<釣りはほとんどやらずに来ました>
私には釣りの趣味はありませんが,知人には釣りを趣味としている人が何人もいます。
その知人達から「竿を譲るから釣りを始めないか?」と誘われることも何度かありました。
じっとしているが苦手な私は,釣りのイメージ(じっと釣れるまでひたすら待つ)から始めることを躊躇しているうちに,今になってしまいました。
ところが,山の中奥深くまで,登山さながらに入り込む渓流釣り,釣りのポイントを求めて海岸の岩場を移動する磯釣りなど結構ハードな釣りの種類もあります。また,釣舟に乗って,波に揺れながら釣り糸を垂れる沖釣りは船酔いになりやすい人にはつらいかもしれません。
<万葉時代のプロの釣り師>
趣味の釣りではなく,海や湖などで漁業(プロ)として釣りをする人がいます。
万葉集から,魚介類や海藻を捕って生計を立てている人を海人(あま)と呼んでいたことが分かります。
その中でも釣舟を使って漁業をする海人の集団がいたことは,次の柿本人麻呂の短歌から想像できます。
笥飯の海の庭よくあらし刈薦の乱れて出づ見ゆ海人の釣船(3-256)
<けひのうみのにはよくあらし かりこものみだれていづみゆ あまのつりぶね>
<<飼飯の海の漁場には良いらしい。入り乱れて海人の釣舟が出航するのが見える>>
笥飯の海は,淡路島近海らしく,瀬戸内海の美味しい魚がたくさん捕れたのでしょう。捕った魚は干物やくさやのような醤漬け(ひしおづけ)などに加工して,奈良の京の市場に出回ったのかもしれません。
今度は出航する風景ではなく,帰港する風景を詠んだ1首を紹介します。
風をいたみ沖つ白波高からし海人の釣舟浜に帰りぬ (3-294)
<かぜをいたみ おきつしらなみたかからし あまのつりぶねはまにかへりぬ>
<<風が荒れ,沖の波が高いようだ。海人の釣舟が浜に帰ってきた>>
この短歌は,角麻呂(つのまろ)という人物が,難波の海岸で詠んだ羈旅歌4首中の1首です。
万葉時代の釣舟の大きさは精々1人か2人が乗るものだったのでしょう。動力は風を帆に受けて進むのと人力の櫂のみだったと思います。そのため,海が荒れると漁はできなくなります。
当時の釣舟には係留用のロープなどないですから,使わない時は,複数の丸木の上を転がし,浜に上げておきます。そんな多くの釣舟が浜に上げられた状態を見て,この短歌を詠んだのだろうと私は思います。そんな風景も,みやこ人とっては珍しいと感じたのかもしれません。
さて,最後は釣舟がいっぱい浜に上がっていて,自分たちの船を止めるところがないのでは?と大伴旅人が大宰府から京の帰任する船旅の途中で従者が心配して詠んだ1首です。
礒ごとに海人の釣舟泊てにけり我が船泊てむ礒の知らなく(17-3892)
<いそごとに あまのつりぶねはてにけり わがふねはてむいそのしらなく>
<<どこの磯にも漁師の船が泊まってる。吾らの船の泊る磯はどこの磯なのか>>
この短歌を旅の不安を詠ったものとして残すのか,それとも瀬戸内海漁業が大変盛んであることを伝えたいがために万葉集の選者が選んだのか興味が尽きません。
さて,次回は今でもありますが,特別な時しか演奏を聴くことがなくなった「琴(こと)」について,万葉集を見ていくことにします。
今もあるシリーズ「琴(こと)」に続く。
2013年4月6日土曜日
2013年3月1日金曜日
当ブログ5年目突入スペシャル「羈旅シリーズ(1):山部赤人」
<イタリア旅行>
私は,今イタリアのローマ郊外にあるホテルの部屋からこのブログをアップしています。
成田空港から13時間のフライトで数時間前にローマに到着しました。日本でレンタルしてきた海外で使えるWi-fiは快調に使えています。
日本時間は3月1日ですが,現地はまだ2月28日の最後の時間です。明日(3月1日)は午前はバチカン,午後はローマ市内を観光し,夜はナポリに宿泊予定です。
そういえば,2月28日でローマ法王ベネディクト16世が退任し,次期法王がコンクラーベで選出されるまでは,不在という珍しい時期に私たちは訪れることになりました。
それに加え,退任した元法王が存命であることは600年前以来とのことで,それもまたこの旅の思い出話のひとつになりそうです。
私はキリスト教徒ではありませんが,いろいろな国の歴史にも興味をもつひとりとして,案内してくださる方に種々聞いてみることを予定しており,明日を非常に楽しみにしています。
<羇旅シリーズの最初>
さて,今回の万葉集羈旅シリーズのトップバッターとして,旅の和歌をたくさん詠んでいる山部赤人(やまべのあかひと)をおいてほかにふさわしい歌人はいないと私は思いました。
赤人は百人一首にも出てきていますので,万葉歌人の中でも一番よく知られた歌人のひとりでしょう。万葉集における赤人が優れた歌人であるのは,大伴家持が「山柿の門(さんしのもん)」として,柿本人麻呂と同等に並び称したことからもわかります。
「山柿」の「山」は山部赤人,「柿」は柿本人麻呂をさしているといいます。また,古今和歌集の序で紀貫之(きのつらゆき)も赤人と人麻呂は両者とも甲乙つけがたいと書いています。
では,いくつか赤人の旅の歌を紹介していきましょう。
朝なぎに楫の音聞こゆ御食つ国野島の海人の舟にしあるらし(6-934)
<あさなぎにかぢのおときこゆ みけつくにのしまのあまのふねにしあるらし>
<<朝なぎに舵の音が聞こえています。きっと宮中に食糧を供給する国にある野島(淡路島)の海人の舟なのでしょう>>
私は海の近くの旅館・保養所・研修所に今まで何度も泊まっていますが,やはり夜明けのころに,波が静かな海で漁師が漁をしている舟を見ることがあります。そこで獲れた魚は早朝の市場で競りに掛けられ,その日の宿泊場所(連泊の場合)の夕食になるのかなあと想像したことがあります。
この赤人の短歌もそんな思いがあったのかもしれません。ただし,その魚は,宮中で出すためのものだろうと赤人は想像していると私は思います。西国からの厳しい旅も,難波に地がづいてほっと一息つけた感が私には伝わってきます。
次は,西国へ向かうもっと厳しい旅の情景を詠んだものです。
風吹けば波か立たむとさもらひに都太の細江に浦隠り居り(6-945)
<かぜふけばなみかたたむと さもらひにつだのほそえに うらがくりをり>
<<風が吹くと波が立つだろうかと様子をみるため都太の細江の浦に隠れている>>
船の旅は,当時なかなか大変でした。今日私が13時間かけてイタリアに飛行機(もちろんエコノミークラス)で飛んだときの大変さとは比べ物にならないです。
当時は,気象の変化に対して,常に気を付けて航行する必要があったのだと思います。波が高くなると,波が静かな入り江の島影に隠れて,波が静まるのを待つしかなかったのでしょう。
赤人の羈旅の歌で最後に紹介するのは,土地礼賛の1首です。
沖つ島荒礒の玉藻潮干満ちい隠りゆかば思ほえむかも(6-918)
<おきつしまありそのたまも しほひみちいかくりゆかば おもほえむかも>
<<沖つ島の荒磯に生える玉藻は,潮が満ちたら隠れていくので,より美しく思えるようだ>>
旅というものは,苦労もあれば,新たな発見で感慨にふけることもあります。
ただ,ヨーロッパ旅行は,今行っておかないともっと年を取ってからでは,きついことを初日でまず感じました。飛行機もホテルも。
そうだよね,天の川君?
天の川 「飛行機で出たワインを飲み過ぎてもた。もう寝るわ。ほな,たびとはんブオナノッテ~。」
なんで,天の川の口からイタリア語で「おやすみなさい」が出てくるのだ。さては,天の川のやつ,イタリア女性に声をかけようと勉強してきたかな?
当ブログ5年目突入スペシャル「羈旅シリーズ(2):高橋虫麻呂」に続く。
私は,今イタリアのローマ郊外にあるホテルの部屋からこのブログをアップしています。
成田空港から13時間のフライトで数時間前にローマに到着しました。日本でレンタルしてきた海外で使えるWi-fiは快調に使えています。
日本時間は3月1日ですが,現地はまだ2月28日の最後の時間です。明日(3月1日)は午前はバチカン,午後はローマ市内を観光し,夜はナポリに宿泊予定です。
そういえば,2月28日でローマ法王ベネディクト16世が退任し,次期法王がコンクラーベで選出されるまでは,不在という珍しい時期に私たちは訪れることになりました。
それに加え,退任した元法王が存命であることは600年前以来とのことで,それもまたこの旅の思い出話のひとつになりそうです。
私はキリスト教徒ではありませんが,いろいろな国の歴史にも興味をもつひとりとして,案内してくださる方に種々聞いてみることを予定しており,明日を非常に楽しみにしています。
<羇旅シリーズの最初>
さて,今回の万葉集羈旅シリーズのトップバッターとして,旅の和歌をたくさん詠んでいる山部赤人(やまべのあかひと)をおいてほかにふさわしい歌人はいないと私は思いました。
赤人は百人一首にも出てきていますので,万葉歌人の中でも一番よく知られた歌人のひとりでしょう。万葉集における赤人が優れた歌人であるのは,大伴家持が「山柿の門(さんしのもん)」として,柿本人麻呂と同等に並び称したことからもわかります。
「山柿」の「山」は山部赤人,「柿」は柿本人麻呂をさしているといいます。また,古今和歌集の序で紀貫之(きのつらゆき)も赤人と人麻呂は両者とも甲乙つけがたいと書いています。
では,いくつか赤人の旅の歌を紹介していきましょう。
朝なぎに楫の音聞こゆ御食つ国野島の海人の舟にしあるらし(6-934)
<あさなぎにかぢのおときこゆ みけつくにのしまのあまのふねにしあるらし>
<<朝なぎに舵の音が聞こえています。きっと宮中に食糧を供給する国にある野島(淡路島)の海人の舟なのでしょう>>
私は海の近くの旅館・保養所・研修所に今まで何度も泊まっていますが,やはり夜明けのころに,波が静かな海で漁師が漁をしている舟を見ることがあります。そこで獲れた魚は早朝の市場で競りに掛けられ,その日の宿泊場所(連泊の場合)の夕食になるのかなあと想像したことがあります。
この赤人の短歌もそんな思いがあったのかもしれません。ただし,その魚は,宮中で出すためのものだろうと赤人は想像していると私は思います。西国からの厳しい旅も,難波に地がづいてほっと一息つけた感が私には伝わってきます。
次は,西国へ向かうもっと厳しい旅の情景を詠んだものです。
風吹けば波か立たむとさもらひに都太の細江に浦隠り居り(6-945)
<かぜふけばなみかたたむと さもらひにつだのほそえに うらがくりをり>
<<風が吹くと波が立つだろうかと様子をみるため都太の細江の浦に隠れている>>
船の旅は,当時なかなか大変でした。今日私が13時間かけてイタリアに飛行機(もちろんエコノミークラス)で飛んだときの大変さとは比べ物にならないです。
当時は,気象の変化に対して,常に気を付けて航行する必要があったのだと思います。波が高くなると,波が静かな入り江の島影に隠れて,波が静まるのを待つしかなかったのでしょう。
赤人の羈旅の歌で最後に紹介するのは,土地礼賛の1首です。
沖つ島荒礒の玉藻潮干満ちい隠りゆかば思ほえむかも(6-918)
<おきつしまありそのたまも しほひみちいかくりゆかば おもほえむかも>
<<沖つ島の荒磯に生える玉藻は,潮が満ちたら隠れていくので,より美しく思えるようだ>>
旅というものは,苦労もあれば,新たな発見で感慨にふけることもあります。
ただ,ヨーロッパ旅行は,今行っておかないともっと年を取ってからでは,きついことを初日でまず感じました。飛行機もホテルも。
そうだよね,天の川君?
天の川 「飛行機で出たワインを飲み過ぎてもた。もう寝るわ。ほな,たびとはんブオナノッテ~。」
なんで,天の川の口からイタリア語で「おやすみなさい」が出てくるのだ。さては,天の川のやつ,イタリア女性に声をかけようと勉強してきたかな?
当ブログ5年目突入スペシャル「羈旅シリーズ(2):高橋虫麻呂」に続く。
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