2013年1月14日月曜日

今もあるシリーズ「車(くるま)」

<万葉時代のロジスティックス>
万葉時代,日本の各地に国分寺や国府が作られ,京(みやこ)と地方で道や街道を経由して多くの物資が行きかうようになります。
人が籠(かご)などを担いで持って行ける量は限らけれているため,大量輸送のニーズが高まると人ひとりの力より多くの荷物を輸送するため,何らかの工夫が必要になります。たとえば,馬の背中に荷物を載せるようにすると,100㎏以上の荷物を載せても馬は何時間でも難なく運びます。
ただし,馬は所有するなら厩(うまや)を用意する必要があり(自動車の駐車場と同じ),エサも与えなければなりません。当時として手軽に利用できるものではありません。
<車輪を持つ貨車のニーズ>
そうすると,人間の力で担ぐのではなく,引いたり押したりしてスムーズに動いてに重い荷物を運べる道具が必要になります。それが荷車や人が乗る車台です。
ところで,車という字があてられるのは,車輪がついているからです。車輪は紀元前2千年頃には中国で使われていたらしく,万葉時代には中国から車輪の製造技術は日本に入っており,車輪のついた車が高価ではあるけれども品質の優れたものが使われていたものと私は考えます。
直後の平安時代になると,平安絵巻に出てくる牛車(ぎっしゃ)のように,乗り心地がよさそうで,美しく飾り立てられた車ができていたほどですからね。
さて,万葉集で車を詠んだ歌はそう多くありません。まずは穂積皇子(ほづみのみこ)の孫である廣河女王(ひろかはのおほきみ)が詠んだとされる短歌からです。

恋草を力車に七車積みて恋ふらく我が心から(4-694)
こひくさをちからくるまに ななくるまつみてこふらく わがこころから
<<恋という草を力車七つ分積むほど恋しく思うのは,ほかならぬ自分の心ゆえなのだ>>

力車とは人の力で引く車のことです。その車7台に草を満載したものを引くほど,苦しい恋をしている自分が情けない,といった思いから詠んだ短歌でしょうか。この短歌の車7台を意味する七車を恋の苦しさにたとえる表現方法は,後の短歌に影響を与え後世の歌人が七車という言葉を短歌に使っているようです。万葉集では後世の和歌作成で参考にされるような,いろんなたとえで恋の苦しさを表現している和歌がたくさんありますが,これもその1首ですね。
さて,もう1首長歌の後半の一部を紹介します。作者は同長歌の題詞によると竹取翁と呼ばれていた老人となっています。有名な「竹取物語」の竹取の翁との関係は私にはわかりませんが,内容は直接的に関係はなく,竹取の翁の物語は当時いろいろなストーリがあったのかもしれません。

いにしへ ささきし我れや はしきやし 今日やも子らに いさとや 思はえてある かくのごと 所為故為 いにしへの 賢しき人も 後の世の 鑑にせむと 老人を 送りし車 持ち帰りけり 持ち帰りけり(16-3791)
<~ いにしへ ささきしわれや はしきやし けふやもこらに いさとや おもはえてある かくのごと しこになりけむ いにしへの さかしきひとも のちのよの かがみにせむと おいひとを おくりしくるま もちかへりけり もちかへりけり
<<~ 昔(若いころ)はしゃいでいた私だけど,今は若いあなた方に嫌な老人だと思はれているでしょう。どうしてこんなに醜くなったのでしょうか。昔の賢人も後世の人のために,老人を乗せていった車を持ちかえってきたとさ>>

若い娘たちに「今は醜い老人である私も若いころは非常にカッコ良かったのだよ。君たちもいずれ老人になり,若い人から醜い婆さんだと言われることになるよ」と,若い人には老人を大切にすることを諭した教育的な長歌だと思われます。
<老人を乗せる車>
最後に出てくる老人を送る車は,今の車いすのような目的のものではなかったかと私は想像します。ただ,形は,足の不自由な老人を神社や寺院に連れて行ったり,買い物に連れて行ったりするための一人用の車(介護者が引いたり,押したりするもの)があったのではないかと私は思います。
老人を介護する車を後世に残して,老人を大切にしていた記録とすることが賢人によって古来行われてきたと娘たちに伝えたい,そんな教育的意図がこの長歌のまとめとなっているようです。
ところで,古代の車輪の発明により,現代はますますその恩恵に与かっています。車輪がなければ,さまざまな種類の自動車,新幹線を含む鉄道,飛行機(ヘリコプターを除く)は機能しません。また,各種工場の加工過程(ライン)間をつなぐコンベアも車輪がなければ動きません。今の私たちは,自らが受けている車輪の恩恵を改めて感じる必要があると思います。
さて,万葉時代,今のようにヒトを運ぶ車はまだ少なく,載せるものはやはり荷物だったと想像できます。次回はその「荷(に)」を万葉集で見ていきます。
今もあるシリーズ「荷(に)」に続く。

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