2017年1月31日火曜日

序詞再発見シリーズ(6) ‥ 東歌の序詞から見える東国名産の動物は何だ?

序詞について,万葉集の東歌(巻14)を見ていくのは今回が最後です。
今回取り上げるのは,動物(哺乳類)です。
まずは,鹿が出てくる東歌を見てみましょう。

さを鹿の伏すや草むら見えずとも子ろが金門よ行かくしえしも(14-3530)
さをしかのふすやくさむら みえずともころがかなとよゆかくしえしも
<<オスの鹿とて草むらに伏していたら見えないように,(あの子からは見えないと思うが)あの子が住む家の金門の前を気づかれないようにそっと通っていくのはワクワクするよ>>

この短歌はいろいろな解釈ができそうですが,私なりの解釈で訳してみました。
ただ,今のテーマは序詞に出で来る鹿ですからそれに焦点を当てましょう。鹿は当時の奈良盆地にも多く生息していたと思われます。なぜなら,東歌以外の京に住む人たちが歌った万葉集の100を超える和歌に鹿が出てくるからです。
東歌では,これ以外に1首出てくるだけなので,逆に東歌では注目度が低い動物なのかもしれません。
奈良盆地では,鹿は山や林に住んでいて,時々里や街に出てきたのだと思われます。東国では歌に詠むテーマとして取り上げるほどではなく,この作者が東国人だとすると,私は「草むらに伏す」というところに注目します。
大きな鹿が伏していると見えないくらい背の高い草原が東国にはあるということです。
その豊富な草原があることが,次に示す動物のに関わるのだと私は想像します。

春の野に草食む駒の口やまず我を偲ふらむ家の子ろはも(13-3532)
はるののに くさはむこまのくちやまず あをしのふらむいへのころはも
<<春の野に草を食む馬の口が途切れない,俺のことを常に想っていることだろう,家に残した彼女は>>

東国には近畿地方にはない広く豊富な草原があり,馬を放牧するにはもってこいの土地だったのではなかったかと私は想像します。
現代でも北海道は馬を育てるには適したところらしいですが,当時は京人(みやこびと)から見て東国がそんなイメージの場所だったのではないでしょうか。きっと,途切れることなく草を食べる駒(若い馬)は,成長が早く,元気で力強い馬に育ったのだと思います。
次はさらに強い馬を育てるために草だけではなく,麦までも食べさせている事例か窺える短歌です。

くへ越しに麦食む小馬のはつはつに相見し子らしあやに愛しも(14-3537)
くへごしにむぎはむこうまの はつはつにあひみしこらし あやにかなしも
<<馬柵越しに子馬が麦を食むように,めったに見ないような可愛いあの娘がすごく愛しい>>

現代でも,和牛の肉質を良くするためにビールを飲ませている牛牧場があると聞くことがあります。
豊富な草があるのに高価な麦まで馬に食べさせるこだわりこそ,その牧場の「ブランド化」「差別化」を意図したものだったのではないかと私は想像を膨らませます。そのうわさが,広まり,珍しいことの代名詞になったのかもしれませんね。
最後は,東国の馬がどんなに強いかを想像させる短歌です。

あずへから駒の行ごのす危はとも人妻子ろをまゆかせらふも(14-3541)
あずへからこまのゆごのすあやはとも ひとづまころをまゆかせらふも
<<断崖の上を駒が行く様子は危ないなあと感じるが,危なくても行きたい気持ちにさせる人妻,見ているだけではすまない>>

天の川 「たびとはん。この短歌の後半のほうが興味があるのとちゃうか?」

そう,「人妻に魅力を感じるこの短歌の作者の気持ちはよ~くわかる」と言いたいところだけど,天の川君の邪魔は放っておき,前半の駒の様子を分析しましょう。
危険な段階の上でも平気に行く馬ということは,放牧した馬でも,野生と劣らず強い馬がいるということを示します。
こうして育てられた馬は牧場主にとってどんなメリットがあるのでしょうか?
まず,特に優秀な馬は軍馬として各氏族に高く買ってもらえたのではないかということです。
その次の優秀な馬は,箱根や碓氷峠のような急峻な街道近く,そして橋のない大きな川の両側などの駅(はゆま)に配置し,人や荷物を起伏の厳しい道,水の流れの早い環境での運搬に耐える輸送馬として高値で取引された可能性があります。
また,比較的平らな街道では,走るスピードを生かして,騎手が乗馬して,駅間を速達便輸送馬として活躍したかもしれません。
その他には,現代の「ばんえい馬」のような農耕用の大型で力強い馬,馬肉として食用にする馬も飼われていたかもしれません。
いずれにしても,東歌の序詞を改めてみると,私には1300年前のフロンティア(開拓地)的な息遣いと活気が伝わってくるのです。
さて,次回からは京人が詠んだと思われる巻11に出てくる和歌の序詞について見ていきます。
(序詞再発見シリーズ(7)に続く)

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