2010年10月30日土曜日

動きの詞(ことば)シリーズ…設く(3:まとめ)

「設(ま)く」の最終回として旋頭歌を一首紹介します。

夏蔭の妻屋の下に衣裁つ我妹 裏設けて我がため裁たばやや大に裁て(7-1278)
なつかげの つまやのしたに きぬたつわぎも うらまけて あがためたたば ややおほにたて
<<夏の物陰の涼しい妻屋の軒の下で布を裁いている私の君よ 裏地も付けた僕用なら(目立たぬように)少し大きく裁いてよ>>

旋頭歌は古事記日本書紀万葉集に出てくる和歌の形式で,短歌が五七五七七であるのに対して,五七七五七七の形式です。
万葉集では60首余りが旋頭歌の形式で詠まれています。
ほとんどが詠み人知らずの恋の歌です。
上の旋頭歌は男一人が詠んでいる歌のようですが,他の旋頭歌では前の五七七と後ろの五七七を別人(男と女)が詠う内容のものもあります。
旋頭歌は,当時流行りの恋をテーマとしたデュエット曲の歌詞や,「~さんよ。~してよ。」という自分の思いを伝える目的の形式だったのかもしれませんね。

上の旋頭歌でポイントとなるのが,本テーマである「裏設けて」です。
文字通り「裏を施す」で「裏地」となると思うのですが,別に当時「心」を「うら」と発音している関係で,「気持ちを込めた」という意味も表わしていると思います。
結局,「僕のことをもっと愛してほしい」という男心と,恋路の邪魔をする周りに知られないように「少しだけいいから大きく」という微妙な心境も私には感じられます。
<「設く」の広い意味>
さて,ここまで万葉集に表れる「設く」について見てきましたが,「作業の準備や手配をする」,「心の準備をする」,「気持ちを込める」,「季節の動き」,「朝昼夕の変化」など,非常に幅広い意味を持つ言葉であることが分かってきました。
こんな豊かな表現力をもった「設く」という言葉が現在ではほとんど使われていないのが,少し残念な気がします。
ただ,万葉集には,使われなくなった言葉を蘇らせる力があるように思えてなりません。
たとえば,店の名前や番組タイトルに万葉集を参考に「春設く」とか「春設けて」というネーミングをして,それが大変な流行語になれば復活もありえますね。

最近,意を決して焼酎「天の川」の高級品「壱岐づくし」を買いました。すべてが壱岐で栽培している原材料で蒸留している焼酎だそうです。
呑んでみましたが,さらにまろやかな味わいでした。
酒造メーカが原料から蒸留プロセスまでちゃんと「設く」ことによって,この風味が達成できているのかもしれません。
天の川君に気づかれて呑まれてしまう前に私がすぐ呑んでしまいそうです。
立つ(1)に続く。

2010年10月24日日曜日

動きの詞(ことば)シリーズ…設く(2)

今回は「設(ま)く」の2回目です。
今回は万葉集に出てくる「春設く」の用例を考えてみます。

春設けてもの悲しきに さ夜更けて羽振き鳴く鴫誰が田にか住む(19-4141)
はるまけて ものがなしきに さよふけて はぶきなくしぎ たがたにかすむ
<<春になってもの悲しいのに、夜が更けてから羽を振って鳴くは誰の田に住む鴫だろうか>>

春設けてかく帰るとも 秋風に もみたむ山を越え来ざらめや(19-4145)
はるまけて かくかへるとも あきかぜに もみたむやまを こえこざらめや
<<春になって雁はこのように(北へ)帰ってしまうのだが、秋風が吹いて色づく山を越えてまたやって来るだろう>>
                              ↓[Photo by Thermos]

両方とも大伴家持越中高岡で天平勝宝2年3月に詠んだ越中秀吟とよばれる12首の中の2首ですが,これらから春の明るさはあまり感じられませんね。
家持は,なぜ春なのにもの悲しいと感じたのでしょう。
また,なぜ春になって去っていく雁を見て紅葉の頃きっと帰ってくるに違いないと詠んだのでしょう。
私の推測ですが,越中で春になると雪が消え,気候が都(奈良)に似てきます。
そのため,都への望郷の思いが増してきて,地方にいつまでも左遷されている自分を悲しいと感じたのではないかと思うのです。
家持が鴨や雁という渡り鳥を題材に悲しさや暗い気持ちを表現したのは,鳥ならばちょっと都に飛んで行って帰ってくることもできるのではないかという羨ましさを感じていたのかもしれませんね。

さて,喰い気しか興味のない天の川君だったら「春になると美味しい鴨鍋が食べらへんようになるさかい『悲しい』と言っとるのとちゃう?」と家持の心情を勝手に分析するんじゃないかな。
<平安時代以降使われ出した「春めく」>
ところで,万葉集には出てきませんが,平安時代以降使われるようになった少し似た表現で「春めく」という言葉があります。
「春設く」は下二段活用,「春めく」は四段活用です。
したがって,前者が「春設けて」となると後者は「春めきて」となります(今の口語では「春めいて」と言うようです)。
両者の意味に似たところがあるため「設く」が平安時代に「めく」に転じた可能性があると私は推測しています。ただ,活用が違うのでまったく生まれが別の言葉かも知れませんが。

(注)「前回投稿で天の川君の発言にあった『大日本アカン警察』とは何か?」という問合わせがその後ありましたので,Wikipediaの該当URLを提示しておきます(その後リンク先が無くなっていたらごめんなさい)。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%88%86%E7%AC%91_%E5%A4%A7%E6%97%A5%E6%9C%AC%E3%82%A2%E3%82%AB%E3%83%B3%E8%AD%A6%E5%AF%9F

設く(3:まとめ)に続く。

2010年10月16日土曜日

動きの詞(ことば)シリーズ…設く(1)

本シリーズは3回ほどお休みしましたが再開します。
再開最初に取り上げる動詞は「設(ま)く」です。
「設く」の意味は,英語のprepareが非常に近いのではないかと私は思います。
「準備をする」「用意する」という意味ですが,必要なモノが揃う準備だけでなく,心の準備ができているという意味を含む点もprepareと共通点があります。
類義語に「儲(まう)く)」があります。現代の読み方は「もうける」で,「利益を得る」「(子供を)授かる」といった意味で使われています。
しかし,万葉集から推察するに,万葉時代では「儲(まう)く)」は「設(ま)く」と同様に準備するという意味で使われていたようです。
ちゃんと準備をして(儲くして)ものごとを進めれば,その後に良いことが起こり,お宝を得ることができるという経験から,「儲(まう)く)」は「儲(もう)かる」という意味に変化をしていった可能性があると思います。
さて,「設く」に話を戻します。
万葉集では「設く」は「かた設く」という慣用的な使い方がいくつかの和歌で出てきます。
「かた設く」の「かた」はこの場合「大体」という意味で,「かた設く」は「時を待つ。時が近づく,その時になる」といった意味となるようです。
「準備がほぼ整ったので後は心待ちにするだけ」「準備完了で次の段階に達したようだ」という意味に変化ていったのかも知れませんね。

梅の花散り乱ひたる岡びには鴬鳴くも春かた設けて(5-838)
うめのはな ちりまがひたる をかびには うぐひすなくも はるかたまけて
<<梅の花が散りみだれている岡にウグイスが鳴いていますね。待ち遠しい春も近いです>>

鴬の木伝ふ梅のうつろへば桜の花の時かた設けぬ(10-1854)
うぐひすの こづたふうめの うつろへば さくらのはなの ときかたまけぬ
<<ウグイスが木を伝っているウメの花が散り始めるといよいよサクラの花が咲く季節になりますね>>

人は楽しいイベントの準備はいそいそと進めることができます。
その結果,楽しいイベントの日よりずっと前に準備が終わってしまい,待ち遠しくて堪らなくなります。
そんな雰囲気がこの二首の短歌で出てくる「かた設く」の言葉から伝わってきます。

さて,今は景気が停滞し,厳しい世の中だけど,お酒の量も少しずつに我慢して,しばらくは「好景気かた設く」とでも行きますか?

天の川 「たびとはん。10月2日たびとはんがクラブメイトと一緒に呑んだ壱岐の麦焼酎『天の川』やけど。すんまへんな。半分ぐらい残っていたのを全部呑ましてもろたさかい。この焼酎,いつ飲んでも美味いな。」

も~っ! ちょっとしたスキに天の川にまた「天の川」を呑まれてしまった。
まあっ,良いか。「天の川」は成城石井で売っていることが分かったし,今月は珍しく残業代が少し多めに入るから,天の川に見つからないように買って,ゆっくり呑むか?

天の川 「たびとはん。それはアカンやろ! 独り占めはスコイやんか。そんなことしたら大日本アカン警察が逮捕にいくで!」

設く(2)に続く。

2010年10月10日日曜日

初秋の明日香

昨年6月に東京奥高尾でホタルの乱舞を見つつの再会(本ブログでも紹介)続き,先週土曜(10月2日)に万葉のふる里「明日香」近辺を眼下に望む里山の古民家風料亭で大学時代の万葉集研究のクラブメイトと1年3カ月ぶりに再会しました。
今回のイベントも主に私が地元メンバーの協力を得て企画を進めてきました。
天候にも恵まれ,この日を楽しみにしていた参加者は地元で採れた食材をベースとした色合いも鮮やかな会席料理を味わいつつ,お互いの近況報告や昔の思い出を時間を忘れて話し合いました。
実は何十年も前のクラブ創設の日にはキャンパス内にある当時古民家を移設した施設で数十名が集まり盛大に行われました。
その施設には和室が3部屋ほどあり,ふすまをすべてとって大きなひと部屋に全員大きな円形に座ったような記憶があります。
今回再会した人達はその中の一部ですが,これからもこういったイベントを継続開催し,参加者を少しずつ増やしていければと考えています。
次回は再来年の春,万葉集で越中歌壇として大きな存在感を持つ富山でホタルイカ,シロエビ(シラエビ),サヨリなどの近海の春の幸を味わえるのを楽しみに再会しようということになりました。
また,メルマガを定期的に発行することを決め,当日は私の携帯電話からあらかじめ用意していたメルマガ創刊号を登録メンバーに送りました。
早速,今回都合で参加できなかった埼玉のメンバーから「メルマガ創刊おめでとう!」という返事がきました。
料亭での懇親会後は,JR奈良駅へ移動し,カラオケボックスで往年のSongsを唄い盛り上がりました。それにしても関西のカラオケボックスは本当に良心的。またそれも感動でした。
その晩東京から来たメンバーとスーパーホテルロハスJR奈良駅に一泊(天然温泉も満喫)し,翌日は古都奈良市内の散策を地元メンバーのアレンジで行いました。
奈良市内は小学校の遠足で来たときから数えて10回以上私は来ていますが,今回古い奈良,新しい奈良を改めて見て,1300年の歴史の奥深さをまた強く感じることができたのです。

この後メンバーと別れた私は,ひとりで明日香に戻りました。昨日は集団移動で十分見ることができなかった明日香の風景を見るためです。
私が今回のイベントを10月2日にした理由のひとつに,明日香の里ではまだ稲刈りがほとんど行われていない時期で,一面黄金色の稲穂で満たされた稲田の風景を楽しめるのではないかと思ったからです。
そして,明日香に戻ってみると,彼岸に咲き,既に散っているはずのヒガンバナ(マンジュシャゲ)が何とまだ見ごろでした。
今年は猛暑でヒガンバナの開花が遅れたことが幸いしたようで,本当にラッキーでした。
写真は10月3日午後に撮ったものです。

今回の明日香,奈良訪問は本当に充実し,心から楽しく感じられた2日間でした。1年以上かけて準備をしたことが報われた気がします。
忙しい中集まってくれた仲間,手間を惜しまずいろいろアレンジしてくれた仲間,日本の風景を大切に守って暮らしている奈良の人々,そして訪問者を優しく包む奈良の自然に感謝しつつ,私は穏やかな気持ちで万葉のふる里を後にしました。

  里渡る明日香黄金と紅の風 まほらで友ら優しく包む  (たびと2010年10月作)

次回からは,動きの詞(ことば)シリーズに戻り,「設く(1)」に続く。

2010年9月25日土曜日

いま,万葉集に学ぶべきこと

<投稿100記念>
今回が投稿100回目ということで,通常より長文を載せました。これまで書いた要約でもあり,内容に今まで繰り返し何度も書いて来たことも含んでいます。ご容赦ください。
万葉集の編纂の意図や目的が「やまと言葉のテキスト」,そして「昔からの国の文化,風土,慣習,歴史の’実態’を広く知らしめること」ではないかと何度かこのブログで私は述べています。
もちろん,この推測は私の勝手なものであり,学術的根拠はありません。
万葉集は,飛鳥時代から奈良時代にかけて,海外(中国)の律令制度の導入により,国の様々な場所でどんなことが実際起きているのか,人々がどんな思いで暮らしているのかを和歌(やまと言葉)という形式でストレートに表現し,そしてその題詞,左注の解説を通して残そうとしたものではないかと私は考えます。
万葉集の一つ一つの和歌には,儀礼的なもの,作り話風のもの,自分の感情(美しい,好きだ,逢いたい,つらい,悲しいなど)だけを表現したもの,政治的な色合いの濃いものなど,一つ一つが正確な歴史的事実を表わすものではありません。
ただ,そのように詠わせる社会的背景を多くの和歌の中から推定すると,やはり多くの人は激動の飛鳥時代,奈良時代を翻弄されながら生きた人々の姿が見えてくるように思います。
<社会的変革は痛みを伴う>
一般に,新しい政治制度の導入や改革は,そのスピードが早ければ早いほど,それに翻弄される人々が多く現れてしまうのではないでしょうか。
そういった犠牲をある程度覚悟の上であえて世の中を変えていかなければならないときがあることは国の発展,近代化,国際的競争力の強化のために避けては通れないと私も考えます。
その変革を強力に進めようとする人達は,変革が早く進むほど最終的な犠牲発生期間や全体的なデメリットは少なくて済むと考えるかも知れません。しかし,それについていけない人々が大きな格差を感じ,苦しむ度合いも大きくなります。
私は,万葉時代の政治制度の変革と今のIT(情報技術)をベースとしたグローバル(国際)化の急激な進展の中で,その大波を被る人達(波の上でバランスよく波に乗る一部の人達を除く)の戸惑いには類似点が多くあると感じています。
その混乱ぶりの一例をあげます。
<今はカタカナ外来語だらけの世の中?>
私たちは膨大な数の新しいカタカナ語の出現に戸惑い,時代に乗り遅れまいと必死に覚え,理解しようとしていますが,その新しいカタカナ語の数は一般の人の理解の限界をはるかに超えて急増し続けているように思います。
たとえば「このテレビはブルーレイレコーダとハードディクスがセットされ,有機ELDのクリアな画像でフルハイビジョン,3D映像がエンジョイできます」とか,「このケータイ端末は,オーサリングツールがプリインストールされ,旧モデルよりパワフル,ハイパフォーマンスを実現し,Webコンテンツがスムーズにアップデートでき,ホームページへのアップロードもサクサクです」というような日本語が溢れ,意味は分からないが新しいカタカナ語が使われていると多分優れているのだろうと飛びついてしまう。
<万葉時代の外来語は漢字>
実は万葉時代も漢字が急激に導入され,ほんの一部の人達だけが理解できる状況だったと思われます。
結局,漢字は平安時代になっても難しく,理解できない人が多かったため,ひらがなやカタカナが発明されたのでしょう。
さて,カタカナ語の氾濫の例はあくまでも今の急激な変化を示す一例でしかありませんが,もっと深刻な戸惑いの例もほかにあると思います。
万葉集の様々な和歌でも,時代の変化(重税,法律による制限拡大,違反による重い刑罰,厳密な組織序列,権力争い,左遷,他国との戦争,出兵)に対し,戸惑い,苦しみ,悲しみ,それに耐える姿が読み取れます。
しかし,万葉集にはそのような苦しい状況の中でも変わらないもの(恋愛,家族愛,四季の変化や自然の美しさ,故郷への愛着,かけがえのない命など)を大切しようという姿があり,私は大きな救いを感じます。
<万葉集から我々現代人が学ぶべきこと>
時代背景の類似点から急激な変化にさらされている現代,万葉集が我々に対し教えてくれる点(失ってはならないこと)は次のようにたくさんあると私は思います。
分かりやすい万葉集の短歌を例示しながらいくつかの点について述べてみます。

☆☆家族を大切にする気持ち☆☆
家族を愛する気持ちを詠った万葉歌人は山上憶良が代表例でしょう。官僚である憶良はまだ十分恵まれていた方かもしれません。今でいえば優良企業の正社員です。
今の非正規社員の方々や失業中の方々はもっと厳しい状況だと思いますが,次のような気持ちは失わないでほしいと私は思います。

憶良らは今は罷らむ子泣くらむそれその母も我を待つらむぞ(3-337)
銀も金も玉も何せむにまされる宝子にしかめやも(5-803)

☆☆命を大切にする気持ち☆☆
万葉集には数多くの挽歌(死者を追悼する和歌)が載せられています。
中には儀礼的な挽歌もありますが,父母も妻子もいるだろう路上の屍を見て詠んだ詠み人知らすの挽歌には心打たれます。

母父も妻も子どもも高々に来むと待ちけむ人の悲しさ(13-3337)

死んだ男性は家族とまた会えることを願い,生き続けたかったけれど,不本意にも生き倒れで命を落としてしまったのでしょう。
でも,父母妻子がいるにも関わらず自ら命を落とす人がたくさんいる今の社会,命を本当に粗末にしている時代なのでしょうか。それとも,自殺する人も本当はもっと生きたかったのでしょうか。

☆☆自然を愛する気持ち☆☆
万葉集には自然を詠んだ詠み人知らずの和歌が本当にたくさんあります。次はその中のたったひとつですが,春,夏,秋と同じ山を見て季節の移り変わりを実に細かく観察している短歌だと私は思います。

春は萌え夏は緑に紅のまだらに見ゆる秋の山かも(10-2177)

☆☆苦難な状況でも励まし合い乗り越えようとする気持ち☆☆
橘諸兄の力が陰りを見せ始め,聖武天皇崩御の後,いわれなき罪で出雲守を解任された大伴氏のエリート大伴古慈悲に対し,「大伴氏のプライドをしっかり自覚し,自棄(やけ)にならずに自分を磨くことを忘れるな」と激励する長歌と反歌2首を大伴家持が贈っています。
次は,その反歌2首です。

磯城島の大和の国に明らけき名に負ふ伴の男心つとめよ(20-4466)
剣太刀いよよ磨ぐべし古ゆさやけく負ひて来にしその名ぞ(20-4467)

☆☆世の中の矛盾をユーモアで風刺するセンス☆☆
世の中の所得格差や重税に対して笑い飛ばそうという短歌もあります。
次は,ハスの花が咲くような大きな池を持つ金持ちを風刺した短歌と檀家衆に無精ひげを揶揄にされた僧侶が「里長が税の取り立てに来たら泣くぞ」と応酬した短歌です。

蓮葉はかくこそあるもの意吉麻呂が家なるものは芋の葉にあらし(16-3826)
壇越やしかもな言ひそ里長が課役徴らば汝も泣かむ(16-3847)

今の世の中,制度矛盾や収入を得るためのスキルの変化から,さまざまな格差が広がっているようにも見えます。
でも,いくら「世の中が悪い」と嘆いたところで明日急に豊かな暮らしになれる保証はありません。
私たちがこれからの激動の時代を前向きに生きていくために,万葉集から学ぶことは少なくないのではないかということを投稿100回の節目の締めくくりとします。
「初秋の明日香」に続く。

2010年9月19日日曜日

このブログのキャストや方向性

万葉集をリバースエンジニアリングする」というこのブログも次回で投稿100回目となります。
今回は,このブログのキャストについて,改めて説明しますね。

◎私(たびと)…生まれ:京都市伏見区。高校まで同市山科区の学校に通う。
        その後,東京八王子市の大学(経済学部)入学,八王子市に暮らす。
        社会人(ITエンジニア)になってからは埼玉県の
        いくつかの市を転居して,現在埼玉県南部のある市に居住。
        万葉集との出会い。小学校の国語の教科書が初め。
        このとき印象に残ったのが,山部赤人の次の短歌。
     若の浦に 潮満ち来れば 潟をなみ 葦辺をさして 鶴鳴き渡る (6-919)
        大学で万葉集研究サークルに入り,すこし本格的に万葉集に接する。
        現在,好きな万葉歌人は大伴家持長意吉麻呂笠女郎
◎あう…私(たびと)と同居しているネコ。私の代わりに写真が出ています。
◎妻…私の長年の同居人。ネコが好きですが,万葉集にはほとんど興味を持たず。
        現在は韓流ドラマに凝っている。
◎天の川…私が生まれてからずっと私にまとわりついている陽気な亡霊。
        なぜか関西弁でうるさく話し,ときどきこのブログに出てきては
        ちょっかいを出す。

現在,キャストはこんなものです。

次にこのブログの方向性めいたものも改めて説明します。
万葉集を有名歌人や名歌と評されている和歌から題材にすることはしません。
万葉集で使われている言葉に焦点を当てます。
その言葉を使っている万葉集の和歌を機械的にまとめて見ていきます(このあたりがエンジニアの発想)。
この方法は万葉集を専門に研究されている学者先生も当然行われているかもしれませんが,私のやり方が研究者と根本的に違う(劣る)のは,過去の研究結果や評論をほとんど参考にしない点ですね。
このブログに書いてある内容は,ある言葉にこだわって,万葉集を数日調べて,感じたことをその都度書いているだけなのです。
過去の偉い学者先生方が完全否定していることや万葉集を全部調べれば間違っていることも書いてしまうかもしれません。
このブログは,すべてその時点の私の感想でしかありません。
私は,万葉集からやまと言葉やまと文化の源流をさぐることができると信じています。
そして,そこから現代でも失ってはもったいない文化やモノの見方・考え方を伝えられればと考えているのです。

さて,前回(98回)まで,いろんな言葉を題材にしてきました。
また,難読シリーズや動きの詞シリーズの連載をアップしていますが,まだまだ紹介できていない言葉はいっぱいあります。
これからもずっと続けられるだろうと思うほど万葉集は言葉の宝庫なのです。まさに「よろず(万)の言の葉」なのです。
また,万葉集の中で同じ言葉が様々なシチュエーションで使われていることで,同じ言葉でも前後の関係で微妙にニュアンスが異なり,ある言葉の奥深さを感じさせるものもあります。
もし,万葉集がなかったら,当時使われていた言葉の多くが忘れ去られたり,本来の意味と異なる意味に使われてしまい,日本語が大きく変わっていたかも知れません。

さて,次回は連載100回記念として,万葉集から現代人が学ぶべき点は何かについて私の考えを書く予定です。

2010年9月11日土曜日

動きの詞(ことば)シリーズ…惜しむ(3:まとめ)

「惜しむ」の用例として,今でも「名残を惜しむ」という言葉が使われています。
「名残」は「余波」とも書き,ある動きが終わっても,かすかに元の動きの余韻が残っている状態を表す言葉だと思います。
例えば,美しい紅葉が終わって,大半が枯れ木のようになってしまっているが,まだ一部に散らずに残っている部分があり,さぞかし美しかったであろう紅葉の雰囲気が残っている。
それを見て「あ~,もう紅葉も終わったんだ」という思いを「名残を惜しむ」が端的に表現しているのではないでしょうか。

「惜しむ」を使った万葉集の和歌を詠むと「日本人は無常観を楽しむ民族だなあ」と私はつぐつぐ感じることがあります。
一般に無常観は仏教によってもたらされた考え方だと思われがちかもしれません。
しかし,私は仏教伝来以前から日本人は苦しい生活であっても豊かな季節の変化とともに暮らす中,無意識のうちに無常を前提とした価値観を持っていたのではないかと考えます。
そこへ飛鳥時代仏教(主に大乗仏教)が急速に伝来し,その根底にある無常の思想が日本人の無意識の無常観とマッチし,違和感なく受け入れられたかもしれないと私は思うのです。

世の中に絶対変わらないものはない。今の状態(良い状態/悪い状態)はいずれ変化する。
良い状態が変化し,終わろうとする刹那に「惜しむ」という感情が出現する。
いっぽう,悪い状態が終わり,良い状態になるのを期待する心の動きを動詞シリーズの最初に取り上げた「待つ」があるのかも知れません。

万葉集に「惜しむ」と「待つ」の両方が詠み込まれた長歌の一つ(後半抜粋)を次に紹介します。
この長歌は,摂津国の班田史生丈部龍麻呂が自殺した際,判官であった大伴三中が詠んだとされる挽歌です。

いかにあらむ 年月日にか つつじ花 にほへる君が にほ鳥の なづさひ来むと 立ちて居て 待ちけむ人は 大君の 命畏み おしてる 難波の国に あらたまの 年経るまでに 白栲の 衣も干さず 朝夕に ありつる君は いかさまに 思ひませか うつせみの 惜しきこの世を 露霜の 置きて去にけむ 時にあらずして(3-443)
<~いかにあらむ としつきひにか つつじはな にほへるきみが にほとりの なづさひこむと たちてゐて まちけむひとは おほきみの みことかしこみ おしてる なにはのくにに あらたまの としふるまでに しろたへの ころももほさず あさよひに
<<~どのように暮らしているのかと,毎日毎日立派な君がいつもにこやかな顔で帰ってくるかと玄関で待っている家族は,難波の国で年を重ねている。衣も干さずに一日中居る君は何を思ったのか,大切なこの世から露霜のように去って消えてしまった。若くして。>>

年間自殺者が3万人を超える(交通事故で亡くなる人の4倍以上)である状態が続いている今,毎日どこかでこの長歌のような無念な想いをしている人がたくさんいると思うと心が暗くなります。
今の我々は,何としてももっと「命を惜しむ」という心を強くし,そしていろんな人と関わりをもって励まし合いながら生きていくことが大切だという気持ちをより強く持たなければならないと思うのは私だけでしょうか。

さて,このブログも次の次で100回を迎えます。
この後の2~3回は,動きの詞シリーズは少し休みにして,これまでこのブログに残してきた記事を少し振り返ってみたいと考えています。