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2015年8月25日火曜日

動きの詞(ことば)シリーズ…降る(2) …「抹茶金時アイスしぐれ」に,スイカとメロンをトッピングね!

今回は「降る」対象が「時雨(しぐれ)」の場合,万葉集ではどう詠まれているかを見ていきましょう。
「時雨」とは,広辞苑によると「秋の末から冬の初め頃に,降ったりやんだりする雨」というように書かれています。
ただ,この季節に雨が降ったりやんだりするまさに「時雨」の状況が見られる地域は限られていると私は思います。時雨が頻繁に観測できるのは,初期の冬型気圧配置で日本海側から湿った風が高くはないが複雑な山の間を一部がすり抜け,そのため微妙に雨が降る地域に限られるような気がします。
私は京都生まれ京都育ちですが,成人になった以降は東京都八王子市や埼玉県川口市などに住むようになりました。関東南部では京都で見慣れたような「時雨」に出会うことがほとんど無くなりました。
まれにそのような天気に遭遇して,地元の人に「今日は時雨れていますね」と言おうものなら「何それ?」という顔をされることが多かったように思います。
万葉集などに出てくる「時雨」を詠んだ和歌を鑑賞しようとしても,「時雨」自体に遭遇することが少ない地域に住んでいる人には雰囲気が理解しにくい面があるのではないかと私は考えてしまいます。
<京都では気候だけでなく,かき氷でもポピュラー>
京都では,「時雨」が非常に身近なものですから,「時雨」を使った言葉がたくさんあります。
たとえば,私の小さいころ京都では「かき氷」のことを「しぐれ」と呼んでいました。
「抹茶金時ミルクしぐれ」のかき氷を美味しそうに食べている人を横目に,小遣いに不自由していた私は抹茶しぐれで我慢したのを覚えています。
また,京都では「北山(きたやま)時雨」という言葉を使います。名前が示す通り京都の北にある山懐に「北山」という地名があります。
こで植林されている杉は「北山杉」というブランドで出荷されています。植林された杉は1本1本真っ直ぐになるよう手入れがされ,すべての木の枝葉は下から上部10%部分のみに綺麗に剪定されています。
その風景がまた絵になることから,京都の観光名所の一つになっています。
この北山での時雨は,直立して並ぶ北山杉の深緑をさっと白い細かい雨でぼやかせたと思うと,すぐに止んでまた元の北山杉の林立が現れます。
この予測ができない(雨の強弱,降る/止むの間隔,風の向きや強弱,時より雲間から入る太陽光の強弱などの組合せによる)千差万別の変化は,1枚の写真や短時間の動画ではとても表現しきれないものだと私は感じます。
ところで,京都の他の場所での時雨は大したことが無いかというと,そんなことは全然ないというのが私の感想です。
<京都の散策は12月30日がおススメ>
「北山時雨」のような特別な名前が無い理由は,「北山時雨」は背景が北山や北山杉に限られているので差別(ブランド)化ができるのですが,京都の市街地に入ると有名な背景があまりに多すぎて差別化できないためではないかと私は考えます。
嵯峨野・嵐山の時雨,東山の時雨,金閣寺の時雨など,その瞬間を是非味わいたいために,私は若いころ年末・年始京都に帰省すると,京都のあちこちを歩いたことを思いだします。
特に,12月30日の午前中は,観光客や参拝客も非常に少なく,地元の人たちだけが正月の準備に忙しくは動いている姿を見ながら,時雨が降る古都を歩くのは私にとって無上に好きな雰囲気の一つでした。
さて,万葉集で「時雨が降る」を詠んだ何首かを紹介します。
万葉時代では時雨は黄葉を一層進めるという考え方があったようです。次は市原王(いちはらのおほきみ)が詠んだそんな短歌です。

時待ちて降れるしぐれの雨やみぬ明けむ朝か山のもみたむ(8-1551)
<ときまちてふれるしぐれの あめやみぬあけむあしたか やまのもみたむ>
<<ようやく降り出したしぐれの雨が上がった。明日の朝には山が黄葉しているだろうか>>

もう1首は,寺の法会(ほうえ)で唄いあげたという詠み人知らずの短歌です。

時雨の雨間なくな降りそ紅ににほへる山の散らまく惜しも(8-1594)
<しぐれのあめまなくなふりそ くれなゐににほへるやまの ちらまくをしも>
<<時雨の雨よ休む間もなく降らないでくれ。紅色に映えている山の木の葉の散るのが惜しいから>>

この短歌の左注には,このとき琴を弾いたのが市原王,忍坂王(おさかのおほきみ,後に大原真人と呼ばれた)で,唄ったのは田口家守(たぐちのやかもり),河邊東人(かはへのあづまと),置始長谷(おきそめのはせ)等,十数人であったと記されているとのことです。
何せこの法会は1日中行われたとその左注に記されているとのことで,かなり盛大な音楽イベントだったと想像できます。
こういう楽しみをプログラムに入れて多くの参加者を集め,最後は僧侶が参加者に仏経典の説法した(この短歌からは世の無常を説いた)のかもしれませんね。
ところで,現代アメリカのキリスト教教会が黒人や若者の参加者を集めるためにやったミサの前のゴスペルコーラスも似たような演出のような気がします。
さて,時雨は黄葉以外に萩と結び付けて詠まれた万葉集の短歌もあります。次は柿本人麻呂歌集から転載したという詠み人知らずの1首です。

さを鹿の心相思ふ秋萩のしぐれの降るに散らくし惜しも(10-2029)
<さをしかのこころあひおもふ あきはぎのしぐれのふるに ちらくしをしも>
<<牡鹿が心に思う秋萩が時雨が降って散るのが惜しいことだ>>

最期は,恋愛で時雨が関わる短歌2首です。2首とも柿本人麻呂歌集から転載の詠み人知らずの短歌です。

一日には千重しくしくに我が恋ふる妹があたりにしぐれ降れ見む(10-2234)
<ひとひにはちへしくしくに あがこふるいもがあたりに しぐれふれみむ>
<<一日のうち何度しくしくと時雨が降り続くように恋いしく思い続けることか,彼女が住むあたりに時雨よ降って僕の気持ちを見せてくれ>>

玉たすき懸けぬ時なし我が恋はしぐれし降らば濡れつつも行かむ(10-2236)
<たまたすきかけぬときなし あがこひはしぐれしふらば ぬれつつもゆかむ>
<<成就を願わぬこと時がない私の恋は,たとえ時雨が降って濡れることがあっても続けていくんだ>>

時雨が降る多様な情景が,人間の感性の多様さを表す手段の一つとして,万葉時代から存在したことは事実のようです。
動きの詞(ことば)シリーズ…降る(3)に続く。

2015年4月11日土曜日

動きの詞(ことば)シリーズ…尽く,尽くす(2) たとえ苦しくても「尽くす恋」がしたい!!

前回は「心を尽くす」「尽す心」を取り上げましたが,今回は「恋を尽くす」が万葉集でどう表現されているかを見ていくことにします。
「恋を尽くす」という言葉は,現代では「究極の恋」「最高の恋」などに添ったイメージもありそうですが,その形や程度に明確な基準があるようには私は感じられません。少し冷めた見方をすれば「本人がそう思っただけ,想っているだけ」なのかもしれません。相手は「恋を尽くした」という本人に対して「へえ~,そうなの?」というくらいの認識の違いがある場合もあるでしょう。
さて,さて,この大変主観的な「恋を尽くす」を万葉集ではどう詠んでいるのでしょうか。
最初は,七夕の彦星と織姫との切ない恋の逢瀬を想像した,詠み人知らずの短歌からです。

年の恋今夜尽して明日よりは常のごとくや我が恋ひ居らむ(10-2037)
<としのこひこよひつくして あすよりはつねのごとくや あがこひをらむ>
<<1年間の苦しい恋の想いを今夜は尽くす(苦しさを忘れ去る)ことができるけれど,明日からはまた常のごとくに苦しい恋の思いばかりでいる私か>>

万葉時代の恋は「苦しいもの」「切ないもの」というイメージが強かったに違いないと想像して訳してみました。
恋人同士が「逢う」ことの価値は,現代に比べてどれほど大きかったのかを考えてみてください。万葉時代は,さまざまな制約で気軽に逢うことができない時代だったでしょう。恋愛は非常に苦しいものにならざるを得ません。
<恋の苦しさ,辛さを詠んだ和歌を万葉集は集めている>
でも,万葉集では,親のためや政略のために義務的に恋愛することを前提とした和歌は少ないと私は感じます(実際に政略結婚的なものはあったかもしれませんが)。それよりも,恋愛を邪魔するものに対する不満,反発,抵抗,我慢,あきらめなどの心理が表れている和歌が万葉集には多いように思います。
そのためにも,そのような乗り越えなければならないハードルが高く,多く,逢うことのままならない苦しい恋をやり遂げる目標が「恋を尽くす」ことだ,そんな気が私はします。
その最大のゴールが「逢う」ことだとしたら,七夕の物語は恋人同士には同感できるものが,現代よりもはるかに大きかったと私は想像します。
さて,次は「恋を尽くす」相手が恋人ではなく「萩の花」として詠んだ詠み人知らずの短歌です。

秋萩に恋尽さじと思へどもしゑやあたらしまたも逢はめやも(10-2120)
<あきはぎにこひつくさじと おもへどもしゑやあたらし またもあはめやも>
<<秋萩に対して恋しさいっぱいになるものかと思ったが,悔しいけれど、こんなに可憐で恋しい花は二度と出会えようか>>

この短歌は恋人を萩に喩えていると考えてもよいのかもしれません。
苦しい恋を尽くして疲れ果てたので,今度はそんなに思いつめずに恋をしようとしたが,この美しい女性を見たらそうもいかなくなったといった心境を秋萩に託して詠んだの可能性はあると私は考えます。
今回の最後は「恋を尽くす」に対して,人生評論家がコメンテータとして述べるような内容を詠んだ,柿本人麻呂歌集から転載したという詠み人知らずの短歌です。

大地は取り尽すとも世の中の尽しえぬものは恋にしありけり(11-2442)
<おほつちはとりつくすとも よのなかのつくしえぬものは こひにしありけり>
<<大地の土を取り尽くせても(取り去っても)、世の中で尽くせない(取り去れない)ものは恋というものなのです>>

この短歌に接して「へえ~,そうなの?」と淡々と感じるのか,「そう!そう!そうなんだよ!」と賛同するか,「そんなに大袈裟に考えるものでもないよ」と異議をとなえるか,まさに人それぞれでしょう。個人の人生経験や時代背景,親の育て方,教育の受け方などによって,この短歌から受ける印象が大きく異なることは受け入れなければならないと私は思います。
でも,この短歌の作者の考えは万葉時代の比較的多くの人が賛同したかもしれません。私は,そのことに思いを至らすことを大切にしたいのです。
<現代の感覚で観ず,万葉時代に生きた自分にタイムスリップする>
今の自分たちがどう感じるか,同感できるかだけではなく,その当時の人々がどう感じていたかを想像すること。それが,古典を楽しむ上で大切なことではないでしょうか。その価値は,人間として失ってはならないものは何かを思い起こさせてくれる可能性があるからです。
違う時代に生きた人(その人も生身の人間です)について思いをはせることは,今の時代がどういう時代なのかを正しく評価するうえで重要だと私は考えます。
間違っても,今起こっていること(苦しい生活や嫌なこと)だけで頭がいっぱい,という受け身な生き方はしたくないと私は思うのです。その生き方は,他人や世の中が与えるものではなく,自分が不断の努力を「尽くして」確立していくものだろうと考えるのです。
動きの詞(ことば)シリーズ…尽く,尽くす(3:まとめ)に続く。

2014年6月9日月曜日

動きの詞(ことば)シリーズ…焼く(2) 枯草はパチパチ燃え,焼きもちは膨らんでは萎む

<学会参加に秋田へ向かう>
今回の投稿は,今日から秋田市で開かれるソフトウェア関連の学会に参加するため移動中の秋田新幹線のきれいな最新型「こまち」の中からアップしています。飛行機での移動も考えたのですが,開催場所が秋田駅のすぐ近くで,自宅から大宮経由で新幹線で行く時間と飛行機を使った時間はほとんど変わらず,さらにパソコンが自由に使える新幹線にしました。
それにしても,盛岡から秋田までは車両は新幹線のままですが,ローカル線をガタンゴトンと,のどかに走る列車旅ですね。


さて,「焼く」の2回目は「焼く」対象を前回で示した「塩」「太刀」以外のものを万葉集で見ていくことにします。
まず,最初は現在でも「野焼き」という言葉あるように,「野を焼く」とを詠んだ長歌(一部)です。この長歌,笠金村作といわれ,志貴皇子が亡くなったことに関連して詠んだとされています。

~立ち向ふ高円山に 春野焼く野火と見るまで 燃ゆる火を何かと問へば 玉鉾の道来る人の 泣く涙こさめに降れば 白栲の衣ひづちて 立ち留まり我れに語らく なにしかももとなとぶらふ~(2-230)
<~たちむかふたかまとやまに はるのやくのびとみるまで もゆるひをなにかととへば たまほこのみちくるひとの なくなみたこさめにふれば しろたへのころもひづちて たちとまりわれにかたらく なにしかももとなとぶらふ~>
<<~向こうに見える高円山に,春野を焼く野火かと見えるほどの火を,『何の火ですか』と尋ねると,道をやって来る人が泣く涙は雨のように流れ,衣も濡れて,立ち止まりわたしに言うのは,『どうしてそんなこと聞くのか?』~ >>

高円山の春野を焼く野火に見えたのは,実際は野火ではなく志貴皇子が亡くなった葬式の行列の松明(たいまつ)の火だったのです。隊列をなして松明の火が遠くから見ると野を焼く火が一列になって燃え進んでいく様子と似ていたと感じた作者だが,少し様子が違うので,「何の火か?」と尋ねた。そうしたら,来る人はみんな涙に濡れていて,「志貴皇子のお葬式の隊列の火であることを知らないのか?」という返事が返ってくるというストーリーの挽歌なのです。
もう1首「野を焼く」が出てくる詠み人知らずの短歌を紹介します。

冬こもり春の大野を焼く人は焼き足らねかも我が心焼く(7-1336)
<ふゆこもりはるのおほのを やくひとはやきたらねかも わがこころやく>
<<春,広い野を焼く人は,野を焼くだけでは足りず,私の心まで焼いてしまう>>

春の野焼きを見ていた作者は,枯草がパチパチと音を立てて燃えるさまが,恋の炎で燃える自分の心と同じイメージができ上がったのかもしれません。
心が焼けるとは,恋の苦しさの喩えなのか,それとも相手に対する深い情念を表しているのか,焼きもちを焼いている(嫉妬心に燃えている)ことか,いや過去の恋の清算を表しているのか,この短歌は見た人のさまざまな恋の経験からいろいろな想像をさせてくれます。
結局「野焼き」は譬えであり,この短歌での焼く対象は「自分の心」ということになります。
では,次は「自分の心を焼く」を突き詰めた詠み人知らずの長歌と反歌を紹介します。

さし焼かむ小屋の醜屋に かき棄てむ破れ薦を敷きて 打ち折らむ醜の醜手を さし交へて寝らむ君ゆゑ あかねさす昼はしみらに ぬばたまの夜はすがらに この床のひしと鳴るまで 嘆きつるかも(13-3270)
<さしやかむこやのしこやに かきうてむやれごもをしきて うちをらむしこのしこてを さしかへてぬらむきみゆゑ あかねさすひるはしみらに ぬばたまのよるはすがらに このとこのひしとなるまで なげきつるかも>
<<焼いてしまいたいような醜い小屋,すぐ棄ててしまいたいような破れた薦を敷いた床で,へし折ってしまいたいような醜い手を絡めて他の女と寝ているあなた。それを想像すると,昼も夜も通して私が寝ている床はヒシヒシと音がするほどに嫉妬に暮れているのです>>

我が心焼くも我れなりはしきやし君に恋ふるも我が心から(13-3271)
<わがこころやくもわれなり はしきやしきみにこふるも わがこころから>
<<私の心を嫉妬心で焼くのも私の心がしていること。すべてそれほどあなたのことを恋している私の心のせいなのです>>

私は,この2首は女性の立場になって男性が詠んだか,女性でもあっても結構年配の女性が,若い男子に「複雑な女性の気持ちをちゃんと理解しなさい。女性は怖いのよ」と諭している和歌のようにも感じます。

天の川 「あ~あッ。ちょっと待って~な。たびとはん。」

おッ。雨が降り続いていて,ずっと寝床にいて,蒲団がカビ臭くなってきたのか,しばらくぶりに起きてきたな天の川君。

天の川 「いくら何でも,この2首は過激やあらへんか? それに,こんな喩えで若い男連中が女の気持ち分かるんか?」

私にはよく理解できるような気がするけどね。

天の川 「なるほどな。たびとはんは,よっぽと,怖い目に遭うてきはったんやな。」

余計なことを言うな! 天の川君。寝床に引っ込んでいなさい。
動きの詞(ことば)シリーズ…焼く(3:まとめ)に続く。