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2015年12月30日水曜日

今もあるシリーズ「音(おと,ね)(6:まとめ)」…旅で聞こえる音は孤独感をさらに増加させる?

5回に渡ってアップしてきた「音(おと・ね)」については,今回が最後となります。
万葉集今もあるシリーズの各テーマについて中で,一番多い回数になったようです。
それだけ,万葉集において,何らかの音(自然が発する音,動植物が発する音,自分や他人が発する音)を詠み込んだ和歌が多いのかもしれません。
特に,人が発する音は新しい機械,道具,楽器などの導入により,多様性が増したのだと思います。
自然や動植物が発する音も万葉時代以前とあまり変わらなかったとしても,それを聞く人間側の感じ方はどうでしょうか。
万葉時代よりずっと前は,ほとんどの人が農業を営んでいたすると,多くの人が日が暮れて眠りにつき,夜が明けて田や畑に行くという生活で感じる自然や動植物のが発する音の感じ方も同じだったでしょう。
しかし,さまざまな守衛(津守,時守,崎守,玉守,島守,道守,野守,山守),京や地方の兵士,旅をする人,役人等で定期的に休みが取れる人,都会に住む人,鑑賞用の庭をもてる人,宴への参加が仕事のような人,人を楽しませる演芸が仕事の人,そして路上生活者などが現れた万葉時代では音を感じ方にも多様性が急速に広まった時代だと私は分析します。
これらの音の感じ方の多様性の広がりから感じられる社会の変化についても,万葉集はきめ細かく1300年以上も経った私たちに教えてくれているのです。
「音」の最終回は,丹比笠麻呂(たじひのかさまろ)が筑紫の国(九州北部)に下る旅に出た時,別れも告げずに来た恋人を恋しく思い詠んだとされる次の長歌1首を紹介しておきたいと思います。

臣の女の櫛笥に乗れる 鏡なす御津の浜辺に さ丹つらふ紐解き放けず 我妹子に恋ひつつ居れば 明け暮れの朝霧隠り 鳴く鶴の音のみし泣かゆ 我が恋ふる千重の一重も 慰もる心もありやと 家のあたり我が立ち見れば 青旗の葛城山に たなびける白雲隠る 天さがる鄙の国辺に 直向ふ淡路を過ぎ 粟島をそがひに見つつ 朝なぎに水手の声呼び 夕なぎに楫の音しつつ 波の上をい行きさぐくみ 岩の間をい行き廻り 稲日都麻浦廻を過ぎて 鳥じものなづさひ行けば 家の島荒磯の上に うち靡き繁に生ひたる なのりそがなどかも妹に 告らず来にけむ(4-509)
<おみのめのくしげにのれる かがみなすみつのはまへに さにつらふひもときさけず わぎもこにこひつつをれば あけくれのあさぎりごもり なくたづのねのみしなかゆ あがこふるちへのひとへも なぐさもるこころもありやと いへのあたりわがたちみれば あをはたのかづらきやまに たなびけるしらくもがくる あまさがるひなのくにべに ただむかふあはぢをすぎ あはしまをそがひにみつつ あさなぎにかこのこゑよび ゆふなぎにかぢのおとしつつ なみのうへをいゆきさぐくみ いはのまをいゆきもとほり いなびつまうらみをすぎて とりじものなづさひゆけば いへのしまありそのうへに うちなびきしじにおひたる なのりそがなどかもいもに のらずきにけむ>
<<女官の櫛笥に乗る鏡を見(み)つめる御津(みつ)の浜辺にて,下紐をまだ解くことも(共寝)できずの彼女を恋いしく思うと,折しも日々朝霧の中で鳴く鶴のように声を出して泣けてしかたがない。この恋しい気持ちの千分の一でも気が慰められるかと,我が家のある大和の方を背伸びして望むが,葛城山にたなびいている白雲に隠れ見えもしない。田舎の遠い国に向うことになる淡路を過ぎて,粟島もうしろに見えるようになり,朝凪には漕手が声をあげ,夕凪には櫓をきしらせて波を押し分け押し分け進み,岩のあいだをすり抜けて進み,稲日都麻の浦のあたりも通り過ぎた。まるで水鳥のようにもまれながら漂い行くと,(家と聞くと)聞くことさえ懐かしい家島の波荒い磯になのりそが靡いて生えているが,彼女にわけも告げず(のりそすることなく)来てしまった>>

この長歌で「音」に関連している私が思う部分を取りあげます。
鳴く鶴の音‥啼いている鶴の声
音のみし泣かゆ‥声出して泣く
水手の声呼び‥漕ぎ手の掛け声が出て
楫の音‥櫓を押すしたり引いたりする音
波の上をい行きさぐくみ‥舟が波を押しのける音
荒磯の上に うち靡き‥荒い波が寄せる音
結局,この1首でも万葉時代における「音」の感性に関する多様性が理解できるかもしれませんね,
今回で投稿398回です。次から2016年年末年始スペシャルを兼ねた投稿400回記念スペシャルを何回かに分けて投稿します。
投稿400回記念スペシャル(1)に続く。

2015年12月17日木曜日

今もあるシリーズ「音(おと,ね)(5)」…慟哭のシーンは大声で泣く姿か?泣くのを我慢している姿か?

「音(おと,ね)」の5回目は人が「泣く音(声)」について万葉集を見ていきます。
韓国の人が,家族が事故や災害で亡くなると,たいへんな大声で泣く姿が報道されることがあります。
おそらく,韓国ではその声の大きさが悲しみの大きさと比例していると感じられ,悲しみを表現する代表的なシーンとなるのでしょう。
ところが,日本では「悲しみを堪え,耐えている姿」が悲しみの大きさを表すようです。
本当は大声で泣きたいのだけれど,必死に堪えている・常に自制することを美徳とする日本人にはそれが深い悲しみを他者が感じるシーンと映るのでしょう。
このように,慟哭の感情表現の仕方は国(たとえ隣国といえども)の文化や美徳とする考え方の違いで結構異なることがあります。
これを理解しない人が見ると「なんて日本人は冷たい人種なんだろう」「韓国人は意図して大袈裟にやっているだけだろう」というように,間違ったとらえ方をしてしまうことがあります。
自分たちの美徳や感情表現がどの国でも通用すると思い込むことは,相手から理解されない価値観の押し付けになってしまうことにお互いが注意していく必要あると私は思います。
さて,万葉集では「音のみし泣く」という表現が出てきます。意味は「声をあげて泣くばかり」となりそうです。

例として,中臣宅守(なかとみのやかもり)が越前に配流のとき狭野茅上娘子(さちのちがみのをとめ)に贈った短歌1首と逆に娘子から宅守に贈った短歌2首を紹介します。

あかねさす昼は物思ひぬばたまの夜はすがらに音のみし泣かゆ(15-3732)
<あかねさすひるはものもひ ぬばたまのよるはすがらに ねのみしなかゆ>
<<昼はただぼ~思い悩み,そして夜はずっと声をあげて泣いてばかりになりそうだ>>

このころは君を思ふとすべもなき恋のみしつつ音のみしぞ泣く(15-3768)
<このころはきみをおもふと すべもなきこひのみしつつ ねのみしぞなく>
<<この頃は,あなたを思うとどうしてよいかも分からず,恋しい思いが募り,ただ声をあげて泣いてばかりなのです>>

昨日今日君に逢はずてするすべのたどきを知らに音のみしぞ泣く(15-3777)
<きのふけふきみにあはずて するすべのたどきをしらに ねのみしぞなく>
<<昨日も今日も,あなたに逢えないので,どうすることもできず,声を上げて泣いてばかりなのです>>

最初の宅守の贈歌(夜泣いている)に対して,娘子は昼も夜も,昨日も今日も声をあげて泣いていることを返します。
枕詞を2つも使って詠んだ宅守(線が弱そう)に対して,強い言葉をたくさん使って詠んだ(線の強そうな)娘子という構図が見えてきそうですね。
最後は,別の声を出してなく表現の言葉を使った詠み人知らず(女性)の短歌です。

思ひ出でて音には泣くともいちしろく人の知るべく嘆かすなゆめ(11-2604)
<おもひいでてねにはなくとも いちしろくひとのしるべく なげかすなゆめ>
<<思い出して声に出して泣いたとしても,はっきりと人に知られてしまうように嘆いたりしないわ>>

恋人の彼と離別したのでしょうか,それとも果敢ない恋と悟ったのでしょうか。
作者が泣くことで,気持ちの整理をつけようとするが,忘れられないのでしょう。下の句の内容は,まさに気持ちの整理ができなさそうだからでしょうか。
冒頭で示した日本人が泣くときに耐える,堪える美学は,万葉集の時代からあったのかもしれませんね。
今もあるシリーズ「音(おと,ね)(6:まとめ)」に続く。

2015年12月12日土曜日

今もあるシリーズ「音(おと,ね)(4)」 …もう鳥の鳴き声は田舎に行かないと聞けないのか?

「音(おと,ね)」の4回目は「鳥」に関する「音」を万葉集で見ていきます。
現代,都会に住む私たちがよく見かける鳥はカラスでしょうか。
スズメもよく見かけると思いますが,カラスが圧倒的に大きいので,どうしても印象に残ってしまいますね。最近ではムクドリの大群の鳴き声が気になるときがあります(鳴き声だけでなく,フンの心配もしますが)。
さて,万葉集では鳥がたくさん詠まれています。
ホトトギス,ウグイス,カリ(雁),ツル(鶴),チドリ(千鳥),ワシ(鷲)のように鳴き声が印象的な鳥も多く出てきます。
最初は「雁が音」を詠んだ聖武天皇の短歌1首を紹介しますが,「雁が音」を詠んだ和歌は万葉集で実に30数首もあります。

今朝の明雁が音寒く聞きしなへ野辺の浅茅ぞ色づきにける(8-1540)
<けさのあけかりがねさむく ききしなへのへのあさぢぞ いろづきにける>
<<今朝の明け方に雁の鳴き声が寒々と聞え,そして野辺の浅茅が色づいたなあ>>

聖武天皇が,季節が秋になっことを,早朝「雁が音」という「音」で知り,外に出てみれば浅茅(背の低い草)が緑から黄色に変わっていて,秋が深まったことを感じられたという短歌でしょう。
聖武天皇ぐらいになると,忙しくて中々外に出られない身であり,外出時があったとしても,駕籠に乗って移動し,外の風景をじっくり見ることもできなかったのかもしれません。
簡潔に言えば「雁が音」と「秋」の相関関係を「浅茅」の色付きで確認しただけの短歌ということになり,文学的な深みはどうかと思う人もいるかもしれません。しかし,私は当時の人の自然に対する感性を知る上での1例とし,この短歌に対して何のネガティブイメージもありません。
さて,次は「雁」ではなく「鶴(たづ)」の「鶴が音」または「鶴の音」を詠んだ,飛鳥時代の歌人高安大嶋(たかやすのおほじま)の短歌を見ます。

旅にしてもの恋ほしきに鶴が音も聞こえずありせば恋ひて死なまし(1-67)
<たびにしてものこほしきに たづがねもきこえずありせば こひてしなまし>
<<旅先でもの恋しく感じている。鶴の鳴き声も聞こえないとしたら,ひの恋しさで死んでしまうかもしれない>>

この短歌は,持統天皇が文武天皇に譲位したあと,難波の宮に行幸した時,お付の者たちが詠んだ和歌の1首です。
持統天皇が譲位する前は,藤原京での賑わいがあった。それに比べて,今来ている難波の宮は静かで,藤原京が慕われるという気持ちの表れでしょうか。唯一ツルの鳴き声だけが聞こえるだけ。もしそれも無ければ,あまりにも変化が無くて,「もの恋しい」を通り越して,死んでしまいそうということなのでしょう。
この短歌は,結局持統天皇の業績をたたえる気持ちを表したのだろうと私は思います。
次は,ホトトギスの鳴く音を越中赴任中に詠んだとされる大伴家持の短歌です。

ぬばたまの月に向ひて霍公鳥鳴く音遥けし里遠みかも(17-3988)
<ぬばたまのつきにむかひて ほととぎすなくおとはるけし さとどほみかも>
<<月に向かって霍公鳥が鳴く声がはるかに聞こえてくる。霍公鳥は人里から離れたところにいるのだろうか>>

「ホトトギスが月に向かって鳴く」という表現が面白いと私は思います。「月」が出てきますから時間帯は当然夜ですね。但し,鳴いているホトトギスの姿は見えませんから,月に向かって鳴いているかどうか分かりません。何が月に向かっているように家持は思ったのでしょうか。
私の解釈です。ホトトギスは「テッペンカケタカ」と鳴きます。その「音(おん)」から,次に向かって鳴くと感じたか,当時はそう思われていた可能性があります。
遠くで鳴いているホトトギスに,近くまで来て欲しい。そして,月に向かって大きな声で鳴いて,綺麗な月が現れてほしい。そくな感情を家持は詠んだのだと私は思いたいです。
最後は,鷲(ワシ)の鳴き声の音を詠んだ東歌を紹介します。

筑波嶺にかか鳴く鷲の音のみをか泣きわたりなむ逢ふとはなしに(14-3390)
<つくはねにかかなくわしの ねのみをかなきわたりなむ あふとはなしに>
<<筑波嶺でけたたましく鳴く鷲の大きな音で泣き続けよう。もう逢えないのだから>>

鷲の書き声は,犬の鳴き声に似ているような気がします。こり書き声がけたたましく続くと確かに大きな音に感じられるような気がします。この鷲の書き声に負けないほど大きな声で泣きたくなるこの失恋は本当に悲しかったのでしょうね。
ところで,私は鷲の鳴き声をあまり聞いたことがありません。でも,YouTubeにはちゃんと出てきます。万葉集の和歌を鑑賞するうえでも,ITC(情報通信技術)の利用価値が高くなっていくと私は思います。逆に,その技術が万葉集の歌人の感性の素晴らしさを証明する手段になるのかもしれません。
今もあるシリーズ「音(おと,ね)(5)」に続く。

2015年11月29日日曜日

今もあるシリーズ「音(おと,ね)(3)」 ‥清流のイメージは「美しい水」+「流れる水の音」のコラボで決まる?

「音(おと)」の3回目は「水」に関する「音」について万葉集を見ていきます。
その音として,そのままの「水の音」のほか,「川の音」「瀬の音」「波の音」が万葉集に出てきます。
ここでは,それぞれ1首ずつ紹介していきます。
最初は「水の音」を詠んだ詠み人知らずの短歌です。

奥山の木の葉隠りて行く水の音聞きしより常忘らえず(11-2711)
<おくやまのこのはがくりて ゆくみづのおとききしより つねわすらえず>
<<奥山の木の葉に隠れて流れていく水の音を聞いてからは,(水がきれいだろうなと想像して)もう忘れられないのです>>

おそらく「水」は「女性」のたとえでしょう。
女性の噂を聞いて,そのうわさから「きっとたいへん美しい人に違いない」と思い,「見たい」「会いたい」といった気持ちが強くて,昼夜を問わず忘れられない自分の気持ちを詠んだのだろうと私は想像します。
次は,「川の音」を詠んだ短歌で,九州で防人(さきもり)の佑(すけ)をしていた大伴四綱(よつな)が大伴旅人が大宰府から帰任する時の宴で旅人に贈った1首です。

月夜よし川の音清しいざここに行くも行かぬも遊びて行かむ(4-571)
<つくよよしかはのおときよし いざここにゆくもゆかぬも あそびてゆかむ>
<<月夜が素晴らしく,川の流れる音も清々しい。さあ!ここで都へ帰られる人も残る人も楽しく遊びましょう!>>

今後は大納言旅人様と一緒に楽しいひと時を過ごせなくなるので,今宵限りは美しい川のせせらぎが聞こえ,名月が見られる宴(うたげ)の場所(おそらく宴開催の場所としては最高の場所)で,旅人様と一緒に過ごせる最後の宴を楽しく進めましょうという意図の表わした短歌だと思います。
会社の送別会などの途中にあいさつを頼まれた人は,この短歌をパロディー化して紹介しても良いかもしれませんね。
たとえば,「眺めよし飲む音忙(せわ)しいざここに行くも行かぬも遊びて行かむ」というような感じですかね。
さて,次は「瀬の音」を詠んだ詠み人知らずの短歌1首です。

夕さらずかはづ鳴くなる三輪川の清き瀬の音を聞かくしよしも(10-2222)
<ゆふさらずかはづなくなる みわがはのきよきせのおとを きかくしよしも>
<<夕方になると河鹿が鳴き声が聞こえる三輪の川で,さらに清らかな瀬の音が聞こえるのはよい気持ちだなあ>>

平城京の前の京(みやこ)である藤原京から数キロはなれた三輪の地で流れる川(今の大和川?)の瀬の音がカジカの声と混じってさわやかに聞こえることを詠んだと私は感じます。
この地は「三輪そうめん」が有名です。美味しいそうめんを作るために必要なきれいな水が豊富な土地だったのでしょうか。
最後は,「波の音」を詠んだこれも詠み人知らずの短歌です。ただし,この短歌で出くる波は海の波ではなく,川でできる波の音です。

泊瀬川流るる水脈の瀬を早みゐで越す波の音の清けく(7-1108)
<はつせがはながるるみをの せをはやみゐでこすなみの おとのきよけく>
<<泊瀬川の水の流れが速く、水が浅瀬を越えてできる波の音が清らかだ>>

泊瀬川は,前の短歌に出ている三輪から南に少し行き,伊勢方面へ行く今の初瀬街道沿いに流れる川といわれています。
奈良盆地(大和平野)から名張方面へ向かって山の中に入りますので,泊瀬川は清流でかつ急流の部分がたくさんあったのでしょうか。
急流の部分の瀬(浅いところ)では,川の表面に波が立ち,さらさらと波の音がして,その音はさらにきれいな水を引き立たせる効果が作者には感じられたのでしょう。
さて,今回あげた4首の内3首は万葉集に作者が載っていない(詠み人知らずの)短歌です。
この人たちは,万葉集に作者として名前が載っている人麻呂,赤人,旅人,家持,黒人,天皇,名だたる貴族たちに比べて有名では無かった(一般庶民とは限りませんが)のだろうと私は思います。
でも,これら3首の短歌から,作者の「川の水」で「音」を感じる感性が非常に繊細かつ鋭敏であること,そしてその表現力が優れていると私は感じます。
では,なぜこんな「音」を感性豊かに感じる和歌が多く作られたのでしょうか?
多くの名も無い人が作歌する目的があったはずです(和歌を作る自体はその目的を達するためのあくまで手段にすぎない)。
その目的を探るため,私の万葉集をリバースエンジニアリングする旅はまだまだ続きそうです。
今もあるシリーズ「音(おと,ね)(4)」に続く。

2015年11月21日土曜日

今もあるシリーズ「音(おと,ね)(2)」…万葉時代,舟の楫の音は何の変化を想像させていた?

「音」の2回目は,「楫(かぢ)の音」を取りあげます。
万葉集では「楫の音」を詠んだ和歌が20首近く出てきます。
当時,「楫の音」は,今に例えるとジェット飛行機やヘリコプターの飛ぶ音,新幹線の走行音のように,その時代の近代化を象徴する音だったのではないかと私は想像します。万葉時代には造船技術が向上し,さまざまなタイプの船がそれまでに比べ,低コスト,短期間で作ることができるようになったようです。
また,各地の海辺や海につながる川辺には,船着き場や港が次々と作られていき,経済の発展による物流量の増加とともに,船の交通量が大きく拡大していた時代。その拡大を感じさせる音の象徴が「楫の音」だったと私は考えます。
楫は,小さな舟では櫓(ろ)のようなもので,大きな船では櫂(かい)のようなもの指していたのではないでしょうか。それは,当時木でできていて,動かすには,いわゆる「てこの原理」で,支点になる部分が必要になります。その支点は,楫全体がぶれないようにしっかりと支える臍や穴が開いている構造になっていたと想像できます。
そうすると,楫を動かしたとき,その支点部分に力が集中し,木と木が強く摩擦する音が発生します。それが「ギーコー,ギーコー,..」という「楫の音」の源です。
では,実際の万葉集の和歌を見てきましょう。
最初は,代表的万葉歌人の一人笠金村(かさのかなむら)が神亀2年10月に難波宮を訪問した際に詠んだ短歌です。

海人娘女棚なし小舟漕ぎ出らし旅の宿りに楫の音聞こゆ(6-930)
<あまをとめ たななしをぶねこぎづらし たびのやどりにかぢのおときこゆ>
<<海人の娘たちが屋根の無い小舟を漕ぎ出すらしい。旅寝の宿で櫓(ろ)の音が聞こえる>>

難波(なには)宮は,今の大阪城付近にあったという説が有力だそうですが,当時の海岸線はその近くまで来ていたとすれば,海の傍に建つ豪華な別荘宮だったと考えてもよいかもしれません。
地元の漁師の若い娘たちが,早朝小さな舟に乗って,漁に漕ぎ出す時の勢いのよい「楫の音」が,宮の近くの宿で聞こえたことを詠んでいると私は考えます。
それを長閑(のどか)と感じたのか,活気があると感じたのか,当時の感性でないと正しく理解ができないような気がします。
次は,同じ大阪(難波)で積極的に掘られたと考えられる運河を航行する舟の梶の音を詠んだ詠み人知らずの短歌です。

さ夜更けて堀江漕ぐなる松浦舟楫の音高し水脈早みかも(7-1143)
<さよふけてほりえこぐなる まつらぶねかぢのおとたかし みをはやみかも>
<<夜が更けても堀江を漕ぎ進む松浦舟の梶の音が大きく聞こえる。堀江の水の流れが速いからであろうか>>

松浦舟の松浦は九州の肥前の国の地名で,そこで作られた良い舟であり,万葉集の歌人が詠むくらいなので,松浦舟はきっと舟の有名ブランドだったのでしょう。
この短歌が詠んでいるように,その松浦舟の楫の音が大きく聞こえるほど,運河の水流が速かったのでしょうか。
それだけではないような気が私にはします。実は夜遅くまで荷物を運ばなければならないほど運ぶべき荷物の量が多かったのかもしれませんね。今で言うと夜行トラック便のような,猛スピードで走る夜便の舟の運行もあった可能性はあります。
どんな世の中でも同じかもしれませんが,利用に対して道路,運河,橋などのインフラが追い付かないことが往々にしてあります。それをカバーするのは人間の必死の努力ということになり,万葉時代はこのような夜遅くまで頑張る人の音を聞いた歌人が和歌を詠むテーマとするような時代だったのかもしれませんね。
最後は,少し季節はずれですが,天の川に浮かべる舟の楫の音を詠んだ詠み人知らずの短歌です。

渡り守舟渡せをと呼ぶ声の至らねばかも楫の音のせぬ(10-2072)
<わたりもりふねわたせをと よぶこゑのいたらねばかも かぢのおとのせぬ>
<<天の川の渡り舟の管理人が「舟を渡してよいぞ」という声が相手にとどいていないのだろうか。彦星が乗る舟の楫の音がしないのです>>

七夕に天の川を渡って来てくれるはずの夫(彦星)が一向にくる気配がない。それは渡し守が渡しを許可する声が小さいからと嘆いている。
当時の妻問婚では,夫が妻問する場合,親の許可が必要だったことも想像できるため,親に対するクレームめいた短歌とも取れそうですね。
待つ者にとって,相手が来る気配の音の一つとして「楫の音」は当時では定着していた可能性があると私は思ってしまいます。
今もあるシリーズ「音(おと,ね)(3)」に続く。

2015年11月15日日曜日

今もあるシリーズ「音(おと,ね)(1)」…新しい変化の始まりは新しい音から始まる?

<聴覚について>
人間の感覚器の一つ「耳」が非常に重要な器官であることは,常識の範疇なのかもしれません。
補聴器が役に立たないくらい聴覚が機能しなくなると,正しい発声にも障害がでます。
その場合,人とのコミュニケーションでは,手話や読唇術,相手の顔の表情などから,訓練すればかなり円滑なコミュニケーションがでしょう。しかし,危険を知らせる警報音に気付くのが遅れ,災害や事故に遭いやすくなるというハンディキャップは残ってしまうと思います。
また,自然や生活の営みが織りなす音(例:鳥のさえずり,小川のせせらぎ,秋の虫の合唱,そよ風を感じる木々のざわめき,早朝の釣舟のエンジン音,遠くに聞こえる霧笛の音,大晦日の除夜の鐘の音,水琴窟の音など)で風情を感じることができにくくなってしまうと考えると,聴覚器官は本当に大切にしなければならないものだと改めて感じます。
<新しい文化は新しい音を聞かせる>
さて,万葉時代は大陸からの新しい文化・宗教・生活習慣がそれまでに比べてはるかに速いスピードで流入し,それに伴って新しい音も出てきたと思われます。同時に昔から暮らしや自然で発生する音への愛着も感じる時代だったのではないでしょうか。
そんな時代のためか,万葉集には「音(おと・ね)」を詠んだ和歌が多数(130首以上)出てきます。
今回から数回にわたり,万葉集で詠まれた「音」について見ていきます。
まず「おと」と発音すると考えられる和歌を見ていきますが,「何の音(おと)」を詠んでいるか気になるところです。
万葉集でどんな音がで出くるか,最初に示しましょう(‥の右の意味は,万葉集の和歌での意味を意識している)。

足の音(あしのおと)‥馬の足音。
鶯の音(うぐひすのおと)‥鶯の鳴き声。
馬の音(うまのおと)‥馬の足音。
風の音(かぜのおと)‥風が吹く音。
楫の音(かぢのおと),楫音(かぢおと)‥楫を漕ぐ音。
川音(かはと,かはおと),川の音(かはのおと)‥川水が流れる音。
小角の音(くだのおと)‥角をくり抜いた小型のラッパを吹く音。
声の音(こゑのおと)‥鳥の鳴き声の音。
鈴が音(すずがおと)‥馬につけた鈴の音。
瀬の音(せのおと)‥川の瀬(浅い場所)で水が流れる音。
鶴の音(たづのおと)‥鶴の鳴き声。
鼓の音(つつみのおと)‥鼓をたたく音。
遠音(とほと)‥遠くで聞こえる音。
鞆の音(とものおと)‥鞆とは,弓を引く人が射った後の衝撃を和らけるため,左手手首から肘までをカバーした布や毛皮を指す。弓を射るとツルが鞆にあたるときの音。
中弭の音(なかはずのおと)‥弓を射ったとき,弓の中央部分を矢が通過する音か?
鳴く音(なくおと)‥鳥が鳴くまたは囀(さえず)る音。
波音(なみおと,なみと),波の音(なみのおと)‥波が寄せる音。波しぶきの音。
鳴る神の音(なるかみのおと)‥雷の音。
羽音(はおと)‥鳥の羽をばたつかせる音。
人音(ひとおと)‥人々が動く音。
笛の音(ふえのおと)‥笛を吹く音。
水の音(みづのおと)‥川の水が流れる音。
夜音(よおと)‥夜爪弾く琴の音。

これらの「音」に関する表現から,当時の社会の様子が分かってくるように私には思えます。
・笛,鼓,琴,ラッパといった楽器の演奏が頻繁に行われるようになった。
・舟の運行が盛んであり,楫の音をみんなが知っていた。
・馬が陸上の交通手段として一般的であった。
鳥の鳴き声や羽音,川の音,波の音,雷鳴などが万葉集の多くの和歌で取り上げられていることは,「音」に対する万葉人の感性は割と繊細なものがあったのかもしれません。
今回は,そのなかで大伴家持の有名な1首のみを紹介します。

我が宿のい笹群竹吹く風の音のかそけきこの夕かも(19-4291)
<わがやどのいささむらたけ ふくかぜのおとのかそけき このゆふへかも>
<<自宅に植えた細い竹の植え込みに吹く風の音がかすかに聞こえるこの夕方である>>

風はそれ自体相当強く吹かないと音は聞こえません。
風がかすかに吹いているだけの場合,家の中ではそれに気が付かないことが多いでしょう。家持は笹の葉が振れる音で,風が吹き出したを感じ取ったのでしょう。
熱い1日が終わり,夕方の風が出てくると涼しくなる期待が高まります。
以前にもこのブログで述べたと思いますが,日本人は昔から変化の始まりを感じ取る繊細な感性を持ち合わせているのです。
その感性も,外国と比較すると多様に変化する自然があるからであり,その変化の前兆に「音」が占める割合が多いので,万葉集にも多く出てくることになったのかもしれませんね。
今もあるシリーズ「音(おと,ね)(2)」に続く。