今回は奇し(すくし)について,万葉集を見ていきます。「奇し」は「珍しい」「神秘的」という意味です。
最初に紹介するのは,藤原宮の役民が作歌した長歌の一部です。
~我が国は 常世にならむ 図負へるくすしき亀も 新代と泉の川に 持ち越せる真木のつまでを 百足らず筏に作り 泝すらむいそはく見れば(1-50)
<~わがくにはとこよにならむ あやおへるくすしきかめも あらたよといづみのかはに もちこせるまきのつまでを ももたらずいかだにつくり のぼすらむいそはくみれば かむながらにあらし>
<<~私たちの国は永遠に続く。吉兆を知らせる有難い亀は新しい時代を祝福して現れ,また泉の川の多くの角材で筏を作り,忙しく働く様子は天皇が神だからだろう>>
平城京の前の京である藤原京ができたことを喜んで,多分藤原京設立に深く関わった役人が詠んだ長歌です。藤原京はたった16年間だけ存在した京ですが,平城京を作るうえでの京作りの参考になった(奇し)京のではないかと私は考えます。
次に紹介するのは,平城京前期の皇族であった長田王(ながたのおほきみ)が詠んだ羇旅(旅先は九州隈本)の短歌です。
聞きしごとまこと尊くくすしくも神さびをるかこれの水島(3-245)
<ききしごとまことたふとく くすしくもかむさびをるか これのみづしま>
<<聞いていたとおり,尊い気配に満ちた不思議なほど神々しい さまであるこの水島は>>
万葉時代には全国の名所や珍しい(奇し)場所に関する情報が広く広まるようになったと私は考えます。
最後に紹介するのは,大伴家持が七夕を詠んだ長歌の一部です。
~うつせみの 世の人我れも ここをしも あやにくすしみ 行きかはる年のはごとに 天の原振り放け見つつ 言ひ継ぎにすれ(18-4125)
<~うつせみのよのひとわれも ここをしもあやにくすしみ ゆきかはるとしのはごとに あまのはらふりさけみつつ いひつぎにすれ>
<<~現世の人間である我らも,これ(天の川に橋や渡しがなく,向こうにいる恋人と逢えないこと)を何とも不思議に神秘なこととして,行き代わる年ごとに天空を振り仰いでは語り継いできたのだ>>
男女の恋の実現の難しさを,橋も無く,渡し舟で渡るのも難しい(年に1回のみ)神秘的な天の川を例として,家持は詠んでいると私は理解します。
(続難読漢字シリーズ(12)につづく)
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