「動きの詞(ことば)シリーズ」第1段は,2010年2月から2011年7月まで投稿を続けました。その時取り上げなかった万葉集に比較的多く出てくる動詞について,同シリーズの第2段としてしばらくお送りします。第2段の最初は「知る」について,何回かに分け万葉集を見ていきたいと思います。
<万葉時代の律令制>
万葉時代は,律令制の導入によって,力(武力)によって社会の秩序を保つのではなく,法を守ることによって社会の秩序を守る制度が浸透し始めた時代ではないかと私は感じます。
ところが,当時の法律は漢文で書かれていましたから,必ずしも庶民を含めた国民全員が一気に法律で決められたこと,守らなければならないことを知っていたわけでも,理解できていたわけでもないと思います。物事をスムーズに進めるためには,法律及び法律を施行する仕組み(行政)について,知っておく必要があったのですが。
<律令制が浸透するまで>
逆に,法律の意味を十分知り(理解し),行政側の施策を先読みし,その受け皿を他に先駆けて用意しておけば,合法的に富を得られることになります。その情報をいち早く知るため,官僚に取入り,情報を先に知っておくことの重要性も高くなっていったと思われます。
法律を知らないとせっかく努力したことが,法に違反をしていて,受け付けられなかったり,場合によっては罪になり,刑罰を受ける事態にもなったのです。
いつの時代もそうですが,いわゆる犯罪者と呼ばれる者たちは,人に知られないように法を犯した悪事をはたらき,不法に金品を取得する(盗むことなど)ことをする場合も出てきます。
<いつの時代でも不法行為は無くならない>
複数の人間(仲間)がその不法行為を行う場合,その行為が法律の番人に知られない(バレない)ように,その行為自体をたとえ家族や世話になった人であっても秘密にします。
不法行為が知れてしまうと,どれほど重い刑罰を受けることも知っていたからでしょう。
このように,律令制により「知っている」「知らない」「知らせない(秘密にする)」「知らせる(公表する)」ことが,それまでの部族(豪族)内や部族間の力の支配による時代と比べて非常に大きな意味を持つようになったのではないかと私は考えます。
さらに,万葉時代はさまざまな品物や農産物を作る技術も発達し,生産技術や知識を知って,使えるようになることで,自身の生活を安定させることができるようになった時代ともいえそうです。
<「知る」ことの重要性>
極めつけは,人の気持ち,考え,行動予定を正確に知ることが,恋,仕事,親子などにおける人間関係を円滑に進めるうえで大切だということもわかってきた時代だったのかもしれません。
そのため,万葉集ではさまざまなシーンで「知る」を使った和歌が270首以上も出てきます。
どんなシーンで詠まれているか見ていきましょう。
思ふ人来むと知りせば八重葎覆へる庭に玉敷かましを(11-2824)
<おもふひとこむとしりせば やへむぐらおほへるにはに たましかましを>
<<あなたが来られると知っていたら八重葎に覆われた庭に玉砂利を敷いておきましたのに>>
何の前触れもなく,妻問に来た夫に対して,妻(詠み人知らず)が詠んだのでしょう。事前に連絡が欲しいということです。当たり前ですね。一緒に暮らしていても「何時に帰る」くらい奥さん伝えておかないと,家に入れてもらえない,夕飯にありつけないこともあるくらいです(私の経験ではありませんが)。事前に「知らせる」ということが,訪問する際のマナーなのだと,この短歌は教えているように私は感じます。
次は,二人の恋を他人に知られてしまったことを詠った,これも詠み人知らずの短歌です。
山川の瀧にまされる恋すとぞ人知りにける間なくし思へば(12-3016)
<やまがはのたきにまされる こひすとぞひとしりにける まなくしおもへば>
<<あいつは山にある滝の急流に勝るような大恋愛をしているぞと他の人に知られてしまった。いつもいつも君のことを思っているからか>>
恋愛関係を知られると何かと恋路の邪魔をしたり,干渉する人が出てくることもあります。しかし,誰にも知られずに逢える場所も少ない当時だろうと想像できますから,他人に知られずに相手には恋しい自分の気持ちをどう伝え,その気持ちを相手に知ってもらい,確認し合うことができるのか。それが大きな問題です。
<機密情報の扱い>
今の世の中,たとえば秘密情報保護に関する法律も同じような問題を抱えているのかも知れませんね。重要な秘密情報は他国や自国内でも極端に不安に思うような人には知られたくないが,自国の関係者の間では適切な対応をするため正確な情報を共有しなければならない。そのためには,情報の発信源を確認したり,裏付けをとったりする必要があるけど,その確認作業自体,情報が関係者以外に漏れるリスクが高くなります。
<恋人同士も同じ?>
秘密にしておきたい(無関係な人に知られたくない)ことと,恋人同士や関係機関内の人の間では絶対誤解が無いように正確な気持ちや情報を共有し合って(知って)おかなければならないことの二律背反は同様に悩ましい話かもしれません。
さて,次は無駄なことだと知ってはいても,相手を恋する気持ちは止められないことを詠んだ坂上郎女の短歌です。
思へども験もなしと知るものを何かここだく我が恋ひわたる(4-658)
<おもへどもしるしもなしとしるものを なにかここだくあがこひわたる>
<<いくら思っても実を結ばない恋だと知っているのに,どうして私は恋し続けてしまうのだろう>>
当時の厳格な階級制度,一夫多妻制,妻問婚が是とされる世の中でも,「未亡人であっても,身分や家柄が違っても,大好きな人に自分から恋して何が悪いの?」といった郎女の熱い気持ちの表れでしょうか。郎女には男性を中心とする律令制下の法律,しきたり,倫理観などを知っていても,恋愛については受け入れることはできなかったのかも知れません。
今回は恋愛のシーンを中心に「知る」を見てみました。次回は,「知らす(治める)」について見ていきたいと考えています。
動きの詞(ことば)シリーズ…知る(2)に続く。
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