2013年9月29日日曜日

心が動いた詞(ことば)シリーズ「さやけし」

暑い夏も終わり,ようやく爽やかな秋空を満喫できる季節になりましたね。
これから紅葉が落ち,森林の中が明るくなる12月中旬頃まで,私の気持ちも爽やかになることが多い季節です。また,空気も比較的澄んで月の明るさも夏より強く鮮明に感じられます。
今回取り上げる万葉集における「さやけし」は,まさに中秋の名月のようにクリアな輝きやクリアに感じる音に使う言葉のようです。
「さやけし」が詠まれている万葉集の中で,なんといっても有名なのは中大兄皇子(後の天智天皇)が詠んだ次の短歌でしょうか。

海神の豊旗雲に入日さし今夜の月夜さやけくありこそ(1-15)
わたつみのとよはたくもに いりひさしこよひのつくよ さやけくありこそ
<<海神を護衛するような豊旗雲に入日がさしています。今夜の月はさやかであってほしいものだ>>

この短歌は,有名な大和三山を詠んだ皇子の長歌に続く反歌2首の内の後の方の1首です。前の方の1首は長歌との関係がしっかりあるのですが,この反歌はまったく無関係に感じられます。実は,この短歌の左注にも無関係な内容だと書かれています。
入日がさしているため,西方は雲がないことを意味します。暦や時に興味を持っていたといわれる天智天皇は天気は西から変わることも知っていたのかもしれません。だとすると,雲が無く月が「さやか」であることを期待している皇子にとってその予兆を探したところ,日の入りの光がさしていることがその予兆だと詠んだのかもしれません。また,月がさやかであると船の航行もでき,旅が進むことも考えられます。
万葉集で「さやけし」の対象としてこの「月夜」のほかに「磯波」「海岸」「川」「川音」「川瀬」「鹿の声」「瀬音」「月」「波音」「山川」「小川」などが出てきます。これを見ると,水に関する者が大半を占めています。それも,見るだけでなく,聞くことも対象になっています。日本人は昔から川や海の水は切っても切れない関係であるだけでなく,美しい水の動きや水の音と接することで心さわやかに感じるのが自然のようだと私は思います。
さて,次は海岸の美しさを「さやけし」と舎人娘子(とねりのをとめ)という女官が持統天皇伊勢行幸のとき詠んだ短歌です。

大丈夫のさつ矢手挟み立ち向ひ射る圓方は見るにさやけし(1-61)
ますらをのさつやたばさみ たちむかひいるまとかたは みるにさやけし
<<勇士がさつ矢を手に挟み立ち向かい射抜く的(まと)。その円(まと)方の浜は目にも鮮やかに美しい>>

この海岸は伊勢国にあった弓矢の的のように整った円形をした海岸があり,それが非常に美しかったと感じたのでしょうか。
次は別の対象に対して大伴家持が「さやけし」を詠んだ短歌です。

剣太刀いよよ磨ぐべし古ゆさやけく負ひて来にしその名ぞ(20-4467)
つるぎたちいよよとぐべし いにしへゆさやけくおひて きにしそのなぞ
<<ますます磨ぎ澄ませてください。(あなたの姓は)遥か昔から清らかに責任を果たしてきたまさにその氏名(うじな)なのですよ>>

この短歌はこのブログで2010年9月25日の投稿でも紹介したものです。
この短歌の左注には,淡海真人三船(あふみのまひとみふね)の讒言(ざんげん)によって、出雲守(いづものかみ)大伴古慈斐宿禰(おほとものこじひのすくね)宿禰が任を解かれる。この事実を知って家持この歌を作る(天平勝宝8(756)年6月17日作)とあります。家持は古慈斐に対して,今まで順調に昇進してきたが,今回の解任に対してやけにならずに栄光ある大伴氏の名を汚さないよう,自分を磨いて,自制した行動をしてほしいと思ったのかもしれません。
その後の古慈斐は家持のこの短歌により,苦しい状況でも我慢して慎重な行動をとったためか,光仁天皇時代には従三位まで行き,公家の仲間入りを果たした記録されています。
組織の中で自分を陥れるようなことをされたとき,「倍返しをしてやるぞ」と戦うのも一つのやり方かもしれません。ただ,組織人として努力した行動を冷静に継続し,じっくりとチャンスを待つのも正しい行動様式だとこの短歌から私は思うのです。
心が動いた詞(ことば)シリーズ「悔(くや)し」に続く。

2013年9月22日日曜日

心が動いた詞(ことば)シリーズ「嬉し」

前の日曜(15日),私が学んだ大学で新しい教育棟が完成した記念に,卒業生も順次見学ができるということで,八王子まで行ってきました。
日本列島上陸間違いなしとの予報された台風が近づいてきていて,風雨が心配でしたが,私が行った昼過ぎは朝方の強い雨もやみ,少し青空がのぞくまで回復していました。

新しい教育棟はまるでホテルのような概容(12階建)で,中に入ると3階分くらいの吹き抜けの大きなエントランスホールがあり,エレベータだけでなく4階まではエスカレータが設置されていました。エスカレータで4Fまでいくと,ベランダには植物が植えられた広いカフェテリアがありました。


私が学生の頃は,50人ほどが入ると満杯になる「ロンドン」という名前の小さな喫茶室があっただけです。
15日は,昔懐かしい同期のOB・OGもたくさん来学していて,お互い年齢を重ねたことを感じながらも,再会できた幸せ感に満たされました。
また,当時の万葉集研究クラブの顧問をしてくださったN先生も新しい教育棟に研究室が移られたとのことで,同期のクラブメイトと一緒に新研究室にお邪魔をさせていただきました。N先生の研究室は11階にあり,エレベータを降りて結構長い廊下を進んでようやくたどり着けました。研究室は,まだ引っ越して直後のご様子で書籍などの整理が完全に終わっておられない状態が,逆に真新しい感じをさらに強くしました。
夜は八王子駅近辺で行ったクラブメイトとの懇談会にN先生もいらっしゃって,今回のテーマと同じ「嬉し」さが倍化しました。
さて,万葉集で「嬉し」を詠んだ和歌は12首ほどあります。まず,今の季節を詠んだ詠み人知らずの短歌から紹介ます。

何すとか君をいとはむ秋萩のその初花の嬉しきものを(10-2273)
<なにすとかきみをいとはむ あきはぎのそのはつはなの うれしきものを>
<<どうしてあなた様のことを嫌だと思うことがあるでしょうか。秋萩の初花を見るようにお目に掛かれば嬉しくてしかたないのに>>

桜の開花宣言を聞くと「春になったなあ」とか「花見ができるぞ」といったように嬉しい気持ちになりますね。
万葉時代は萩の花を見ることが楽しみだったようで(140首以上に登場),今年初めて萩の花が開花すると嬉しい気持ちになったようですね。
また,暑い夏が終わり,萩の咲いている道や庭を散策するのに良い季節となったこともあるのかもしれません。
恋人,そして妻や夫(当時は一緒に暮らさず)と逢える時の嬉しさは格別です。万葉集にも,当然そんな気持ちを詠んだ和歌が出てきます。

玉釧まき寝る妹もあらばこそ夜の長けくも嬉しくあるべき(12-2865)
<たまくしろまきぬるいもも あらばこそよのながけくも うれしくあるべき>
<<玉釧(きれいな腕輪)を巻いた腕枕で一緒に寝られるおまえがいるからこそ,いくら夜長でも嬉しいんだよ>>

この詠み人知らずの短歌も詠んだ時期は今頃でしょうか。太陽の沈む時間も夏に比べたら格段に速くなり,秋の夜長を感じる頃です。
夫の家に帰る時刻が同じであれば,夏の妻問よりも時間がたっぷりとれます。
もちろん,最愛の夫婦間では,その方が嬉しいに決まっています。
最後は,大宮仕えができる嬉しさについて,大納言巨勢奈弖麻呂(こせのなでまろ)が詠んだ短歌です。

天地と相栄えむと大宮を仕へまつれば貴く嬉しき(19-4273)
<あめつちとあひさかえむと おほみやをつかへまつれば たふとくうれしき>
<<天地と共にご盛栄されるようにと大宮にご奉仕できることで貴くも嬉しい気持ちがいっぱいです>>

この短歌は東大寺大仏開眼が終わった秋の新嘗祭の宴席で当時80歳を過ぎていた作者が詠んだものです。
当時の80歳以上の人口比率が今の100歳以上の人口比率より少なかったとすると,長寿でここまで来れた嬉しさも含んでいたのかもしれませんね。
心が動いた詞(ことば)シリーズ「さやけし」に続く。

2013年9月15日日曜日

心が動いた詞(ことば)シリーズ「こちたし」

いろいろイベントがあって,先週のアップができませんでした。さて,結構長く続いた「2013夏休みスペシャル」が終了し,久しぶりに万葉集の「心が動いたシリーズ」に戻ります。
「こちたし」は漢字を当てはめると「言痛し」と書くようです。「人の噂が多くて煩わしい。うるさい。」いったネガティブな心の動きを表現する言葉です。
人の噂で体表的なのは「恋の噂」かもしれません。現代でも有名芸能人の熱愛報道が女性誌の販売数やテレビのワイドショー番組の視聴率に大きく影響するようです。また,職場の給湯室でも,社内恋愛の噂で話の花が咲くこともままあると聞きます。あくまでも噂ですが。
当の恋人同士は,噂をされることでお互いの愛がもっと深まることもあれば,噂に翻弄されお互いの気持ちが冷えてしまうことも考えられます。
さて,万葉集にもそんな噂で恋人同士の本人たちが困っている状況は出てきます。

人言を繁み言痛み逢はずありき心あるごとな思ひ我が背子(4-538)
ひとごとをしげみこちたみ あはずありきこころあるごと なおもひわがせこ
<<人の噂が気になりお逢いしなかったのです。あなた様を思う気持ちがないなんて思わないでください。私のあなた様>>

この短歌は,正四位下まで昇進した高安王(たかやすのおほきみ)の娘の高田女王(たかだのおほきみ)が今城王(いまきのおほきみ)に贈った6首の中の1首です。
今城王の父は同じ高安王という説もあり,仮に二人が異母兄妹の関係であれば,まさに「許されない恋」となります。二人は必死になって恋人関係を他人に分からないようにしたのかもしれません。でも,二人のちょっとしたしぐさで噂は立つモノです。それが抑えられないほどいろいろな人に伝わり「人言を繁み」となり,「言痛み」となったと考えられます。
次の詠み人知らずの短歌はうるさい人の噂に対して開き直った形のものです。

言痛くはかもかもせむを岩代の野辺の下草我れし刈りてば(7-1343)
こちたくはかもかもせむを いはしろののへのしたくさ われしかりてば
<<煩わしい人の噂はどうなるのか?岩白の野辺に生えた草を私が刈つてしまうた後は>>

「草を刈る」というのは「恋を成し遂げる」すなわち「恋人宣言をする」ことを意味するのだと私は思います。このように恋人関係をオープンにすれば,とやかく言う人も気にならなくなるという意味かもしれません。
しかし,オープンにしたらしたで,いろいろ面倒なことが発生することを愛し合っているふたりに想像できるわけではなさそうです。
オープンにした後も次のような詠み人知らずの短歌が生まれます。

おほろかの心は思はじ我がゆゑに人に言痛く言はれしものを(11-2535)
おほろかのこころはおもはじ わがゆゑにひとにこちたく いはれしものを
<<いい加減に思っているなんてことはないよ。君には僕のために人にとやかく言われ辛い思いをさせているのに>>

噂を立てられ,仕方なく公表したら,今度は相手の自宅までゴシップ記者が押し掛ける騒ぎになってしまった有名タレントが恋人に贈るときに使えそうな短歌ですね。
心が動いた詞(ことば)シリーズ「嬉(うれ)し」に続く。

2013年9月3日火曜日

2013夏休みスペシャル‥「夜遅く大洗の宿に駆け込む。そして,,..」

<大洗での研究会>
8月30日,午後から大阪市内のお客様へ打ち合わせのため出張し,夕方その足で毎年この時期に行われているソフトウェア保守関連の研究会作業部会の合宿に合流しました。場所は茨城県大洗町の那珂川河口にある「かんぽの宿」です。
作業部会合宿は午後から始まっていて,1日目の研究会議(午後と夜)には参加できず,夜遅くの懇親会に途中参加となりました。
新幹線が九州地方の豪雨で遅れが出ていて,少し焦りましたが,新大阪では先行出発する列車に乗れ,予定通り23時までには宿に到着できました。ただ,時間が時間ですから参加者の皆さんはかなりお酒をお召し上がりになっていました。
大阪の近鉄百貨店のデパ地下で買った「ハモの皮」「松前屋の塩昆布」「お好み焼きチップス」を遅れたお詫びにの印に差し入れをしました。参加者の皆さんは関東在住の方が多く「珍しいおつまみだ」と喜んで頂きました。私も駆けつけ3杯と,1時間ほど飲んで,すっかりいい気分になりました。
この宿は立派な露店風呂付大浴場(温泉)があり,朝,那珂川河口方面の眺めはなかなかのものでした。
<研究会2日目>
翌31日は,作業部会の2日めの研究会議を行い(私の個人研究に関する討議中心),昼からは大洗アクアワールド(設備やシステムの維持管理状況)を見学し,岐路に着きました。
実は大洗の北に阿字ヶ浦(あじがうら)海岸という場所があり,万葉集東歌(次の短歌)で詠まれた許奴美の浜がそこだという説があり,万葉歌碑があるとのことです(ただ,時間的にそこには行けませんでしたが)。

磐城山直越え来ませ礒崎の許奴美の浜に我れ立ち待たむ(12-3195)
いはきやまただこえきませ いそさきのこぬみのはまに われたちまたむ
<<磐城山をすぐ越えて来てください。磯崎の許奴美の浜辺で私は立って待っていますから>>

<今度は富士登山>
さて,31日夜自宅に戻るとすぐ翌日(9月1日)富士登山の準備に入りました(昨年はこのブログでも紹介しましたように八合目で下山)。
1日は朝3時半に自宅を出て,昨年と同じ御殿場駅から須走口行のバスに乗り,8時半頃から登山を開始しました。ただ,結果から言いますと,今年も頂上まで行けませんでした(九合目で断念)。
理由は,高山病の予兆と思われる症状(軽い頭痛)が出てきたためです。後30分あまり頑張れば上まで行けたのですが,視界もきかず,台風15号から変わった温帯低気圧の影響なのか風も非常に強く,下山時のことや翌日の仕事を影響を考えやむなく引き返すことにしました。
今回の残念な結果を踏まえ,来年はさらに対策をしてリベンジしたいと考えています。
でも,昨年登った八合目の高さ位までは天気も良く,次のようないろいろ写真が撮れました。
登山道に入ったら野生の鹿の親子(?)が迎えてくれました。

六合目付近河口湖が眼下(左奥)に良く見えました。

しかし,山頂付近は雲に覆われています。

今回,私が引き返した九合目です。

視界はこんな感じです。霧雨が強い風に乗って吹き付けてきます。

下山して須走口でバスを待つ間に見つけたトリカブトの花です。シカも近づかないそうです。

さて,1ヶ月以上に渡り続けてきました2013夏休みスペシャルも今回で終了し,心が動いた詞(ことば)シリーズに戻ります。
心が動いた詞(ことば)シリーズ「言痛(こちた)し」に続く。