今回は「柵(しがらみ)」について,万葉集を見ていきます。柵は水流をせき止めるために、川の中に杭を打ち並べて、それに木の枝や竹などを横に結びつけたもののことで,水の流れを堰き止めるために使われたと言われています。現代語で使われる「過去のしがらみで」という使い方のように「邪魔するもの」という意味の元の意味です。
最初は,柿本人麻呂が,文武(もんむ)天皇4(700)年4月,天智(てんぢ)天皇の皇女である明日香皇女(あすかのひめみこ)が亡くなったことへの挽歌(長歌)に併せて詠んだ短歌です。
明日香川しがらみ渡し塞かませば流るる水ものどにかあらまし(2-197)
<あすかがは しがらみわたしせかませば ながるるみづものどにかあらまし>
<<明日香川に柵(しがらみ)を渡して水の流れを堰き止めたら,流れる水も緩やかになるのに>>
明日香皇女を明日香川の水に喩え,流れ去る水を皇女の寿命とすれば,柵を渡し,もう少し皇女の寿命が去るのを延ばせたのではないかと人麻呂は詠んだのでしょうか。
次は,もう一首明日香川と柵を詠んだ恋の短歌です。
明日香川瀬々に玉藻は生ひたれどしがらみあれば靡きあはなくに(7-1380)
<あすかがはせぜにたまもはおひたれど しがらみあればなびきあはなくに>
<<明日香川の瀬ごとにきれいな藻が生えているけれど,柵があるので靡くこともできない>>
明日香川は,流れを緩やかにするため,または魚を獲るためなどに柵をあちこちに作っていたのでしょうか。
本当は柵がなく淀むことなくスムーズに水が流れるように,順調に自分たちの恋が進めばよいのに,堰き止める(邪魔する)ものがあるので,うまく進まない。そんな作者の恋の苦しみが私には伝わってきます。
最後は,恋の柵(邪魔もの)何するものぞという詠み人しらずの短歌です。
我妹子に我が恋ふらくは水ならばしがらみ越して行くべく思ほゆ(11-2709)
<わぎもこにあがこふらくは みづならばしがらみこして ゆくべくおもほゆ>
<<吾が妻を恋しいと思う気持ちを水の流れに喩えれば,どんな柵も通りこしてゆく激流のように思える>>
実は,人間を強い気持ちにさせていくには,少し抵抗や邪魔があったほうが良いのかも知れません。
仕事や付き合いで「やりにくいなあ」と感じたとき,「すごく嫌だな」と考えるか,自分のメンタル面を強くする材料と考えるかで,生きていく上での前向きさに差が出てくるような気がします。
4月からあたらしい環境に入った人たちには,慣れないために発生する様々な壁や嫌なことにぶつかるかも知れません。
その壁を成長のチャンスと感じられることが多いことを祈りたいですね。
(続難読漢字シリーズ(21)につづく)
0 件のコメント:
コメントを投稿