私は愛媛県松山市に過去2回訪れています。1回目はソフトウェア保守研究会の研究大会,2回目は完全なプライベートです。
1回目の往路だけ(他は空路)は,勤める会社の関西支社に前日出張が入ったため,新大阪から広島まで新幹線,呉までは在来線に乗り継ぎ,呉港から船で瀬戸内海を横断して松山観光港,そこから電車で松山市内に入りました。
全国いろいろな県庁所在地を私は今まで見てきましたが,松山には独特の雰囲気があります。まず,松山城(現存天守)が市街地の真ん中にある城山の上にそびえ,城山に上がるロープウェイまであります。とにかく学校が多いです。路面電車の路線が6系統も残っています。そして,県庁から直線距離でたった3㎞ほどに道後温泉(日本最古の温泉地)があります。
文学面では司馬遼太郎作「坂の上の雲」,夏目漱石作「ぼっちゃん」,正岡子規(出身地)のゆかりの地です。高知ほどではありませんが,交通の便があまり良いとは言えないにも関わらずずっと四国で一番人口が多い都市でもあります。
2回目に行った時は12月下旬で,ちょうどミカンが美味しい季節でした。ミカンが形は小さいですが一山100円で売られていたの感動もの...。
天の川 「あのなあ~。たびとはんはいっつも前置きが長いなあ~。 松山と万葉集との関係は何やねん?」
そうそう,万葉集の歌枕シリーズだったことを,正月ボーッしすぎたせいか忘れかけていました。
万葉集の額田王(ぬかだのおほきみ)の有名な次の短歌に出てくる「熱田津(にぎたつ)」が松山にあったといわれています。
熟田津に船乗りせむと月待てば潮もかなひぬ今は漕ぎ出でな(1-8)
<にぎたつにふなのりせむと つきまてばしほもかなひぬ いまはこぎいでな>
<<熟田津から船に乗って出発しょうと月を待っていたが,潮の具合が出航ができる状況になってきた。今こそ漕ぎ出しましょう>>
熟田津は,一説には松山市の古三津あたりではないかということです。古三津地区は海岸線より奥ですが,松山のある道後平野は扇状地であり,四国山地から雨で浸食された土砂が流れてたまって行く。そのため,当時の海岸線は宮前川を約1㎞遡った古三津あたりにあったのだろうというのが根拠のようです。
しかし,1,300年前の海岸線はさらに奥だったのではないかと私は想像しています。今の松山市をGoogleの地図(航空写真)で見ると,1,300年前はどうだったは分かりませんが,過去は松山城のある城山公園,道後温泉前の道後公園,弁天山,岩子山などは海に浮かぶ島だったように見えます。道後温泉,石手寺の近くまで海だったとしたら,熱田津は「熱い田のある港」で,道後温泉の湯が流れ込んで港周辺の田は熱かったのかも知れませんね。
しかし,額田王がこの1首を詠んだ後年,山部赤人が熱田津を訪れた際,次の短歌を詠んでいます。
ももしきの大宮人の熟田津に船乗りしけむ年の知らなく(3-323)
<ももしきのおほみやひとの にきたつにふなのりしけむ としのしらなく>
<<大宮人が熟田津から船に乗ったであろう年はどれほど前かわからない>>
前の額田王の歌は斉明(さいめい)天皇の時代(660年代)に詠まれたとされます。斉明天皇と中大兄皇子(なかのおほえのわうじ)が百済支援のため,熱田津から九州へ船で移動したときに詠んだとこの歌の左注に書かれています。
その後,斉明天皇が九州で崩御した後663年白村江(はくそんこう)の戦いで大敗すると天皇による熱田津へ行幸(みゆき)を行わなくなったのでしょう。それによって,行幸が頻繁に行われていたころの賑やかな熱田津が,赤人が訪れたころには寂れたところになっていた。赤人は,そんな賑やかな船出の姿は本当にあったのかと疑いたくなるほど寂れていたと感じ,この歌を詠んだのだろうと思います。
もう1首熱田津を詠んだ詠み人知らずの短歌が万葉集に出てきます。
熟田津に船乗りせむと聞きしなへ何ぞも君が見え来ずあるらむ(12-3202)
<にきたつにふなのりせむとききしなへ なにぞもきみがみえこずあるらむ>
<<熟田津から船出したと人は言うのに,どうして貴方は帰ってこないのですか。生きていて欲しい>>
この短歌は巻12で悲別の歌として分類されている中にあるものです。もし,船出した夫が白村江の戦いに徴兵されたことを記すのなら,夫は戦死した可能性が高いことになります。本当に悲しい歌ですね。
ただ,その後は,石手川や重信川などが運ぶ土石で道後平野が広がり(大きな氾濫もあったかもしれません),肥沃な土地の開墾が進み,温暖な気候と温泉にも恵まれ,松山に多くの人々が暮らすようになったのでしょう。
こんな松山に,いずれ文学の同好と是非行ってみたいと考えています。
さて,明日は仕事始めです。これで今回の年末年始スペシャル「私の接した歌枕」シリーズの3回目を終り,次回から対語シリーズに戻ります。
対語シリーズ「寒と暖(暑)」に続く。
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