ここ2回で「たなびく」対象の雲,霞を万葉集でどう詠ったかを見てきましたが,その他の対象(霧,煙)を見て行くことにします。
まず,霧ですが「霧がたなびく」といった場合,霧がはっきり棚を引くように広がることはあまり現象としては発生しないように私は思います。
霧は一面にたちこめるといった状態や,靄(もや)っとあたりを覆っている状態が適切でしょう。万葉集で使われている霧に対する「たなびく」はそのような意味で使われていると私は感じます。
我がゆゑに妹嘆くらし風早の浦の沖辺に霧たなびけり(15-3615)
<わがゆゑに いもなげくらし かざはやの うらのおきへに きりたなびけり>
<<私のために妻は歎いているようだ。風早の浦の沖辺に霧が覆ってしまったから>>
この短歌は,遣新羅使の船が瀬戸内海の風早の浦(広島辺り)に停泊したとき,遣新羅使の一人が詠んだものです。沖合に霧が出て視界が悪くなっている様子から,故郷に残してきた妻の涙が霧となって覆っているのかもしれないという表現により,別れの寂しさを切々と詠いあげていると私は感じます。
ところで,早朝に奈良盆地を周辺の山の上から見るとき,一面の霧が盆地の平らな所に水面のようにたちこめ,大和三山などの山が島のように浮いて見えるときがときどきあるようです。
この場合の「たなびく」霧は「た靡く(しっかりと上から平らになつた)」霧という情景を表しているのかもしれません。「靡く」が「風や水に押されて横に伏す」という意味もあるためです。
「秋津島」という「やまと」にかかる枕詞は,秋の朝のこの風景から発想されたのかもしれないと私は想像してしまいます。朝霧が「たなびく」とは春の情景ではなく秋の情景のシンボルであれば,「秋津島」が「やまと」の枕詞になったという説明はある意味の説得力をもちそうです。
実は「朝霧がたなびく」ことを詠った万葉集の和歌は秋をイメージしたものがほとんどなのです。
朝霧のたなびく田居に鳴く雁を留め得むかも我が宿の萩(19-4224)
<あさぎりの たなびくたゐに なくかりを とどめえむかも わがやどのはぎ>
<<朝霧がたちこめている田で鳴いている雁を引き留めることができるだろうか、我が庭の萩は>>
この短歌は「光明皇后が秋に吉野へ行幸した際作ったと伝えられるが行幸の年月は不明」とこの短歌の左注に書かれています。この短歌では稲刈りが終わった晩秋の風景が詠みこまれています。田で羽を休め鳴いている雁の姿がうっすらと見える程度に朝霧がたちこめています。その雁たちもやがて越冬地へ渡っていくのです。ところが,別荘の庭の萩は雁が旅たちを惜しがるのではないかと思いたくなるくらい見事に咲いている。
別荘の庭の萩の見事な花とその先に見える田で残った穀物をついばんでいる雁が,朝霧の中でうっすらと見える光景,まさに一幅の絵画のように浮かんでくる秀歌だと私には思えます。
そう一つの「たなびく」対象として「煙(けぶり)」はどうでしょうか。
縄の浦に塩焼く煙夕されば行き過ぎかねて山にたなびく(3-354)
<なはのうらにしほやくけぶり ゆふさればゆきすぎかねてやまにたなびく>
<<縄の浦で塩を焼く煙が、夕方になり、上方に昇り消え去ることが無くなり、山にたなびいている>>
この短歌は,縄の浦(現在の兵庫県相生市辺りの瀬戸内海に面した海岸)で,日置少老(へきのをおゆ:伝不詳)という人物が詠んだとこの短歌の題詞に書かれています。
製塩で塩を焼く煙が昼間は上にあがって空に消えているのに,夕方になると煙が上に登らず,たなびいている風景を思い浮かべることができる短歌です。
気象現象的に説明すると,夕方になると上空の空気の温度はまだ暖かい状態が残っていいるのですが,日が当らなくなった地上や海上の真上の気温は急激に冷え始めます(高度が高い層の方が高度が低い層より気温が高いという気温の逆転現象)。
そうすると,温められた煙は最初上空に昇りますが,冷たい空気に冷やされ,その上の暖かい空気の層まで到達すると,冷えた煙はその層より比重が重く,それ以上上に昇ることができなくなります。
このため,行き場を無くした煙は上空の暖かい空気の下を横に流れて行きます。この状態が,まさに「煙が棚引く」状態なのだろうと私は思います。
このように「たなびく」一つをとってみでも,日本語(やまと言葉)がさまざまな言葉と結びことでどのように表現が変化し,ニュアンスの種類を増やしてきたか,万葉集を用例として学んだり,想像できることがたくさんあります。
散る(1)に続く。
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