引き続き,「に」で始まる難読漢字を万葉集に出てくることばで拾ってみました(地名は除きます)
和魂(にきたま)…柔和・情熱等の徳を備えた神霊、霊魂。
柔肌(にきはだ)…柔らかな肌。
和草(にこぐさ)…小草が生え始めてやわらかなさま。
俄(にはか)…だしぬけ。突然。
潦(にはたづみ)…雨が降って地上にたまり流れる水。
贄,牲(にへ)…早稲を刈って神に供え,感謝の意を表して食べる行事。
鳰鳥(にほとり)…カイツブリの古名。
潦(にはたづみ)を詠み込んだ詠み人知らず和歌を紹介します。
甚だも降らぬ雨故 潦 いたくな行きそ 人の知るべく(7-1370)
<はなはだも ふらぬあめゆめ にはたづみ いたくなゆきそ ひとのしるべく>
<<大して降らない雨だから 潦のようにあちこちたくさん水は流れるなよ 他人に知られるほど>>
この和歌は,雨に寄せる恋の譬喩歌です。雨によってできた潦(水たまり)から流れる水を自分と恋人との仲に関する世間の噂に譬えたものです。
潦は「川」、「ながる」、「行方しらぬ」の枕詞としても使われているようで,まさに予測できない方向と速さで流れる噂の譬えとしてはぴったりですよね。
この和歌,噂が出るほど大して逢っていないのだから,知らないふりして静かに見守ってほしいという作者の気持が込められているように私は感じます。
作者の名前がわかっていても詠み人知らずにする方が説得力がでる和歌ではないでしょうか。
身分制度(律令冠位制)が確立されつつある時代「あんな身分不相応な相手と付き合っている」という噂が経つと周囲が恋路の邪魔をすることも考えられますからね。
古来,恋人同士の価値観は,ただ「大好きなあの人を独占したい」,「大好きになったのは人であり,その人の身分や家柄は関係ない」という時代によってあまり変わらないものかもしれません。
一方,為政者が推進する社会システムは,時として個人の恋の価値観と大きなギャップを発生させ,葛藤が生まれる。
以前にもこのブログで書きましたが,その葛藤こそが文学の大きなテーマは一つだと私は思います。
恋人同士は「もっと逢いたい」という気持ちが強いから,何度も逢っても逢っても「大して逢っていない」と思うはずです。
ただ,そんな噂が立つと周囲が反対するような恋路の方が,実は恋心がさらに燃え上がる。そんな気持ちを詠った和歌が万葉集にはたくさんあります。(「ぬ」「ね」で始まる難読漢字に続く)
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