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2015年9月20日日曜日

動きの詞(ことば)シリーズ…降る(6:まとめ) …もうすぐ北海道から初雪の便り?

「暑さ寒さも彼岸まで」という言葉の通り,これから各地で秋が深まっていく季節になりました。
平年では,北海道の山間部ではそろそろ初雪の便りが来るころです。ちなみに,昨年の大雪山の初雪は,平年より9日早い9月16日だったそうです。
さて,「降る」の最後は「雪が降る」を詠んだ万葉集の和歌を見ていくことにします。

最初は,山部赤人のもっとも有名な次の短歌です。

田子の浦ゆうち出でて見れば真白にぞ富士の高嶺に雪は降りける(3-318)
<たごのうらゆうちいでてみれば ましろにぞふじのたかねに ゆきはふりける>
<<田子の浦を通って,海岸に出て見れば,ああ真っ白だ。富士山の高嶺に雪が降ったので>>

高橋虫麻呂も同様の富士山の雪について,短歌を詠んでいます。

富士の嶺に降り置く雪は六月の十五日に消ぬればその夜降りけり(3-320)
<ふじのねにふりおくゆきは みなづきのもちにけぬれば そのよふりけり>
<<富士山に降る雪は六月十五日に消えるのだが,その夜からまた降るのだ>>

2004年有人の富士山測候所が廃止になる前までは。富士山の初雪を同測候所が発表していたとのことです。しかし,富士山は真夏でも雪が降ることがあり,いつが初雪か区別がつきにくいため,今は富士山の初雪は発表されていないようです。
ただし,麓から見た初冠雪は継続して発表がされているようです。
初雪といえば,次の大原今城(おほはらのいまき)が,天平勝宝8(756)年11月23日に大伴池主邸で開かれた宴の席で詠んだとされる短歌があります。

初雪は千重に降りしけ恋ひしくの多かる我れは見つつ偲はむ(20-4475)
<はつゆきはちへにふりしけ こひしくのおほかるわれは みつつしのはむ>
<<初雪は幾重にも降り重なれよ。恋しさが多く積もった私は,それを見てあなたのことを思いめぐらすでしょう>>

この短歌から,初雪というものに対する良いイメージが私には伝わってきます。
実は,どちらが参考にしたか分かりませんが,よく似た詠み人知らずの短歌(柿本人麻呂歌集から)が万葉集に出てきます。

沫雪は千重に降りしけ恋ひしくの日長き我れは見つつ偲はむ (10-2334)
<あわゆきはちへにふりしけ こひしくのけながきわれは みつつしのはむ>
<<沫雪は幾重にも降り重なれよ。恋しさが続いている私は,それを見てあなたのことを思いめぐらすでしょう>>

柿本人麻呂歌集が人麻呂が生きていて時に編纂されたものなら,大原今城のほうが参考にした可能性が高いことになりますね。
最後は,天平16年1月5日に安倍虫麻呂邸で行われた宴席で出席者の誰かが詠んだとされる愉快な短歌です。

我がやどの君松の木に降る雪の行きには行かじ待にし待たむ(8-1041)
<わがやどのきみまつのきに ふるゆきのゆきにはゆかじ まちにしまたむ>
<<私の家の君を待つ(松)の木に降る雪のような二つの状況では,行き(雪)は行かないけれど,待つ(松)ことは待ちましょうね>>

行くべきか待つべきか,恋のゲームでの戦術に迷うとき,雪はすぐ消えてしまうけれど,松の木はずっとあるから,行きより待つが正解と諭した短歌でしょうか。
慌てて行動するより,じっくり状況を見て,ベストなタイミングまで待つほうが物事が良いように向かうことが多いという考えの短歌なら,私は賛同します。
さて,次回から動きの詞シリーズは少しお休みして,2015シルバーウィークスペシャルの投稿をします。
2015シルバーウィークスペシャル(1)に続く。

2014年12月7日日曜日

動きの詞(ことば)シリーズ…踏む(4:まとめ) 暑中から雪踏む季節まで休載でした

<たびとは転職しました>
このブログの読者のみなさん。今年の8月4日を最後にずっとこのブログへのアップを個人的な事情があり休止していました。申し訳ありません。
実は,この「踏む」を取り上げた初回(7月19日アップ)に書いたように,人生の分かれ道に差し掛かったのです。社会人になってからずっと勤めてきた同じ企業グループの会社から,全く別の勤め先に転職するかどうかでした。
結論としては,11月末でそれまで勤めていた会社を円満に退職し,12月から別の勤務先で勤務するようになりました。
これまでと対象のシステムは異なりますが,同じソフトウェア保守開発の仕事ですので,最初の1週間でほぼ求められる仕事をこなせる自信が大体できたのは良かったです。
8月から11月まで,休日は転職に関する検討,エントリーシート作成や面接の準備(転職経験がないので両方とも社会人になって初めての経験),内定後の諸手続きに忙殺され,ブログをアップする余裕がありませんでした。

天の川 「たびとはん。おかげさんでゆっくり休めさせてもろたわ。また,ちょこちょこちょっかい出すさかい,せいぜい頑張ってんか。」

天の川君の出番がないように頑張って見ますかね。
<このテーマの本題>
さて,「踏む」のまとめとして季節が冬になったため「雪を踏む」を取り上げたいと思います。
次は三方沙弥(みかたのさみ)という歌人が詠んだ長歌と短歌(反歌)です。ただ,長歌と言っても普通の形式ではなく,語り口調のように感じます。今で言うとラップのような感じでしょうか。

大殿の この廻りの雪な踏みそね しばしばも降らぬ雪ぞ 山のみに降りし雪ぞ ゆめ寄るな人やな踏みそね 雪は(19-4227)
<おほとののこのもとほりの ゆきなふみそね しばしばもふらぬゆきぞ やまのみにふりしゆきぞ ゆめよるなひとやなふみそね ゆきは>
<<御殿の周りに降り積もった雪は踏むでないぞ。めったには降らない雪であるぞ。山にしか降らない雪であるぞ。ゆめゆめ近寄るでないぞ。人よ踏むでないぞ。この雪は>>

ありつつも見したまはむぞ大殿のこの廻りの雪な踏みそね(19-4228)
<ありつつもめしたまはむぞ おほとののこのもとほりの ゆきなふみそね>
<<あるがままをご覧になられようとするのだぞ。御殿の周りの雪は踏むでないぞ>>

この大殿(御殿)の持ち主は,藤原不比等(ふぢはらのふひと)の二男である藤原房前(ふぢはらのふささき)とこの和歌の左注には書かれています。
房前が周りの侍従に指示した内容が長歌の方で,反歌は三方沙弥の考えを詠ったものかもしれません。いずれにしても,この反歌は房前が生きていたときの権力の強さを象徴している(茶化している)ようにも見えませんか?
さて,次はこのブログで何度も取り上げている次の大伴家持の短歌です。

大宮の内にも外にもめづらしく降れる大雪な踏みそね惜し(19-4285)
<おほみやのうちにもとにも めづらしくふれるおほゆき なふみそねをし>
<<宮中の内にも外にもめずらしく大雪が降った。この白雪をどうか踏み荒らさないで頂きたいものだ。(きれいな雪景色が荒らされるのが)惜しいから>>

この短歌について,今までこのブログでいろいろ書いてきましたが,また違った視点で今回は分析します。
<家持の願い>
家持は「雪を踏まないで欲しい」の誰に言っているのでしょうか。おそらく,家持にとっては空気が読めない,自然の美しさを感じられない,無粋な人たちなのでしょうね。
もちろん,その雪を踏んだのが,門の鍵を開けた守衛だったり,朝早く納品にやってくる業者だったり,朝食を作るために出勤してきた賄いさんだったりで,自らの仕事をこなすためにやむを得ず雪を踏み荒らしたのかもしれません。
珍しい自然現象に気にも留めず,定型作業を機械的に繰り返すだけの大宮で働く多くの人たちに「もう少し美しい風景を大切にしてほしい」という家持の気持ちも分からなくはありません。
一方,働く人たち側は,雪で仕事が大変になったと積雪を恨めしく思っているかもしれません。
ちなみに私の住んでいるマンションの住込み管理人は雪が降ると,人の通り道はすぐに雪かきをしてしまいます。
ところで,踏むのが鳥だったり,リスだったり,ウサギだったり,シカだったら,家持は許せたのでしょうか。おそらく,それは許したのでしょうね。なぜなら,それは自然の営みだからです。
人間には自然に対する価値観が異なる(価値を感じない)人がいて,特に効率最優先で仕事を進めようとする人たちは自然との調和の重要性を軽視し,自然を無理に変えようとしてしまう。
歌人家持はそんな人たちが幅を利かせる効率化のみ重視する大宮の仕組み自体がこのとき許せない感じたのかもしれません。
動きの詞(ことば)シリーズ…照る(1)に続く。

2014年5月10日土曜日

動きの詞(ことば)シリーズ…置く(3) 水蒸気は気温で変化し,人間に和歌を詠ませる?

<東京ウォーキングフェスタに2度目の参加>
今年も東京ウォーキングフェスタ(5月3日・4日東京都立小金井公園がスタートゴール)に参加しました。

昨年は2日間とも30㎞コースだったので,当然今年も2日間とも30㎞コースを歩きました。少し暑かったですが,途中の公園,道路端,川原,民家の庭先に咲く多くの草花や新緑の木々を楽しむことができました。
写真は,新緑と花を歩きながら楽しめたスナップです。




<本題>
「置く」の3回目ですが,雪,露,霜などを「置く」という表現が多数万葉集に出てきますので,取り上げてみます。露と霜については,今年3月のブログでも紹介していますが,「置く」という動詞を視点に見ていきます。
さてまず,今の季節とは異なりますが雪から見ます。雪について「降り置く」という表現が多く使われています。

真木の上に降り置ける雪のしくしくも思ほゆるかもさ夜問へ我が背(8-1659)
<まきのうへにふりおけるゆきの しくしくもおもほゆるかも さよとへわがせ>
<<真木の上に降り積もっている雪のように,幾重にもあなたのことが思われます。夜に来て下さいね,私のあなた>>

完全な逆ナンパの短歌ですね。この短歌の作者は他田廣津娘子(をさだのひろつのをとめ)という女性です。雪は大きな木の上にたっぷりと積もっていたのでしょう。男(夫)からすれば,「雪が積もる(降り置かれた)ような寒い夜に妻問に行けるわけないよ」という気持ちかもしれませんが,雪明りの夜は道も良く見え,音も静かでなかなか雰囲気が良いですよとでも娘子はいいたげですね。
次は,「降り置く」の表現は使っていませんが,積もった雪はすぐ消える惜しさを詠んだ坂上郎女(さかのうへのいらつめ)の短歌です。

松蔭の浅茅の上の白雪を消たずて置かむことはかもなき(8-1654)
<まつかげのあさぢのうへの しらゆきをけたずておかむ ことはかもなき>
<<松の木蔭に低く生えた茅(ちがや)の上に積もった雪を積もったまま消えないようにするおまじないはないものかしら>>

茅のような低木の上に積もった雪は地熱の影響を受けず,また松の木の陰で直接太陽にも当たらない関係で,他の場所より長く雪が消えずに積もっ(置いた)たままになるのだろうと私は想像します。それでも,いつかは消える美しくもはかない雪。郎女自身の身体的な若さが徐々になくなっていく寂しさを譬えているのかもと私は思いたくなります。
次は「霜を置く」の例を見ます。

秋田刈る仮廬もいまだ壊たねば雁が音寒し霜も置きぬがに(8-1556)
<あきたかるかりいほもいまだ こほたねばかりがねさむし しももおきぬがに>
<<秋稲刈をするための小屋もまだ壊さない(稲刈りが終わっていない)時期にもう雁が寒そうに鳴いている。もう霜が降りしてしまうのか>>

この短歌は忌部黒麻呂(いみべのくろまろ)という人物が詠んだとされています。当時,稲刈りの時期には,自分の田の近くに仮廬(小屋)を作って,そこに稲刈りの道具や刈った稲を一時的に置いたりしたのかもしれません。
作者は農民の稲刈りの様子を眺めて,霜が置く(降りる)時期が早まることを心配してこの短歌を詠んだののだろうと私は思います。忌部氏は朝廷の祭事を担当していた氏族で,天候により豊作や凶作,農民の作業の進捗に関心があったのかもしれません。
最後は「露を置く」の例として,「霜を置く」の例で出した短歌と似ている詠み人知らずの短歌を紹介します。

秋田刈る仮廬を作り我が居れば衣手寒く露ぞ置きにける(10-2174)
<あきたかるかりいほをつくり わがをればころもでさむく つゆぞおきにける>
<<秋の田の稲刈りのために小屋を作ってそこにいると,袖が寒いなと思ったら,何と露に濡れていた>>

この作者は農民の立場か,稲泥棒や稲田を荒らす野生の動物(猪や鹿)を監視し,追い払う役目の人の立場で詠んでいそうです。監視作業は,秋が深まり,露に濡れるほど夜は冷えるツライ仕事であったのでしょう。ただ,実際に詠ったのは収穫が終わった後の祭りのときかもしれませんね。
「雪を置く」「霜を置く」「露を置く」を使った万葉集の和歌を見ると,それらの言葉が気候(湿度の高い日本の気候)の変化をとらえて恋,風景,仕事などの状況を詠む道具として使われていたように私は感じます。
動きの詞(ことば)シリーズ…置く(4:まとめ)に続く。

2013年11月3日日曜日

心が動いた詞(ことば)シリーズ「惜(を)し」

以前2010年8月から9月にかけて「動きの詞シリーズ」で万葉集の「惜しむ」を取り上げましたが,今回はその形容詞形です。「惜し」は,現代では「惜しい」という言い方をします。ただ,万葉時代の「惜し」の意味は現代の「惜しい」とは少し異なるかもしれません。
次は2012年2月6日の当ブログで紹介した大伴家持の短歌ですが,そこに「惜し」が出てきます。

大宮の内にも外にもめづらしく降れる大雪な踏みそね惜し(19-4285)
<おほみやのうちにもとにも めづらしくふれるおほゆき なふみそねをし>
<<宮中の内にも外にもめずらしく大雪が降った。この白雪をどうか踏み荒らさないで頂きたいものだ。(きれいな雪景色が荒らされるのが)惜しいから>>

私も中学校の頃,京都も年に数回雪が降り,教室から見る校庭がきれいだなと思っていたら,一部生徒が雪だるまを作るために雪の塊を転がしたあとが地面が見えて汚くなるのを惜しいと感じたことがありました。でも,親が子供に雪だるまを作らせるのは結果的に除雪ができるからだという都市伝説を聞いてからは,私は妙に納得しています。
さて,次も2012年9月23日の当ブログで紹介した詠み人知らずの短歌です。

白栲の袖の別れは惜しけども思ひ乱れて許しつるかも(12-3182)
<しろたへのそでのわかれはをしけども おもひみだれてゆるしつるかも>
<<袖が分かれているようにあなたとの別れはつらいけど,私の心が乱れてしまい結局あなたと別れることにしたの>>

ここでの「惜し」は「つらい」とか「残念だ」という感情が近いかもしれません。
最後は「自分の命さえも惜しくない」といった使い方の例として車持娘子(くるまもちのいらつめ)が詠んだとされる短歌(長歌の反歌2首の内の1首)を紹介します。

我が命は惜しくもあらずさ丹つらふ君によりてぞ長く欲りせし(16-3813)
<わがいのちはをしくもあらず さにつらふきみによりてぞ ながくほりせし>
<<私の命は惜しくはありませんが,あなたに寄り添えていられれば長く生きたいと願うのです>>

この歌(長歌+反歌2首)の左注には,娘子が夫との恋に疲れ,傷心のあまり病に伏し,痩せ衰えて臨終が間近になり,使者が夫を呼び,夫が駆け付けたとき,娘子がこの歌を詠んで息を引き取ったという言い伝えがあると書かれているようです。
言い伝えとあるため,この歌や車持娘子は実在しないフィクションの可能性がありますが,こういった歌物語の言い伝えが,当時の妻問いをベースとした夫婦関係を幸せなものにするための教訓の意味合いがあったのかもしれません。
万葉集で「惜し」は,このほか多くの長短歌で詠まれていますが,今回はこのくらいにします。
心が動いた詞(ことば)シリーズ「愛(うつく)し」に続く。

2013年2月24日日曜日

今もあるシリーズ「垣(かき)」

<万葉時代には中間所得層が増加した?>
万葉時代は大陸の新しい文化が押し寄せ,京(みやこ)の道路や建物の整備,都市をつなぐ街道や駅(はゆま)の整備,国分寺の建立(こんりゅう),土地の開墾(かいこん),繊維,陶器,刃物,貨幣鋳造(かへいちゅうぞう),製紙,兵器の製造などの新しい産業のための工場設置といった公共投資が積極的に行われた時代で,公共投資の恩恵を受けた現代で言ういわゆる中間層にあたる人たちの数が急速に増えてきたのではないかと私は考えています。
その人たちは,みずからの所得や財産の増加にともない,その豊かさ実感するため,(衣食住で)より高額な消費対象物(ぜいたく品)を求めることが生きがいになってきたと私は想像します。
<自分の家を持ってこそ富裕者の仲間入り?>
その豊かさを本当の意味で実感できるのは,自分の家を持った時ではないでしょうか。
当時の中間層の人たちは,自分の家を持とうと,より多くの所得を得るために,出世を目指す,新しい商売を考える,副業をこなす,将来値が上がると予測されるものに投資するなどをしたかもしれません(現代と同じように)。
その願いが通じ,自分の家を何とか手に入れます。しかし,中間層が手にできる家は限られた広さの土地に建てられたもののはずです。当然,家を建てることに適し,住みやすい土地(高台,川のほとり,街道や市場の近く)は人気があり,小さい区画に建てた家でも買い手はいたのだろうと私は思います。やっと手に入れた小さな土地の我が家と隣の家を隔てるもの,領地を明示するもの,プライバシーを守るものとして,垣(かき)が積極的に作られたのでしょう。
万葉集では,垣が出てくる和歌が40首ほどあります。その中に出てくる垣の種類や熟語は次の通りです。

青垣(あをかき)‥垣のようにめぐっている緑の山を形容する語。
葦垣(あしかき)‥葦で作った垣。
荒垣(あらかき)‥網目の荒い垣。
斎垣(いかき)‥社(やしろ)など神聖な領域にめぐらせた垣。みだりに越えてはならないとれていた。
岩垣(いはかき)‥岩石が自然に垣のようにめぐり続いているもの。
岩垣沼(いはがきぬま)‥岩垣に囲まれた沼。
岩垣淵(いはがきふち)‥岩垣に囲まれた淵。
垣越し(かきごし)‥垣を隔てること。まち,垣を超えてくること。
垣内(かきつ)‥垣根の中。屋敷の中。
垣つ田(かきつた)‥垣根の中にある田。
垣つ柳(かきつやぎ)‥垣根の内にある柳。
垣根(かきね)‥垣の根もと。または垣そのもの。
垣穂なす(かきほなす)‥垣のように取り囲んで。垣のように邪魔をする。
垣間(かきま)‥垣のすき間。
竹垣(たけがき)‥竹で網状に作った垣根。
籬,間垣(まがき)‥竹・柴などを粗く編んで作った垣。
瑞垣(みづがき)‥神霊の宿る山・森などの周囲に木をめぐらした垣。神社の周囲の垣。玉垣。

ところで,垣によって区分けした場合,他人はその中に入ってみたいと思います。恋人がその家にいる場合はなおさらですね。また,プライバシーを守るために,中が見えないように作られた垣があると中をのぞきたくなります。美人の女性がその家にいたとするとなおさらですね。
そんな気持ちを詠んだ詠み人知らずの1首を紹介します。

花ぐはし葦垣越しにただ一目相見し子ゆゑ千たび嘆きつ(11/2565)
<はなぐは あしかきごしに ただひとめあひみしこゆゑ ちたびなげきつ>
<<花のように美人だったよ。葦の垣根越しにただ一目見つめ合ったあの子のことを千たびも思い返しては嘆くこの頃だ>>

プライバシーを守るために中を見えなくする垣(中を見るためには垣を越えて,見なければ見えない)があるいっぽう,中をわざと見せる垣があります。それが,荒垣,竹垣,籬のような垣です。網目を荒くして作り,中が見えるようになっています。中には入れないのですが,中が見えることで逆に中に入りたいという気持ちを強くさせる効果があります。
たとえば,自慢の庭があった場合,その一部または全部を外から覗けるようにしておくことで,自慢の庭のアピールができます。また,不審な人物が覗いていないか確認するためにも,逆に目の粗い。網状の垣にして,中から見えるほうが不審者排除という意味では良いということもあります。
次の1首は,そんな垣を詠んでいます。

我妹子がやどの籬を見に行かばけだし門より帰してむかも(4-777)
<わぎもこがやどのまがきをみにゆかば けだしかどよりかへしてむかも>
<<あなたの家の網の目になった垣を見に行っただけで,おそらく門から使いが出てきて「とっとと帰れと」追い返されるのでしょうね>>

この短歌は,大伴家持が若いころ,憧れの紀女郎(きのいらつめ)に贈った5首の中の1首です。若き家持は女郎に嫌われてしまっているのではないかと心配になり,こんな弱気な歌を贈ったのかもしれません。
どうも男女の仲を隔てるもの,障害なるもの,恋心を苦しめるもの,イライラさせるものの代名詞的として垣は万葉集で詠まれていることが多いようです。
わずかですが,男女の仲ではなく,ちょうど今頃の季節を詠んだ家持の垣が出てくる短歌を最後に紹介します。

鴬の鳴きし垣内ににほへりし梅この雪にうつろふらむか(19-4287)
<うぐひすのなきしかきつに にほへりしうめこのゆきに うつろふらむか>
<<ウグイスが鳴いている垣の中で見頃に咲いている梅だが,この雪で花が散ってしまわないだろうか>>

残念ながら今の都会では,庭に鶯が来て,鳴くことを経験できる場所は少ないのかもしれません。家持の家ではそれが可能だったのですね。羨ましい限りです。
<5年目の節目>
さて,このブログも開始して丸4年が経とうとしています。この間,250編以上をこのブログにアップしてきました。今まで,忙しくアップできなかったことはあっても,書く内容が見つからずアップできなかった記憶はありません。
それほど,万葉集は私に多くことを絶え間なく語り,多くの感慨を私に抱かせてくれました。その思いを次々と書き綴ってきたのがこのブログです。万葉集はこれからもまだまだ多くことを私に語ってくれることでしょう。
次回からしばらく,今もあるシリーズを中断し,旅先(海外)から当ブログ5年目突入スペシャル「羈旅シリーズ」をお届けします。
実は私は今月末から海外の観光ツアーに参加します(一応旅に出るのです)。その間,羈旅とリーズを何回かに分けてお送りします。
ツアーは日本よりも古い歴史が残されているヨーロッパのある国を周遊するものですが,行き先は到着してから最初の投稿でお知らせします。ツアーに同行するのは長年連れ添った妻,そして連れて行きたくはなかったのですが,どうしてもワインをたらふく飲むためについてくるという天の川君です。
我が家の3匹の猫たちはお留守番です。息子がほぼ毎日面倒を見てくれることになっています。
当ブログ5年目突入スペシャル「羈旅シリーズ(1):山部赤人」に続く。