2013年10月24日木曜日

心が動いた詞(ことば)シリーズ「寂(さぶ)し」

今回は「寂しい」という意味の「寂(さぶ)し」が万葉集でどう詠まれているか見ていきます。
人が一般的に「寂しい」と感じるのはどんな時でしょうか。やはり「自分は一人ぼっちだと孤独感を感じるとき」ではないでしょうか。
「人と一緒にいるのは疲れる」「他人に干渉されたくない」「静かに一人になりたい」という人が今の都会生活者に多いのかもしれません。でも,そういった他人との接触に煩わしさを感じている人でもいつまでも一人でいたいわけではないと私は思います。
素敵な異性と一緒に居たいとか,気の合う仲間とたまにはじっくりおしゃべりしたいとか,バーのカウンター越しに経験豊かなバーテンダーとさまざな薀蓄を語り合いたいとか,ストレスを感じない形で自分以外のヒトと接触を望むような気持ちは多かれ少なかれ持っている人は多いと思います。
その望む気持ちが満たされない時,「寂しい」というという感情が出てくるのかもしれません。
万葉集でも恋人と一緒の時間を過ごせないので「寂し」と詠んでいる和歌は少なくありません。
たとえば,次の詠み人知らずの相聞歌です。

秋萩を散り過ぎぬべみ手折り持ち見れども寂し君にしあらねば(10-2290)
<あきはぎをちりすぎぬべみ たをりもちみれどもさぶし きみにしあらねば>
<<秋萩の花が散っていってしまうのが惜しくて,手折り持ち眺めてみたが心寂しい。それはあなたではないから>>

相聞歌の相手の女性は秋萩のように可憐な女性なのかもしれません。秋萩が相手の女性のように可愛くて,手に取ってはみたけれど,花は花でしかない。そんな寂しい気持ちでしょうか。
次は,大伴家持が若いころお熱を上げた年上の女性「紀女郎」が家持宛てに詠んだ意味深長な短歌です。

神さぶといなにはあらずはたやはたかくして後に寂しけむかも(4-762)
<かむさぶといなにはあらず はたやはたかくしてのちに さぶしけむかも>
<<(あなた様より年老いていますから)もう先に死んじゃう身です。もしかしたら(私と一緒になると)後で寂しく思うことになるかもしれませんよ>>

家持が先を見越して真剣かつ冷静に考えているのか,それとも若気の至りで一時的にお熱を上げているだけか,「私が先に逝って寂しいと感じるかもしれないけど大丈夫?」と試しているように私には思えます。この家持と紀女郎とのやり取りについては,2010年1月4日の記事で少し詳しく書いていますので割愛します。
さて,次は山上憶良が筑紫で詠んだ短歌です。

荒雄らが行きにし日より志賀の海人の大浦田沼は寂しくもあるか(16-3863)
<あらをらがゆきにしひより しかのあまのおほうらたぬは さぶしくもあるか >
<<荒雄たちが出て行った日から志賀の漁師たちが住む大浦田沼は寂しげであるようです>>

この短歌は,筑紫から対馬に荷物を運ぶ際に遭難して帰らぬ人となった荒雄という人物の妻になり代わって詠んだとされています。このあたりについては,2010年6月6日のブログに少し詳しく書いていますので,興味のある方は見てください。
家族はいつも顔を合わしていて,時には煩わしい存在だと思うことがありますが,いなくなってみると寂しさが襲い,そのありがたさを痛切に感じることがあります。家族や友人の関係は大切に保持していくことが,結果として豊かな人生(寂しいと感じることが少ない人生)を送るうえで重要と考えるのは私だけでしょうか。
心が動いた詞(ことば)シリーズ「惜(を)し」に続く。

2013年10月19日土曜日

心が動いた詞(ことば)シリーズ「楽し」

<私の三大楽しいこと>
私にとって三大「楽しい」ことは,①仕事をすること,②万葉集をリバースエンジニアリングすること,③さまざまな会に参加することでしょうか。
①の私の仕事はソフトウェアの保守開発(既存の修正)ですが,単純な開発に比べ技術的に確立されておらず,個人のスキルや能力に依存するところが多い分野です。そのため,一つ一つ(対応の品質,コスト,納期,顧客満足度などに対し)最適なプロセスを都度適用しながらの作業となります。結局,一つ一つの仕事に(規模,緊急度,重要度,困難度,他への影響度など)多様性があり,生来飽きっぽい私にとっては,やっていて面白みを感じます。
②の万葉集は面白くなければこのブログを続けられていませんので,説明の必要はないでしょう。
③のさまざまな会は,単なる飲み会,懇親会,目的が決まった会議,同好会,学会,歓送迎会などです。これは,老若男女を問わずさまざまな考えを持った人と話を聞いたり,議論をすることが好きだからです。
これらを総合すると私が楽しいと感ずるのは,多様なものやヒトに接っしているときと言っても良いかもしれませんね。
<今回の本題>
さて,万葉集では「楽し」を詠んだ和歌が15首ほど出てきます。
まずは誰もが楽しいと感ずる遊びについて詠んだ遊行女婦(うかれめ)土師(はにし)作の短歌から紹介します。

垂姫の浦を漕ぎつつ今日の日は楽しく遊べ言ひ継ぎにせむ(18-4047)
<たるひめのうらをこぎつつ けふのひはたのしくあそべ いひつぎにせむ>
<<垂姫の浦を漕ぎ巡りながら今日は楽しくお遊びください。後々までこの楽しく過ごされた時間を言い伝えましょう>>

この遊びが行われたのは大伴家持が越中にいたころ,現在の富山県氷見市の海岸にあったという「垂姫の浦」を家持らが遊覧船で漕ぎ巡るという遊びをしたときです。現在でも遊覧船にはガイドが乗っていることもあるように,当時名所をガイドしたり,船で提供する酒や肴を講釈したり,名所への移動中に参加者にゲームを楽しませたりする女性乗務員(ガイド)を「遊行女婦」と呼んだのかもしれません。この作者の土師という遊行女婦は,当時おそらく最も優秀なガイドの一人であり,即興で和歌を詠み,参加者を楽しませたのでしょう。
この短歌は,越中国府の長官である家持をはじめ,国府のトップクラスが楽しまれたことを,後日この船で遊覧する人すべてに語り継ぎましょうということです。私たちも旅行に行くと,この船には超有名人の誰々が乗ったとガイドが伝えると「お~。そうなんだ」と得した気分になります。
紹介された家持たちも自分たちが乗ったことで,船の価値が大きく上がることを知らされるとすごく良い気分になります。土師恐るべしですね。
次は,珍しい季節の変化を見て「楽し」を詠んだ柿本人麻呂の短歌です。

矢釣山木立も見えず降りまがふ雪に騒ける朝楽しも(3-262)
<やつりやまこだちもみえず ふりまがふゆきにさわける あしたたのしも>
<<矢釣山の木立も見えないほど降り乱れる雪の朝はその騒がしさも楽しいことです>>

この短歌は,新田部皇子(にひたべのみこ)を讃えた長歌の反歌です。飛鳥にあったといわれる矢釣山の立ちも見えないほど激しく雪が降っている朝は,その騒がしさ(恐らく木などに積もった雪が落ちる音による)もまた楽しいと詠んでいます。
最後は,有名な大伴旅人の賛酒歌の中から「楽し」を詠んだ3首連続の短歌を紹介します(内1首は2011年8月13日の投稿で紹介しています)。

世間の遊びの道に楽しきは酔ひ泣きするにあるべくあるらし(3-347)
<よのなかのあそびのみちに たのしきはゑひなきするに あるべくあるらし>
<<世の中の遊び道で一番楽しいことは,酔って泣くことにあるようだ>>

この世にし楽しくあらば来む世には虫に鳥にも我れはなりなむ(3-348)
<このよにしたのしくあらば こむよにはむしにとりにも われはなりなむ>
<<現世が楽しいならば,来世には虫だろうと鳥だろうと私はなってしまっても構わないよ>>

生ける者遂にも死ぬるものにあればこの世なる間は楽しくをあらな(3-349)
<いけるものつひにもしぬる ものにあればこのよなるまは たのしくをあらな>
<<生きているものは最後は死ぬのだから,生きている間は楽しまないとね>>

特に解説をしません。皆さんはどう感じられますか?
今さえ楽しければ後はどうでも良いという身勝手な考えと感じますか?
それとも,今遊びも仕事も趣味も交友もしっかり楽しむことが理想だという考えと感じますか?
私はもちろんアグレッシブに,プレッシャーに負けず後者でありたいと考えます(実際楽しめているかかどうかはあまり気にしません)。
心が動いた詞(ことば)シリーズ「寂(さぶ)し」に続く。

2013年10月14日月曜日

心が動いた詞(ことば)シリーズ「悔(くや)し」

<萬葉学会の研究大会に参加>
この土日,東京大学で行われた萬葉学会全国大会に初めて参加しました。最新の万葉集研究動向を見ておくことも重要かなとの思いで参加したのですが,残念ながら私が期待した万葉集はどんな目的で編まれたかの発表はありませんでした。
万葉仮名の詳細な分析,国文法や漢字の使用分析,日本書紀・古事記の歌謡(記紀歌謡)と対比,公的に詠んだ/私的に詠んだの違い,周辺の上代文学の研究など,さすがに専門家の研究はきめ細かく,時間をかけていることが分かりました。
万葉集を見る時間があまり取れない自分を正直悔しく感じた次第です。ただ,限られた時間のなかで可能な最大パフォーマンスを(それが結果として中途半端なものであっても)だすしかない。それが,それぞれに与えられた人生だと私は思います。私のようなアマチュアは結果をすぐに求めず,あせらず少しずつ万葉集を見ていくしかないという考えは変わりませんでした。
<今回の本題>
さて,今回のテーマの「悔し」という言葉は万葉集で20首以上に出てきます。偶然ですが,今回の萬葉学会全国大会でも「今ぞ悔しき」という言葉に触れた発表がありました。「悔し」は古事記にも出てくる古い言葉ですが,今「悔しい」という意味とほぼ同じ意味だったと考えてよいようです。
「悔し」が単独で出てくることもありますが,このように「今」とセットで使われている表現が多く出てきます。たとえば,「今ぞ悔しき」のほか「今し悔しき」などがあります。この場合短歌の最後に使われることが多いようです。
次は,柿本人麻呂が吉備津采女(きびのつのうねめ)が亡くなったときに詠んだ挽歌です。

そら数ふ大津の子が逢ひし日におほに見しかば今ぞ悔しき(2-219)
<そらかぞふおほつのこが あひしひにおほにみしかば いまぞくやしき>
<<無数の人がいた大津でお逢いしした日に,しかっりお顔を見ておかなかったことが,今となっては悔やまれてならない>>

一方,短歌の先頭の位置に使われる場合は,「悔し」は単独で使用されています。
次は山上憶良が神龜5(729)年7月21日に筑紫で大伴旅人の妻が亡くなったとき,詠んだとされている長歌+短歌5首の中の1首です。

悔しかもかく知らませばあをによし国内ことごと見せましものを(5-797)
<くやしかもかくしらませば あをによしくぬちことごと みせましものを>
<<悔しいです。こうなることが予め知っていたなら,国中をことごとくお見せしたものを>>

これらは惜しい人を亡くした悔しさを詠んでいますが,相聞歌でも相手との関係がなかなかうまくいかない時に「悔し」が出てくることがあります。
次は平群女郎(へぐりのいらつめ)が越中の大伴家持に贈った12首の中の1首です。

里近く君がなりなば恋ひめやともとな思ひし我れぞ悔しき(17-3939)
<さとちかくきみがなりなば こひめやともとなおもひし あれぞくやしき>
<<私の住む里近くへあなたがお出でくださることになれば,恋しいあなたと逢えると,わけもなく予想をしていた自分の愚さが悔しくてなりません>>

家持は越中から奈良に一時的に帰ったのですが,平群女郎のところには寄らなかったようです。
家持と女郎は家持が越中に行く前は,相当な関係だったのかもしれませんね。
最後に,悔しい思いが晴れた詠み人知らずの短歌を紹介し,今回の投稿を閉めます。

我が宿の花橘は散りにけり悔しき時に逢へる君かも(10-1969)
<わがやどのはなたちばなは ちりにけりくやしきときに あへるきみかも>
<<我が家の庭にある花橘の花は散ってしまいました。一緒に我が家の花橘を見ようとと約束してくださったのにと悔しい思いをしていましたが,ようやくあなたと逢えました>>

心が動いた詞(ことば)シリーズ「楽し」に続く。

2013年9月29日日曜日

心が動いた詞(ことば)シリーズ「さやけし」

暑い夏も終わり,ようやく爽やかな秋空を満喫できる季節になりましたね。
これから紅葉が落ち,森林の中が明るくなる12月中旬頃まで,私の気持ちも爽やかになることが多い季節です。また,空気も比較的澄んで月の明るさも夏より強く鮮明に感じられます。
今回取り上げる万葉集における「さやけし」は,まさに中秋の名月のようにクリアな輝きやクリアに感じる音に使う言葉のようです。
「さやけし」が詠まれている万葉集の中で,なんといっても有名なのは中大兄皇子(後の天智天皇)が詠んだ次の短歌でしょうか。

海神の豊旗雲に入日さし今夜の月夜さやけくありこそ(1-15)
<わたつみのとよはたくもに いりひさしこよひのつくよ さやけくありこそ>
<<海神を護衛するような豊旗雲に入日がさしています。今夜の月はさやかであってほしいものだ>>

この短歌は,有名な大和三山を詠んだ皇子の長歌に続く反歌2首の内の後の方の1首です。前の方の1首は長歌との関係がしっかりあるのですが,この反歌はまったく無関係に感じられます。実は,この短歌の左注にも無関係な内容だと書かれています。
入日がさしているため,西方は雲がないことを意味します。暦や時に興味を持っていたといわれる天智天皇は天気は西から変わることも知っていたのかもしれません。だとすると,雲が無く月が「さやか」であることを期待している皇子にとってその予兆を探したところ,日の入りの光がさしていることがその予兆だと詠んだのかもしれません。また,月がさやかであると船の航行もでき,旅が進むことも考えられます。
万葉集で「さやけし」の対象としてこの「月夜」のほかに「磯波」「海岸」「川」「川音」「川瀬」「鹿の声」「瀬音」「月」「波音」「山川」「小川」などが出てきます。これを見ると,水に関する者が大半を占めています。それも,見るだけでなく,聞くことも対象になっています。日本人は昔から川や海の水は切っても切れない関係であるだけでなく,美しい水の動きや水の音と接することで心さわやかに感じるのが自然のようだと私は思います。
さて,次は海岸の美しさを「さやけし」と舎人娘子(とねりのをとめ)という女官が持統天皇の伊勢行幸のとき詠んだ短歌です。

大丈夫のさつ矢手挟み立ち向ひ射る圓方は見るにさやけし(1-61)
<ますらをのさつやたばさみ たちむかひいるまとかたは みるにさやけし>
<<勇士がさつ矢を手に挟み立ち向かい射抜く的(まと)。その円(まと)方の浜は目にも鮮やかに美しい>>

この海岸は伊勢国にあった弓矢の的のように整った円形をした海岸があり,それが非常に美しかったと感じたのでしょうか。
次は別の対象に対して大伴家持が「さやけし」を詠んだ短歌です。

剣太刀いよよ磨ぐべし古ゆさやけく負ひて来にしその名ぞ(20-4467)
<つるぎたちいよよとぐべし いにしへゆさやけくおひて きにしそのなぞ>
<<ますます磨ぎ澄ませてください。(あなたの姓は)遥か昔から清らかに責任を果たしてきたまさにその氏名(うじな)なのですよ>>

この短歌はこのブログで2010年9月25日の投稿でも紹介したものです。
この短歌の左注には,淡海真人三船(あふみのまひとみふね)の讒言(ざんげん)によって、出雲守(いづものかみ)大伴古慈斐宿禰(おほとものこじひのすくね)宿禰が任を解かれる。この事実を知って家持この歌を作る(天平勝宝8(756)年6月17日作)とあります。家持は古慈斐に対して,今まで順調に昇進してきたが,今回の解任に対してやけにならずに栄光ある大伴氏の名を汚さないよう,自分を磨いて,自制した行動をしてほしいと思ったのかもしれません。
その後の古慈斐は家持のこの短歌により,苦しい状況でも我慢して慎重な行動をとったためか,光仁天皇時代には従三位まで行き,公家の仲間入りを果たした記録されています。
組織の中で自分を陥れるようなことをされたとき,「倍返しをしてやるぞ」と戦うのも一つのやり方かもしれません。ただ,組織人として努力した行動を冷静に継続し,じっくりとチャンスを待つのも正しい行動様式だとこの短歌から私は思うのです。
心が動いた詞(ことば)シリーズ「悔(くや)し」に続く。

2013年9月22日日曜日

心が動いた詞(ことば)シリーズ「嬉し」

前の日曜(15日),私が学んだ大学で新しい教育棟が完成した記念に,卒業生も順次見学ができるということで,八王子まで行ってきました。
日本列島上陸間違いなしとの予報された台風が近づいてきていて,風雨が心配でしたが,私が行った昼過ぎは朝方の強い雨もやみ,少し青空がのぞくまで回復していました。

新しい教育棟はまるでホテルのような概容(12階建)で,中に入ると3階分くらいの吹き抜けの大きなエントランスホールがあり,エレベータだけでなく4階まではエスカレータが設置されていました。エスカレータで4Fまでいくと,ベランダには植物が植えられた広いカフェテリアがありました。


私が学生の頃は,50人ほどが入ると満杯になる「ロンドン」という名前の小さな喫茶室があっただけです。
15日は,昔懐かしい同期のOB・OGもたくさん来学していて,お互い年齢を重ねたことを感じながらも,再会できた幸せ感に満たされました。
また,当時の万葉集研究クラブの顧問をしてくださったN先生も新しい教育棟に研究室が移られたとのことで,同期のクラブメイトと一緒に新研究室にお邪魔をさせていただきました。N先生の研究室は11階にあり,エレベータを降りて結構長い廊下を進んでようやくたどり着けました。研究室は,まだ引っ越して直後のご様子で書籍などの整理が完全に終わっておられない状態が,逆に真新しい感じをさらに強くしました。
夜は八王子駅近辺で行ったクラブメイトとの懇談会にN先生もいらっしゃって,今回のテーマと同じ「嬉し」さが倍化しました。
さて,万葉集で「嬉し」を詠んだ和歌は12首ほどあります。まず,今の季節を詠んだ詠み人知らずの短歌から紹介ます。

何すとか君をいとはむ秋萩のその初花の嬉しきものを(10-2273)
<なにすとかきみをいとはむ あきはぎのそのはつはなの うれしきものを>
<<どうしてあなた様のことを嫌だと思うことがあるでしょうか。秋萩の初花を見るようにお目に掛かれば嬉しくてしかたないのに>>

桜の開花宣言を聞くと「春になったなあ」とか「花見ができるぞ」といったように嬉しい気持ちになりますね。
万葉時代は萩の花を見ることが楽しみだったようで(140首以上に登場),今年初めて萩の花が開花すると嬉しい気持ちになったようですね。
また,暑い夏が終わり,萩の咲いている道や庭を散策するのに良い季節となったこともあるのかもしれません。
恋人,そして妻や夫(当時は一緒に暮らさず)と逢える時の嬉しさは格別です。万葉集にも,当然そんな気持ちを詠んだ和歌が出てきます。

玉釧まき寝る妹もあらばこそ夜の長けくも嬉しくあるべき(12-2865)
<たまくしろまきぬるいもも あらばこそよのながけくも うれしくあるべき>
<<玉釧(きれいな腕輪)を巻いた腕枕で一緒に寝られるおまえがいるからこそ,いくら夜長でも嬉しいんだよ>>

この詠み人知らずの短歌も詠んだ時期は今頃でしょうか。太陽の沈む時間も夏に比べたら格段に速くなり,秋の夜長を感じる頃です。
夫の家に帰る時刻が同じであれば,夏の妻問よりも時間がたっぷりとれます。
もちろん,最愛の夫婦間では,その方が嬉しいに決まっています。
最後は,大宮仕えができる嬉しさについて,大納言巨勢奈弖麻呂(こせのなでまろ)が詠んだ短歌です。

天地と相栄えむと大宮を仕へまつれば貴く嬉しき(19-4273)
<あめつちとあひさかえむと おほみやをつかへまつれば たふとくうれしき>
<<天地と共にご盛栄されるようにと大宮にご奉仕できることで貴くも嬉しい気持ちがいっぱいです>>

この短歌は東大寺大仏開眼が終わった秋の新嘗祭の宴席で当時80歳を過ぎていた作者が詠んだものです。
当時の80歳以上の人口比率が今の100歳以上の人口比率より少なかったとすると,長寿でここまで来れた嬉しさも含んでいたのかもしれませんね。
心が動いた詞(ことば)シリーズ「さやけし」に続く。

2013年9月15日日曜日

心が動いた詞(ことば)シリーズ「こちたし」

いろいろイベントがあって,先週のアップができませんでした。さて,結構長く続いた「2013夏休みスペシャル」が終了し,久しぶりに万葉集の「心が動いたシリーズ」に戻ります。
「こちたし」は漢字を当てはめると「言痛し」と書くようです。「人の噂が多くて煩わしい。うるさい。」いったネガティブな心の動きを表現する言葉です。
人の噂で体表的なのは「恋の噂」かもしれません。現代でも有名芸能人の熱愛報道が女性誌の販売数やテレビのワイドショー番組の視聴率に大きく影響するようです。また,職場の給湯室でも,社内恋愛の噂で話の花が咲くこともままあると聞きます。あくまでも噂ですが。
当の恋人同士は,噂をされることでお互いの愛がもっと深まることもあれば,噂に翻弄されお互いの気持ちが冷えてしまうことも考えられます。
さて,万葉集にもそんな噂で恋人同士の本人たちが困っている状況は出てきます。

人言を繁み言痛み逢はずありき心あるごとな思ひ我が背子(4-538)
<ひとごとをしげみこちたみ あはずありきこころあるごと なおもひわがせこ>
<<人の噂が気になりお逢いしなかったのです。あなた様を思う気持ちがないなんて思わないでください。私のあなた様>>

この短歌は,正四位下まで昇進した高安王(たかやすのおほきみ)の娘の高田女王(たかだのおほきみ)が今城王(いまきのおほきみ)に贈った6首の中の1首です。
今城王の父は同じ高安王という説もあり,仮に二人が異母兄妹の関係であれば,まさに「許されない恋」となります。二人は必死になって恋人関係を他人に分からないようにしたのかもしれません。でも,二人のちょっとしたしぐさで噂は立つモノです。それが抑えられないほどいろいろな人に伝わり「人言を繁み」となり,「言痛み」となったと考えられます。
次の詠み人知らずの短歌はうるさい人の噂に対して開き直った形のものです。

言痛くはかもかもせむを岩代の野辺の下草我れし刈りてば(7-1343)
<こちたくはかもかもせむを いはしろののへのしたくさ われしかりてば >
<<煩わしい人の噂はどうなるのか?岩白の野辺に生えた草を私が刈つてしまうた後は>>

「草を刈る」というのは「恋を成し遂げる」すなわち「恋人宣言をする」ことを意味するのだと私は思います。このように恋人関係をオープンにすれば,とやかく言う人も気にならなくなるという意味かもしれません。
しかし,オープンにしたらしたで,いろいろ面倒なことが発生することを愛し合っているふたりに想像できるわけではなさそうです。
オープンにした後も次のような詠み人知らずの短歌が生まれます。

おほろかの心は思はじ我がゆゑに人に言痛く言はれしものを(11-2535)
<おほろかのこころはおもはじ わがゆゑにひとにこちたく いはれしものを>
<<いい加減に思っているなんてことはないよ。君には僕のために人にとやかく言われ辛い思いをさせているのに>>

噂を立てられ,仕方なく公表したら,今度は相手の自宅までゴシップ記者が押し掛ける騒ぎになってしまった有名タレントが恋人に贈るときに使えそうな短歌ですね。
心が動いた詞(ことば)シリーズ「嬉(うれ)し」に続く。

2013年9月3日火曜日

2013夏休みスペシャル‥「夜遅く大洗の宿に駆け込む。そして,,..」

<大洗での研究会>
8月30日,午後から大阪市内のお客様へ打ち合わせのため出張し,夕方その足で毎年この時期に行われているソフトウェア保守関連の研究会作業部会の合宿に合流しました。場所は茨城県大洗町の那珂川河口にある「かんぽの宿」です。
作業部会合宿は午後から始まっていて,1日目の研究会議(午後と夜)には参加できず,夜遅くの懇親会に途中参加となりました。
新幹線が九州地方の豪雨で遅れが出ていて,少し焦りましたが,新大阪では先行出発する列車に乗れ,予定通り23時までには宿に到着できました。ただ,時間が時間ですから参加者の皆さんはかなりお酒をお召し上がりになっていました。
大阪の近鉄百貨店のデパ地下で買った「ハモの皮」「松前屋の塩昆布」「お好み焼きチップス」を遅れたお詫びにの印に差し入れをしました。参加者の皆さんは関東在住の方が多く「珍しいおつまみだ」と喜んで頂きました。私も駆けつけ3杯と,1時間ほど飲んで,すっかりいい気分になりました。
この宿は立派な露店風呂付大浴場(温泉)があり,朝,那珂川河口方面の眺めはなかなかのものでした。
<研究会2日目>
翌31日は,作業部会の2日めの研究会議を行い(私の個人研究に関する討議中心),昼からは大洗アクアワールド(設備やシステムの維持管理状況)を見学し,岐路に着きました。
実は大洗の北に阿字ヶ浦(あじがうら)海岸という場所があり,万葉集の東歌(次の短歌)で詠まれた許奴美の浜がそこだという説があり,万葉歌碑があるとのことです(ただ,時間的にそこには行けませんでしたが)。

磐城山直越え来ませ礒崎の許奴美の浜に我れ立ち待たむ(12-3195)
<いはきやまただこえきませ いそさきのこぬみのはまに われたちまたむ>
<<磐城山をすぐ越えて来てください。磯崎の許奴美の浜辺で私は立って待っていますから>>

<今度は富士登山>
さて,31日夜自宅に戻るとすぐ翌日(9月1日)富士登山の準備に入りました(昨年はこのブログでも紹介しましたように八合目で下山)。
1日は朝3時半に自宅を出て,昨年と同じ御殿場駅から須走口行のバスに乗り,8時半頃から登山を開始しました。ただ,結果から言いますと,今年も頂上まで行けませんでした(九合目で断念)。
理由は,高山病の予兆と思われる症状(軽い頭痛)が出てきたためです。後30分あまり頑張れば上まで行けたのですが,視界もきかず,台風15号から変わった温帯低気圧の影響なのか風も非常に強く,下山時のことや翌日の仕事を影響を考えやむなく引き返すことにしました。
今回の残念な結果を踏まえ,来年はさらに対策をしてリベンジしたいと考えています。
でも,昨年登った八合目の高さ位までは天気も良く,次のようないろいろ写真が撮れました。
登山道に入ったら野生の鹿の親子(?)が迎えてくれました。

六合目付近河口湖が眼下(左奥)に良く見えました。

しかし,山頂付近は雲に覆われています。

今回,私が引き返した九合目です。

視界はこんな感じです。霧雨が強い風に乗って吹き付けてきます。

下山して須走口でバスを待つ間に見つけたトリカブトの花です。シカも近づかないそうです。

さて,1ヶ月以上に渡り続けてきました2013夏休みスペシャルも今回で終了し,心が動いた詞(ことば)シリーズに戻ります。
心が動いた詞(ことば)シリーズ「言痛(こちた)し」に続く。