今回は蟋蟀(こほろぎ)について,万葉集を見ていきます。「蟋蟀」は昆虫のコオロギのことです。なかなかの難読漢字であるだけでなく,書くほうも大変な漢字ですね。
「こほろぎ」の原文(万葉仮名)の字は「蟋蟀」が使われています。当時の中国語で使われていた漢字がそのまま万葉仮名として使われていたことに興味を感じます。
最初に紹介するのは,志貴皇子の皇子の一人である湯原王が詠んだ代表作の短歌です。
夕月夜心もしのに白露の置くこの庭に蟋蟀鳴くも(8-1552)
<ゆふづくよこころもしのに しらつゆのおくこのにはに こほろぎなくも>
<<夕月の夜に心がしなえるほどに白露がおりているこの庭にコオロギが鳴いている>>
情景だけを詠んだだけのように思えますが,白露に濡れて悲しげに鳴いているコオロギのような自分がいるということでしょうか。
次に紹介するのは,詠み人しらずの相聞歌です。
蟋蟀の待ち喜ぶる秋の夜を寝る験なし枕と我れは(10-2264)
<こほろぎのまちよろこぶる あきのよをぬるしるしなし まくらとわれは>
<<コオロギが恋の季節が来たと歓喜の音色を奏でる秋の夜,私には時にあらずで,枕としか一緒に寝られない>>
コオロギたちは待ちに待った恋の季節である秋になって,相手と逢って恋の思いを鳴き声で伝えている。でも,自分はその相手がいないので,枕とともにするしかないという作者の気持ちでしょうか。
最後に紹介するのは,旋頭歌です。
蟋蟀の我が床の辺に鳴きつつもとな 置き居つつ君に恋ふるに寐ねかてなくに(10-2310)
<こほろぎのあがとこのへになきつつもとな おきゐつつきみにこふるにいねかてなくに>
<<コオロギが私の寝室の近くでしきりに鳴いている その状態で君恋しと待ちかねながら寝ようにも寝付かれない>>
万葉時代は妻問婚を考えると蚊が舞う頃より,虫が鳴く秋のほうが恋の季節としては良かったのかも知れません。でも,事情や都合でなかなか逢えない場合は,夜が長くなってより切ない気持ちになった季節でもあったと私は感じます。
(続難読漢字シリーズ(16)につづく)
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