万葉集の巻11,巻12の序詞で地名がで来る短歌の紹介を続けます。
前回,和歌山の地名で和歌の浦にまつわるものを紹介しましたが,今回はその他の和歌山県の地名が序詞に入った短歌を紹介します。
最初は,和歌山県南部の田辺市の秋津野を序詞に入れた羇旅の短歌です。
留まりにし人を思ふに秋津野に居る白雲のやむ時もなし(12-3179)
<とまりにしひとをおもふに あきづのにゐるしらくもの やむときもなし>
<<家にいる人への思いは秋津野の白雲のように絶える時がない>>
秋津野は田辺市秋津町付近のこととされているようです。田辺市は和歌山市からおおよそ50km南に位置する市です。近くに風光明媚で知られる南紀白浜があります。最近ではパンダの繁殖を続けている白浜アドベンチャーワールドが有名かもしれません。
この辺りは,紀伊水道に面している和歌山市付近と違い,太平洋からの風をまともに受け,背後には紀伊山地の山々が控えているため,雲が発生しやすい地形だといえそうです。
Googleのストリートビューを見ても,比較的良い天気日に取っているようですが,そらは雲が大半を占めています。
「白雲のやむ時もなし」という表現にぴったりの場所だったことが,万葉時代から知られていたのかも知れません。
次は,万葉集でよく出てくる山「真土山」を序詞に入れた恋の短歌です。
橡の衣解き洗ひ真土山本つ人にはなほしかずけり(12-3009)
<つるはみのきぬときあらひ まつちやまもとつひとには なほしかずけり>
<<橡で染めた衣脱いで洗い打つ真土山ではないが,元の彼には今も誰よりも好き>>
「打つ」,「真土(まつち)」,「本つ(もとつ)」との音の近さは当時はもっと近い発音だったのかわかりませんが,かなり苦しいこじ付けかもしれませんね。
「○○商会」の「□□めーる」というオフィス用品の通信販売サービスのテレビCMに出てくるおやじギャグ程度と考えれば違和感はありません。
天の川 「『A4サイズ無いよ~。そうだ頼めばえ~よん。』『バインダがないよ。そうだ,頼めばいいんだ。』ってやっちやな。」
天の川君,ありがとう。それ,それ。それです。
さて,橡(つるはみ)は今ではクヌギと呼ぶ樹木で,樹皮などは万葉時代にはすでに染料として使われていたことが,この短歌から想像できます。
それにしても,別れた後,別の異性とつきあってみて,元カレ(元カノ)の良さが分かったという経験をした人は,古今東西いたようですね。
最後に田辺市より少し北にある印南町の切目付近の山を序詞に詠んだ恋の短歌を紹介します。
殺目山行き返り道の朝霞ほのかにだにや妹に逢はざらむ(12-3037)
<きりめやまゆきかへりぢのあさがすみ ほのかにだにやいもにあはざらむ>
<<殺目山を行き来する道に立つ朝霧のようにせめてほのかでもあの娘に逢えないかな>>
殺目山の殺目は,今は切目とされています。万葉集では地名の音を万葉仮名に当てはめているだけなので,漢字の文字の意味にこだわる必要はありません。
殺目山は険しい山ではなく,太平洋に面して農作に適していた高台がたくさんあったのかもしれません。そのため,すでに山道が整備されていて,そこを朝行き来するとき,下界に霞がかかっていることが多かったのでしょう。
その朝霞のわずかなすき間(切れ目)や霞が薄い部分に下界の家,農地,川,池などがほのかに見え隠れしたのだろうと思います。
兵庫県朝来市にある竹田城の雲海の写真を見て「行ってみたい」と思う人がたくさんいるように,この短歌を聞いて殺目山に行ってみたいと思った京人がいたかもしれませんね。
序詞は本当に私の想像を豊かにしてくれます。
(序詞再発見シリーズ(13)に続く)
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