2009年7月29日水曜日

万葉集で難読漢字を紐解く(き~)

引き続き,「き」で始まる難読漢字を万葉集に出てくることばで拾ってみました(地名は除く)

蔵む(きすむ)…大切にしまう。
昨夜(きぞ)…ゆうべ。昨晩。
腊(きたひ)…丸ごと干した肉。ほしじ。
煌煌し(きらきらし)…容姿が美しい。

次は,「蔵む(きすむ)」が出てくる市原王の短歌です。

頂きに蔵める玉は二つなし かにもかくにも君がまにまに(3-412)
いなだきにきすめるたまはふたつなし かにもかくにもきみがまにまに
<<私の頭の頂きの髪を束ねた中に大切にしまってある玉は,最高でかけがえの無いものなのです。それを君に与えます。とにかく君の思うままにして構いませんよ>>

この短歌は,譬喩歌に分類された箇所に出てきます。玉を自分の最愛の娘(娘が一人いたようです)に譬えている和歌とすると,お嫁に出す相手(男性)に送る和歌と取れます。
また,玉を自分の最高の秘めたる恋心(桑田圭祐の「いとしのエリー」風に言うと「♪俺にしてみりゃこれで最後のレディ~♪」)だとすると,恋人(恐らく後の正室となる能登内親王)に愛情を打ち明けて,相手の意思を問う和歌とも感じられます。
「君がまにまに」の君は,当時相手が男性でも女性でも使っていたようです。ただ,「君」を使う場合,相手に対する尊敬・敬愛の念が今より断然強いとすると後者の解釈を私は受け入れたくなります。嫁をやる父親が相手の男性を尊敬し,どうにでもしてくれなんてことは古今ないと私は思います(賛同頂けるお父さんは多い?)。

市原王は,生没不詳のようですが,経典の写経舎人の仕事から出世し,奈良の大仏造営の要職にも就いたらしく,仏教については深い造詣があったと考えられます。
万葉集には8首短歌を残しています。すぐれた和歌が多いとの評価があるようで,私もそう思います。恐らくは,写経で得た仏教の知識がバックグラウンドとして在って,仏教の経典に出てくる巧みな譬喩技法を参考に(植物,岩,玉などを擬人化),自分思いを奥深く表現。そのため,なるほどと思わせる和歌が多いのかもしれませんね。

市原王の正室能登内親王は,大伴家持による万葉集作成のスポンサだと私が勝手に考えている(2009.3.29投稿)光仁天皇の娘です。
この能登内親王が亡くなった時点の夫市原王の生没は不明ですが,葬儀を司ったメンバーの一人に大伴家持がいたらしいです。それが事実だとすると光仁天皇,市原王,能登内親王,家持の間にはかなり深い関係・交流があったのではないかと私は改めて感じるのです。(「く」で始まる難読漢字に続く)

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