今回からの3回は,万葉集の「靡(なび)く」の用例について書きます。
万葉集で使われている「靡く」は,広辞苑によれば「風や水に押されて横に伏す」「他人の威力・意志などに従う」「魅力に魅かれて心を移す」などの意味で使われているとあります。
現在でも「彼女の黒髪が風に靡いていた」「旗が強風に靡く」「彼の考えに靡く」など「靡く」ほぼ同じ意味で使われています。
では,万葉集の用例をいくつか見てみましょう。
おほならば誰が見むとかもぬばたまの我が黒髪を靡けて居らむ(11-2532)
<おほならば たがみむとかも ぬばたまの わがくろかみを なびけてをらむ>
<<ふつうなら誰かに気づかれないかなあ。私の黒髪をあなたの意のままに靡かせているから>>
この詠み人知らずの短歌の作者は女性で,自分にとって自信のある黒髪を相手の男性の好む形でなびかせているので,誰か別の人に貴方との関係を気付かれないか気になることを詠んでいるように私には思えます。
娘子らが後の標と黄楊小櫛生ひ変り生ひて靡きけらしも(19-4212)
<をとめらが のちのしるしと つげをぐし おひかはりおひて なびきけらしも>
<<兎原娘子(うなひをとめ)の言い伝えのしるしとして黄楊の小櫛が木に生え変わって伸び栄え風に靡いているのだ>>
この短歌は大伴家持が越中で,自分を好きになった2人の男性が命がけで争いっていることを聞いて,それに耐えられなくなり自殺したという兎原娘子の伝説を題材に詠った長歌の反歌です。
具体的には,兎原娘子が使っていた黄楊(ツゲ)の小櫛を地に植えたところ,立派な黄楊が生まれ変わって生えてきたという逸話が今も絶えずに残っているので,黄楊の木が風に靡くほど立派に育っていることに想いを馳せているのです。
青海原風波靡き行くさ来さつつむことなく船は速けむ(20-4514)
<あをうなはら かぜなみなびき ゆくさくさ つつむことなく ふねははやけむ>
<<青海原では風や波が順調で,往きも還りも滞りなく船は速く進むことでしょう >>
この短歌も大伴家持作で,渤海へ使者として派遣される小野田守(をののたもり)の旅立ちに用意した歌です。
「風波が靡く」とは,こちらの思うようになるというような意味合いだと私は思います。
風であれば追い風,波であれば凪(なぎ)であることを示しているのだろうと思います。
船は,「風波が靡く」と本当に順調に航海ができます。しかし,逆に迎え風や時化(しけ)に遭遇すると人間がどんなに頑張っても思うように進めることができません。
<東日本大震災の襲来>
さて,昨日(3月11日)午後に発生したマグニチュード8.8の「2011年東北地方太平洋沖地震」の津波で甚大な被害が出ているというニュースが休みなく報道されています。
岩手県宮古市や宮城県気仙沼市などで津波により大きな船がいとも簡単に陸地に押し上げられているのを目の当りにすると波の力がどれほど大きいかを思い知らされます。
ちなみに,私が仕事をしている事業所のビルではかなり大きな揺れが長い時間続きました。超周波振動の波長が合い,いつまでも揺れ続けるのではと心配したほどです。
その後も余震を何回も感じました。
余震が収まってきたので,自宅まで徒歩で帰りました(首都圏の電車はまったく動く気配がありませんでしたから)。会社から自宅まで距離は24㎞。
4時間余り掛かりましたが,何とか夜9時半過ぎに無事帰宅することができました。
今回の東北地方,信越地方の地震で被災された皆さまには心からお見舞い申し上げます。
靡く(2)に続く。
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