今回は,「山にかかる雲」を万葉集の序詞に詠んだ短歌を紹介します。
最初は「香久山にかかる雲」です。
香具山に雲居たなびきおほほしく相見し子らを後恋ひむかも(11-2449)
<かぐやまにくもゐたなびき おほほしくあひみしこらを のちこひむかも>
<<香具山に雲がたなびいているように,はっきりとは見なかったが見た彼女を,あとで恋しくなってしまうのか>>
私は何度も香久山の近辺を通っていますし,登ったこともあります。香久山は非常に低い山です。そのため,雲が山すそをたなびく姿は実はイメージできにくい山です。
富士山のような大きく高い山だとこの短歌のイメージとピッタリなんですがね。
もしかしたら,この短歌の作者は天の香久山を実際には見たことがなく,伝聞で詠んでいるのかも知れませんね。そして,雲のように見える実体は,実は春霞だった可能性もありそうです。
次は「葛城山にかかる雲」です。
春柳葛城山に立つ雲の立ちても居ても妹をしぞ思ふ(11-2453)
<はるやなぎかづらきやまにたつくもの たちてもゐてもいもをしぞおもふ>
<<葛城山に立った雲のように,居ても立っても,彼女のことだけを恋しく思う>>
「春柳」は葛城山の枕詞として広辞苑には出てきます。今回は訳しませんでした。
葛城山は今の正式名称は「大和葛城山」と呼びます。場所は奈良県御所市の西に位置付き,山の西側は大阪府唯一の村である千早赤阪村です。標高は1,000メートル近くあり,関西としては立派な山の部類に入ります。
奈良盆地の南部にある飛鳥京や藤原京からは,葛城山がいつも見えて,夏になると入道雲のような雲が立つこともあったのだろうと私は思います。
次は「三笠の山にかかる雲」です。
君が着る三笠の山に居る雲の立てば継がるる恋もするかも(11-2675)
<きみがきるみかさのやまにゐるくもの たてばつがるるこひもするかも>
<<三笠の山にかかる雲のように,つぎつぎと湧き立ってくるような恋をさせてくれる>>
「君が着る」は三笠にかかる枕詞と広辞苑には出ています。これも,無理に訳しませんでした。ただ,女性が着る(被る)笠は,当時屋外に出ることの少ない女性の美しさやセンスの良さを見るのに使われたのではないかと私は考えます。
三笠の山は平城京の近くにあるため,京人は常に見ていた可能性があります。三笠の山に雲がかかるのは,やはり雨の時や雨が降った後の可能性がありそうです。
日本の気候を考えると,山と雲が切り離せないというイメージが万葉時代からあったことが,これらの短歌から感じとれます。
(序詞再発見シリーズ(25)に続く)
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