2014年4月2日水曜日

動きの詞(ことば)シリーズ…問ふ(1) 日本人は井戸端会議的「問ふ」が好き?

<ほとんど日本人しかいない普通の職場>
日本人は初対面の相手や疎遠な外国人に,自分考えを相手に誤解されないよう伝えるのが得意でないという評価があると聞くことがあります。それがすべての場合当てはまるかどうかは別として,私がこれまでの職場などでの経験からはこの評価には否定できない部分が少なくないと思います。
私の職場は,これまでほとんど同じ日本人ばかりの職場だったのです。ですから,思想信条,文化,社会的な習慣が全く異なる多くの人々と一緒に仕事をしたことなかったといっても良いかと思います。職場の同僚・先輩・上司・後輩は,日本人ですから日本語が流暢に話せ,日本で育ち,日本の学校に通い,正月・バレンタイン・花見・衣替え・紅葉狩り・クリスマスなどの日本の習慣を十分知っています。日本のテレビ放送を観て,日本で売れ筋の製品を使い,日本の流行に対して共通の情報を持ち,日本人として共通の基盤を持った人たちと仕事をしてきたのです。
<日本人間の考え方の違いは大したことがない>
「いや,日本人だって,年齢,地域,学歴などでいろんな人がいるし,考え方に大きなギャップもあるよ。日本人と一括りにするのはいかがなものだろうか?」と,私のような見方に賛成しない人もいるかと思います。でも,私はその違いはせいぜい日本人としての共通の基盤上での反対/賛成,賛同/拒否,同調/排除の違いでしかないと思います。たとえていえば,日本料理の中で「牛肉の肉じゃがが好き」,「いや豚肉の肉じゃがのほうが好きで,牛肉のは嫌い」といった,好き嫌いの範囲内のようなものかもしれません。
<世界は多様>
「東欧ハンガリーの料理『パプリカーシュチルケ・ノケドリヴェル』(鶏肉とハンガリアンパスタ,パプリカ添え)と南米スリナムの料理『モクシメティ』(ライスを添えた肉料理)とどちらが好き?」と仮に私が仕事仲間に聞いたら,十中八九「そんなん知らんがな,あっち行って!」という反応になりますよね。びっくりされるだけでなく,「お前,頭がおかしくなったのか?」と思われるような環境が私の職場でした(それが一般的な日本の職場かも?)。しかし,もし職場に世界のさまざまな国の人が居て,その人たちと仲良く仕事をするには,これくらいの知識を持っている必要があるのかもしれません。
そんな必要性がなかった私は,初対面の人に気を悪させず,いろいろ質問する(問う)ことが苦手でした。初対面の人とも会話が続かず,気まずい雰囲気が長く続くというツライ経験を私はたくさんしてきました。職場の同僚や後輩に同様の悩みを持ち,考えや文化の違う人と積極的に係らない人と多く出会いました。
<「動きの詞シリーズ」再開>
さて,再開した「動きの詞シリーズ」の最初は,日本人があまり得意としない「問ふ」です。万葉集には「問ふ」が入っている和歌が50首ほどは出てきます。万葉時代の日本人はどんな「問ふ」をしてきたのか何回かに分けて見ていきましょう。それが,今の日本人の「問う」との違いがあるのでしょうか。
最初の短歌は,天平勝宝7年2月に集められまれたという有名な防人歌です。

防人に行くは誰が背と問ふ人を見るが羨しさ物思ひもせず(20-4425)
さきもりにゆくはたがせと とふひとをみるがともしさ ものもひもせず
<<「防人として行くのはどちらのご主人かしら?」と周りの人たちどうしが質問しあっているのを聞くのも気がめいるのです。それが私の夫であるという私の気持ちを知りもしないで>>

防人歌といっても防人自身が詠んだもの以外に防人の妻が詠んだものも含まれています。
この短歌は防人に行く夫の妻が詠んだものですが,気持ちは<<>>内の私の現代語訳を見れば分かるかと思います。
さて,次は占いで当時許婚であった大伴大嬢(おほとものおほいらつめ)と逢う運勢を問うことを詠んだ大伴家持の短歌です。

月夜には門に出で立ち夕占問ひ足占をぞせし行かまくを欲り(4-736)
つくよにはかどにいでたち ゆふけとひあしうらをぞせし ゆかまくをほり
<<月夜には家の門の外まで出て立って夕占で問い,また足占もしましたよ。あなたの家へ行こうと>>

夕占とは広辞苑によると「夕方,辻に立って往来の人の話を聞き,それによって吉凶,禍福をうらなうこと」という意味です。家持は,逢いに行きたいという気持ちがいっぱいで,その準備をしていることを大嬢に伝えたかったのかもしれません。
これら2首の「問ふ」は,ある種の情報を得るためかもしれません。最初の防人歌では,作者ではなく近所のおばさんたちが井戸端会議的に防人に行く家はどこかの情報を収集しようとしていることは分かります。
また,後の家持の短歌は夕占という,(家の前の)通りに出て,行き交う人の質問をして,自分が大嬢に逢うのに良い運勢かを確認しています。
多分,大嬢の家に行く道すがらに何らかの障害になるものがあったり,何かの催し物で,人が多くいて,目立ち,噂が立ってしまうことも考えられます。運勢だけでなく,さまざまな情報から大嬢の家へ行く良いタイミングを夕占で見測ろうとして,足占で分析をしたのかもしれません。
今回紹介した「問ふ」は,相手のことを知ろうというよりも,情報収集の目的であったと私は感じます。
動きの詞(ことば)シリーズ…問ふ(2)に続く。

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