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2015年12月17日木曜日

今もあるシリーズ「音(おと,ね)(5)」…慟哭のシーンは大声で泣く姿か?泣くのを我慢している姿か?

「音(おと,ね)」の5回目は人が「泣く音(声)」について万葉集を見ていきます。
韓国の人が,家族が事故や災害で亡くなると,たいへんな大声で泣く姿が報道されることがあります。
おそらく,韓国ではその声の大きさが悲しみの大きさと比例していると感じられ,悲しみを表現する代表的なシーンとなるのでしょう。
ところが,日本では「悲しみを堪え,耐えている姿」が悲しみの大きさを表すようです。
本当は大声で泣きたいのだけれど,必死に堪えている・常に自制することを美徳とする日本人にはそれが深い悲しみを他者が感じるシーンと映るのでしょう。
このように,慟哭の感情表現の仕方は国(たとえ隣国といえども)の文化や美徳とする考え方の違いで結構異なることがあります。
これを理解しない人が見ると「なんて日本人は冷たい人種なんだろう」「韓国人は意図して大袈裟にやっているだけだろう」というように,間違ったとらえ方をしてしまうことがあります。
自分たちの美徳や感情表現がどの国でも通用すると思い込むことは,相手から理解されない価値観の押し付けになってしまうことにお互いが注意していく必要あると私は思います。
さて,万葉集では「音のみし泣く」という表現が出てきます。意味は「声をあげて泣くばかり」となりそうです。

例として,中臣宅守(なかとみのやかもり)が越前に配流のとき狭野茅上娘子(さちのちがみのをとめ)に贈った短歌1首と逆に娘子から宅守に贈った短歌2首を紹介します。

あかねさす昼は物思ひぬばたまの夜はすがらに音のみし泣かゆ(15-3732)
<あかねさすひるはものもひ ぬばたまのよるはすがらに ねのみしなかゆ>
<<昼はただぼ~思い悩み,そして夜はずっと声をあげて泣いてばかりになりそうだ>>

このころは君を思ふとすべもなき恋のみしつつ音のみしぞ泣く(15-3768)
<このころはきみをおもふと すべもなきこひのみしつつ ねのみしぞなく>
<<この頃は,あなたを思うとどうしてよいかも分からず,恋しい思いが募り,ただ声をあげて泣いてばかりなのです>>

昨日今日君に逢はずてするすべのたどきを知らに音のみしぞ泣く(15-3777)
<きのふけふきみにあはずて するすべのたどきをしらに ねのみしぞなく>
<<昨日も今日も,あなたに逢えないので,どうすることもできず,声を上げて泣いてばかりなのです>>

最初の宅守の贈歌(夜泣いている)に対して,娘子は昼も夜も,昨日も今日も声をあげて泣いていることを返します。
枕詞を2つも使って詠んだ宅守(線が弱そう)に対して,強い言葉をたくさん使って詠んだ(線の強そうな)娘子という構図が見えてきそうですね。
最後は,別の声を出してなく表現の言葉を使った詠み人知らず(女性)の短歌です。

思ひ出でて音には泣くともいちしろく人の知るべく嘆かすなゆめ(11-2604)
<おもひいでてねにはなくとも いちしろくひとのしるべく なげかすなゆめ>
<<思い出して声に出して泣いたとしても,はっきりと人に知られてしまうように嘆いたりしないわ>>

恋人の彼と離別したのでしょうか,それとも果敢ない恋と悟ったのでしょうか。
作者が泣くことで,気持ちの整理をつけようとするが,忘れられないのでしょう。下の句の内容は,まさに気持ちの整理ができなさそうだからでしょうか。
冒頭で示した日本人が泣くときに耐える,堪える美学は,万葉集の時代からあったのかもしれませんね。
今もあるシリーズ「音(おと,ね)(6:まとめ)」に続く。

2014年5月1日木曜日

動きの詞(ことば)シリーズ…置く(2) 間を大切に!

「間(ま)を置く」という言葉があります。その「間」にはいろいろ意味がありますが,この場合は「時間」や「距離」の間を指すようです。
万葉集には「間(あひだ・ま)を置く」という表現を使った和歌がいくつか出てきます。
最初は安貴王(あきのおほきみ)が因幡八上采女(いなばのやかみのうねめ)と密通した罪で采女が郷里の因幡へ帰されたことに対して詠んだとされる長歌の反歌です。

敷栲の手枕まかず間置きて年ぞ経にける逢はなく思へば(4-535)
<しきたへのたまくらまかず あひだおきてとしぞへにける あはなくおもへば>
<<お互いの腕を枕にして寝ることがなく,長い年月が経ってしまったように感じる。逢えないことを思うと>>

他人の妻と密通して,女性の方が大きな罪に問われるのは何か釈然としないのですが,そういった時代だったのでしょうか。いずれにしても「貴族による不倫」という大きなスキャンダルだったに違いないのでしょうね。そして,渦中の人の感想を詠んだ歌を残すというワイドショー的な記事が万葉集にその他にも多く残されているのは興味深いことです。
この短歌で安貴王が詠んだ「間置く」の「間」はそんなに長い期間ではなかったけれど,つらくで何年もの長さに感じたのは間違いないと私は想像します。
さて,次は大伴家持が雨の日にホトトギスの鳴き声を聞いたときに詠んだ短歌です。

卯の花の過ぎば惜しみか霍公鳥雨間も置かずこゆ鳴き渡る(8-1491)
<うのはなのすぎばをしみか ほととぎすあままもおかず こゆなきわたる>
<<卯の花が散ってしまうのが惜しいと思ったのか霍公鳥が雨の間も無いくらい鳴き続けています>>

ホトトギスが白い卯の花の美しさが散ってしまうことで惜しんでいるわけではないでしょう。惜しいと感じているのは家持のほうです。その時,ホトトギスの鳴き声が途切れなく続いているので,きっとホトトギスも自分と同じ気持ちなのだろうと詠んでいるわけです。「雨間も置かず」は「雨が降り続いているのと同じ間隔で」という意味になりそうです。
「雨間」の次は「波間」です。

酢蛾島の夏身の浦に寄する波間も置きて我が思はなくに(11-2727)
<すがしまのなつみのうらに よするなみあひだもおきて わがおもはなくに>
<<酢蛾島の夏身の浦に寄せる波の間隔が繰り返されるような,あなたへ寄せる気持ちが強弱するような恋し方はしていないのに>>

この詠み人知らずの短歌は,恋しさに波があるようなことはないと宣言している1首だと私は感じます。
次は真珠のネックレスがぎっしり詰まっているような様子を形容して途切れ無い気持ちを詠んだ,詠み人知らずの短歌です。

玉の緒の間も置かず見まく欲り我が思ふ妹は家遠くありて(11-2793)
<たまのをのあひだもおかず みまくほりあがおもふいもは いへどほくありて>
<<珠の首飾りの珠が紐にすき間なく通されているように,休む間なく見ていたいよ。でも俺が思うおまえは遠くの家にいる>>

「玉の緒の」は間に掛かる枕詞という解釈が一般的ですが,私はあえて訳してみました。
最後は,天平12(740)年に中臣宅守(なかとみのやかもり)が流刑地の越前の国(今の福井県)から平城京にいると思われる狭野弟上娘子(さののちがみのをとめ)に贈ったといわれる歌の1首です。

霍公鳥間しまし置け汝が鳴けば我が思ふ心いたもすべなし(15-3785)
<ほととぎすあひだしましおけ ながなけばあがもふこころ いたもすべなし>
<<霍公鳥よ,鳴く間を少し開けてくれ。お前が鳴くと私が娘子を恋しく思う心を抑えることができなくなるから>>

流刑地の越前では,ホトトギスがしきりと鳴いていたのでしょう。それが妻を呼ぶ声に感じられた宅守には娘子と遠く離れざるを得ない自分を嘆くしかない心境だったのだと私は感じます。
「間を置く」の「間」は,作者の状況や心境などによって,ポジティブにもネガティブにも感じられたことが万葉集から私には見てとれます。
動きの詞(ことば)シリーズ…置く(3)に続く。