2011年10月1日土曜日

対語シリーズ「老と若」‥今の若者は高齢者から「昔はね..」という話を聞きたがらない?

人にとって老いは避けられないものです。しかし,年を重ねても少しでも若くありたい,若く見せたいという気持ちを持つ人も少なくないようです。そのためか,最近ではアンチエイジング(抗老化医学)という考え方によって,年を重ねるごとに進む老化を防ぐ治療,施術,トレーニング,生活習慣が注目されていると聞きます。
さて,1300年前の万葉時代,「老と若」どう考えられていたのでしょうか。万葉集を見ていきます。

いにしへゆ人の言ひ来る老人の変若つといふ水ぞ名に負ふ瀧の瀬(6-1034)
いにしへゆひとのいひける おいひとのをつといふみづぞ なにおふたきのせ
<<昔から言い伝えられてきた、老人が若返ると言われている水ですよ、この滝は>>

この短歌は天平10(740)年10月に大伴東人(おほとものあづまと)という人物が,大伴家持と一緒に今の岐阜県養老町にある「養老の滝」を訪れたとき詠んだとされています。
「変若つ」は「をつ」と読み,若返るという意味です。
この水を飲むか浴びると老人が若返ると伝えられている養老の滝に来て,そのままを短歌にしています。
これは,一種の観光案内,または紀行文的な短歌で,京(みやこ)にいる老いを感じる人やもっと若くいたいと思う人に勧める気持ちが込められているように思います。もしかしたら,大伴氏はそういった旅行者を警護やガイドする仕事を請け負っており,旅行者を増やすことが氏族の繁栄につながっていたのかも知れませんね。
いずれにしても,このような短歌が詠まれたのは万葉人に若返りたいという欲求が強くあったことは間違いないと私は思います。
「落水」や「落合」という姓がありますが,この元は「変若水」や「変若合」だったのではないかと私は推理します。「変若合」の方は「生まれ変わってまた逢いましょう」というロマンチックな名前だということになりますね。

続いて「若」を詠んだ短歌を紹介しましたょう。

はねかづら今する妹をうら若みいざ率川の音のさやけさ(7-1112)
はねかづらいまするいもをうらわかみ いざいさかはのおとのさやけさ
<<はね鬘を着けた今夜初めて自分と床を共にする彼女はうら若いので「いざ!」と心がはやるが,率川(いさかわ)の音はさわやかに聞こえているなあ>>

さあ,いよいよ彼女にとっての初夜なのです。彼女はまだ若い。作者は早く交わりたいが率川(今の近鉄奈良駅近くの場所らしい)のさわやかな音が聞こえ,心地よい瞬間を詠っているように私は感じます。
作者はおそらく今まで妻問い経験を数多くしている男性なのでしょうが,彼女の家に行くのは初めてだったのかもしれません。
傍に流れる川の音とうら若い彼女の小息の繰り返しとの相乗が作者にこの歌を詠ませたのでしょうか。
このまま書き続けると成人向けになりそうなので,もう一方の「老」について詠んだ短歌を次に紹介します

あづきなく何のたはこと今さらに童言する老人にして(11-2582)
あづきなくなにのたはこと いまさらにわらはごとする おいひとにして
<<ダメだなあ。何をたわ言を言っているのだ,私は。あいかわらず子供じみたことを言っている。良い年をして>>

この詠み人しらずの短歌,何か自分のことを詠っているように感じてしまいますね。ただ,万葉時代での「老人」のイメージは単にお年寄りというより,人生を十分知りつくした大人というイメージを受け取ることができます。
<現代社会での老人の見方>
いっぽう,現代社会では新しいモノや新しい生き方が次々と現れ,昔からの経験を長く積んだことが必ずしも最新の世の中でうまく生きて行けるとは限らないケースもあるように思います。
そのため,人生経験豊かな老人に対する尊敬の念は昔より薄れてしまい,世代間のコミュニケーションが明らかに減ってきているように見えます。
老人側も新しい時代の変化に追従できず,自分の世界に閉じこもってしまう人が大半であるようにも見えます。
そして,さらに深刻なことには,年齢が若い人たちの中にも時代の変化に適応できず,今の社会からあまり必要とされない(例:就職先がない)状況が深刻になっているのかもしれません。
<産業革命と情報化革命>
18世紀から19世紀にかけて起こったいわゆる産業革命でも,それまで手工業で働いていた熟練工(老若男女)の多くが職を失ったと記録されています。
そして,産業で働く人達にも,資本(経営者)側と労働者側との格差(搾取)が労働者の不満を爆発させ,ロシアなどで社会主義(プロレタリアート)革命が起こったと歴史書に書かれています。
現在のいわゆる情報化革命でも,情報化を利用し,低コストで株主に利益を還元することを第一に考えている経営側とその隙間で低賃金で長時間労働者を強いられる労働者の発生,情報や資金(富)を持つものと持たないものの格差が国を越えて拡大する姿は,まさに産業革命の時と同様ではないかと私は見ています。
そういった状況が拡大すれば,第2次世界大戦の前に起こった民族や宗教に関する超保守主義や極左のような思想が台頭し,世界の安全がさらに脅かされる事態になるのではないかと私は心配しています。
<歴史に学べ>
もちろん,産業革命は悪いことばかりではありません。富を得た人達が都市開発,芸術,文学,教育,研究などにも資金を使い,それまでに多くはいなかった公務員,運輸関係者,芸術家,文学者,教育者,研究者などいった職業の規模を,それまでとは格段に増大し,中間層という消費が旺盛な人達を作り,経済が発展したのですから。
情報化革命でも,歴史から学び,社会を豊かにする新たな職業の必要性を認識し,その職業の規模を拡大させ,適用できる人材の育成努力を社会的コンセンサスのもとで実施していくことが,長期的に世界の未来を明るいものにする要素だと私は考えたいのです。
対語シリーズ「良しと悪し」に続く。

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