<枕草子から>
「~ 夏は夜 月の頃はさらなり 闇もなほ螢飛びちがひたる 雨など降るもをかし ~ まして雁などのつらねたるが いと小さく見ゆる いとをかし ~ 昼になりてぬるくゆるびもていけば 炭櫃火桶の火も白き灰がちになりぬるはわろし」
これは,平安時代に清少納言(せいせうなごん)が書いたといわれる「枕草子(まくらのさうし)」の一段から引用(一部略)したものです。枕草子では「をかし」「わろし」などある出来事や情景を見て,作者が感じたさまざまな気持ちを表す形容詞が出てきます。
枕草子の他の段を少し見ると同様の形容詞として,つきづきし,くるし,みぐるし,こころくるし,はえばえし,ねたし,まがまがし,たのもし,かしこし,よし,あし,にくし,うつくし,たどたどし,あやし,めでたし,めずらし,たのもし,いとほし,はらだたし,ねたし,おそろし,すきずきし,かしこし,うれし,うしろめたし,さうざうし,ひさし,あさまし,わびし,ゆゆし,このもし,わりなし,ともし などが出てきます。
<万葉集に出てくる心情として感じる形容詞を見る>
万葉集にもこういったヒトが心情として感じる形容詞は多くあるのでしょうか。私が少し調べたところでは200種類ほどの形容詞が万葉集に出てきています。その中で,ヒトが感じる(心が動く)形容詞は少なくとも50以上はあると私は見ています。
本シリーズでは,このブログで過去投稿した対語シリーズで取り上げたものを以外で,万葉集に出てくる心が動いたことを示す形容詞を取り上げていきます。
今回は,そのトップバッターは「うるはし」です。現代でも「麗(うるわ)しい」という言葉は,「ご機嫌麗しい」「見目麗しい女性」などと使います。
さて,万葉集で「うるはし」は15首あまりで出てきます。いくつか例を出します。
恋ひ恋ひて逢へる時だにうるはしき言尽してよ長くと思はば(4-661)
<こひこひてあへるときだに うるはしきことつくしてよ ながくとおもはば>
<<恋して恋して逢えた時くらいは私が喜ぶ言葉をありったけ言い尽くしてくださいな。これからも二人の仲を長く続けようと思ってくださるなら>>
この短歌は大伴坂上郎女(おほとものさかのうへのいらつめ)が詠んだ,大伴駿河麻呂(おほとものするがまろ)への相聞歌の1首です。女性は恋しい人(特に男性)から「大好き」「いつも一緒いたい」などという言葉(愛しき言)を何度でも言ってほしいという気持ちは今も昔も変わらないようですね。
さ百合花ゆりも逢はむと思へこそ今のまさかもうるはしみすれ(18-4088)
<さゆりばなゆりもあはむと おもへこそいまのまさかも うるはしみすれ>
<<百合の花の名のように後々もお会いしようと思うものですから,今この時こそ誠心誠意お接ししているのですよ>>
この短歌は大伴家持が天平感宝元(749)年5月9日,越中国府の下級役人秦忌寸石竹(はだのいみきいはたけ)の自宅で催された宴の席で詠んだ1首です。
「ゆり」は同音で「後程」という意味があり,家持はそれを掛けてこの短歌を詠んだのです。「うるはしみすれ」の「み」は形容詞を名詞化する接尾語です。「すれ」は使役を表す助動詞「す」の已然形で,正しく親密な間柄でいることが必要という意味を伝えているようです。
最後は,分かりやすい詠み人知らずの短歌です。
朝寝髪我れは梳らじうるはしき君が手枕触れてしものを(11-2578)
<あさねがみわれはけづらじ うるはしききみがたまくら ふれてしものを>
<<朝眠りから覚めたときのみだれ髪に私は櫛を通しません。愛しているあなた様の腕が枕になって触れたものですから>>
妻問いが終わって,夫が帰り,翌朝の妻の情景が浮かびます。この短歌を夫に贈り,お互いの愛情をさらに確かめ合ったのかもしれませんね。これらを見て万葉時代「うるはし」はかなり広くポジティブな意味を持つ形容詞だったようだと私は感じます。
こんな形容詞で表現される人間になりたいものですね。完全に「時すでに遅し」ですが。
心が動いた詞(ことば)シリーズ「かぐはし」に続く。
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