今回からさ行に入りました。引き続き,「さ」で始まる難読漢字を万葉集に出てくることばで拾ってみました(地名は除きます)
榊(さかき)…常緑樹の総称。特に神事に用いる木を言う。
防人(さきむり,さきもり)…辺土の防衛兵士
細(ささら,さざれ)…小さい、細かい
銚子(さしなべ)…弦と注ぎ口のある鍋。さすなべ
小網(さで)…三角で袋状の網
核(さね)…まことに、ほんとうに
多(さは)…多いこと。あまた、たくさん
五月蠅(さばへ)…陰暦五月の頃の群がり騒ぐ蝿
囀る(さひづる)…かしましく言う。よくしゃべる
禁樹(さへき)…行方の妨げになる木
呻吟ふ(さまよふ)…嘆いてうめく。うめき叫ぶ
伺候(さもらふ)…様子をうかがい、時の至るのを待っている。命令を承るために主君の側近くにいる
鞘(さや)…剣や太刀のさや
晒す(さらす)…布などを水で洗い,日に当てて白くする
騒騒(さゐさゐ)…騒がしいさま
棹(さを)…船を進めるために用いる長い棒
次は,柿本人麻呂が詠んだ「騒騒(さゐさゐ)」が出てくる短歌です。
玉衣の騒騒静み 家の妹に物言はず来にて 思ひかねつも(4-503)
<たまきぬのさゐさゐしづみ へのいもにものいはずきにて おもひかねつも>
<<騒がしさが静まって 家の妻に別れの言葉も言わずに旅立ってしまい 恋しく思う気持ちを抑えることができない>>
人麻呂は日本の各地を廻り和歌を詠んでいます。この短歌は,旅先で家に残した妻を恋しく思う気持ちをストレートに詠んだ短歌3首の内3番目のものです。
人麻呂が旅立つとき見送りがきっとたくさん来ていたのでしょう。
人麻呂を見送る人々か,人麻呂がお供する高官を見送る人々か分かりませんが,たくさんの見送り人との別れの挨拶などで大変忙しく,かつ騒がしい旅立ちだったと思われます。
そんな状況で,この旅立ちでは人麻呂は妻(おそらく依羅娘子)と別れを惜しむ時間もなく旅に出てしまわざるをえなかったのかもしれません。
旅路を進むに従って見送る人がだんだん少なくなり,静かになってくると,別れを惜しむ時間がたくさん取れなかった妻を恋しく思う気持ちが抑えられなくなる。この気持ちは本当によくわかりますよね。
今と違って,旅立った後,旅先で病になる,遭難する,賊に襲われるなどで帰らぬ人となることが頻繁にあった時代ですから,旅立ちに別れを惜しみたいという気持は強かったのだと思います。
ところで,私は新幹線や飛行機を使った日帰り出張を会社から結構命ぜられます。新幹線や飛行機は速いですからその分遠くでも日帰りが可能です。結局朝はいつもより早く家を出て,帰りはいつもより遅くなることがほとんどなのです。
そのようなとき,10数年前のサラリーマン川柳でベスト1になった「まだ寝てる 帰ってみれば もう寝てる」という状況です。
日本国内で新幹線などの移動は非常に安全であり,万一の場合でも保険制度,保障制度,弁護士サービスの充実などお互い心配することは何もありません。安心しきっているからでしょう。
それはそれで他の国には少ない非常に有り難い平和な社会なのですが,そんな状態じゃ新幹線や飛行機の中で「恋しく思う気持ちが抑えられなくなる」ことが考え辛く...。
天の川「そんなこと書いてると,たびとはんのお家でまた『騒騒(さゐさゐ)』になりまっせ!」
おっ,そうか,気をつけよう。(「し」で始まる難読漢字に続く)
2009年8月26日水曜日
2009年8月16日日曜日
万葉集で難読漢字を紐解く(こ~)
引き続き,「こ」で始まる難読漢字を万葉集に出てくることばで拾ってみました(地名は除きます)
扱く(こく)…しごく。しごいて掻き落とす。
凝し(こごし)…ごつごつしている。険しい。
幾許(こぎた,ここだ,ここば)…こんなに多く。こんなに甚だしく。
悸く(こころつごく)…心がおどる。動悸がする。
甑(こしき)…米や芋などを蒸すのに用いる器
去年(こぞ)…昨年
木末(こぬれ)…木木の若い枝先
蟋蟀(こほろぎ)…コオロギ
肥人(こまひと)…九州球磨地方の人
木群(こむら)…木が群がり茂った所
薦(こも)…マコモ
臥やす(こやす)…横になる、休むの尊敬語
嘖らる(こらる)…怒られる。叱られる。
樵る(こる)…木を伐る。きこる。伐採する。
さて,次は山上憶良が詠んだ有名な長歌・貧窮問答歌で甑(こしき)が出てくる部分です。
~竈には火気吹き立てず 甑には蜘蛛の巣かきて 飯炊くことも忘れて~(5-892)
<~かまどにはほきふきたてず こしきにはくものすかきて いひかしくこともわすれ~>
<<~竈には火をいれることもなく,甑には蜘蛛の巣が張って,ご飯を炊くことも忘れ~>>
憶良はこの和歌で「甑は使われず蜘蛛の巣が張っている」などの表現を使い,暖かいご飯を炊いて食べることがずっとできず,飢えをしのいでいる一家の苦しい状況を具体的に示しています。
さらに,この長歌の最後の部分では戸籍を管理している里長が,このような暮らしを余儀なくされている家族にも「短いものをさらに切り刻むように」容赦なく税の取り立てを行うことが詠われています。
当時の大和政権は,日本が諸外国(中国,朝鮮半島など)に負けない強い国にするため,中央集権体制である中国の律令制度を急速に導入しようとしました。明治維新と似ている部分もあるのかもしれません。
その体制を維持するために人頭税賦課を徴収し,その財を基に多くの官僚や軍隊を抱え,政(まつりごと)や国防に専念できるようにしたのです。
しかし,律令制度が完成し,庶民の生活を豊かにするには時間を要します。その間,多くの人には先に税が負担となります。
また一見公平のように見える人頭税賦課は,子どもをたくさん産み,その労働力に頼っている農民にとっては非常に重い税制であったのです。
それまで比較的豊かだった里長たちのような一部特権階級は,自分の豊かさや立場を維持するために,一般庶民への税負担を重くした可能性もあります。
<政治・経済学的な視点>
一つの新しい制度を導入することにより,その効果が表れるまでは貧富の差が拡大することは,資本主義経済を急速に取り入れてきた今の中国を見ても分かります。
ただ,私は貧富の差が必ずしも悪いとは思いません。なぜなら,より豊かになりたい,成功者になりたいという気持ちが人々の活力(創意・工夫)に結びつき,活力の結果として経済や技術が発展することは良いことだと私は思うからです。
これは良い意味の競争であり,競争に勝った人がその他の人より多くの富を得ることはプロ競技の世界が典型例です。当然一般のビジネスの世界でも実態は競争がベースとなっているのではないでしょうか。
逆に,悪平等により,何の努力もせず一定の生活が保障される社会が活力ある良い社会だとは私は決して思いません。
<セーフティネットも必要>
しかし,そういった競争にすら参加できないで生活に苦しんでいる人々が存在するのも事実です。その人たちの多くは怠けものではないのです。身体的な障害や持病がある,諸般の事情で教育を受けたくても受けられなかった,悪意をもった人間に騙され借金を背負ってしまった,間違ったアドバイスを信じ自分の進路や人生設計を見誤ったような人たちなどです。
このような人たちが現実に居ることを認識し,その人たちにも競争に参加できるチャンスを与えることが政治には必要だと私は思います。衆議院選挙が近づく昨今,私は適正で活性化した競争社会を維持しつつも,それに参加できない人が居たら,励まし,その人なりのチャンスを与え,そのような人たちの希望と活力をも支える庶民感覚を十分もった政党を支持したいと思うのです。 (「さ」で始まる難読漢字に続く)
扱く(こく)…しごく。しごいて掻き落とす。
凝し(こごし)…ごつごつしている。険しい。
幾許(こぎた,ここだ,ここば)…こんなに多く。こんなに甚だしく。
悸く(こころつごく)…心がおどる。動悸がする。
甑(こしき)…米や芋などを蒸すのに用いる器
去年(こぞ)…昨年
木末(こぬれ)…木木の若い枝先
蟋蟀(こほろぎ)…コオロギ
肥人(こまひと)…九州球磨地方の人
木群(こむら)…木が群がり茂った所
薦(こも)…マコモ
臥やす(こやす)…横になる、休むの尊敬語
嘖らる(こらる)…怒られる。叱られる。
樵る(こる)…木を伐る。きこる。伐採する。
さて,次は山上憶良が詠んだ有名な長歌・貧窮問答歌で甑(こしき)が出てくる部分です。
~竈には火気吹き立てず 甑には蜘蛛の巣かきて 飯炊くことも忘れて~(5-892)
<~かまどにはほきふきたてず こしきにはくものすかきて いひかしくこともわすれ~>
<<~竈には火をいれることもなく,甑には蜘蛛の巣が張って,ご飯を炊くことも忘れ~>>
憶良はこの和歌で「甑は使われず蜘蛛の巣が張っている」などの表現を使い,暖かいご飯を炊いて食べることがずっとできず,飢えをしのいでいる一家の苦しい状況を具体的に示しています。
さらに,この長歌の最後の部分では戸籍を管理している里長が,このような暮らしを余儀なくされている家族にも「短いものをさらに切り刻むように」容赦なく税の取り立てを行うことが詠われています。
当時の大和政権は,日本が諸外国(中国,朝鮮半島など)に負けない強い国にするため,中央集権体制である中国の律令制度を急速に導入しようとしました。明治維新と似ている部分もあるのかもしれません。
その体制を維持するために人頭税賦課を徴収し,その財を基に多くの官僚や軍隊を抱え,政(まつりごと)や国防に専念できるようにしたのです。
しかし,律令制度が完成し,庶民の生活を豊かにするには時間を要します。その間,多くの人には先に税が負担となります。
また一見公平のように見える人頭税賦課は,子どもをたくさん産み,その労働力に頼っている農民にとっては非常に重い税制であったのです。
それまで比較的豊かだった里長たちのような一部特権階級は,自分の豊かさや立場を維持するために,一般庶民への税負担を重くした可能性もあります。
<政治・経済学的な視点>
一つの新しい制度を導入することにより,その効果が表れるまでは貧富の差が拡大することは,資本主義経済を急速に取り入れてきた今の中国を見ても分かります。
ただ,私は貧富の差が必ずしも悪いとは思いません。なぜなら,より豊かになりたい,成功者になりたいという気持ちが人々の活力(創意・工夫)に結びつき,活力の結果として経済や技術が発展することは良いことだと私は思うからです。
これは良い意味の競争であり,競争に勝った人がその他の人より多くの富を得ることはプロ競技の世界が典型例です。当然一般のビジネスの世界でも実態は競争がベースとなっているのではないでしょうか。
逆に,悪平等により,何の努力もせず一定の生活が保障される社会が活力ある良い社会だとは私は決して思いません。
<セーフティネットも必要>
しかし,そういった競争にすら参加できないで生活に苦しんでいる人々が存在するのも事実です。その人たちの多くは怠けものではないのです。身体的な障害や持病がある,諸般の事情で教育を受けたくても受けられなかった,悪意をもった人間に騙され借金を背負ってしまった,間違ったアドバイスを信じ自分の進路や人生設計を見誤ったような人たちなどです。
このような人たちが現実に居ることを認識し,その人たちにも競争に参加できるチャンスを与えることが政治には必要だと私は思います。衆議院選挙が近づく昨今,私は適正で活性化した競争社会を維持しつつも,それに参加できない人が居たら,励まし,その人なりのチャンスを与え,そのような人たちの希望と活力をも支える庶民感覚を十分もった政党を支持したいと思うのです。 (「さ」で始まる難読漢字に続く)
2009年8月10日月曜日
万葉集で難読漢字を紐解く(け~)
引き続き,「け」で始まる難読漢字を万葉集に出てくることばで拾ってみました(地名は除きます)
蓋し(けだし)…まさしく。ほんとうに。もしや。ひょっとしたら。
梳る(けづる)…くしけずる。
日並ぶ(けならぶ)…日数を重ねる。
異に(けに)…他よりすぐれて、ひどく。
鳧(けり)…チドリ科の渡り鳥。鳴き声が「けりり」と聞こえることが名前の由来らしい。
次は,梳る(けづる)が出てくる詠み人知らずの短歌です。
朝寝髪我れは梳らじ うるはしき君が手枕 触れてしものを(11-2578)
<あさねがみわれはけづらじ うるはしききみがたまくら ふれてしものを>
<<朝,寝起きの乱れた髪を私は梳らないでおきます。だって,大好きなあなたの手枕に触れた髪ですから>>
この和歌,作者が男性か女性か分かりません。
次の和歌のように当時「手枕を交わす」という言葉があり,手枕は常に男性がするものとは限らないと言えるからです。
遠妻と 手枕交へて寝たる夜は 鶏がねな鳴き 明けば明けぬとも(10-2021)
<とおつまと たまくらかへてねたるよは とりがねななきあけばあけぬと>
<<今度いつ逢えるか分からない貴女と手枕を互いにしつつ共寝をした夜は鶏よ鳴いてくれないで,夜が明けても>>
ただ,「梳らじ」の和歌は,髪に対する思い入れの強さが古今変わらないとするとやはり女性の和歌だと私は思いたいのです。
さて,江戸時代人気の高い花魁(おいらん)たちは,この和歌を達筆の書にして店の者を通じ,一夜を過ごした上客に渡したのかもしれません。
渡された客は「また来て指名したい」と思ったに違いありません。ちなみに,私の場合は意思が強いですから,この程度では動かされませんがね。
天の川「たびとはん。あんたの甲斐性やったら客にもなれまへんで~。」
また出てきたな「天の川」め。少しは言い方を気をつけろ! (「こ」で始まる難読漢字に続く)
蓋し(けだし)…まさしく。ほんとうに。もしや。ひょっとしたら。
梳る(けづる)…くしけずる。
日並ぶ(けならぶ)…日数を重ねる。
異に(けに)…他よりすぐれて、ひどく。
鳧(けり)…チドリ科の渡り鳥。鳴き声が「けりり」と聞こえることが名前の由来らしい。
次は,梳る(けづる)が出てくる詠み人知らずの短歌です。
朝寝髪我れは梳らじ うるはしき君が手枕 触れてしものを(11-2578)
<あさねがみわれはけづらじ うるはしききみがたまくら ふれてしものを>
<<朝,寝起きの乱れた髪を私は梳らないでおきます。だって,大好きなあなたの手枕に触れた髪ですから>>
この和歌,作者が男性か女性か分かりません。
次の和歌のように当時「手枕を交わす」という言葉があり,手枕は常に男性がするものとは限らないと言えるからです。
遠妻と 手枕交へて寝たる夜は 鶏がねな鳴き 明けば明けぬとも(10-2021)
<とおつまと たまくらかへてねたるよは とりがねななきあけばあけぬと>
<<今度いつ逢えるか分からない貴女と手枕を互いにしつつ共寝をした夜は鶏よ鳴いてくれないで,夜が明けても>>
ただ,「梳らじ」の和歌は,髪に対する思い入れの強さが古今変わらないとするとやはり女性の和歌だと私は思いたいのです。
さて,江戸時代人気の高い花魁(おいらん)たちは,この和歌を達筆の書にして店の者を通じ,一夜を過ごした上客に渡したのかもしれません。
渡された客は「また来て指名したい」と思ったに違いありません。ちなみに,私の場合は意思が強いですから,この程度では動かされませんがね。
天の川「たびとはん。あんたの甲斐性やったら客にもなれまへんで~。」
また出てきたな「天の川」め。少しは言い方を気をつけろ! (「こ」で始まる難読漢字に続く)
2009年8月7日金曜日
万葉集で難読漢字を紐解く(く~)
引き続き,「く」で始まる難読漢字を万葉集に出てくることばで拾ってみました(地名は除きます)
消(く)…消す。
裹(くぐつ)…莎草(くぐ)で編んだ袋。藻または貝などを入れるのに用いる。
釧(くしろ)…装身具の腕輪、ひじまき。
奇し(くすし)…不思議である。人知では計り知れない。
腐す(くたす)…くさらせる。だめにする。
降たち(くたち)…末になること。夕暮れ。夜が次第に更けること。
隈廻(くまみ)…曲がりかど。
枢(くる)…扉の端の上下につけた突起を框(かまち)の穴に差し込んで開閉させるための装置。くるる。
反転(くるべき)…糸を繰る道具。
次の和歌は,志貴皇子の子である湯原王が反転(くるべき)を詠んだ和歌です。
吾妹子に恋ひて乱れば 反転に懸けて寄さむと 余が恋ひそめし(4-642)
<わぎもこにこひてみだれば くるべきにかけてよさんむと あがこひそめし>
<<貴女に恋して心が乱れたら 糸車に掛けて依り合わせればよいと思って 僕は貴女を恋し始めたのです(でも,簡単には僕の心の乱れは依り合わす(治す)ことができません)>>
この和歌は,湯原王が新しく交際を始めてしばらくたった娘子との間でやり取りした12首の相聞歌の最後の和歌です。
この娘子が誰で,その後湯原王と娘子の恋愛がどうなったのかは不明です。
この時点で湯原王にはすでに正室がいたようです。
娘子を側室にしたいと考えているのか,単なる浮気相手なのかも不明ですが,次のお互いが湯原王の正室を意識した和歌のやり取り部分は,なかなか見応えがあります。
家にして 見れど飽かぬを 草枕 旅にも妻と あるが羨しさ(4-634)
<いえにしてみれどあかぬを くさまくらたびにもつまと あるがともしさ>
<<お宅ではいつも美しく,そして旅先でもいつもご一緒の奥様をお持ちのあなた様が羨ましいですこと>>
草枕旅には妻は率たれども 櫛笥のうちの玉をこそ思へ(4-635)
<くさまくらたびにはつまはゐたれども くしげのうちのたまをこそおもへ>
<<旅にいつも妻は一緒にいるけれど,宝石箱の中の宝石のように美しい貴女だけをいつも思っているのですよ>>
娘子の鋭い一撃の和歌に,湯原王は防戦一方でなんとかやっと返歌をしたというように私には感じられます。
娘子の和歌では,湯原王の自分に対する本気度を確かめないという娘子の気持ちが強く感じられます。
皇族である湯原王が自分を単なる遊び相手思っているだけなら相手に対する思いも冷めて別れてしまうか,湯原王のことがどうしても好きなら自分に対して本気にさせるように仕向けるかのどちらかを選択する必要があるからでしょう。
娘子の気持ちが実際どうなのか知りたい方は,是非この12首の二人の相聞歌を見て分析してみてください。
ところで「正妻がいるのに別の女性を口説く湯原王は悪い」という倫理観や社会通念による見方がたしかにあります。
でも,そんなことを言うと源氏物語における光源氏の行動のほとんどすべては「悪い」ということになってします。
お互いの愛を確かめ合う表現力は,正規の夫婦間のような安定した関係では多分あまり進化せず,いわゆる「少しアブナイ関係」の方が気持ちを伝えあう努力を必死になって行い,表現力が進化していくのかもしれません。
ただ,そういった表現力の進化とは裏腹に「アブナイ関係」の進行結果がハッピーな結果となるかはまったく別の話です(念のため)。
渡辺淳一の小説「失楽園」の筋書きのようになることは,小説上二人だけの愛の深さの程度表わす比喩としては在りえても,実際起こったら決して誰も幸せにしないと私は思います。
おっと,1か月前の七夕に現れた天の川君からメッセージがきました。
「たびとはん。あんたは『失楽園』の主人公久木みたいなお金や時間はないさかい,そんなことぜ~んぜん心配せ~へんかて大丈夫とちゃう?」 (「け」で始まる難読漢字に続く)
消(く)…消す。
裹(くぐつ)…莎草(くぐ)で編んだ袋。藻または貝などを入れるのに用いる。
釧(くしろ)…装身具の腕輪、ひじまき。
奇し(くすし)…不思議である。人知では計り知れない。
腐す(くたす)…くさらせる。だめにする。
降たち(くたち)…末になること。夕暮れ。夜が次第に更けること。
隈廻(くまみ)…曲がりかど。
枢(くる)…扉の端の上下につけた突起を框(かまち)の穴に差し込んで開閉させるための装置。くるる。
反転(くるべき)…糸を繰る道具。
次の和歌は,志貴皇子の子である湯原王が反転(くるべき)を詠んだ和歌です。
吾妹子に恋ひて乱れば 反転に懸けて寄さむと 余が恋ひそめし(4-642)
<わぎもこにこひてみだれば くるべきにかけてよさんむと あがこひそめし>
<<貴女に恋して心が乱れたら 糸車に掛けて依り合わせればよいと思って 僕は貴女を恋し始めたのです(でも,簡単には僕の心の乱れは依り合わす(治す)ことができません)>>
この和歌は,湯原王が新しく交際を始めてしばらくたった娘子との間でやり取りした12首の相聞歌の最後の和歌です。
この娘子が誰で,その後湯原王と娘子の恋愛がどうなったのかは不明です。
この時点で湯原王にはすでに正室がいたようです。
娘子を側室にしたいと考えているのか,単なる浮気相手なのかも不明ですが,次のお互いが湯原王の正室を意識した和歌のやり取り部分は,なかなか見応えがあります。
家にして 見れど飽かぬを 草枕 旅にも妻と あるが羨しさ(4-634)
<いえにしてみれどあかぬを くさまくらたびにもつまと あるがともしさ>
<<お宅ではいつも美しく,そして旅先でもいつもご一緒の奥様をお持ちのあなた様が羨ましいですこと>>
草枕旅には妻は率たれども 櫛笥のうちの玉をこそ思へ(4-635)
<くさまくらたびにはつまはゐたれども くしげのうちのたまをこそおもへ>
<<旅にいつも妻は一緒にいるけれど,宝石箱の中の宝石のように美しい貴女だけをいつも思っているのですよ>>
娘子の鋭い一撃の和歌に,湯原王は防戦一方でなんとかやっと返歌をしたというように私には感じられます。
娘子の和歌では,湯原王の自分に対する本気度を確かめないという娘子の気持ちが強く感じられます。
皇族である湯原王が自分を単なる遊び相手思っているだけなら相手に対する思いも冷めて別れてしまうか,湯原王のことがどうしても好きなら自分に対して本気にさせるように仕向けるかのどちらかを選択する必要があるからでしょう。
娘子の気持ちが実際どうなのか知りたい方は,是非この12首の二人の相聞歌を見て分析してみてください。
ところで「正妻がいるのに別の女性を口説く湯原王は悪い」という倫理観や社会通念による見方がたしかにあります。
でも,そんなことを言うと源氏物語における光源氏の行動のほとんどすべては「悪い」ということになってします。
お互いの愛を確かめ合う表現力は,正規の夫婦間のような安定した関係では多分あまり進化せず,いわゆる「少しアブナイ関係」の方が気持ちを伝えあう努力を必死になって行い,表現力が進化していくのかもしれません。
ただ,そういった表現力の進化とは裏腹に「アブナイ関係」の進行結果がハッピーな結果となるかはまったく別の話です(念のため)。
渡辺淳一の小説「失楽園」の筋書きのようになることは,小説上二人だけの愛の深さの程度表わす比喩としては在りえても,実際起こったら決して誰も幸せにしないと私は思います。
おっと,1か月前の七夕に現れた天の川君からメッセージがきました。
「たびとはん。あんたは『失楽園』の主人公久木みたいなお金や時間はないさかい,そんなことぜ~んぜん心配せ~へんかて大丈夫とちゃう?」 (「け」で始まる難読漢字に続く)
2009年7月29日水曜日
万葉集で難読漢字を紐解く(き~)
引き続き,「き」で始まる難読漢字を万葉集に出てくることばで拾ってみました(地名は除く)
蔵む(きすむ)…大切にしまう。
昨夜(きぞ)…ゆうべ。昨晩。
腊(きたひ)…丸ごと干した肉。ほしじ。
煌煌し(きらきらし)…容姿が美しい。
次は,「蔵む(きすむ)」が出てくる市原王の短歌です。
頂きに蔵める玉は二つなし かにもかくにも君がまにまに(3-412)
<いなだきにきすめるたまはふたつなし かにもかくにもきみがまにまに>
<<私の頭の頂きの髪を束ねた中に大切にしまってある玉は,最高でかけがえの無いものなのです。それを君に与えます。とにかく君の思うままにして構いませんよ>>
この短歌は,譬喩歌に分類された箇所に出てきます。玉を自分の最愛の娘(娘が一人いたようです)に譬えている和歌とすると,お嫁に出す相手(男性)に送る和歌と取れます。
また,玉を自分の最高の秘めたる恋心(桑田圭祐の「いとしのエリー」風に言うと「♪俺にしてみりゃこれで最後のレディ~♪」)だとすると,恋人(恐らく後の正室となる能登内親王)に愛情を打ち明けて,相手の意思を問う和歌とも感じられます。
「君がまにまに」の君は,当時相手が男性でも女性でも使っていたようです。ただ,「君」を使う場合,相手に対する尊敬・敬愛の念が今より断然強いとすると後者の解釈を私は受け入れたくなります。嫁をやる父親が相手の男性を尊敬し,どうにでもしてくれなんてことは古今ないと私は思います(賛同頂けるお父さんは多い?)。
市原王は,生没不詳のようですが,経典の写経舎人の仕事から出世し,奈良の大仏造営の要職にも就いたらしく,仏教については深い造詣があったと考えられます。
万葉集には8首短歌を残しています。すぐれた和歌が多いとの評価があるようで,私もそう思います。恐らくは,写経で得た仏教の知識がバックグラウンドとして在って,仏教の経典に出てくる巧みな譬喩技法を参考に(植物,岩,玉などを擬人化),自分思いを奥深く表現。そのため,なるほどと思わせる和歌が多いのかもしれませんね。
市原王の正室能登内親王は,大伴家持による万葉集作成のスポンサだと私が勝手に考えている(2009.3.29投稿)光仁天皇の娘です。
この能登内親王が亡くなった時点の夫市原王の生没は不明ですが,葬儀を司ったメンバーの一人に大伴家持がいたらしいです。それが事実だとすると光仁天皇,市原王,能登内親王,家持の間にはかなり深い関係・交流があったのではないかと私は改めて感じるのです。(「く」で始まる難読漢字に続く)
蔵む(きすむ)…大切にしまう。
昨夜(きぞ)…ゆうべ。昨晩。
腊(きたひ)…丸ごと干した肉。ほしじ。
煌煌し(きらきらし)…容姿が美しい。
次は,「蔵む(きすむ)」が出てくる市原王の短歌です。
頂きに蔵める玉は二つなし かにもかくにも君がまにまに(3-412)
<いなだきにきすめるたまはふたつなし かにもかくにもきみがまにまに>
<<私の頭の頂きの髪を束ねた中に大切にしまってある玉は,最高でかけがえの無いものなのです。それを君に与えます。とにかく君の思うままにして構いませんよ>>
この短歌は,譬喩歌に分類された箇所に出てきます。玉を自分の最愛の娘(娘が一人いたようです)に譬えている和歌とすると,お嫁に出す相手(男性)に送る和歌と取れます。
また,玉を自分の最高の秘めたる恋心(桑田圭祐の「いとしのエリー」風に言うと「♪俺にしてみりゃこれで最後のレディ~♪」)だとすると,恋人(恐らく後の正室となる能登内親王)に愛情を打ち明けて,相手の意思を問う和歌とも感じられます。
「君がまにまに」の君は,当時相手が男性でも女性でも使っていたようです。ただ,「君」を使う場合,相手に対する尊敬・敬愛の念が今より断然強いとすると後者の解釈を私は受け入れたくなります。嫁をやる父親が相手の男性を尊敬し,どうにでもしてくれなんてことは古今ないと私は思います(賛同頂けるお父さんは多い?)。
市原王は,生没不詳のようですが,経典の写経舎人の仕事から出世し,奈良の大仏造営の要職にも就いたらしく,仏教については深い造詣があったと考えられます。
万葉集には8首短歌を残しています。すぐれた和歌が多いとの評価があるようで,私もそう思います。恐らくは,写経で得た仏教の知識がバックグラウンドとして在って,仏教の経典に出てくる巧みな譬喩技法を参考に(植物,岩,玉などを擬人化),自分思いを奥深く表現。そのため,なるほどと思わせる和歌が多いのかもしれませんね。
市原王の正室能登内親王は,大伴家持による万葉集作成のスポンサだと私が勝手に考えている(2009.3.29投稿)光仁天皇の娘です。
この能登内親王が亡くなった時点の夫市原王の生没は不明ですが,葬儀を司ったメンバーの一人に大伴家持がいたらしいです。それが事実だとすると光仁天皇,市原王,能登内親王,家持の間にはかなり深い関係・交流があったのではないかと私は改めて感じるのです。(「く」で始まる難読漢字に続く)
2009年7月24日金曜日
万葉集で難読漢字を紐解く(か)
引き続き,「か」で始まる難読漢字を万葉集に出てくることばで拾ってみました(地名は除く)
嬥歌(かがひ)…上代,東国で歌垣(男女が集まって互い和歌を詠み交わし,舞踏して遊んだ行事)のこと。
耀ふ,赫ふ(かがよふ)…きらきらとゆれて光る。ちらつく。
篝(かがり)…かがり火。
皸る(かかる)…手足の皮がひびわれる。あかぎれが切れる。
杜若(かきつはた)…カキツバタ
陽炎(かぎろひ)…日の出前に東の空にさし染める光。
水夫、水手(かこ)…舟を漕ぐ者。ふなのり。水夫。
瘡(かさ)…皮膚病の総称。瘡蓋(かさぶた)は比較的ポピュラー。
挿頭(かざし)…頭髪または冠にさした花または造花。
炊く(かしく)…めしを炊く。
畏し(かしこし)…恐れ多い、ありがたい。
徒歩(かち,かし)…かち、歩行、徒歩。「かし」は東国の方言。
楓(かつら)…フウ(カエデ)の木の古称。
鬘(かづら)…かつら、頭飾り。
愛し(かなし)…愛おしい。
適ふ(かなふ)…丁度よく合う。適合する。
桜皮(かには)…白樺の古名?
蛙(かはず)…カエル。
峡(かひ)…山と山の間の狭い所
卵(かひご)…鶏や小鳥の卵
腕、肱(かひな)…肩から肘までの間。二の腕。また、肩から手首までの間。
感く(かまく)…感ずる。感動する。心が動く。かまける。
竈(かまど)…土・石などで築き,その上に鍋・釜などをかけ,その下で火を焚き,煮炊きするようにした設備。
醸む(かむ)…酒を造る。
甕、瓶(かめ)…液体を入れる底の深い壺形の陶器。
糧(かりて)…かて。
この中で,今回は「卵(かひご)」が出てくる長歌の冒頭を紹介します。
鴬の卵の中に 霍公鳥独り生れて 己が父に似ては鳴かず 己が母に似ては鳴かず~(9-1755)
<うぐひすのかひごのなかに ほととぎすひとりうまれて ながちちににてはなかず ながははににてはなかず ~>
<<鶯の巣のある卵の中の霍公鳥は,本当の親と一緒ではなく一人ぼっちで生まれて,育ての父・母と似た鳴き方はできない ~>>
この和歌は,托卵本能(他の鳥の巣に卵を産みつけ,他の鳥に育てさせる習性)のある霍公鳥を子供が実の親に育ててもらえないことを哀れと思って読んでいる歌です。この長歌の反歌では,次のように「哀れその鳥」と詠んでいます。
かき霧らし雨の降る夜を 霍公鳥鳴きて行くなり あはれその鳥(9-1756)
<かききらしあめのふるよを ほととぎすなきてゆくなり あはれそのとり>
<<急に霧が立ち込め雨が降る夜を 霍公鳥は鳴いて行くという 哀れなその鳥よ>>
当時,霍公鳥の托卵の習性については,一部の人はすでによく知っていたのでしょう。
しかし,托卵する側の鳥(この場合霍公鳥)は人間のように生活に困ったり,子育てに興味がなくなって子供を捨てるのではなく,托卵する際,元からあった仮親(この場合は鶯)の卵を1個捨て,元の数と合わせ分からないようにするそうです。また,霍公鳥の卵の方が先に生まれて,まだ生まれていない鶯の卵をすべて下に落としてしまうという残酷なことをするようです。それと知らず,鶯の親は霍公鳥のヒナを唯一残った自分のヒナと思って巣立ちまで育てるそうです。
他の鳥類の親が自分のヒナと勘違いし,親代わりになってくれ,ちゃんと独りで育つことが分かっているから托卵をするのでしょうね。
すなわち,鳥の世界は鳥の世界で,人間には残酷と移る行為を行っているようだけど,自然の摂理として,鶯も霍公鳥も子孫を絶やすことなく生きているということになります。
<人間に当てはめると>
この和歌は,托卵の残酷さまでは知らずに,霍公鳥のヒナの哀れに見える様を通して,実の親に捨てられた人間の哀れ,悲しみ,孤独感,それでも頑張っている姿を詠っていると私には感じられます。
その背景として,大化の改新により戸籍制度が整備されるにしたがって,(良い意味でも悪い意味でも)血のつながりを意識するようになった人々が,実の親,実の子,里親,里子,継親,継子の位置づけが明確になることで,辛い思いを強く感じる人が増えたのではないかと私は考えています。
戸籍によって個人を管理することは,社会システムの効率化には重要な要素です。しかし,その情報が保護されないで誰でも知れるようになると差別や疎外をもたらすことが十分考えられます。
現代では,機微な個人情報を適正に保護できるコンピュータシステムの高度化だけでなく,個人情報を扱う人の倫理観の醸成が本当に必要だと私は改めてこの和歌から感じるのです。(「き」で始まる難読漢字に続く)
嬥歌(かがひ)…上代,東国で歌垣(男女が集まって互い和歌を詠み交わし,舞踏して遊んだ行事)のこと。
耀ふ,赫ふ(かがよふ)…きらきらとゆれて光る。ちらつく。
篝(かがり)…かがり火。
皸る(かかる)…手足の皮がひびわれる。あかぎれが切れる。
杜若(かきつはた)…カキツバタ
陽炎(かぎろひ)…日の出前に東の空にさし染める光。
水夫、水手(かこ)…舟を漕ぐ者。ふなのり。水夫。
瘡(かさ)…皮膚病の総称。瘡蓋(かさぶた)は比較的ポピュラー。
挿頭(かざし)…頭髪または冠にさした花または造花。
炊く(かしく)…めしを炊く。
畏し(かしこし)…恐れ多い、ありがたい。
徒歩(かち,かし)…かち、歩行、徒歩。「かし」は東国の方言。
楓(かつら)…フウ(カエデ)の木の古称。
鬘(かづら)…かつら、頭飾り。
愛し(かなし)…愛おしい。
適ふ(かなふ)…丁度よく合う。適合する。
桜皮(かには)…白樺の古名?
蛙(かはず)…カエル。
峡(かひ)…山と山の間の狭い所
卵(かひご)…鶏や小鳥の卵
腕、肱(かひな)…肩から肘までの間。二の腕。また、肩から手首までの間。
感く(かまく)…感ずる。感動する。心が動く。かまける。
竈(かまど)…土・石などで築き,その上に鍋・釜などをかけ,その下で火を焚き,煮炊きするようにした設備。
醸む(かむ)…酒を造る。
甕、瓶(かめ)…液体を入れる底の深い壺形の陶器。
糧(かりて)…かて。
この中で,今回は「卵(かひご)」が出てくる長歌の冒頭を紹介します。
鴬の卵の中に 霍公鳥独り生れて 己が父に似ては鳴かず 己が母に似ては鳴かず~(9-1755)
<うぐひすのかひごのなかに ほととぎすひとりうまれて ながちちににてはなかず ながははににてはなかず ~>
<<鶯の巣のある卵の中の霍公鳥は,本当の親と一緒ではなく一人ぼっちで生まれて,育ての父・母と似た鳴き方はできない ~>>
この和歌は,托卵本能(他の鳥の巣に卵を産みつけ,他の鳥に育てさせる習性)のある霍公鳥を子供が実の親に育ててもらえないことを哀れと思って読んでいる歌です。この長歌の反歌では,次のように「哀れその鳥」と詠んでいます。
かき霧らし雨の降る夜を 霍公鳥鳴きて行くなり あはれその鳥(9-1756)
<かききらしあめのふるよを ほととぎすなきてゆくなり あはれそのとり>
<<急に霧が立ち込め雨が降る夜を 霍公鳥は鳴いて行くという 哀れなその鳥よ>>
当時,霍公鳥の托卵の習性については,一部の人はすでによく知っていたのでしょう。
しかし,托卵する側の鳥(この場合霍公鳥)は人間のように生活に困ったり,子育てに興味がなくなって子供を捨てるのではなく,托卵する際,元からあった仮親(この場合は鶯)の卵を1個捨て,元の数と合わせ分からないようにするそうです。また,霍公鳥の卵の方が先に生まれて,まだ生まれていない鶯の卵をすべて下に落としてしまうという残酷なことをするようです。それと知らず,鶯の親は霍公鳥のヒナを唯一残った自分のヒナと思って巣立ちまで育てるそうです。
他の鳥類の親が自分のヒナと勘違いし,親代わりになってくれ,ちゃんと独りで育つことが分かっているから托卵をするのでしょうね。
すなわち,鳥の世界は鳥の世界で,人間には残酷と移る行為を行っているようだけど,自然の摂理として,鶯も霍公鳥も子孫を絶やすことなく生きているということになります。
<人間に当てはめると>
この和歌は,托卵の残酷さまでは知らずに,霍公鳥のヒナの哀れに見える様を通して,実の親に捨てられた人間の哀れ,悲しみ,孤独感,それでも頑張っている姿を詠っていると私には感じられます。
その背景として,大化の改新により戸籍制度が整備されるにしたがって,(良い意味でも悪い意味でも)血のつながりを意識するようになった人々が,実の親,実の子,里親,里子,継親,継子の位置づけが明確になることで,辛い思いを強く感じる人が増えたのではないかと私は考えています。
戸籍によって個人を管理することは,社会システムの効率化には重要な要素です。しかし,その情報が保護されないで誰でも知れるようになると差別や疎外をもたらすことが十分考えられます。
現代では,機微な個人情報を適正に保護できるコンピュータシステムの高度化だけでなく,個人情報を扱う人の倫理観の醸成が本当に必要だと私は改めてこの和歌から感じるのです。(「き」で始まる難読漢字に続く)
2009年7月18日土曜日
万葉集で難読漢字を紐解く(え,お~)
引き続き,「え」「お」で始まる難読漢字を万葉集に出てくることばで拾ってみました(地名は除く)
なお,旧かな使いで「ゑ」「を」で始まるものは,ここには含まず,わ行まで来たら紹介します。
課役(えだち)…人民に課する労役。
靇(おかみ)…水の神。雨雪をつかさどる神。
息嘯(おきそ)…溜息。嘆息。
襲(おす)…頭からかぶって衣裳の上を覆うもの。
大臣(おほまへつきみ)…天皇の前に仕える者の長。
嫗(おみな)…老女。婆。
妖(およづれ)…他をまどわすことば
さて,今回は「妖(およづれ)」が出てくる和歌2首を紹介しましょう。
石田王(いはたのおほきみ)が亡くなったとき,壬生王(みぶのおほきみ)が詠んだ長歌の反歌です。
妖の狂言とかも 高山の巌の上に 君が臥やせる(3-421)
<およづれのたはこととかも たかやまのいはほのうえに きみがこやせる>
<<嘘であってほしい 高山の大きな岩の上に君がおやすみになってしまうなんて>>
また,大伴家持が越中赴任中に弟の書持の訃報を聞いたときに詠んだ長歌の一部です。
~ 嬉しみと吾が待ち問ふに 妖の狂言とかも 愛しきよし汝弟の命 何しかも時しはあらむを ~ (17-3957)
<~うれしみと あがまちとふに およづれの たはこととかも はしきよし なおとのいのち なにしかも ときしはあらむを~>
<<嬉しくて私が「待っていましたよ」と聞くと,嘘であってほしい。ああ,愛おしい私の弟の命が,どうしてか,時はそんなに経っていないのに ~>>
両首とも死を悼む和歌で「その死の知らせは嘘であってほしい!」という気持ちを表す言葉として「妖の狂言とかも」が使われているようです。
「妖」は意味のある名詞のようですか,「妖の」は「狂言」の枕詞と考えても良いかもしれません。
これで「あ行」の難読シリーズを終わりにします。
<我が家のネコ>
ところで,私の「自己紹介」で使っている写真は,今我が家で飼っている「あう」という名のオスネコです。
なぜ「あう」かというと鳴き声が「にゃ~」ではなく「あう」としか鳴かないからです。
9年程前,すでに我が家で飼っていたメスネコ「ランちゃん」を目当てに,ときどきベランダを行き来し,中をのぞく程度の野良猫だったのですが,ある日妻(さい)が洗濯物を干すため窓を開けていたら堂々と入ってきて,そのままずっと我が家に居候をしてしまったという厚かましい奴です。
「ランちゃん」とは結局相性が悪く,いつも別々の部屋で寝ていて,たまに2匹が廊下で出くわすと唸りあっています。
でも,お腹が減ったときや家人が1日留守にしていて帰ると「あう~,あう~」となついてき,なかなか可愛い奴なのです。
写真は「あう」です。
「あう」の年齢は不詳ですが,10歳は確実に超えているはずです。人間でいえば,老人の部類でしょうか。
やがて「あう」の寿命が尽きた時には「妖の狂言とかも」を含んだ弔いの和歌を贈ってやろうと思っています。 (「か」で始まる難読漢字に続く)
なお,旧かな使いで「ゑ」「を」で始まるものは,ここには含まず,わ行まで来たら紹介します。
課役(えだち)…人民に課する労役。
靇(おかみ)…水の神。雨雪をつかさどる神。
息嘯(おきそ)…溜息。嘆息。
襲(おす)…頭からかぶって衣裳の上を覆うもの。
大臣(おほまへつきみ)…天皇の前に仕える者の長。
嫗(おみな)…老女。婆。
妖(およづれ)…他をまどわすことば
さて,今回は「妖(およづれ)」が出てくる和歌2首を紹介しましょう。
石田王(いはたのおほきみ)が亡くなったとき,壬生王(みぶのおほきみ)が詠んだ長歌の反歌です。
妖の狂言とかも 高山の巌の上に 君が臥やせる(3-421)
<およづれのたはこととかも たかやまのいはほのうえに きみがこやせる>
<<嘘であってほしい 高山の大きな岩の上に君がおやすみになってしまうなんて>>
また,大伴家持が越中赴任中に弟の書持の訃報を聞いたときに詠んだ長歌の一部です。
~ 嬉しみと吾が待ち問ふに 妖の狂言とかも 愛しきよし汝弟の命 何しかも時しはあらむを ~ (17-3957)
<~うれしみと あがまちとふに およづれの たはこととかも はしきよし なおとのいのち なにしかも ときしはあらむを~>
<<嬉しくて私が「待っていましたよ」と聞くと,嘘であってほしい。ああ,愛おしい私の弟の命が,どうしてか,時はそんなに経っていないのに ~>>
両首とも死を悼む和歌で「その死の知らせは嘘であってほしい!」という気持ちを表す言葉として「妖の狂言とかも」が使われているようです。
「妖」は意味のある名詞のようですか,「妖の」は「狂言」の枕詞と考えても良いかもしれません。
これで「あ行」の難読シリーズを終わりにします。
<我が家のネコ>
ところで,私の「自己紹介」で使っている写真は,今我が家で飼っている「あう」という名のオスネコです。
なぜ「あう」かというと鳴き声が「にゃ~」ではなく「あう」としか鳴かないからです。
9年程前,すでに我が家で飼っていたメスネコ「ランちゃん」を目当てに,ときどきベランダを行き来し,中をのぞく程度の野良猫だったのですが,ある日妻(さい)が洗濯物を干すため窓を開けていたら堂々と入ってきて,そのままずっと我が家に居候をしてしまったという厚かましい奴です。
「ランちゃん」とは結局相性が悪く,いつも別々の部屋で寝ていて,たまに2匹が廊下で出くわすと唸りあっています。
でも,お腹が減ったときや家人が1日留守にしていて帰ると「あう~,あう~」となついてき,なかなか可愛い奴なのです。
写真は「あう」です。
「あう」の年齢は不詳ですが,10歳は確実に超えているはずです。人間でいえば,老人の部類でしょうか。
やがて「あう」の寿命が尽きた時には「妖の狂言とかも」を含んだ弔いの和歌を贈ってやろうと思っています。 (「か」で始まる難読漢字に続く)
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