようです。
次は,柿本人麻呂吉備津采女(きびのつのうねめ)が亡くなったときに詠んだ挽歌です。

そら数ふ大津の子が逢ひし日におほに見しかば今ぞ悔しき(2-219)
そらかぞふおほつのこが あひしひにおほにみしかば いまぞくやしき
<<無数の人がいた大津でお逢いしした日に,しかっりお顔を見ておかなかったことが,今となっては悔やまれてならない>>

一方,短歌の先頭の位置に使われる場合は,「悔し」は単独で使用されています。
次は山上憶良が神龜5(729)年7月21日に筑紫で大伴旅人の妻が亡くなったとき,詠んだとされている長歌+短歌5首の中の1首です。

悔しかもかく知らませばあをによし国内ことごと見せましものを(5-797)
くやしかもかくしらませば あをによしくぬちことごと みせましものを
<<悔しいです。こうなることが予め知っていたなら,国中をことごとくお見せしたものを>>

これらは惜しい人を亡くした悔しさを詠んでいますが,相聞歌でも相手との関係がなかなかうまくいかない時に「悔し」が出てくることがあります。
次は平群女郎(へぐりのいらつめ)が越中の大伴家持に贈った12首の中の1首です。

里近く君がなりなば恋ひめやともとな思ひし我れぞ悔しき(17-3939)
さとちかくきみがなりなば こひめやともとなおもひし あれぞくやしき
<<私の住む里近くへあなたがお出でくださることになれば,恋しいあなたと逢えると,わけもなく予想をしていた自分の愚さが悔しくてなりません>>

家持は越中から奈良に一時的に帰ったのですが,平群女郎のところには寄らなかったようです。
家持と女郎は家持が越中に行く前は,相当な関係だったのかもしれませんね。
最後に,悔しい思いが晴れた詠み人知らずの短歌を紹介し,今回の投稿を閉めます。

我が宿の花橘は散りにけり悔しき時に逢へる君かも(10-1969)
わがやどのはなたちばなは ちりにけりくやしきときに あへるきみかも
<<我が家の庭にある花橘の花は散ってしまいました。一緒に我が家の花橘を見ようとと約束してくださったのにと悔しい思いをしていましたが,ようやくあなたと逢えました>>

心が動いた詞(ことば)シリーズ「楽し」に続く。

2013年9月22日日曜日

心が動いた詞(ことば)シリーズ「嬉し」

前の日曜(15日),私が学んだ大学で新しい教育棟が完成した記念に,卒業生も順次見学ができるということで,八王子まで行ってきました。
日本列島上陸間違いなしとの予報された台風が近づいてきていて,風雨が心配でしたが,私が行った昼過ぎは朝方の強い雨もやみ,少し青空がのぞくまで回復していました。

新しい教育棟はまるでホテルのような概容(12階建)で,中に入ると3階分くらいの吹き抜けの大きなエントランスホールがあり,エレベータだけでなく4階まではエスカレータが設置されていました。エスカレータで4Fまでいくと,ベランダには植物が植えられた広いカフェテリアがありました。


私が学生の頃は,50人ほどが入ると満杯になる「ロンドン」という名前の小さな喫茶室があっただけです。
15日は,昔懐かしい同期のOB・OGもたくさん来学していて,お互い年齢を重ねたことを感じながらも,再会できた幸せ感に満たされました。
また,当時の万葉集研究クラブの顧問をしてくださったN先生も新しい教育棟に研究室が移られたとのことで,同期のクラブメイトと一緒に新研究室にお邪魔をさせていただきました。N先生の研究室は11階にあり,エレベータを降りて結構長い廊下を進んでようやくたどり着けました。研究室は,まだ引っ越して直後のご様子で書籍などの整理が完全に終わっておられない状態が,逆に真新しい感じをさらに強くしました。
夜は八王子駅近辺で行ったクラブメイトとの懇談会にN先生もいらっしゃって,今回のテーマと同じ「嬉し」さが倍化しました。
さて,万葉集で「嬉し」を詠んだ和歌は12首ほどあります。まず,今の季節を詠んだ詠み人知らずの短歌から紹介ます。

何すとか君をいとはむ秋萩のその初花の嬉しきものを(10-2273)
<なにすとかきみをいとはむ あきはぎのそのはつはなの うれしきものを>
<<どうしてあなた様のことを嫌だと思うことがあるでしょうか。秋萩の初花を見るようにお目に掛かれば嬉しくてしかたないのに>>

桜の開花宣言を聞くと「春になったなあ」とか「花見ができるぞ」といったように嬉しい気持ちになりますね。
万葉時代は萩の花を見ることが楽しみだったようで(140首以上に登場),今年初めて萩の花が開花すると嬉しい気持ちになったようですね。
また,暑い夏が終わり,萩の咲いている道や庭を散策するのに良い季節となったこともあるのかもしれません。
恋人,そして妻や夫(当時は一緒に暮らさず)と逢える時の嬉しさは格別です。万葉集にも,当然そんな気持ちを詠んだ和歌が出てきます。

玉釧まき寝る妹もあらばこそ夜の長けくも嬉しくあるべき(12-2865)
<たまくしろまきぬるいもも あらばこそよのながけくも うれしくあるべき>
<<玉釧(きれいな腕輪)を巻いた腕枕で一緒に寝られるおまえがいるからこそ,いくら夜長でも嬉しいんだよ>>

この詠み人知らずの短歌も詠んだ時期は今頃でしょうか。太陽の沈む時間も夏に比べたら格段に速くなり,秋の夜長を感じる頃です。
夫の家に帰る時刻が同じであれば,夏の妻問よりも時間がたっぷりとれます。
もちろん,最愛の夫婦間では,その方が嬉しいに決まっています。
最後は,大宮仕えができる嬉しさについて,大納言巨勢奈弖麻呂(こせのなでまろ)が詠んだ短歌です。

天地と相栄えむと大宮を仕へまつれば貴く嬉しき(19-4273)
<あめつちとあひさかえむと おほみやをつかへまつれば たふとくうれしき>
<<天地と共にご盛栄されるようにと大宮にご奉仕できることで貴くも嬉しい気持ちがいっぱいです>>

この短歌は東大寺大仏開眼が終わった秋の新嘗祭の宴席で当時80歳を過ぎていた作者が詠んだものです。
当時の80歳以上の人口比率が今の100歳以上の人口比率より少なかったとすると,長寿でここまで来れた嬉しさも含んでいたのかもしれませんね。
心が動いた詞(ことば)シリーズ「さやけし」に続く。

2013年9月15日日曜日

心が動いた詞(ことば)シリーズ「こちたし」

いろいろイベントがあって,先週のアップができませんでした。さて,結構長く続いた「2013夏休みスペシャル」が終了し,久しぶりに万葉集の「心が動いたシリーズ」に戻ります。
「こちたし」は漢字を当てはめると「言痛し」と書くようです。「人の噂が多くて煩わしい。うるさい。」いったネガティブな心の動きを表現する言葉です。
人の噂で体表的なのは「恋の噂」かもしれません。現代でも有名芸能人の熱愛報道が女性誌の販売数やテレビのワイドショー番組の視聴率に大きく影響するようです。また,職場の給湯室でも,社内恋愛の噂で話の花が咲くこともままあると聞きます。あくまでも噂ですが。
当の恋人同士は,噂をされることでお互いの愛がもっと深まることもあれば,噂に翻弄されお互いの気持ちが冷えてしまうことも考えられます。
さて,万葉集にもそんな噂で恋人同士の本人たちが困っている状況は出てきます。

人言を繁み言痛み逢はずありき心あるごとな思ひ我が背子(4-538)
ひとごとをしげみこちたみ あはずありきこころあるごと なおもひわがせこ
<<人の噂が気になりお逢いしなかったのです。あなた様を思う気持ちがないなんて思わないでください。私のあなた様>>

この短歌は,正四位下まで昇進した高安王(たかやすのおほきみ)の娘の高田女王(たかだのおほきみ)が今城王(いまきのおほきみ)に贈った6首の中の1首です。
今城王の父は同じ高安王という説もあり,仮に二人が異母兄妹の関係であれば,まさに「許されない恋」となります。二人は必死になって恋人関係を他人に分からないようにしたのかもしれません。でも,二人のちょっとしたしぐさで噂は立つモノです。それが抑えられないほどいろいろな人に伝わり「人言を繁み」となり,「言痛み」となったと考えられます。
次の詠み人知らずの短歌はうるさい人の噂に対して開き直った形のものです。

言痛くはかもかもせむを岩代の野辺の下草我れし刈りてば(7-1343)
こちたくはかもかもせむを いはしろののへのしたくさ われしかりてば
<<煩わしい人の噂はどうなるのか?岩白の野辺に生えた草を私が刈つてしまうた後は>>

「草を刈る」というのは「恋を成し遂げる」すなわち「恋人宣言をする」ことを意味するのだと私は思います。このように恋人関係をオープンにすれば,とやかく言う人も気にならなくなるという意味かもしれません。
しかし,オープンにしたらしたで,いろいろ面倒なことが発生することを愛し合っているふたりに想像できるわけではなさそうです。
オープンにした後も次のような詠み人知らずの短歌が生まれます。

おほろかの心は思はじ我がゆゑに人に言痛く言はれしものを(11-2535)
おほろかのこころはおもはじ わがゆゑにひとにこちたく いはれしものを
<<いい加減に思っているなんてことはないよ。君には僕のために人にとやかく言われ辛い思いをさせているのに>>

噂を立てられ,仕方なく公表したら,今度は相手の自宅までゴシップ記者が押し掛ける騒ぎになってしまった有名タレントが恋人に贈るときに使えそうな短歌ですね。
心が動いた詞(ことば)シリーズ「嬉(うれ)し」に続く。

2013年7月14日日曜日

心が動いた詞(ことば)シリーズ「ゆゆし」

<郡上八幡への訪問>
この前の月曜日から水曜日まで,コンピュータソフトウェアに関する学会のシンポジウムに参加するため,岐阜市に行ってきました。岐阜市は35度以上の猛暑が続いていましたが,会場や宿泊先のホテルで冷房が効いていて快適に過ごせました。
そのシンポジウムは毎年場所を代えて開催されているのですが,私は本当に久しぶりの参加でした。学会の幹事の方や大学の先生方と久しぶり再会できた人も多く,懇親会では初めて名刺を交換した人だけでなく,そういった方々とも楽しくソフトウェア工学の研究動向についてお話ができました。
また,岐阜市に行ったついでに親しい参加者数人と車で郡上八幡を訪れました。
郡上おどりはまだ始まっていませんでしたが,天気に恵まれ,静かな郡上八幡の城下町,清流だけど水量豊かな吉田川,八幡城から眺めた街並みや青々とした山並みは本当に素晴らしいと感じました。






郡上八幡は,食品サンプル(レストランの入り口横に飾ってある料理のイミテーション)の創始者とも称される岩崎瀧三の出身地で,食品サンプルを作る産業が盛んだそうです。郡上八幡で作られた食品サンプルの全国シェアは60%もあるらしく,時間の関係でちら見しかできませんでしたが,街には食品サンプルを売る店やサンプル作成の体験ができる工房もありす。


昼食で食べた郡上八幡城下町エリアのお店の「うな重」は最高でした。ここのウナギはミネラル分豊かな郡上八幡の湧水で何日も過ごしてからさばかれているのかもしれませんね。


天の川 「たびとはん。わいに黙って,自分だけウナギを食べたんか! えろ~,ゆゆしいこっちゃ!」

天の川君,ちょうど今回のテーマの「ゆゆし」を使ってくれてありがとう。素晴らしい連携プレイだね。

天の川 「褒めてごまかしてもアカンで。わいにもウナギ,ウナギや,ちゅうねん!」

<本題>
無視して本題に移りましょう。「ゆゆし」は,天の川君が「うとましい」「いやだ」という意味で言ったように,現在でも「ゆゆしい」として使われています。
しかし,広辞苑には「神聖また不浄なものを触れてはならないものとして強く畏怖する気持ちを表すのが原義」とあります。
万葉集では,当然ですがその原義に近い意味で使われている和歌がでてきます。

かけまくもあやに畏し 言はまくもゆゆしきかも 我が大君皇子の命 万代に見したまはまし 大日本久邇の都は うち靡く春さりぬれば 山辺には花咲きををり 川瀬には鮎子さ走り いや日異に栄ゆる時に およづれのたはこととかも 白栲に舎人よそひて 和束山御輿立たして ひさかたの天知らしぬれ 臥いまろびひづち泣けども 為むすべもなし(3-475)
かけまくもあやにかしこし いはまくもゆゆしきかも わがおほきみみこのみこと よろづよにめしたまはまし おほやまとくにのみやこは うちなびくはるさりぬれば やまへにははなさきををり かはせにはあゆこさばしり いやひけにさかゆるときに およづれのたはこととかも しろたへにとねりよそひて わづかやまみこしたたして ひさかたのあめしらしぬれ こいまろびひづちなけども せむすべもなし
<<言葉をかけるのもたいへん畏れ多く、言ってみるのもはばかれることだが,私が仕へる天子(聖武天皇)の皇子(安積親王)が永遠にお治めなさるべき恭仁の都は,春が來ると山の辺には枝もたわわに花が咲き,川の瀬にはアユの子が走るように泳いでいる。日に日に段々と隆盛していく中、悪い噂の呪いの言葉とも思はれるような評判が聞こえてきた。それは御身に使える舍人達が白い栲の着物に着替えて、和束山をば輿に乗って出発され,天を治めにお登りなされた(お亡くなりになった)ので、舍人達は倒れころげて,絶え間ない涙に濡れて泣いている。何とも仕方がないことだ>>

この長歌は,大伴家持恭仁(くに)京の造営に携わっていた天平16年,聖武(しやうむ)天皇の第二皇子である安積親王(あさかしんわう)が若くして亡くなったことを悼んで詠んだものです。
ここに出てくる「ゆゆしきかも」は「神聖であるからお名前も言ってはいけないほど」といった意味でしょうか。
さて,次は少し違う意味の「ゆゆし」を詠んだ詠み人知らずの女性の短歌です。

朝去にて夕は来ます君ゆゑにゆゆしくも我は嘆きつるかも(12-2893)
あしたいにてゆふへはきます きみゆゑにゆゆしくもわは なげきつるかも
<<朝にお帰りになって,夕方またお見えになるあなた様だから,いらっしゃらない昼は,うとましいほど私は嘆いてしまうことでしょう>>

「あなたとずっといたいのよ」というこの短歌を見た男性は,早めに女性宅に来るようになったでしょうか。
さて,次は高級官僚である中臣東人(なかとみのあづまひと)阿倍女郎(あべのいらつめ)に贈った相聞歌です。

ひとり寝て絶えにし紐をゆゆしみと為むすべ知らに音のみしぞ泣く(4-515)
ひとりねてたえにしひもを ゆゆしみとせむすべしらに ねのみしぞなく
<<ひとりで寢ていたら,あなたが結んでくれた紐が切れた。それは不吉な兆しというけれど,どうすけばよいのか分からず泣くばかりなのです>>

これに対して,阿倍女郎は次のように返歌しています。

我が持てる三相に搓れる糸もちて付けてましもの今ぞ悔しき(4-516)
わがもてるみつあひによれる いともちてつけてましもの いまぞくやしき
<<私が持っている三本に縒った丈夫な糸で紐を縫いつけてあげればよかった。今では悔いています>>

さて,東人が「ゆゆし」といった不吉な前兆を女郎はどう解釈したのでしょうか。
東人さんは,もう二人は別れなければならないので泣いているのか? それとも,何としても別れたくないので泣いているのか? 女郎にとってはそこを見極めなければならいでしょう。
そこで,女郎は返歌では悔いていることを別れとは無関係の紐をつなぐ糸に絞って詠い,相手の反応を見ようとしたのではないかと私は思います。
これに対する東人の返歌は万葉集に残っていないようです。二人はこの相聞をもって別れてしまったのでしょうか。
心が動いた詞(ことば)シリーズ「なつかし」に続く。

2013年6月16日日曜日

心が動いた詞(ことば)シリーズ「めづらし」

今の「珍しい」は,古く万葉時代では「めづらし」として使われていることが,万葉集の和歌からも類推できます。
<希少性とは>
ところで,過去本ブログの投稿でも何度か書いていますが,私は大学では経済学を結構まじめに学びました。経済学を学ぶ過程で強く印象に残ったものの一つに「稀少性(Scarcity)」という概念があります。
モノの価値を決めるのに稀少性が経済学における根本的概念のひとつだとしっかり教えられたのを覚えています。たとえば,レアメタル(rare metal)のような稀少資源は,無尽蔵にある資源ではなく,ある限られた量しか入手できない資源という意味です。容易に推測できると思いますが,稀少性が高い(入手できる量が少ない)資源ほど単位当たりの価値が高い資源と経済学は考えるのです。
<人は限定ものに弱い?>
一般的な販売物でも「○○様限定」「期間限定」「在庫一掃処分」「閉店セール」「レアもの」「有名人の直筆サイン入り○○」「採れたて野菜」「厳選素材」「特選ネタ」「活魚」「浜ゆで毛ガニ」などのキャッチコピーにヒトは飛びつくように,稀少性による消費者の価値をくすぐるものだと私は思います。
逆に,いくら必須なものでも(たとえば,水,空気など),あり余るほどあると,欠乏したときの危機を想像しない限り,日ごろはなかなか価値を感じられないことがあります。いっぽう,生活に必須でなくても(単なる飾り物)でも,世界に一つしかないものだったら欲しくなり,それを手に入れることができたときは無上の幸福感を感じることもあります。
<ミクロ経済とマクロ経済>
経済学では,この稀少性に考えに基づき,モノの価値(あくまでヒトから見た価値)がその量によって変化する「限界効用逓減の法則」が導かれ,そこからモノの価格(物価)が決まる(均衡する)原理が示されています(ミクロ経済学)。
さらに,その均衡した物価を適切に維持(コントロール)することで,国民が求める富を全体として最大になるようにする国家の基本的な役割も経済学では示しています(マクロ経済学)。たとえば,今流行の「アベノミクス」で物価を2%上昇させるといった政策は,マクロ経済学の考えに基づいて,国民全体の豊かさ向上を目指す施策のひとつの方法だと私は考えます。
<マクロ経済では所得のバラツキを少なくすることも重要>
ただ,豊かさ(所得)が全体平均としていずれ年間150万円向上したとしても,標準偏差(バラツキ)が大きいと社会的な格差を生み,豊かさをたっぷり享受できるヒトがいるいっぽうで,貧困にあえぐヒトが出てしまいます。また,長期的(10年単位)には豊かさが向上はしても,短期的(ここ1~2年)生活が苦しくなることがあると,その間生活に耐えられない国民が多数出てしまう可能性もあります。
私が職業として専門にしているソフトウェア保守開発では,政治や社会全体に関心を持ち,世の中の今の変化(モノの価値に対する変化も含む)や何年か先の世の中を予測し,今の世の中のみに対応している既存ソフトウェアをどのタイミングで,どのように修正(保守開発)していくかを先回りして考えることを心掛ける必要があると私は考え。実践しています。
<本題>
では,本題の万葉集で「めづらし」を見ていきます。万葉集に「めづらし」を使った和歌が25首ほど出てきます。結構な数です。「めづらし」は当時そう「珍しい」単語ではなかったのでしょう。
ただし,今のような「一般でない」「あり得ない」「奇異な」という意味以外の意味にも使われています。

青山の嶺の白雲朝に日に常に見れどもめづらし我が君(3-377)
あをやまのみねのしらくも あさにけにつねにみれども めづらしあがきみ
<<青々とした山の嶺にかかるきれいな白雲のように朝も昼も見ていて飽きない貴方です>>

ここでの「めづらし」は「飽かず」(飽きない)と同義と考えられそうです。この短歌は,志貴皇子(しきのみこ)の子であり,光仁(こうにん)天皇とは兄弟の関係にある湯原王(ゆはらのおほきみ)が宴席で出席者を讃えて詠んだもののようです。本当は「めづらし」とせずに「飽かず」とした方が字余りにならずに済むのですが,ありきたりの表現では気持ちが伝わらないと考えたのかもしれません。
次は,「愛すべきである」という意味で詠まれたと私が理解する短歌1首です。

本つ人霍公鳥をやめづらしく今か汝が来る恋ひつつ居れば(10-1962)
もとつひとほととぎすをや めづらしくいまかながくる こひつつをれば
<<ホトトギスよりも愛らしい,私が本当に恋しいと想っている人が来るのを心待ちにしています>>

この詠み人知らずの短歌の作者は来る人を待つ側なので,女性と思われます。現代の「珍しい」に引っ張られて「めづらし」の訳は難しいのですが,「愛らしい」としました。いかがでしょうか。
次の大伴家持が越中で詠んだ短歌は「すばらしい」という意味に「めづらし」が使われている例です。

時ごとにいやめづらしく咲く花を折りも折らずも見らくしよしも(19-4167)
ときごとにいやめづらしく さくはなををりもをらずも みらくしよしも
<<季節ごとにすばらしく咲く花々は折って見ても,折らずにそのまま見ても良いものだ>>

私は過去2回4月下旬に富山県高岡市に行ったことがあります。そのとき,桜,コブシ,モクレンなどの花がいっせいに開花している風景は,まさに家持のこの短歌の気持ちと同ようじでした(もちろん,花や花が咲いた枝を折ったりはしませんが)。
今は梅雨ですが,アジサイ,菖蒲が見頃で,梅雨が明けると,蓮,サルスベリの花が見ごろになります。写真は,奈良県明日香村の亀石の近くにある蓮池を昨年夏に撮ったものです。
私にとって日本の四季と季節ごとに咲く花は本当に「めづらし」(価値を感じる)という表現がひったりです。
心が動いた詞(ことば)シリーズ「苦し」に続く。

2013年6月9日日曜日

心が動いた詞(ことば)シリーズ「かしこし」

かしこし」の現代語で使われているのは「賢い」となりますが,万葉時代の「かしこし」は「賢い」よりももっと広い意味の言葉だったと万葉集の和歌からは推測できます。というのは「かしこし」を使った万葉集の和歌は,70首以上あり,「おそろしい」「恐れ多い」「もったいない」「ありがたい」などさまざまな意味に使われています。
この中で熟語を形成しているものは次の通りです。

あやにかしこし‥非常に恐れ多い
海をかしこし‥海を畏怖している
沖はかしこし‥沖は恐ろしい
かしこき国‥ありがたい国
かしこき坂‥恐ろしい坂
かしこき道‥恐ろしい道
かしこき山‥神聖な山
波をかしこし‥波を恐れる
命(みこと)かしこし‥お命が恐れ多い
山はかしこし‥山は恐れ多い
ゆゆしかしこし‥非常にありがたい

では,実際に万葉集を見ていきましょう。まずは大宰府から帰任する大伴旅人遊女(うかれめ)児島が別れを惜しんで詠んだ短歌からです。

おほならばかもかもせむを畏みと振りたき袖を忍びてあるかも(6-965)
おほならばかもかもせむを かしこみとふりたきそでを しのびてあるかも
<<普通のお方でしたらいろいろして差し上げようと考えたのですが,かしこき(高貴な)旅人様ですので袖を振ってお別れの挨拶をしたくても我慢しているのです>>

本当は別れのつらさの感情を露わにして,旅人様に飛びつきたいくらいなのだけれど,そんなことをしたら高貴な旅人様の立場に傷がつきかねないので堪えているという気持ちを詠っていると私は感じます。
<別れの言葉>
私のように人生を長くやっていると,さまざまな人との出会いと別れを数多く体験します。
出会いはこれからよろしくお願いしますという雰囲気で,割と決まりきった挨拶で済みますが,別れとなると出会ってから今までの付き合い方や思い出が人ごとに違うでしょう。そうすると,お別れの時の一言をどのように言うか今でも悩むことがあります。でも,この短歌のような別離の和歌が万葉集にはたくさんあり,適切な言葉を万葉集から学ぶことも少なからずあります。
さて,次も別離の短歌ですが,「かしこし」はまた別の意味で使われています。

海の底沖は畏し礒廻より漕ぎ廻みいませ月は経ぬとも(12-3199)
わたのそこおきはかしこし いそみよりこぎたみいませ つきはへぬとも
<<海底が深い沖は危険なので,磯伝いに漕ぎめぐってください。日数はかかっても>>

この詠み人知らずの短歌は,船旅にでる夫を送るとき,妻が詠んだ1首でしょうか。とにかく,無事で帰ってきてほしいという思いが伝わってきますね。あこがれの人を陰で慕っている短歌です。
最後は,畏怖するという意味で「かしこし」が使われている短歌です。

天雲に近く光りて鳴る神の見れば畏し見ねば悲しも(7-1369)
あまくもにちかくひかりて なるかみのみればかしこし みねばかなしも
<<空の雲の近くで光る雷を見れば恐ろしいような気がするけれど,見なければ悲しい気になる>>

昔から雷の光と音響は神が発し,鳴らすものとして畏怖されてきたのかもしれません。
ただし,空で見えている雲で稲光が発せられ,ゴロゴロと大きな音を出すときは,その後雨が降ることが多いのだろうと私は思います。そのため,そのような雷が鳴らない時は雨が降らず,作物には良くないことがわかっていたのかもしれません。
この短歌は,好きな人と出会うと相手の眩しさに胸が高鳴り,自分がどうなってしまうか分からない恐ろしさ(不安)があるが,逢えないと悲しさが募るという気持ちを比喩て詠んだという見方もできそうです。
心が動いた詞(ことば)シリーズ「めづらし」に続く。

2013年6月1日土曜日

心が動いた詞(ことば)シリーズ「あやし」

今回は万葉集に出くる形容詞「あやし」をみていきます。現代用語に対応させると「怪しい」となります。「怪しい話」「怪しい関係」「怪しい雲行」「この会社は怪しい」といったネガティブな言葉として使われることが多いようです。
しかし,万葉集に出てくる「あやし」はネガティブでない意味も含むもっと広い意味だったようです。

あらたまの五年経れど我が恋の跡なき恋のやまなくあやし(11-2385)
あらたまのいつとせふれど あがこひのあとなきこひの やまなくあやし
<<年が新らたになり五年経ってしまったが,私の恋はいつまでも実を結ばない恋かも。それでも恋しい気持ちがいつまでも止むことがないのは不思議だ>>

この短歌は,柿本人麻呂歌集に出ていたものを万葉集に載せたという詠み人知らずの1首です。「あやし」は「不思議な」という意味で使われています。
次は「逢えないことが理解できない」という感情を表した詠み人知らずの短歌です。

時守の打ち鳴す鼓数みみれば時にはなりぬ逢はなくもあやし(11-2641)
ときもりのうちなすつづみ よみみればときにはなりぬ あはなくもあやし
<<時守が打ち鳴らす鼓を数えてみたら,逢う約束の時間になっている。それなのに逢えないのはどうしてなのだろう>>

平城京では,すでに時を知らせる太鼓が公衆の場では鳴らされていたことが,この短歌で読み取れます。時間を計り,正時になると太鼓を鳴らす人を時守と呼んでいたようです。
「○○で何時に待っているよ」と約束したが,その時間になっても相手は現れない。今だったら,携帯電話で「どうしたの?」と確認できますが,万葉時代では待ちぼうけになってしまうしかありません。
私は,まだ携帯電話がほとんど普及していない若いころ,女性から待ちぼうけをくらわされたことが何回もあります。本当にこの短歌の作者の気持ちは他人事とは思えないのですよ。

天の川 「たびとはん。待ちぼうけになるのは,相手がちっともOKしてへんのに,たびとはんだけが会う約束できたと勘違いしてやったんとちゃうか?」

最近「怪しい」サイトばかり見ていて,しばらくちょっかいを出さなかった天の川のやつ,余計なことをしゃべってきたな。相手が来なかったのは,急にどうしても行けない事情があったからに決まっているでしょ。でも,来なかった理由は結局聞けなかったなあ。

天の川 「なんや。そんなら,わいの言うたことはやっぱり図星やったんなんか」

あっ,あっ,「あやし」を詠んだ最後の短歌を,しょっ,しょっ,紹介します。

相思はずあるらむ君をあやしくも嘆きわたるか人の問ふまで(18-4075)
あひおもはずあるらむきみを あやしくもなげきわたるか ひとのとふまで
<<私のお慕いする気持ちなど少しも考えてくださらない貴殿に,人が変に思うほどに私は嘆き続けています。人が「どうしたのですか?」と尋ねるほどに>>

この短歌は,天平21(749)年3月15日,越中大伴池主(おほとものいけぬし)が大伴家持に贈ったものです。池主が家持に対する親愛の情を家持から池主に対するそれよりも極端に強いと大袈裟に表現していると私は感じます。お互いが非常に仲が良いからこんな表現ができるのかもしれません。
これに対して家持は翌日に次のような短歌を返しています。

恋ふといふはえも名付けたり言ふすべのたづきもなきは我が身なりけり(18-4078)
こふといふはえもなづけたり いふすべのたづきもなきは あがみなりけり
<<「恋ふ」とはよくも名付けたものですね。お伝えする方法も手立ても無いのは,小生の方ですよ>>

池主が「相思ふ」という言葉を使ったので,それは男女の仲の「恋ふ」と同じ意味で,そんな言葉を使われたらこちらから返す言葉もないよと返事をしたのだと私は考えます。ただ,家持は池主に対してクレームを言っているのではなく,池主の大袈裟なアプローチに少し困惑しつつもやり取りを楽しんでいると考えた方がよさそうですね。
心が動いた詞(ことば)シリーズ「かしこし」に続く。

2013年5月25日土曜日

心が動いた詞(ことば)シリーズ「いぶせし」

今回の「いぶせし」は,今までの「うるはし」「かぐはし」に比べてネガティブな心情を表す形容詞です。漢字では「鬱悒し」と書き,「気分がはれず,うっとうしい」という意味です。よく似た言葉に「いぶかし」がありますが,「気がかりな,疑わしい」という意味で,「いぶせし」の活用形ではありません。
「いぶせし」は現代ではあまり使われていませんが,万葉集では10首ほど出てきます。また,枕草子源氏物語でも使われているようです。
万葉集で「いぶせし」が詠まれいる和歌10首のうち,5首は大伴家持作とされています。その他の5首はすべて詠み人知らずの和歌です。その5首を万葉集に載せようと選んだのが家持であれば,家持は「いぶせし」という言葉を和歌に使うことを好んでいたのかもしれませんね。
それでは,まず家持の「いぶせし」を使った短歌から紹介します。

ひさかたの雨の降る日をただ独り山辺に居ればいぶせかりけり(8-769)
ひさかたのあめのふるひを ただひとりやまへにをれば いぶせかりけり
<<空から雨の降る日にただひとり山辺にいると気持ちが落ち込んでしまいます>>

この短歌は,家持が久邇京に単身赴任していた時(天平12年~同16年),紀女郎(きのいらつめ)に贈ったとされています。年上の紀女郎に,心の寂しさに対する癒しを求めた1首ですが,これに対する女郎の返歌は残っていません。雨が降ると新京の造営も中止になり,家にこもることも多くなり,心が「いぶせし」の状態になったのでしょうか。
次は,やはり家持の短歌で,なぜか家に居ることが多いとき,気分転換に外出した際に詠んだ1首です。

隠りのみ居ればいぶせみ慰むと出で立ち聞けば来鳴くひぐらし(8-1479)
こもりのみをればいぶせみ なぐさむといでたちきけば きなくひぐらし
<<家に引きこもってばかりだと気分が晴れないので,気持ちを切り替えるため外に出てみて耳を澄ましてみると,ちょうど今やってきて鳴き始めた蜩がいた>>

が鳴き始めるのは,夏の終わりです(この時期の暦では秋の半ばです)。
家持は,夏バテをしていたのでしょうか,それとも人生が嫌になってしまっていたのでしょうか。夕暮れ,久々に外出してみるとちょうど蜩がやってきて鳴き始めたを聞き,心が少し落ち着いたのかもしれません。
さて,次は恋する相手を思う気持ちの切なさを「いぶせし」と詠ませている詠み人知らずの短歌1首です。

水鳥の鴨の棲む池の下樋なみいぶせき君を今日見つるかも(11-2720)
みづとりのかものすむいけの したびなみいぶせききみを けふみつるかも
<<鴨の棲む池に水抜き栓が無いように,あなた様への気持ちが溜まったままで気分が晴れないなあと想っていたとき,あなた様に今日お逢いできたのです>>

万葉時代の貴族たちの恋は今の恋愛と大きく異なり,逢うこと自体が簡単にはできない状況のもとで進めざるを得ないものだったのだろうと私は想像します。逢うことがままならないから恋しい人への想いはつのるばかりになり,それが「いぶせし」という苦しい気持ちにつながっているのかもしれません。
最後に紹介する詠み人知らず女性が詠んだ1首は,恋しい人に逢えずにいるそんな「いぶせし」な気持ちを必死に振り払おうとしている姿を私に想像させてくれます。

うたて異に心いぶせし事計りよくせ我が背子逢へる時だに(12-2949)
うたてけにこころいぶせし ことはかりよくせわがせこ あへるときだに
<<甚だしく心がすっきりしません。楽しい計画でもしっかり立てましょう。あなたと逢えるその時のことだけでも>>

心が動いた詞(ことば)シリーズ「あやし」に続く。

2013年5月14日火曜日

心が動いた詞(ことば)シリーズ「うるはし」

<枕草子から>
~ 夏は夜 月の頃はさらなり 闇もなほ螢飛びちがひたる 雨など降るもをかし ~ まして雁などのつらねたるが いと小さく見ゆる いとをかし ~ 昼になりてぬるくゆるびもていけば 炭櫃火桶の火も白き灰がちになりぬるはわろし
これは,平安時代に清少納言(せいせうなごん)が書いたといわれる「枕草子(まくらのさうし)」の一段から引用(一部略)したものです。枕草子では「をかし」「わろし」などある出来事や情景を見て,作者が感じたさまざまな気持ちを表す形容詞が出てきます。
枕草子の他の段を少し見ると同様の形容詞として,つきづきし,くるし,みぐるし,こころくるし,はえばえし,ねたし,まがまがし,たのもし,かしこし,よし,あし,にくし,うつくし,たどたどし,あやし,めでたし,めずらし,たのもし,いとほし,はらだたし,ねたし,おそろし,すきずきし,かしこし,うれし,うしろめたし,さうざうし,ひさし,あさまし,わびし,ゆゆし,このもし,わりなし,ともし などが出てきます。
<万葉集に出てくる心情として感じる形容詞を見る
万葉集にもこういったヒトが心情として感じる形容詞は多くあるのでしょうか。私が少し調べたところでは200種類ほどの形容詞が万葉集に出てきています。その中で,ヒトが感じる(心が動く)形容詞は少なくとも50以上はあると私は見ています。
本シリーズでは,このブログで過去投稿した対語シリーズで取り上げたものを以外で,万葉集に出てくる心が動いたことを示す形容詞を取り上げていきます。
今回は,そのトップバッターは「うるはし」です。現代でも「麗(うるわ)しい」という言葉は,「ご機嫌麗しい」「見目麗しい女性」などと使います。
さて,万葉集で「うるはし」は15首あまりで出てきます。いくつか例を出します。

恋ひ恋ひて逢へる時だにうるはしき言尽してよ長くと思はば(4-661)
こひこひてあへるときだに うるはしきことつくしてよ ながくとおもはば
<<恋して恋して逢えた時くらいは私が喜ぶ言葉をありったけ言い尽くしてくださいな。これからも二人の仲を長く続けようと思ってくださるなら>>

この短歌は大伴坂上郎女(おほとものさかのうへのいらつめ)が詠んだ,大伴駿河麻呂(おほとものするがまろ)への相聞歌の1首です。女性は恋しい人(特に男性)から「大好き」「いつも一緒いたい」などという言葉(愛しき言)を何度でも言ってほしいという気持ちは今も昔も変わらないようですね。

さ百合花ゆりも逢はむと思へこそ今のまさかもうるはしみすれ(18-4088)
さゆりばなゆりもあはむと おもへこそいまのまさかも うるはしみすれ
<<百合の花の名のように後々もお会いしようと思うものですから,今この時こそ誠心誠意お接ししているのですよ>>

この短歌は大伴家持が天平感宝元(749)年5月9日,越中国府の下級役人秦忌寸石竹(はだのいみきいはたけ)の自宅で催された宴の席で詠んだ1首です。
「ゆり」は同音で「後程」という意味があり,家持はそれを掛けてこの短歌を詠んだのです。「うるはしみすれ」の「み」は形容詞を名詞化する接尾語です。「すれ」は使役を表す助動詞「す」の已然形で,正しく親密な間柄でいることが必要という意味を伝えているようです。
最後は,分かりやすい詠み人知らずの短歌です。

朝寝髪我れは梳らじうるはしき君が手枕触れてしものを(11-2578)
あさねがみわれはけづらじ うるはしききみがたまくら ふれてしものを
<<朝眠りから覚めたときのみだれ髪に私は櫛を通しません。愛しているあなた様の腕が枕になって触れたものですから>>

妻問いが終わって,夫が帰り,翌朝の妻の情景が浮かびます。この短歌を夫に贈り,お互いの愛情をさらに確かめ合ったのかもしれませんね。これらを見て万葉時代「うるはし」はかなり広くポジティブな意味を持つ形容詞だったようだと私は感じます。
こんな形容詞で表現される人間になりたいものですね。完全に「時すでに遅し」ですが。
心が動いた詞(ことば)シリーズ「かぐはし」に続く。