<現代用語の「深い」と「浅い」>
「深し」は現代用語では「深い」ですが,「深(い)」を使った今使われている言葉の例(音読みで使っているのは除く)をいくつかあげてみます。
「味わい深い」「意義深い」「疑い深い」「海が深い」「遠慮深い」「奥が深い」「感慨深い」「興味深い」「毛深い」「草深い」「親しみ深い」「嫉妬深い」「慈悲深い」「執念深い」「思慮深い」「慎み深い」「罪深い」「情け深い」「根深い」「懐が深い」「森が深い」「用心深い」「欲深い」
「深川(地名)」「深草(地名)」「深沓」「深酒」「深沢(姓)」「深染め」「深田(姓)」「深爪」「深手」「深情け」「深鍋」「深野」「深場」「深深」「深縁」「深み」「深緑(色)」「深紫(色)」「深谷(地名)」「深読み」「目深」
いっぽう「浅し」の現代用語「浅い」を同様に今使われている言葉の例をあげてみます。
「色が浅い」「海が浅い」「考えが浅い」「関係が浅い」「経験が浅い」「底が浅い」「知恵が浅い」「日が浅い」「読みが浅い」
「浅井(姓)」「浅瓜」「浅香(姓)」「浅川(地名)」「浅木」「浅黄(色)」「浅葱(色)」「浅草(地名)」「浅沓」「浅黒い」「浅事」「浅瀬」「浅田(姓)」「浅知恵」「浅葱(野菜)」「浅漬」「浅手」「浅鍋」「浅沼(姓)」「浅野(姓)」「浅場」「浅はか」「浅縹(色)」「浅間(地名)」「浅見(姓)」「浅緑(色)」「朝紫(色)」「浅蜊(貝)」「遠浅」
このように見てくると,深いと浅いはさまざまな対象に対して修飾していることがわかりますが,やはり深いの方が好イメージのように私は感じます。
<万葉集での「深し」と「浅し」>
さて,万葉集では,海や川の深い浅い,染め色の深い浅い,時が経つのが深い浅い,人の想いが深い浅いなどが出てきます。そのなかで,次のような染め色の濃淡を対照的に読んだ短歌をそれぞれ紹介します。
紅の深染めの衣色深く染みにしかばか忘れかねつる(11-2624)
<くれなゐのこそめのころもいろふかく しみにしかばかわすれかねつる>
<< 紅で色濃く染めた衣のように心が色濃くしみたのが忘れられません>>
紅の薄染め衣浅らかに相見し人に恋ふるころかも(12-2966)
<くれなゐのうすそめころもあさらかにあひみしひとにこふるころかも>
<<紅で薄く染めた衣の色が薄いように少しだけだけど相見た女性に,今恋してしまったなあ>>
両方とも詠み人しらずの短歌で,紅(ベニバナ)で染めた衣の染め色の濃さ,薄さを序詞として異性を思う気持ちを読んでいると私は思います。
1首目は,深く紅に染めた衣のようにあの人が自分の心の中に色濃く入ってきたことが忘れられない。おそらく,相手とは今逢うことが叶わない状況だろうと私は想像します。
2首目は,薄く紅に染めた衣のように淡いつき合いだったあの人だが,しっかり恋してしまった。それぐらい魅力的な異性だったのだろうと私は感じます。
さて,次に1首の中に深しと浅しの両方が入っている短歌が万葉集に出てきます。
広瀬川袖漬くばかり浅きをや心深めて我が思へるらむ(7-1381)
<ひろせがは そでつくばかりあさきをや こころふかめてわがおもへるらむ>
<<歩いて渡れるほど浅い広瀬川のようにあの人の私に対する心は浅いのに,心の底まで深く私はなぜこんなに思いつめているのだろう>>
これも川の浅さを片思いしている相手の自分に対する気持ちの薄さを比喩している詠み人しらずの短歌です。そして,その薄さとは正反対に自分はどれだけ深く相手を恋し慕っているかをこの短歌で訴え,自分自身を落ち着かせているのだろうと私は思います。
ところで,秋も徐々に深まってきました。近所はまだまだ秋を感じさせるのはススキ位ですが,北海道や東北,関東甲信越では山岳地帯で紅葉が始まったという情報が入るようになりました。
そんな情景を詠った短歌を紹介します。
我が門の浅茅色づく吉隠の浪柴の野の黄葉散るらし(10-2190)
<わがかどのあさぢいろづく よなばりのなみしばののの もみちちるらし>
<<我が門の浅茅は色づいたところだが,吉隠の浪柴の野の黄葉はもう散っているころだろう>>
浅茅は背の低く,疎(まば)らに生えたチガヤのことで,秋が深まると緑色から先端が赤く変色します。作者の自宅(恐らく平城京近辺)ではチガヤが色づいたので,山の方(吉隠の浪紫の野:今の桜井市長谷寺よりさらに奥)では,もう紅葉が散り始めているのだろうなと作者は想像しているのでしょう。
私は,北海道大沼公園,青森県十和田湖,奥入瀬渓谷,八甲田山,秋田県八幡平などで今頃紅葉が始まっているのかなあと想いを馳せます。いずれの場所も紅葉シーズンに過去訪れており,私にとってはその美しさが忘れられないのです。
対語シリーズ「表・面と裏」に続く。
0 件のコメント:
コメントを投稿