前回は東歌の序詞に出てくる比較的有用な植物について紹介しましたが,そのほかにもいろいろ植物の名(楢,葛,ねっこぐさ,薦<まこも>,いはいつら,藤,麦,草,玉藻,わかめ,など)が万葉集に出てきます。
最初は,楢の木が出てくる短歌です。
下つ毛野みかもの山のこ楢のすまぐはし子ろは誰が笥か持たむ(14-3423)
<しもつけのみかものやまの こならのすまぐはしころは たがけかもたむ>
<<下野のみかもの山に生える楢の若木のよう可愛いあの娘たちは誰のための食器を持つのか>>
今の栃木県栃木市にある三毳山(標高229m)と言われています。当時ここには,楢の群生地があり,伐採した後の切り株から,また苗木がきれいにたくさん出ていたのかもしれませんね。この短歌作者は,若い女の子たちを見て,三毳山の楢の苗木の若々しさを思い浮かべたのでしょうか。
栃木県の南部は比較的平坦で,水耕に適しており,山には楢などの広葉樹がたくさん生え,枯葉を肥料にしたり,焚き木や炭に使える木も豊富で,伐採した後からまた若木が生えていくのです。
次は,葛粉,葛切り,葛餅,葛根湯などで今でも知られている葛を詠んだ短歌です。
上つ毛野久路保の嶺ろの葛葉がた愛しけ子らにいや離り来も(14-3412)
<かみつけのくろほのねろのくずはがた かなしけこらにいやざかりくも>
<<上野の黒保根の葛の葉が大きくなるのと同じほど愛しいあの娘からかなり遠く離れたところにきてしまった>>
群馬県桐生市にある黒保根町(以前は1889年から黒保根村として村立し,2005年桐生市に併合された)の黒保根という村名はこの短歌に由来して名付けられたそうです。
今の黒保根地区の場所であれば赤城山の南東斜面であり,日当たりもよく,植物はよく育つ場所だったと想像できます。成長が早いクズもさらに速いスピードで成長したのではないかと思います。
なお,時代が平安時代想定に進みますが「葛の葉」という人形浄瑠璃や歌舞伎の脚本があります。白狐が「葛の葉」という名の人間の若い女性に化け,狐の時自分を助けてくれた若者と結婚するというストーリです。その子供があの陰陽師で有名な安倍晴明という奇想天外なものです。クズの葉の形が見方によっては若い女性を示すものとして,万葉時代からイメージされていてもおかしくないと私は思っています。
最後は地面に生える草系の「いはゐつら」を詠んだ短歌です。
入間道の於保屋が原のいはゐつら引かばぬるぬる我にな絶えそね(14-3378)
<いりまぢのおほやがはらの いはゐつらひかばぬるぬる わになたえそね>
<<入間道の於保屋が原に生えている「いはゐつら」をやさしく引っ張ると切れずにするすると引けるように私との間が切れることがにいようにね>>
入間道の於保屋が原は場所が特定されていないようで,入間市やその近辺にこの短歌の歌碑がいくつも立てられているようです。
「いはゐつら」は食用や薬草にもなる「スベリヒユ」の仲間という説が有力のようです。
確かに,スベリヒユがある程度育った全体の形を見ると「削りかけ」をした「いはゐぎ(祝い木)」(アイヌや神道の儀式に使う)に似ていなくもありませんね。
いずれにしても,東歌の序詞から,東国に魅力的な植物が豊富にあることをアピールしているように私は感じてしまいます。
(序詞再発見シリーズ(5)に続く)
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