前回は降る対象が「時雨(しぐれ)」でした。今回は「春雨(はるさめ)」です。
「しぐれ」が「かき氷」の別称だったように,「春雨」は中国由来の乾麺「粉条(フェンティアオ)」の日本での名前です。
「麻婆春雨」「春雨サラダ」という料理が有名で,「春巻き」の具(ぐ)になったり,てんぷらの衣に入れて触感に変化を与える「春雨揚げてんぷら」に使われることもあります。
食品の「春雨」の生産が盛んなのは,万葉集にも縁が強い奈良県の桜井市だそうです。三輪そうめんや葛きりの技術がいきているのかもしれませんね。
さて,本題の雨の方の「春雨が降る」を詠んだ万葉集の和歌を紹介します。「春雨が降る」を詠んだ万葉集の和歌は10首ほど出てきます。
最初は「桜」と「春雨」の組合せた短歌2首です。最初1首は前回アップしたブログにも法会で演奏をしたとして出てきた河邊東人が詠んだとされています。2首目は詠み人知らずの短歌です。
春雨のしくしく降るに高円の山の桜はいかにかあるらむ(8-1440)
<はるさめのしくしくふるに たかまとのやまのさくらは いかにかあるらむ>
<<春雨がしとしと降続いているので,高円の山の桜はどんなふうになっているのでしょうか>>
春雨はいたくな降りそ桜花いまだ見なくに散らまく惜しも(10-1870)
<はるさめはいたくなふりそ さくらばないまだみなくに ちらまくをしも>
<< 春雨よ,そんなに降らないでくれ。桜の花をまだ見ないで散ってしまったら惜しいから>>
春雨が降ると桜を早く散らしてしまい,桜の花を楽しみにしている人には邪魔な存在だったのでしょうね。
では,梅はどうでしょうか。次の短歌は梅の花をも散らす強い春雨に,旅先の夫(?)を心配する詠み人知らずのものです。
梅の花散らす春雨いたく降る旅にや君が廬りせるらむ(10-1918)
<うめのはなちらすはるさめ いたくふるたびにやきみが いほりせるらむ>
<<梅の花を散らしてしまうほど春雨が強く降っている。旅先のあなたは雨を防ぐ庵を見つけられているのだろうか>>
桜は弱い春雨でもすぐ散ってしまうのですが,梅はなかなか散らないので,相当強い雨だったのでしょうね。旅先の夫を心配する気持ちは分かろうというものです。
最後は,やはり恋心に対して「春雨が降る」ことがどう影響するかを表現した詠み人知らずの女性が詠んだ短歌2首で締めくくります。
春雨に衣はいたく通らめや七日し降らば七日来じとや(10-1917)
<はるさめにころもはいたく とほらめやなぬかしふらば なぬかこじとや>
<<春雨は着物をそんなに濡らしてしまうのですか?春雨が7日間降ったらその7日は来ないつもりなのですか?>>
春雨のやまず降る降る我が恋ふる人の目すらを相見せなくに(10-1932)
<はるさめのやまずふるふる あがこふるひとのめすらを あひみせなくに>
<<春雨が止むことなしに降り続いている。私が恋してるあの方お目にかかることすらさせてくれないのです>>
春になって,寒い冬に比べ,彼が逢いにくる可能性が高くなる季節のはずが,春雨が邪魔をしてなかなか逢いに来てくれないという作者のいら立ちが見られますね。
今,日本は秋雨前線が停滞して,夏の太陽が終わってしまったと思えるほどうっとしい天候が続いています。
夏の暑さを期待して夏物商品の売上増,農産物の豊作,熱い恋の進展を期待している人々にとっては邪魔な秋雨ですが,残念ながら万葉集に秋雨という言葉を使った和歌は出てきません。
動きの詞(ことば)シリーズ…降る(4)に続く。
2015年8月29日土曜日
2015年5月9日土曜日
動きの詞(ことば)シリーズ…折る(3:まとめ) 植物は無闇に折らず,あるがままがいいですね
我が家の庭(マンションの専用庭)に20年以上前から植えていたサクランボは,例年全く実をつけないか,つけても数粒だったのですが,今年は比較的たくさん実をつけてくれました。
手で折ってしまうのは惜しい気がして,そのままにして,毎日色づきの変化を楽しんでいます。そのうち,鳥が食べてしまうかもしれませんが。
さて,「折る」の最後は初回に紹介した「梅の花を折る」以外の植物を「折る」について,万葉集を見ていきます。
まず,大伯皇女(おほくのひめみこ)が弟の大津皇子(おほつのみこ)が処刑されたことを悲しむ挽歌に出てくる「馬酔木」からです。
磯の上に生ふる馬酔木を手折らめど見すべき君が在りと言はなくに(2-166)
<いそのうへにおふるあしびを たをらめどみすべききみが ありといはなくに>
<<岩の上に咲く馬酔木を手折りました。ただ,お見せしたいあなたがまだ生きているとは誰も言う人はいない>>
馬酔木(アセビ)は,毒があるけれど,そのため虫にも食われず,清涼な白い小さな花を咲かせます。清潔感のイメージが強かった大津皇子にお似合いの花だったのかもしれませんね。
次は,大伴家持が(まだ若いころ?)詠んだ「なでしこ」です。
我が宿のなでしこの花盛りなり手折りて一目見せむ子もがも(8-1496)
<わがやどのなでしこのはな さかりなりたをりてひとめ みせむこもがも>
<<私の庭の撫子の花が今を盛りと咲いています。手折って一目見せてあげられる娘がいたらなあ>>
恐らく,家持は撫子の可憐で美しい色に魅了されたのでしょう。
次は,高橋虫麻呂歌集から転載されたという短歌で「桜」です。
暇あらばなづさひ渡り向つ峰の桜の花も折らましものを(9-1750)
<いとまあらばなづさひわたり むかつをのさくらのはなも をらましものを>
<<時間があれば川を渡って向こうの峰まで行き,峰の桜の花を手にとってみたいほどだ>>
きっと,そばまで行ってみたくなほど見事な山桜が遠くに見えたのでしょう。
最後は,家持が越中で平城京いる妹の留女女郎(とどめのいらつめ)に贈った短歌に出てくる「山吹」です。
妹に似る草と見しより我が標し野辺の山吹誰れか手折りし(19-4197)
<いもににるくさとみしより わがしめしのへのやまぶき たれかたをりし>
<<あなたに似た可愛い草だと見たので、私がしるしをつけた野辺の山吹なのに、誰が手折ってしまったのだろう>>
この短歌は,女郎が家持に贈った短歌(山吹を採って,寂しく平城京の自宅に残った家持の妻坂上大嬢(さかのうへのおほをとめ)に渡したよ)への返歌です。渡した山吹できっと大嬢への私の恋しい思いは伝わったという意味かと私は解釈します。大嬢はその後越中の家持のもとへ行ったと想像しますが,この短歌のやり取りが,越中へ行くきっかけになったのなら,面白いですね。
では,これで「折る」はお終いにして,次回からは「栄ゆ」について,万葉集を見ていきます。
動きの詞(ことば)シリーズ…栄ゆ(1)に続く。
手で折ってしまうのは惜しい気がして,そのままにして,毎日色づきの変化を楽しんでいます。そのうち,鳥が食べてしまうかもしれませんが。
さて,「折る」の最後は初回に紹介した「梅の花を折る」以外の植物を「折る」について,万葉集を見ていきます。
まず,大伯皇女(おほくのひめみこ)が弟の大津皇子(おほつのみこ)が処刑されたことを悲しむ挽歌に出てくる「馬酔木」からです。
磯の上に生ふる馬酔木を手折らめど見すべき君が在りと言はなくに(2-166)
<いそのうへにおふるあしびを たをらめどみすべききみが ありといはなくに>
<<岩の上に咲く馬酔木を手折りました。ただ,お見せしたいあなたがまだ生きているとは誰も言う人はいない>>
馬酔木(アセビ)は,毒があるけれど,そのため虫にも食われず,清涼な白い小さな花を咲かせます。清潔感のイメージが強かった大津皇子にお似合いの花だったのかもしれませんね。
次は,大伴家持が(まだ若いころ?)詠んだ「なでしこ」です。
我が宿のなでしこの花盛りなり手折りて一目見せむ子もがも(8-1496)
<わがやどのなでしこのはな さかりなりたをりてひとめ みせむこもがも>
<<私の庭の撫子の花が今を盛りと咲いています。手折って一目見せてあげられる娘がいたらなあ>>
恐らく,家持は撫子の可憐で美しい色に魅了されたのでしょう。
次は,高橋虫麻呂歌集から転載されたという短歌で「桜」です。
暇あらばなづさひ渡り向つ峰の桜の花も折らましものを(9-1750)
<いとまあらばなづさひわたり むかつをのさくらのはなも をらましものを>
<<時間があれば川を渡って向こうの峰まで行き,峰の桜の花を手にとってみたいほどだ>>
きっと,そばまで行ってみたくなほど見事な山桜が遠くに見えたのでしょう。
最後は,家持が越中で平城京いる妹の留女女郎(とどめのいらつめ)に贈った短歌に出てくる「山吹」です。
妹に似る草と見しより我が標し野辺の山吹誰れか手折りし(19-4197)
<いもににるくさとみしより わがしめしのへのやまぶき たれかたをりし>
<<あなたに似た可愛い草だと見たので、私がしるしをつけた野辺の山吹なのに、誰が手折ってしまったのだろう>>
この短歌は,女郎が家持に贈った短歌(山吹を採って,寂しく平城京の自宅に残った家持の妻坂上大嬢(さかのうへのおほをとめ)に渡したよ)への返歌です。渡した山吹できっと大嬢への私の恋しい思いは伝わったという意味かと私は解釈します。大嬢はその後越中の家持のもとへ行ったと想像しますが,この短歌のやり取りが,越中へ行くきっかけになったのなら,面白いですね。
では,これで「折る」はお終いにして,次回からは「栄ゆ」について,万葉集を見ていきます。
動きの詞(ことば)シリーズ…栄ゆ(1)に続く。
2015年3月28日土曜日
動きの詞(ことば)シリーズ…申す(3:まとめ) 1300年前の万葉集に桜花が多数出てきまっせ!
<日本の桜は海外でも評判が高い>
東京都心では,桜の花が5分咲き位までになったところがあります。多くの人たちが春の到来を悦ぶように目を細めて,桜の花を見上げたり,写真に収めたりしています。
この季節になると海外から多くの外国人観光客の人々が日本の桜の美しさを見ようと来日します。
もちろん,その方々がお住まいのお国にも日本の桜に負けないくらい美しい花の咲く場所があり,その花を愛でに行かれることあろうかと思います。
でも,日本の桜の開花時期に訪れた方々は,また違った感動を感じられているようで,リピータ(何度も桜を見に来日される方)が多いと聞きます。そのリピータがネット上の口コミなどに投稿し,新たにこの季節に日本にお見えになる海外の人も増えているらしいのです。
<日本人が桜の花を好んでいたのは1300年前も同じ>
ところで,万葉集の和歌に出てくる桜の花,見事に咲いて,あっという間に散っていく,そのかたくなな姿やはかなさに感銘して詠んだ和歌も多く見られます。少なくとも,万葉集の和歌が詠まれた1300年程前から,日本人にとって桜の花はそれなりの存在感をもって受け入れられていたのだと思います。
そして,これまで桜の木をさまざまな場所に植えてきた日本人。その経験,桜の植栽技術,品種改良技術,美しく見せる技(わざ)の蓄積から,桜の花と似合う光景が日本人の心の中にイメージされてきたのでしょう。たとえば,仏閣(寺院の建物)の境内に植えて,比較的黒い色の本堂や伽藍と桜のコントラストで桜の美しさを強調したり,川の堤や街道沿いに桜をほぼ一定間隔に植えて,堤や街道を歩くと何層にも重なった桜の花に一層のボリューム感を与え,見事さを強調するようなことをしてきました(川の堤だと川の水に映し出された桜も楽しめます)。
<桜の花は少し懐かしい風景によく似合う>
また,桜の枝は横に広がる性質があります。学校の校庭の周りや校舎の横に植えると桜が満開になったとき,校舎や校庭の黒ずんだ汚れなどを隠したり,桜に目が行き,入学のときなどイメージの良い学校に思える効果があります。そして,何よりも樹齢100年以上にも及ぶ大きな1本桜(枝垂桜が多い?)が各地に残っており,それぞれが持つ,立地条件(背景の遠くの山,里山,海,湖,茶畑,菜の花畑,レンゲ畑,牧草地など)による独特の全容がまた,珍しさを見る人に与えてくれます。
このように,日本には一生に一度は見たいと思う立派な桜の1本木や列植が全国津々浦々本当に数えきれないほどあるのです。この桜の名所の選手層?の厚さ(メジャー,3A,2A..)は,恐らく日本以外に見られないと私は思います。結局,桜の木の植え方・品種,背景の建物・風景,見る日の天候,開花状況,散るとき桜吹雪などの多様さを,一度日本に来ただけではとても味わえるものではありません。リピータが多くなるのも頷けますね。
<日本人でさえ桜の名所をすべて回れない>
私のようにずっと日本に住んでする日本人でも,一度は見に行きたい思う桜の名所で,まだこの季節に行けていない場所が本当に多数あるのです。是非,桜を見に来られた海外の観光客の皆さんには,ツアー会社が紹介する有名な場所以外にも,お国では見られないような素晴らしい桜の隠れた名所(例えば,このブログでも紹介した東京都中部に流れる野川の桜⇒次の写真など)が本当に多数あることをご理解いただきたいと私は思います。
そして,そういった隠れた名所(大体が入場料無料です)を見つけ,ネットで紹介してもらえるような旅もしていただきたいですね。
<本題>
さて,万葉集で「申す」を詠んだ和歌には,ユーモア,ウィット,ジョーク性,風刺性などに富んだものが多数みられます。
「申す」の最終回として,そういったものを,まず私のコメントを最小限にしてご紹介します(すでにこのブログ紹介されたモノを含みます)。
最初は,柿本人麻呂歌集から転載したという旋頭歌です。若い男女が集まって,新築祝いをしている楽しい雰囲気が伝わってきそうです。
新室を踏み鎮む子が手玉鳴らすも玉のごと照らせる君を内にと申せ(11-2352)
<にひむろをふみしづむこが ただまならすも たまのごとてらせるきみを うちにとまをせ>
<<新しい家の土間を足で踏んで平らにする祝いの儀式で,乙女たちが手に持った玉を鳴らしているよ。そんな玉のようなイケメン男性に「どうぞ中にお入りくださいな」を申し上げよ>>
次は,池田朝臣(いけだのあそみ)が,餓鬼のような貧相な大神朝臣(おほかみのあそみ)をからかって詠んだ短歌です。
寺々の女餓鬼申さく大神の男餓鬼賜りてその子産まはむ(16-3840)
<てらてらのめがきまをさく おほかみのをがきたばりて そのこうまはむ>
<<あちこちの寺にいてる女餓鬼たちが申すには大神の男餓鬼を夫にして子供を生みたいそうだ(それくらいあなたは餓鬼にそっくりだ)>>
次は大伴家持が石麻呂(いはまろ)とあだ名された人物があまりにも痩せていたので,夏痩せによく効くというウナギをたべるように薦める短歌です。
石麻呂に我れ物申す夏痩せによしといふものぞ鰻捕り食せ (16-3853)
<いはまろにわれものまをす なつやせによしといふものぞ むなぎとりめせ>
<<石麻呂さんに私は申し上げます。夏痩せに効くと云われている鰻を捕ってお食べなさいと>>
最後は,自分が恋に浸ってしまい,仕事が手につかないことを自虐した詠み人知らずの短歌です。
このころの我が恋力記し集め功に申さば五位の冠(16-3858)
<このころのあがこひぢから しるしあつめくうにまをさば ごゐのかがふり>
<<最近の私の恋に対する努力と苦労を記録してその功績を申請すれば五位の称号に値するほどだよ>>
このように見ていくと「申す」は,当時においてはかなり大袈裟な行為(言い方)に使われていたように感じます。
皆さんはどう感じられたでしょうか。
動きの詞(ことば)シリーズ…尽く,尽くす(1)に続く。
東京都心では,桜の花が5分咲き位までになったところがあります。多くの人たちが春の到来を悦ぶように目を細めて,桜の花を見上げたり,写真に収めたりしています。
この季節になると海外から多くの外国人観光客の人々が日本の桜の美しさを見ようと来日します。
もちろん,その方々がお住まいのお国にも日本の桜に負けないくらい美しい花の咲く場所があり,その花を愛でに行かれることあろうかと思います。
でも,日本の桜の開花時期に訪れた方々は,また違った感動を感じられているようで,リピータ(何度も桜を見に来日される方)が多いと聞きます。そのリピータがネット上の口コミなどに投稿し,新たにこの季節に日本にお見えになる海外の人も増えているらしいのです。
<日本人が桜の花を好んでいたのは1300年前も同じ>
ところで,万葉集の和歌に出てくる桜の花,見事に咲いて,あっという間に散っていく,そのかたくなな姿やはかなさに感銘して詠んだ和歌も多く見られます。少なくとも,万葉集の和歌が詠まれた1300年程前から,日本人にとって桜の花はそれなりの存在感をもって受け入れられていたのだと思います。
そして,これまで桜の木をさまざまな場所に植えてきた日本人。その経験,桜の植栽技術,品種改良技術,美しく見せる技(わざ)の蓄積から,桜の花と似合う光景が日本人の心の中にイメージされてきたのでしょう。たとえば,仏閣(寺院の建物)の境内に植えて,比較的黒い色の本堂や伽藍と桜のコントラストで桜の美しさを強調したり,川の堤や街道沿いに桜をほぼ一定間隔に植えて,堤や街道を歩くと何層にも重なった桜の花に一層のボリューム感を与え,見事さを強調するようなことをしてきました(川の堤だと川の水に映し出された桜も楽しめます)。
<桜の花は少し懐かしい風景によく似合う>
また,桜の枝は横に広がる性質があります。学校の校庭の周りや校舎の横に植えると桜が満開になったとき,校舎や校庭の黒ずんだ汚れなどを隠したり,桜に目が行き,入学のときなどイメージの良い学校に思える効果があります。そして,何よりも樹齢100年以上にも及ぶ大きな1本桜(枝垂桜が多い?)が各地に残っており,それぞれが持つ,立地条件(背景の遠くの山,里山,海,湖,茶畑,菜の花畑,レンゲ畑,牧草地など)による独特の全容がまた,珍しさを見る人に与えてくれます。
このように,日本には一生に一度は見たいと思う立派な桜の1本木や列植が全国津々浦々本当に数えきれないほどあるのです。この桜の名所の選手層?の厚さ(メジャー,3A,2A..)は,恐らく日本以外に見られないと私は思います。結局,桜の木の植え方・品種,背景の建物・風景,見る日の天候,開花状況,散るとき桜吹雪などの多様さを,一度日本に来ただけではとても味わえるものではありません。リピータが多くなるのも頷けますね。
<日本人でさえ桜の名所をすべて回れない>
私のようにずっと日本に住んでする日本人でも,一度は見に行きたい思う桜の名所で,まだこの季節に行けていない場所が本当に多数あるのです。是非,桜を見に来られた海外の観光客の皆さんには,ツアー会社が紹介する有名な場所以外にも,お国では見られないような素晴らしい桜の隠れた名所(例えば,このブログでも紹介した東京都中部に流れる野川の桜⇒次の写真など)が本当に多数あることをご理解いただきたいと私は思います。
そして,そういった隠れた名所(大体が入場料無料です)を見つけ,ネットで紹介してもらえるような旅もしていただきたいですね。
<本題>
さて,万葉集で「申す」を詠んだ和歌には,ユーモア,ウィット,ジョーク性,風刺性などに富んだものが多数みられます。
「申す」の最終回として,そういったものを,まず私のコメントを最小限にしてご紹介します(すでにこのブログ紹介されたモノを含みます)。
最初は,柿本人麻呂歌集から転載したという旋頭歌です。若い男女が集まって,新築祝いをしている楽しい雰囲気が伝わってきそうです。
新室を踏み鎮む子が手玉鳴らすも玉のごと照らせる君を内にと申せ(11-2352)
<にひむろをふみしづむこが ただまならすも たまのごとてらせるきみを うちにとまをせ>
<<新しい家の土間を足で踏んで平らにする祝いの儀式で,乙女たちが手に持った玉を鳴らしているよ。そんな玉のようなイケメン男性に「どうぞ中にお入りくださいな」を申し上げよ>>
次は,池田朝臣(いけだのあそみ)が,餓鬼のような貧相な大神朝臣(おほかみのあそみ)をからかって詠んだ短歌です。
寺々の女餓鬼申さく大神の男餓鬼賜りてその子産まはむ(16-3840)
<てらてらのめがきまをさく おほかみのをがきたばりて そのこうまはむ>
<<あちこちの寺にいてる女餓鬼たちが申すには大神の男餓鬼を夫にして子供を生みたいそうだ(それくらいあなたは餓鬼にそっくりだ)>>
次は大伴家持が石麻呂(いはまろ)とあだ名された人物があまりにも痩せていたので,夏痩せによく効くというウナギをたべるように薦める短歌です。
石麻呂に我れ物申す夏痩せによしといふものぞ鰻捕り食せ (16-3853)
<いはまろにわれものまをす なつやせによしといふものぞ むなぎとりめせ>
<<石麻呂さんに私は申し上げます。夏痩せに効くと云われている鰻を捕ってお食べなさいと>>
最後は,自分が恋に浸ってしまい,仕事が手につかないことを自虐した詠み人知らずの短歌です。
このころの我が恋力記し集め功に申さば五位の冠(16-3858)
<このころのあがこひぢから しるしあつめくうにまをさば ごゐのかがふり>
<<最近の私の恋に対する努力と苦労を記録してその功績を申請すれば五位の称号に値するほどだよ>>
このように見ていくと「申す」は,当時においてはかなり大袈裟な行為(言い方)に使われていたように感じます。
皆さんはどう感じられたでしょうか。
動きの詞(ことば)シリーズ…尽く,尽くす(1)に続く。
2014年12月30日火曜日
動きの詞(ことば)シリーズ…照る(3) 花や実は我々の心を明るく照らす?
<年末の我が家>
あっという間に年末近くになりました。庭の木の剪定と落ち葉掃除は終わりましたが,部屋は一向に片付きません。年越のゴミはかなりまた出そうです。そのためか妻はイライラしています。
3匹の我が家の猫はホットカーペットの上でおとなし寝ているのがほとんどですが,相変わらず大飯食らいです。
この前買った焼酎「天の川」はあっという間に飲んでしまいました。
私は,一昨日からスポーツジムに通い始めました。ジムで体脂肪を測ったら体脂肪がめちゃくちゃ増えていました。ショックでしたが,これでジムに通い続けられそうです。
ジムの体脂肪計は最初はワザと高く出るようにしているなんて疑いません。身体のためにそうしてくれているのかもしれませんから。今日は2回目で,ジムの女性コーチが私専用のトレーニングメニューを作ってくれるとのこと。これからいそいそと準備して通うことになりそうです。
と,こんな年末を過ごしていて,休日ですが,ブログがなかなか書けません。
<やっと本題>
さて,今回は「花が照る」「植物の実が照る」という表現で万葉集で見ていきましょうか。
分かりやすい短歌ばかりを選びましたので,解説はほとんどなしで,紹介のみしていきます。
先ず「桜」の花から行きましょう。詠み人知らずの短歌です。
あしひきの山の際照らす桜花この春雨に散りゆかむかも(10-1864)
<あしひきのやまのまてらす さくらばな このはるさめにちりゆかむかも>
<<山のきわを照らしている(映えさせている)桜の花がこの春雨で散ってゆくのだなあ>>
次は「桃」の花です。巻19の冒頭を飾る大伴家持作の有名な短歌です。
春の園紅にほふ桃の花下照る道に出で立つ娘子(19-4139)
<はるのそのくれなゐにほふ もものはな したでるみちにいでたつをとめ>
<<春の庭で紅色に美しく色づいている桃の花。それが照らす下にいる乙女(がさらに美しい)>>
最後は「橘」の熟した実です。藤原八束(ふぢはらのやつか)が新嘗祭(にひなめのまつり)の宴席で詠んだ短歌です。
島山に照れる橘うずに刺し仕へまつるは卿大夫たち(19-4276)
<しまやまにてれるたちばな うずにさしつかへまつるは まへつきみたち>
<<庭園の池の島山に照り輝く橘の実を髪飾りに挿してお仕えするは,大君の御前の多くの官人たちであるよ>>
ところで,中国語でハナミズキのことを「四照花」と書くそうです。
日本では「花が照る」という表現は現代ではあまり使わなくなったようですが,中国では今も健在なのかもしれませんね。
動きの詞(ことば)シリーズ…照る(4:まとめ)に続く。
あっという間に年末近くになりました。庭の木の剪定と落ち葉掃除は終わりましたが,部屋は一向に片付きません。年越のゴミはかなりまた出そうです。そのためか妻はイライラしています。
3匹の我が家の猫はホットカーペットの上でおとなし寝ているのがほとんどですが,相変わらず大飯食らいです。
この前買った焼酎「天の川」はあっという間に飲んでしまいました。
私は,一昨日からスポーツジムに通い始めました。ジムで体脂肪を測ったら体脂肪がめちゃくちゃ増えていました。ショックでしたが,これでジムに通い続けられそうです。
ジムの体脂肪計は最初はワザと高く出るようにしているなんて疑いません。身体のためにそうしてくれているのかもしれませんから。今日は2回目で,ジムの女性コーチが私専用のトレーニングメニューを作ってくれるとのこと。これからいそいそと準備して通うことになりそうです。
と,こんな年末を過ごしていて,休日ですが,ブログがなかなか書けません。
<やっと本題>
さて,今回は「花が照る」「植物の実が照る」という表現で万葉集で見ていきましょうか。
分かりやすい短歌ばかりを選びましたので,解説はほとんどなしで,紹介のみしていきます。
先ず「桜」の花から行きましょう。詠み人知らずの短歌です。
あしひきの山の際照らす桜花この春雨に散りゆかむかも(10-1864)
<あしひきのやまのまてらす さくらばな このはるさめにちりゆかむかも>
<<山のきわを照らしている(映えさせている)桜の花がこの春雨で散ってゆくのだなあ>>
次は「桃」の花です。巻19の冒頭を飾る大伴家持作の有名な短歌です。
春の園紅にほふ桃の花下照る道に出で立つ娘子(19-4139)
<はるのそのくれなゐにほふ もものはな したでるみちにいでたつをとめ>
<<春の庭で紅色に美しく色づいている桃の花。それが照らす下にいる乙女(がさらに美しい)>>
最後は「橘」の熟した実です。藤原八束(ふぢはらのやつか)が新嘗祭(にひなめのまつり)の宴席で詠んだ短歌です。
島山に照れる橘うずに刺し仕へまつるは卿大夫たち(19-4276)
<しまやまにてれるたちばな うずにさしつかへまつるは まへつきみたち>
<<庭園の池の島山に照り輝く橘の実を髪飾りに挿してお仕えするは,大君の御前の多くの官人たちであるよ>>
ところで,中国語でハナミズキのことを「四照花」と書くそうです。
日本では「花が照る」という表現は現代ではあまり使わなくなったようですが,中国では今も健在なのかもしれませんね。
動きの詞(ことば)シリーズ…照る(4:まとめ)に続く。
2014年3月21日金曜日
本ブログ6年目突入スペシャル「万葉集の多様性に惚れ込む(4:まとめ)」 霞や霰という天候
ここまで,万葉集に出てくる天候の多様さについて私の考えを説明してきました。今回のスペシャル記事の最後は「霞(かすみ)」「霰(あられ)」をとりあげます。
万葉集で「霞」が出てくる和歌は78首ほどあり,「霰」が出てくる和歌は10首ほどあります。ようやく春らしくなった昨日今日ですが,まずは春によく立つ「霞」から見ていきましょう。
霞といえば,大伴家持の次の短歌が有名です。
春の野に霞たなびきうら悲しこの夕影に鴬鳴くも(19-4290)
ただ,この短歌は2009年7月11日と2011年4月3日の当ブログで紹介済みなので割愛します。
次は同じ家持が越中守として赴任していた時期の旧暦3月16日に盟友の大伴池主に贈ったとされる1首です。
三島野に霞たなびきしかすがに昨日も今日も雪は降りつつ(18-4079)
<みしまのにかすみたなびき しかすがにきのふもけふも ゆきはふりつつ>
<<三島野に霞がたなびいて,それなのに昨日も今日も雪は降り続いている>>
今日のニュースでは,北日本は大荒れの天気で強い風が吹き,雪も降る予報が出ているようです。霞がたなびく春になっても雪が降り続き,なかなか暖かくならない状況を家持はやや嘆いているようにも私は感じます。
しかし,次の詠み人知らずの短歌のように,春は確実にやってきます。
見わたせば春日の野辺に霞立ち咲きにほへるは桜花かも(10-1872)
<みわたせばかすがののへに かすみたちさきにほへるは さくらばなかも>
<<見わたせば春日の野に霞が立ち,そして立派に咲いているのは桜の花だろうか>>
この短歌から,童謡「さくらさくら」の歌詞の「♪かすみか雲か」を思い出しました。
次は中臣武良自(なかとみのむらじ)が春の兆候を詠んだ短歌です。
時は今は春になりぬとみ雪降る遠山の辺に霞たなびく(8-1479)
<ときはいまははるになりぬと みゆきふるとほやまのへに かすみたなびく>
<<季節は今は春になったようだ。雪が降り積もる遠山のあたりに霞がたなびいているから>>
私が毎朝通勤の武蔵野線から見える富士山は日を追うごとにかすんでいきます。この短歌のように春になっている証拠なのかもしれませんね。
さて,最後は「霰」に関する万葉集の和歌を見ていきましょう。「霰」は広辞苑には,雪の結晶に過冷却状態の水滴が付着して凍り,白色不透明の氷の小塊になって地上降るものと説明されています。不安定な天候の時に発生するのだろうと私は想像します。
<「枕詞は常に訳さない」という考えは同意できない>
万葉集では,「霰降り」(鹿島,遠などにかかる),「霰打つ」(安良礼松原にかかる)という枕詞として出てくるものがほとんどです。枕詞なので「特に意味がない」と考えることに私は同調しません。和歌の主張する主体は別にあるとしても,文字がなかった時代,吟詠でそれを引き出すために枕詞は重要な役割を持っていたのではないでしょうか。枕詞に使われる言葉(この場合「霰」)は当時としては非常にポピュラーな言葉だったと私は想像します。
さて,枕詞としては使われていないと考えられる詠み人知らずの短歌(柿本人麻呂歌集に載っていたという)を紹介します。
我が袖に霰た走る巻き隠し消たずてあらむ妹が見むため(10-2312)
<わがそでにあられたばしる まきかくしけたずてあらむ いもがみむため>
<<衣の袖に霰が玉になって飛びこんでくるので,溶けないように包み隠して妻に見せてあげたい>>
雪でもなく,雹(ひょう)でもない霰に対する作者のイメージが伝わってきます。
こうやって,万葉集に出てくる天候だけを見てみても,いくらでも書けそうな気になってくるのは,万葉集を愛する人の中で私だけでしょうか。「暑いですね」「冷えますね」「よく降りますね」「お天気雨で虹が出てましたよ」「風止みませんね」「今日は一雨きそうですね」そして「良いお天気ですね」など日本人は日常的に天気のことについてコミュニケーションします。
それだけ,日本の天候は変化が激しく,多様で,そのことによる生活への影響が少なからずある。でも,一方ではその天気の変化の中で見せる自然の美しさを愛で,相手に伝え,共有することで,その変化を楽しもうしている,それが日本人の特性の一つだと私は思いたいのです。
あまりまとまっていませんが,今回のスペシャル記事はここまでとして,動きの詞シリーズに戻ります。
動きの詞(ことば)シリーズ…問ふ(1)に続く
万葉集で「霞」が出てくる和歌は78首ほどあり,「霰」が出てくる和歌は10首ほどあります。ようやく春らしくなった昨日今日ですが,まずは春によく立つ「霞」から見ていきましょう。
霞といえば,大伴家持の次の短歌が有名です。
春の野に霞たなびきうら悲しこの夕影に鴬鳴くも(19-4290)
ただ,この短歌は2009年7月11日と2011年4月3日の当ブログで紹介済みなので割愛します。
次は同じ家持が越中守として赴任していた時期の旧暦3月16日に盟友の大伴池主に贈ったとされる1首です。
三島野に霞たなびきしかすがに昨日も今日も雪は降りつつ(18-4079)
<みしまのにかすみたなびき しかすがにきのふもけふも ゆきはふりつつ>
<<三島野に霞がたなびいて,それなのに昨日も今日も雪は降り続いている>>
今日のニュースでは,北日本は大荒れの天気で強い風が吹き,雪も降る予報が出ているようです。霞がたなびく春になっても雪が降り続き,なかなか暖かくならない状況を家持はやや嘆いているようにも私は感じます。
しかし,次の詠み人知らずの短歌のように,春は確実にやってきます。
見わたせば春日の野辺に霞立ち咲きにほへるは桜花かも(10-1872)
<みわたせばかすがののへに かすみたちさきにほへるは さくらばなかも>
<<見わたせば春日の野に霞が立ち,そして立派に咲いているのは桜の花だろうか>>
この短歌から,童謡「さくらさくら」の歌詞の「♪かすみか雲か」を思い出しました。
次は中臣武良自(なかとみのむらじ)が春の兆候を詠んだ短歌です。
時は今は春になりぬとみ雪降る遠山の辺に霞たなびく(8-1479)
<ときはいまははるになりぬと みゆきふるとほやまのへに かすみたなびく>
<<季節は今は春になったようだ。雪が降り積もる遠山のあたりに霞がたなびいているから>>
私が毎朝通勤の武蔵野線から見える富士山は日を追うごとにかすんでいきます。この短歌のように春になっている証拠なのかもしれませんね。
さて,最後は「霰」に関する万葉集の和歌を見ていきましょう。「霰」は広辞苑には,雪の結晶に過冷却状態の水滴が付着して凍り,白色不透明の氷の小塊になって地上降るものと説明されています。不安定な天候の時に発生するのだろうと私は想像します。
<「枕詞は常に訳さない」という考えは同意できない>
万葉集では,「霰降り」(鹿島,遠などにかかる),「霰打つ」(安良礼松原にかかる)という枕詞として出てくるものがほとんどです。枕詞なので「特に意味がない」と考えることに私は同調しません。和歌の主張する主体は別にあるとしても,文字がなかった時代,吟詠でそれを引き出すために枕詞は重要な役割を持っていたのではないでしょうか。枕詞に使われる言葉(この場合「霰」)は当時としては非常にポピュラーな言葉だったと私は想像します。
さて,枕詞としては使われていないと考えられる詠み人知らずの短歌(柿本人麻呂歌集に載っていたという)を紹介します。
我が袖に霰た走る巻き隠し消たずてあらむ妹が見むため(10-2312)
<わがそでにあられたばしる まきかくしけたずてあらむ いもがみむため>
<<衣の袖に霰が玉になって飛びこんでくるので,溶けないように包み隠して妻に見せてあげたい>>
雪でもなく,雹(ひょう)でもない霰に対する作者のイメージが伝わってきます。
こうやって,万葉集に出てくる天候だけを見てみても,いくらでも書けそうな気になってくるのは,万葉集を愛する人の中で私だけでしょうか。「暑いですね」「冷えますね」「よく降りますね」「お天気雨で虹が出てましたよ」「風止みませんね」「今日は一雨きそうですね」そして「良いお天気ですね」など日本人は日常的に天気のことについてコミュニケーションします。
それだけ,日本の天候は変化が激しく,多様で,そのことによる生活への影響が少なからずある。でも,一方ではその天気の変化の中で見せる自然の美しさを愛で,相手に伝え,共有することで,その変化を楽しもうしている,それが日本人の特性の一つだと私は思いたいのです。
あまりまとまっていませんが,今回のスペシャル記事はここまでとして,動きの詞シリーズに戻ります。
動きの詞(ことば)シリーズ…問ふ(1)に続く
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