引き続き,「ぬ」「ね」で始まる難読漢字を万葉集に出てくることばで拾ってみました(地名は除きます)
鵺、鵼(ぬえ)…トラツグミの異称。
額づく(ぬかづく)…額を地につけて礼拝する。丁寧にお辞儀をする。
流なふ(ぬがなふ)…時がたつ。ながらう。
貫簀(ぬきす)…竹で編んだすのこ。
幣(ぬさ)…祭祀で神への手向けたものの一種で,布や紙を竹または木に挟んだもの。
蓴(ぬなは)…ジュンサイ(蓴菜)の別名
哭(ね)…鳴き声。泣き声。
合歓木(ねぶ)…ネムノキ。
懇(ねもころ)…真心でするさま。丁寧。親切。
ここでは,懇(ねもころ)が使われている和歌(約30首)の中から,坂上郎女が作ったといわれる長歌を紹介します(長くなるため,一部割愛します)。
~ 懇に 君が聞こして 年深く 長くし言へば ~通はしし 君も来まさず 玉梓の 使も見えず ~ 嘆けども 験をなみ 思へども たづきを知らに 手弱女と 言はくもしるく 手童の 音のみ泣きつつ た廻り 君が使を 待ちやかねてむ(4-619)
<~ ねもころに きみがきこして としふかく ながくしいへば ~かよはしし きみもきまさず たまづさの つかひもみえず ~なげけども しるしをなみ おもへども たづきをしらに たわやめと いはくもしるく たわらはの ねのみなきつつ たもとほり きみがつかひを まちやかねてむ>
<<真心で貴方が仰っていた,いつまでもと。~でも,あんなに通ってこられた貴方は来られなくなり,貴方の使者の姿も見えない。~嘆いても甲斐がなく,恋しく思っても手かがりも分からず,手弱女の言葉通り,童のように号泣しつつ,貴方を求め廻り,貴方の使者を待ちわびる>>
この長歌は,坂上郎女の怨恨の歌という題詞が付いています。郎女は,あんなに優しかった(まさに懇ろ),そして自分も本心から恋した君が,突然通ってこなくなったことに対して,嘆き悲しみ,でもひたすら待っている自分の状況を切々と詠っているのだと思います。
そして,坂上郎女はその次の短歌で,本当に好きになってしまった後悔の念を詠うのです。
初めより長く言ひつつ たのめずはかかる思ひに 逢はましものか(4-620)
<はじめより ながくいひつつ たのめずは かかるおもひに あはましものか>
<<最初から貴方との関係は長くは続かないと知っていたのなら、その心積もりでいればよかったのに。でも、貴方に心を寄せたあまり、私は今までこんなにも苦しい思いにあったことがないのです>>
長歌にある恋しい人が再び戻ってくるのを「待つ」心の苦しさ,哀れさを,坂上郎女は痛切に感じ,この短歌を詠ったのかもしれません。
ところで,万葉集に出てくる重要なキーワードの一つにこの長歌にも出てくる「待つ」があるような気がします。
実は万葉集では「待つ」という言葉が300首近くの和歌に出てきます。
ひたすら,何か(恋人,花鳥風月,季節,時,大切な人の健康回復など)を「待つ」ことの切なさ,不安感,焦り,そして状況によって微妙に変化する期待感など複雑な心情を表そうとした和歌が万葉集では多く取り上げられているように私は感ずるのです。いずれ「待つ」をテーマとした投稿をしたいと考えています。(「の」で始まる難読漢字に続く)
0 件のコメント:
コメントを投稿