2011年3月11日金曜日

動きの詞(ことば)シリーズ…去る(3:まとめ)

ここまで万葉集における「去る」の「~になる」という意味の使い方をみてきましたが,現代でポピュラーな意味である「遠くに行ってしまう」に近い使い方も万葉集では出てきます。
次がその例です。

里遠み恋侘びにけりまそ鏡面影去らず夢に見えこそ(11-2634)
さとどほみこひわびにけり まそかがみおもかげさらずいめにみえこそ
<<ふる里から遠く離れ,恋しさと侘びしさが,鏡に映った姿にも離れず,ふる里のことが夢にまで出てくるよ>>

この詠み人知らずの短歌は,遠くのふる里を思う寂しさが鏡で見た自分の姿に色濃く残っていることを「去らず」を使って表現しています。
「面影去らず」の万葉仮名は「面影不去」であり,漢文風の訓読になるよう原文の万葉仮名が使われています。

夕さればみ山を去らぬ布雲のあぜか絶えむと言ひし子ろはも(14-3513)
ゆふされば みやまをさらぬ にのぐもの あぜかたえむと いひしころはも
<<夕方になれば山から離れずに布状に棚引く雲のように二人の仲は絶えることはないと言ったあの娘よ>>

この短歌は詠み人知らずの東歌です。前々回で取り上げた「~されば」の意味と今回取り上げている「離れてしまう」という意味の「去る」の両方が使われています。
この短歌は「夕されば」の原文における万葉仮名表現は「由布佐礼婆」です。また,「み山を去らぬ」の万葉仮名表現は「美夜麻乎左良奴」です。
東歌は東国方言で発音が奈良言葉と違うことがあるため,漢字の音を一音ずつ当てた万葉仮名表現になっているのではないかと私は思います。
<「去(さ)る」と「去(い)ぬ」の変遷>
その後,「離れる」という意味の「去(さ)る」は関東では多用され,関西では「去(い)ぬ」が多用されるようになったのでしょうか。
たとえば,明治後半,大正,昭和前半に東京で執筆活動した文豪泉鏡花作「逗子だより」の中で「去ぬる八日大雨の暗夜」という表現が出てきます。
しかし,これにはルビがふってあり,「去ぬる」は「いぬる」ではなく「さんぬる」という発音になっています。
国語辞典によると「去(さん)ぬる」は「去りぬる」の音便(発音上の便宜から元の音とは異なる音に変わる現象)だそうで,「去る」から来ています。
また,時代は鎌倉時代に大きく遡りますが,若き頃10年以上関西の諸寺で仏典等を研学したという日蓮が「種種御振舞御書」という信者に宛てた手紙では「去ぬる文永五年後の正月十八日・西戎・大蒙古国より日本国ををそうべきよし牒状をわたす、日蓮が去ぬる文応元年庚太申歳に勘えたりし立正安国論今すこしもたがわず符合しぬ~」とあり,「去ぬる」は「いぬる」と発音していたようです。
万葉時代から使われている「去る」と「去ぬ」,意味や表現の変化を遂げながら1300年後の今も日本語として息づいているのです。
靡く(1)に続く。

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