2016年3月5日土曜日

当ブログ8年目突入スペシャル(2)…八からは多数と同じ?

我が家の庭に20年ほど前から植えてあるサクランボの木の花のつぼみが昨年よりもはるかに多く膨らんできました。
今年はより多くの実が成りそうで楽しみにしています。


8年目突入スペシャルの最後は,「八」という数字について万葉集を見ていきます。
万葉時代では,「七」は「秋の七草」や仏教の経典(法華経や無量寿経)に出てくる「七宝(しっぽう)」のように,7つの名前がはっきり定義されいる。
しかし,「八」となったとたん,8種類の名前が何かはどうでもよくなって,多くという意味に近づいてきます。
八方という言葉も,北,東,南,西と北東,東南,南西,西北の八つの意味を表すより,八方美人,八方ふさがり,八宝菜のように8つの内容は気にしない使われ方が急に増えます。
万葉集で八の使われ方の例をいくつか見ます。
次は,遣新羅使対馬に着いた時に詠んだ短歌です。

竹敷の宇敝可多山は紅の八しほの色になりにけるかも(15-3703)
たかしきのうへかたやまは くれなゐのやしほのいろに なりにけるかも>
<<対馬の竹敷にある宇敝可多山は,黄葉が紅色を何度も染めたような鮮やかな色になっている>>

「八しほ」というのは,何とも染色液に漬けることを指します。この場合8回という意味ではないようです。
次は,天平16(744)年に難波の地の橘諸兄(たちばなのもろえ)宅で開かれた宮中の人たちが集まる宴である肆宴(とよのあかり)で元正(げんしやう)天皇が橘家を寿ぎ詠んだ短歌です。

橘のとをの橘八つ代にも我れは忘れじこの橘を(18-4075)
たちばなのとをのたちばな やつよにもあれはわすれじ このたちばなを
<<めでたい橘の中でも,たくさん実ったこの橘。いつの代までも私は忘れないだろう,この橘を>>

この短歌の「八つ代にも」は「何代にも」という意味で使われていると私は思います。
最後は,11年後の天平勝宝7(755)年に丹比国人(たぢひのくにひと)宅で催された宴席で橘諸兄が国人の健勝を願って詠んだ短歌です。

あぢさゐの八重咲くごとく八つ代にをいませ我が背子見つつ偲はむ(20-4448)
あぢさゐのやへさくごとく やつよにをいませわがせこ みつつしのはむ
<<紫陽花が八重に咲くように何代も健勝でいらしてください。紫陽花を眺めては貴方を思い出しましょう>>

この八重も八つに重なっているわけではなく,花びらが多く重なっているという意味に近いと感じます。
そのほか,「八」を多くの意味とする言葉としては万葉集には次のものが出てきます。

八尺(やさか)‥長いさま
八島(やしま)‥多くの島の意。日本の国
八十(やそ)‥もっと多い,多くの
八度(やたび)‥何度も
八千(やち)‥非常に多くの
八衢(やちまた)‥多くの分かれ道(市街地)
八百(やほ)‥相当多くの

これで,当ブログ開設8年目スペシャルを終わります。
次回からは,しばらくの間万葉集で使われる枕詞を順次紹介し,その役割と時代背景について考えていきたいと思います。
改めて枕詞シリーズ…いさなとり(1)に続く。

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