<情報は知れば知るほどもっと欲しくなる?>
情報の価値に対する重要性がますます高くなっている現代,各種手続き方法,欲しいものやサービスを安く手に入れる方法,重要なイベントの挨拶の仕方,さまざまなマナーについてなど「知っていればこんなに苦労したり,損しした気持ちになることはなかったのに」と思うことが少なくないのではないでしょうか。
また,さまざまな情報が溢れている現代では,どれが正しい情報なのか,自分にとって有益な情報なのかを判断する方法(それも情報)を知っておくことの大切さもますます高くなっているような気がします。
さらに,自分にとって知りたくない情報を知らされてしまう,知ってはいけない情報を知ってしまう,無関係な情報を大量に押し付けられるといった,知ることや知らされることがいつも良いこととは限らないケースに遭遇することも増えている時代かも知れません。
<万葉時代では?>
万葉時代は現代に比べれば情報の絶対量ははるかに少なかったと考えられます。しかし,それまでの時代に比べ,制度,技術,文化,習慣,宗教,思想などの情報が中国や朝鮮半島から大量に入ってきて,それらを知り,消化し,自分のものにすることが求められた時代だと私は想像します。
また,海外からインプットされた情報から当時の日本に制度,技術,文化,宗教などを融合したり,それぞれを組合わせた新たな情報が大量に生まれてきた時代でもあったかもしれません。
万葉集には「知らないので」「知ることができず」「知っていれば」「知りようもなく」といった表現で,知らない,分からない,経験しことがない,想像できないといったことの残念さ,無念さ,諦めを表現したものが多く出てきます。
次は,額田王(ぬかだのおほきみ)が天智(てんぢ)天皇が崩御したのことを悲嘆して詠んだ短歌です。
かからむとかねて知りせば大御船泊てし泊りに標結はましを(2-151)
<かからむとかねてしりせば おほみふねはてしとまりに しめゆはましを>
<<こうなると前から知っているのでしたら天皇がお乗りになる大御舟の泊まっている港に標を張り廻らせましたものを(あの世に旅立たれないようにするために)>>
この短歌から,額田王が天智天皇との関係の強さや深さを私は感じます。
次は,柿本人麻呂が近江(天智天皇がかつて京を置いた場所)から奈良に向かった際に詠んだとされる有名な短歌です。
もののふの八十宇治川の網代木にいさよふ波のゆくへ知らずも(3-264)
<もののふのやそうぢかはの あじろきにいさよふなみの ゆくへしらずも>
<<宇治川にたてられた網代木のあちこちでてきる波の行き先は予測できないなあ>>
あえて直訳をしてみました。世の無常を詠んだのか,短命の近江京を果無んだのか,壬申の乱などで多くの戦士が亡くなったことを弔ったのか,それとも...。
一見分かりやすそうであるけど解釈はいろいろできそうです。ただ,万葉集の中でも覚えやすい短歌の一つであることは間違いなさそうですね。
さて,次は天の香具山の近くに住んでいる人と思われる詠み人知らずの短歌です。
いにしへのことは知らぬを我れ見ても久しくなりぬ天の香具山(7-1096)
<いにしへのことはしらぬを われみてもひさしくなりぬ あめのかぐやま>
<<昔の謂れは知らないが,私が眺めるようになって年数がたってしまったなあ,天の香久山は>>
この作者は,天の香具山が古事記や日本書紀に出てくる神話上の物語があることは恐らく知っていたと思われますが,その詳しい内容については知らない(興味が無い)のだと思います。
平城京になって,飛鳥地方は古墳などたくさんあっても,単なる郊外の静かな農村になってしまったと私は想像します。この作者が飛鳥地方を統括する官吏だとすると,この地に長く住み,すっかり暮らしにも慣れ,この地が神話の宝庫であるとか,かつてどんな京があったかはもうどうでもよいという気持ちで詠んだと言えないでしょうか。
最後は坂上郎女が大伴家持が越中国主として赴任するため,旅たちの別れを惜しんだ短歌です。
道の中国つみ神は旅行きもし知らぬ君を恵みたまはな(17-3930)
<みちのなかくにつみかみは たびゆきもししらぬきみを めぐみたまはな>
<<越中の国の神様には,越中への旅の行き方もよく知らない家持様の無事をどうかお恵みください>>
家持にとっては,役人になってから初めての遠い地方の赴任であり,坂上郎女にとっては気が気ではなかったのでしょう。
不安とは初めてのこと,情報が極端に少ないことから人に襲い掛かってくるものだろうと私は思います。その不安を取り除くため「知る」ことの大切さを当時の和歌からも学ぶことができるのではないかと私は感じます。
次回は「知る」の最終回として,その他の「知る」を詠んだ万葉集の和歌を見ていくことにします。
動きの詞(ことば)シリーズ…知る(4:まとめ)に続く。
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