「侘ぶ(わぶ)」は,現在では「詫びる(謝罪する)」といった表現で使われることが多いですね。
万葉時代では,現在イメージとは少し違う意味合いで使われているようです。
万葉集で紀女郎がやがて別れを告げることになる夫へ恨みを詠んだ短歌を紹介しましょう。
今は我は侘びぞしにける息の緒に思ひし君をゆるさく思へば (4-644)
<いまはわは わびぞしにける いきのをに おもひしきみを ゆるさくおもへば>
<<今となっては私はどうしょうもなく気落ちして心乱れるばかりです。一生一緒に暮らすと決めていた貴方と,とうとう別れることになることを思えば>>
紀女郎については,昨年1月15日の投稿で大伴家持との関係を中心に少し紹介しています。
この短歌は夫の安貴王(あきのおほきみ)のスキャンダル(神職の女性との密通事件)によって,離別を余儀なくさせられたときに夫に対して詠んだと言われている3首の短歌の1首です。
この短歌で「侘ぶ(わぶ)」は,単なる「気落ちする」や「がっかりする」といった意味だけでなく,もっと強い「怒り」や「困惑」までも含んだ複雑な心情を表す言葉のように感じます。
他の2首も気になるでしょうから,併せて紹介します。
世の中の女にしあらば我が渡る痛背の川を渡りかねめや(4-643)
<よのなかの をみなにしあらば わがわたる あなせのかはを わたりかねめや>
<<普通の女性なら私には背が痛くなるような川も簡単に渡って(悔しい気持ち切り替えて)しまうのでしょう>>
白栲の袖別るべき日を近み心にむせひ音のみし泣かゆ(4-645)
<しろたへの そでわかるべき ひをちかみ こころにむせひ ねのみしなかゆ>
<<別れの日が近づいて,私の心にはむせぶ音のみするように泣いてばかりいるのです>>
紀女郎にとって,夫を許すことができない本当に悲しい別離だったのでしょう。
したがって,4-644の短歌に出てくる「侘びぞしにける」という表現は,不本意な別離を決意した紀女郎の耐え難い苦悩を表した言葉ということになると私は思います。
万葉時代,恋人や夫婦における別離の原因の多くは,死別,戦地や地方への赴任,罪に問われて囚われの身になるなど,2人にとってどうしょうもない運命や権力によって引き裂かれることが一般だったのでしょう。
それらの原因の場合,周囲からは同情の念で見られることもあったかもしれません。
しかし,紀女郎の場合は,夫の社会的に許されない不貞が原因ということですから,当時としては世間の目も今とは比べ物にならないほど厳しいものがあったのではないでしょうか。
被害者であるはずの紀女郎も,その事実が公に知れ渡ったため周囲から冷たい目で見られたかも知れません。
この紀女郎の短歌に対する返歌は万葉集には残っていません。
安貴王は返歌(言い訳)すらできなかったのか,家持が万葉集編纂時に安貴王の名誉を考え,返歌をカットしたのか,私には分かりません。
侘ぶ(2)に続く。
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