2013年9月15日日曜日

心が動いた詞(ことば)シリーズ「こちたし」

いろいろイベントがあって,先週のアップができませんでした。さて,結構長く続いた「2013夏休みスペシャル」が終了し,久しぶりに万葉集の「心が動いたシリーズ」に戻ります。
「こちたし」は漢字を当てはめると「言痛し」と書くようです。「人の噂が多くて煩わしい。うるさい。」いったネガティブな心の動きを表現する言葉です。
人の噂で体表的なのは「恋の噂」かもしれません。現代でも有名芸能人の熱愛報道が女性誌の販売数やテレビのワイドショー番組の視聴率に大きく影響するようです。また,職場の給湯室でも,社内恋愛の噂で話の花が咲くこともままあると聞きます。あくまでも噂ですが。
当の恋人同士は,噂をされることでお互いの愛がもっと深まることもあれば,噂に翻弄されお互いの気持ちが冷えてしまうことも考えられます。
さて,万葉集にもそんな噂で恋人同士の本人たちが困っている状況は出てきます。

人言を繁み言痛み逢はずありき心あるごとな思ひ我が背子(4-538)
ひとごとをしげみこちたみ あはずありきこころあるごと なおもひわがせこ
<<人の噂が気になりお逢いしなかったのです。あなた様を思う気持ちがないなんて思わないでください。私のあなた様>>

この短歌は,正四位下まで昇進した高安王(たかやすのおほきみ)の娘の高田女王(たかだのおほきみ)が今城王(いまきのおほきみ)に贈った6首の中の1首です。
今城王の父は同じ高安王という説もあり,仮に二人が異母兄妹の関係であれば,まさに「許されない恋」となります。二人は必死になって恋人関係を他人に分からないようにしたのかもしれません。でも,二人のちょっとしたしぐさで噂は立つモノです。それが抑えられないほどいろいろな人に伝わり「人言を繁み」となり,「言痛み」となったと考えられます。
次の詠み人知らずの短歌はうるさい人の噂に対して開き直った形のものです。

言痛くはかもかもせむを岩代の野辺の下草我れし刈りてば(7-1343)
こちたくはかもかもせむを いはしろののへのしたくさ われしかりてば
<<煩わしい人の噂はどうなるのか?岩白の野辺に生えた草を私が刈つてしまうた後は>>

「草を刈る」というのは「恋を成し遂げる」すなわち「恋人宣言をする」ことを意味するのだと私は思います。このように恋人関係をオープンにすれば,とやかく言う人も気にならなくなるという意味かもしれません。
しかし,オープンにしたらしたで,いろいろ面倒なことが発生することを愛し合っているふたりに想像できるわけではなさそうです。
オープンにした後も次のような詠み人知らずの短歌が生まれます。

おほろかの心は思はじ我がゆゑに人に言痛く言はれしものを(11-2535)
おほろかのこころはおもはじ わがゆゑにひとにこちたく いはれしものを
<<いい加減に思っているなんてことはないよ。君には僕のために人にとやかく言われ辛い思いをさせているのに>>

噂を立てられ,仕方なく公表したら,今度は相手の自宅までゴシップ記者が押し掛ける騒ぎになってしまった有名タレントが恋人に贈るときに使えそうな短歌ですね。
心が動いた詞(ことば)シリーズ「嬉(うれ)し」に続く。

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