前回は降る対象が「時雨(しぐれ)」でした。今回は「春雨(はるさめ)」です。
「しぐれ」が「かき氷」の別称だったように,「春雨」は中国由来の乾麺「粉条(フェンティアオ)」の日本での名前です。
「麻婆春雨」「春雨サラダ」という料理が有名で,「春巻き」の具(ぐ)になったり,てんぷらの衣に入れて触感に変化を与える「春雨揚げてんぷら」に使われることもあります。
食品の「春雨」の生産が盛んなのは,万葉集にも縁が強い奈良県の桜井市だそうです。三輪そうめんや葛きりの技術がいきているのかもしれませんね。
さて,本題の雨の方の「春雨が降る」を詠んだ万葉集の和歌を紹介します。「春雨が降る」を詠んだ万葉集の和歌は10首ほど出てきます。
最初は「桜」と「春雨」の組合せた短歌2首です。最初1首は前回アップしたブログにも法会で演奏をしたとして出てきた河邊東人が詠んだとされています。2首目は詠み人知らずの短歌です。
春雨のしくしく降るに高円の山の桜はいかにかあるらむ(8-1440)
<はるさめのしくしくふるに たかまとのやまのさくらは いかにかあるらむ>
<<春雨がしとしと降続いているので,高円の山の桜はどんなふうになっているのでしょうか>>
春雨はいたくな降りそ桜花いまだ見なくに散らまく惜しも(10-1870)
<はるさめはいたくなふりそ さくらばないまだみなくに ちらまくをしも>
<< 春雨よ,そんなに降らないでくれ。桜の花をまだ見ないで散ってしまったら惜しいから>>
春雨が降ると桜を早く散らしてしまい,桜の花を楽しみにしている人には邪魔な存在だったのでしょうね。
では,梅はどうでしょうか。次の短歌は梅の花をも散らす強い春雨に,旅先の夫(?)を心配する詠み人知らずのものです。
梅の花散らす春雨いたく降る旅にや君が廬りせるらむ(10-1918)
<うめのはなちらすはるさめ いたくふるたびにやきみが いほりせるらむ>
<<梅の花を散らしてしまうほど春雨が強く降っている。旅先のあなたは雨を防ぐ庵を見つけられているのだろうか>>
桜は弱い春雨でもすぐ散ってしまうのですが,梅はなかなか散らないので,相当強い雨だったのでしょうね。旅先の夫を心配する気持ちは分かろうというものです。
最後は,やはり恋心に対して「春雨が降る」ことがどう影響するかを表現した詠み人知らずの女性が詠んだ短歌2首で締めくくります。
春雨に衣はいたく通らめや七日し降らば七日来じとや(10-1917)
<はるさめにころもはいたく とほらめやなぬかしふらば なぬかこじとや>
<<春雨は着物をそんなに濡らしてしまうのですか?春雨が7日間降ったらその7日は来ないつもりなのですか?>>
春雨のやまず降る降る我が恋ふる人の目すらを相見せなくに(10-1932)
<はるさめのやまずふるふる あがこふるひとのめすらを あひみせなくに>
<<春雨が止むことなしに降り続いている。私が恋してるあの方お目にかかることすらさせてくれないのです>>
春になって,寒い冬に比べ,彼が逢いにくる可能性が高くなる季節のはずが,春雨が邪魔をしてなかなか逢いに来てくれないという作者のいら立ちが見られますね。
今,日本は秋雨前線が停滞して,夏の太陽が終わってしまったと思えるほどうっとしい天候が続いています。
夏の暑さを期待して夏物商品の売上増,農産物の豊作,熱い恋の進展を期待している人々にとっては邪魔な秋雨ですが,残念ながら万葉集に秋雨という言葉を使った和歌は出てきません。
動きの詞(ことば)シリーズ…降る(4)に続く。
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